祈りは永遠に。
36:寵愛
「入るよ、死神」
「あ、シンク。どうしたの?」
「そろそろ終わる頃かと思って、迎えにきたんだけど」
検査を終えた私はソファーに座ってコーヒーを飲んでいたところだった。ディストはというと検査の結果をまとめたものとにらめっこしていたが、シンクが入ってきたら顔を上げて資料を留めていたバインダーをシンクに渡した。
「丁度終わったところですよ。やはり詠唱や回復力については、ご想像の通りです。詳しくはそれに」
「……そっか。後でゆっくり読むよ。行こう、」
「うん」
彼は受け取った資料をぱらぱらと捲って、少し顔を顰めた(ような、気がした。今は仮面を着けているから表情までは解らない)。それから私の座っていたところまで来ると手を伸ばしてくれる。私は彼の手に掴まって立ち上がり、ディストにお礼を言ってから部屋を出た。
シンクの手を取って廊下を歩く。そういやお昼食べてないな。
いつの間にか第五師団長室の前に着いていて、私はシンクに手を引かれて室内に入った。
「……?」
どうか、したんだろうか。気のせいか普段のシンクと違うような気がする。彼は後ろ手にドアを閉めると、そのまま私の手を引いてベッドに腰かけた。私も彼に倣い隣に座る。
「ねえ、シンク」
しかし呼びかけには応えてくれず、彼はしばらく黙った後にぽそりと私の名前を呼んだ。
「あの、さ……」
シンクはいつものように仮面に手をかけて、それを外した。すっかり見慣れてしまったイオンと同じ顔が当然だけどそこにはある。緑色の目を私に向ける彼はいつもと違って年相応の――何かに怯えるような子供ようだった。
「はさ、ボクに言ってくれたよね」
ボクを裏切らないって。そう呟いたシンクの身体は少し震えていた。
「うん。私の一番は、いつだってシンクだよ」
私より少しだけ高い背。少しだ手を伸ばして、綺麗な緑髪を撫でる。イオンの髪は艶やかでストンと落ちていく感じがあるけど、シンクの髪は少しつんつんしていてまるで彼みたいだ。
「……ねえ、。アンタはボクのこと、どう思ってるの?」
「どう、って……シンクは私の憧れで、大切な人で、上司で、それで、」
私に生きる理由をくれた人。例えその存在はゲームの登場人物にすぎないかもしれないけれど。
結局私はそれでも生き切れずに死に急いでしまってたわけだが。
「私がオールドラントに来たのは、自分の世界で死のうとした結果って言ったでしょう」
「……うん」
「あっちで生きていられたのは、シンクや六神将のみんなや、ルークたちの言葉があったからってわけで」
最終的に、私は私を殺した、けど。
いくら心の支えにしていようとも、それはただのゲームだと思っていた。だってそれはどう足掻いても現実にはならないから。でも私は心のどこかで、それを現実にしたいとも思っていた。だからこうしてここにいるんだろう。
「ボクもさ、」
「うん」
「に会うまで、すべてがどうでも良かったんだ。ボクは劣化複製人間で、代わりがいる存在」
自嘲するシンクの瞳はとても哀しそうで。
それでもシンクはイオンの代わりじゃないのに。シンクという個人なのに。でも彼が生まれてしまったのはイオンの代用品を作るためだ。選ばれなかったシンクは廃棄された。そんな人生をたった二年の内に味わってしまったら捻くれてもしまうだろう。
「……でもさ。アンタがボクを、ボクとして見てくれたから――アンタがボクに居場所をくれたから。だから今、ボクはの隣で生きたい」
使い捨ての駒ではいたくない。乖離なんて、したくない。そうシンクは呟いた。
彼の双眸に映り込むのは私の顔。彼の表情は真剣そのもので、こんな状況だというのに、必死な彼が何よりも愛おしくて仕方がなかった。
「シンク、」
「。ボク解ったんだよ。ボクはアンタのこと……好き、なんだって」
「っ、シン、ク」
「ボクみたいな劣化品が、のことを好きになっていいのか解らないけれど。でも。ボクはアンタのこと、どうしようもないくらいに好きなんだ」
独占欲なんて持ってなかったと思ったのにさあ、と吐き捨てる。彼は俯いて私を抱き寄せると、肩に顔を埋めた。その寸前に見えた緑色の瞳には、零れ落ちる寸前の涙が溜まっている。
「……バカだなあ、シンクは」
人を好きになるのに、いいも悪いもないのに。
私だって、シンクのことが大好きなのに。
そういう気持ちは、持った時点で大切な心の一つなんだよ。
「ずっとずっと好きだったんだよ、私だって」
「っ、それっ、て」
「シンクを見たときから。シンクの言葉ひとつひとつを聞いたときから。――こうやって、本当にシンクに会えたときも」
私はシンクが大好きだった。この世界に来られて、私はもっともっとシンクを好きになっていた。キャラクターとしてじゃない。実際に目の前で生きる人間である彼を、好きになったのだ。
「好きだよ、シンク。世界もオールドラントも、レプリカも預言も関係ない」
そんな君に、私は恋をした。
今はこれが現実で、手を伸ばせば届くところに君はいる。だから私だって後悔なんてしたくない。彼の背に手を回して、ぽんぽんと軽く叩く。聞こえてきた嗚咽。しばらくしてから彼はそれを飲み込んで、絞り出すように告げた。
「……ッ、ボクだってのこと……っ、好き、だから」
大粒の涙が零れ落ちた。肩から顔を上げて彼はじっと私を見る。そんなシンクの顔がゆっくりと近付いてきて、私は目をゆっくりと伏せながらシンクを見る。
「ん……」
柔らかいものが唇に触れた。緑の瞳は瞼の下にしまわれ、すっかり見えなくなっている。
それを確認して、私もゆっくりと目を閉じた。
2015.12.15 柿村こけら
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