祈りは永遠に。

65:最期

「ルーク! 私じゃ肩貸せないから手伝ってくれる?」
「ああ、解った!」
 嬉しそうにルークはローレライの剣を片手にヴァンの身体を支えようと立ち上がる。何だかんだでやっぱりヴァンのことは助けたかったんだよね。
 私はそんなルークの手にある剣に触れた。
「剣、私が持つよ」
「おう、悪い」
「ううん。ごめんね――ルーク」
「え?」
 燃えろ。そう呟いて私はヴァンに肩を貸して立ち上がったルークの腹に空破爆炎弾を叩き込んだ。技を防ぐ間もなくモロにそれを喰らった彼は、ヴァンと二人してナタリアのところまでブッ飛んだ。
 私はローレライの剣を手にその場でにこりと笑う。
、あなた何を!」
「……ごめん、ね」
 アニスやジェイドがこちらに来ようとする前に、私はポケットから例の石を取り出して、それを地面に向かって思い切り投げた。叩き付けられた石は粉々に割れ、黒ずんだ障気がもやもやと辺りを囲み始める。
「これは――障気!?」
「いけませんわ……あれはがティアの障気を消したときにできた石です!」
「――かの者を守る光となれ、フォースフィールド」
 私はささっと詠唱を終え、自分の回りにだけ絶対防御のそれを張る。ヴァンを担いだルークは信じられないものを見るような目で私を見た。
 けど私は挑発するように笑顔を崩さない。
「ほら。早く逃げないとまた障気にやられるよ? それにエルドラントも崩れるだろうし」
……っ、お前、最初からこのつもりだったのかよ!」
 腹部を抑えながらルークは私に吼えるけれど、私はそれに答えない。
 答えたら、応えてしまったら……きっと、堪えられなくなるから。
「お前はそれでいいのか、! そんなのは俺も――シンクたちだって、望んでないぞ!」
「……っ」
 ガイの叫びが、耳の奥でこだまする。ずっと一緒にいた緑色が浮かんでは消えて、脳裏を満たした。
 それでもこれが最善。
 オールドラントを救うために払う犠牲は私だ。私の命でみんなが生きられるなら、それに越したことはない。
 だけど、そんな私の覚悟を嘲笑うように。
 その声は、私に届いた。

「――――ッ」
「しん、く」
「何やってんのアンタ……っ、ローレライの解放は、アッシュかルークにしかできないんでしょ!?」
「なんで、だって、シンク、」
「そんなトコにいないで、早くボクと帰ろうよ……っ、イオンとフローリアンも待ってるだろ!」
 別れたときより少し傷の増えたシンクが、叫ぶ。
「ごめん、ね」
「何で……っ、!」
 ああもう、泣かないって言ってたのに。私もシンクも、頬を涙で濡らしていた。
 私たちの会話なんて関係なしにぐらりと地面が揺れる。もうエルドラントの崩壊が始まっているのか。
 私は目尻に浮かんできた涙を拭い、ジェイドを見た。
「ジェイド。私の最期のお願い、聞いてくれる?」
「……私は、それを拒否する方法を知りませんよ」
「ありがと。……皆を連れて、逃げてよ」
「解りました。でも必ず――帰ってきてくださいよ、
 それには答えずに、私は笑顔だけを返した。
 行きますよ、とジェイドが出口に向かって歩き出す。
「……っ、!」
「ルークまで泣かないでよ。私はルークに死んで欲しくない、それだけなんだからさ」
「……行こう、ルーク」
 ガイとナタリアが嫌だ、と零すルークの肩に手をかける。それに続いて、ヴァンもゆっくりと歩いて行った。
「アニス、アリエッタたちに宜しくね」
「な……なに言ってんのっ、、バカじゃんっ、どうしてっ……!」
「ごめんね、アニス。ティアも」
「バカ……本当に、バカよ、
 マロンペーストの髪を抑えながら、ティアはアニスを引き摺るようにして歩き出した。やがて、その姿もすっかり見えなくなる。
 そろそろフォースフィールドも維持できそうにないなあ。なんて思いながら、私は障気の中にただ一人残った彼を見た。
 緑色。ずっと一緒にいた彼は、深緑の双眸を私に向ける。
「――
「シンク。シンクも早く逃げてよ」
「嫌だ。逃げるならとだ。がここにいるなら、ボクだってここで……っ」
「それじゃあ私が今までして来たことの意味、なくなっちゃうでしょ?」
 だから、お願い。
 そんなに泣かないでよ、シンク。私の前じゃ泣きたくないって言ったくせに。
「私ね、もう一回死んでるんだ。だからこの命は、シンクやルークたちのために散らす命なの」
「そんなの――ボクたちは望んでない! だから生きてよ、っ!」
「ごめん……無理、かな」
 早く逃げて。だってシンクのそんな顔を見ていたら――生きたくなってしまうじゃないか。
、ボクの命令には絶対遵守のはず、でしょ……ッ! そこから動くな、死のうとするな!!」
「……っ、」
 左太腿に刻印された赤いカースロットの証が輝き出す。この距離だ、シンクの命令は確実に響く。傷むくらいに光るそれは、シンクの心を現していた。
 で、も。
「お願いだよ、シンク。私に生まれて来た意味を、ちょうだい」
「そんなの……ッ! ボクに逢うために決まってんだろ……ッ、なにバカなこと言ってるんだよ!」
「この世界を助けて、って言われたんだ。他の誰でもない、私に」
 ユリアの声。あれは今思えば、私の深層心理が反映されたものだったのかもしれない。シンクたちに死んで欲しくなかったという私の気持ち。
 もちろん、彼女は本当にこのエンディングを迎えることを許せなかったのかもしれないが。だって彼女は預言を遺した人だから。
「なん、で。どうしてそんなには、犠牲になろうと、するのさ……ッ」
「シンクのことが大好きだから、かな。シンクに逢えて良かったよ。シンクを好きになれて、良かった」
「そう思うなら……っ、ボクの手を取ってよ! まだと行きたいところ、沢山あるんだ!」
「愛してるよ、シンク」
「……ば、かじゃ、ないの、」
 障気の向こうで、シンクが、と私の名前を呼んでくれたのが解った。刹那、赤い光がぱぁんと弾け飛ぶ。命令解除。
 もう、限界だな。私はぐっと拳を握る。
「アンタがそうしたいなら、特別に今回だけ許してあげるけど……っ、、帰ってきてよね!?」
「……ありがとう、シンク。私なんかを愛してくれて、本当に、」
 言い終わる前に、ローレライの剣を床に突き立てた。そこからがらり、と地面が崩れ落ちる。シンクの姿はあっという間に見えなくなって、声も聞こえなくなった。

