祈りは永遠に。
16:再誕
「……ん、」
いつの間に眠っていたんだろうか、とゆっくり目を開きながら考える。あれ、私、今まで何を……? 混濁する意識を無理矢理覚醒させて、私は記憶を掘り返す。
――そうだ、シンク!
こうして意識があるってことは私の譜術は成功したっぽいけど、果たしてシンクにもちゃんと適応されて、彼も無事でいるだろうか。とにかくそれが心配で、私はふらふらする頭を無視してバッと起き上がった。
「ちょっと、何無茶してるワケ」
「え、あ……シン、ク?」
私はどうやらベッドに寝ていたらしく、シンクはその横にある椅子に座って私を見ていた。まるで医務室にいたときみたいだ。彼は仮面を着けておらず、私が起き上がったのを見ると呆れたような顔でこちらを見る。
「人にあれだけ言っておいて、ずっと寝てるなんて図太い神経してるね」
「ごめんなさい……えっ、私、どれくらい寝てた……? ていうかここ、どこ?」
「ユリアシティ。アンタが使った譜術でここに飛ばされたみたい。ボクも詳しいことはよく解ってないんだけど、ボクらがユリアシティで見つかってからは……二週間くらい経ってるよ」
「初めてだしとにかく近場に、と思ってたから成功は成功か……二週間、二週間……ってことはまだルークはバチカルにいるかな?」
確か、ヴァンを倒してから次のイベントまでは一か月くらい空白がある。そもそもシンクが地核に落ちてからベルケンドとかを回るにも時間がかかるはずだし……
なんて考えていると、ドアが開いて人影が現れた。その姿は見覚えこそあったものの、こうして直接お会いするのは初めての人――ティアの祖父でユリアシティの市長でもあるテオドーロさんだ。
「初めまして、神託の盾騎士団所属のです」
「ユリアシティ市長のテオドーロと申します。ずっと眠っていらっしゃいましたが、ご気分はいかがですか?」
「えっと、今は大丈夫……だと思います。すみません、今日の日付を教えていただいても?」
「ノームリデーカン・シルフ・25の日になります」
「絶妙なタイミングじゃんっ!」
思わず台パンをする私なのだった。
起きて早々突然キレる姿にテオドーロさんがびっくりしている。しまった。すみません、寝起きで猫を被る余裕がないんです。
「あれ、でもさっきシンク二週間って……」
「ああ……多分なんだけど、ボクらが地核に落ちてからユリアシティに移動するまでにタイムラグがあったんじゃない。あの譜術って、どういう仕組みだった?」
「えっと、私とシンクの音素を分解して、別の場所で再構築する……音素の変換みたいな譜術として発動したつもりだった」
「ならそれが原因だね。ほら、アンタは音素振動数が不定なんだろ? ボクと違って再構築するのに時間がかかった。目を覚ますのに時間がかかったのもそういうコト」
「あ〜……そっか、そこまで考えてなかった……まあ、ルークが動き始める前に起きられたから良かった。すみませんテオドーロさん、急に叫んでしまって。そろそろルークがバチカルを出る頃合いになるんです。あ、私たちのことって、他の人には……」
「伝えておりません。シンク殿から伏せておくよう頼まれておりましたので。……何やらやるべきことがあるようですが、起きてすぐで栄養も足りていらっしゃらないに違いありません。食事を用意させますのでお待ちください。積もる話もあるでしょうから」
テオドーロさんは軽く頭を下げると部屋を出ていった。残された私は探るように隣を見る。……目を覚ましてすぐ、シンクは私なんて放っておいてヴァンなりリグレットなりのところに戻ることもできたはずだ。なのにそうするどころか、私たちが生きていることを口止めしてまで私の目覚めを待っていてくれた。なんだか、今までのシンクからは考えられない。
「あの……シンク。どうして、ここにいてくれたの?」
「どうしても何も……アンタが言ったんだろ。『一緒に探しに行こう』って」
「え……」
「ボクはまだ、生きる意味なんて解らない。利用価値のない人間が生かされることはないとも思ってるし、死んだ方が楽になれる気がしてる。けど……確かめてみたくなった」
「シンク……」
「アンタに必要とされたら、ボクの価値観が変わるかどうか。それにテオドーロからヴァンが