 ゲームでのルークみたいに、ふわりと私の回りに膜ができた。私はフォースフィールドを解除し、自由落下に身を任せる。
「……聞こえてるかな、ローレライ。悪いけどここで死んでもらうよ」
『私を殺し、どうすると言うのだ』
 響いた男の声。私は剣の柄を握り、その声に応えた。
「もう預言なんていらないよ。私がこの世界を壊して――それで、救うから!」
 私がそう叫べば、足元に落ちていたヴァンの腕だったそれがぱぁんと弾けてゆらゆらと人の形を模した。彼が……ローレライ。
『して、どのように殺すと?』
「私の音素振動数を、あなたを消せるように調整するんだよ」
 ニヤリ、と笑う。このために準備はしてきた。ルークの代わり。それはレプリカではなく、私だ。
『……死ぬつもりか』
「生憎、私はもう一度死んでるからね。オールドラントのためならそのくらい、平気だよ」
 小さな魔法陣を描く。第七音素をたっぷりと収束したそれは、ゆっくりと私を包む光となった。
「愛してるよ、みんな」
 頬を雫が流れたのなんて、気にもせずに。私はそう呟いて自分の身体を再構築していく。
 ドクン、と心臓が鳴った。もともとは存在しないはずの音素振動数にそっくりそのままルークのそれをコピーしたのだから当然か。
 息が段々、苦しくなる。でも耐えろ、耐えろ私。

「――ありがとうユリア、機会をくれて」
 使っていない方のナイフを取り出して、それを構える。まるで譜石のように煌めいたナイフを見てからぐさり、とそれを胸元に刺した。痛みを和らげるつもりはない。両手を汚すのは最期まで私の仕事だ。
「か、は……」
 これでいいんだよね?
 どさりと倒れた床に、私の身体から流れた赤が広がった。ローレライを消すための音素と、ローレライの音素が引き合ったのが解る。
「おやすみなさい、ローレライ。あなたは少し、頑張りすぎたんだよ」
『そうかもしれないな。……無茶をしてまでそなたが得たい未来はこれか?』
「……うん。オールドラントに、素敵な未来、を、」
 もう、力が入らない。
 お休みなさい、

 首元からころん、と緑色のペンダントトップが転がった。
 最期に想ったのは、やっぱり、愛してる、緑色、で。

「あなたのことを――ずっとずっと、愛してる……シンク、」


2015.12.15 柿村こけら



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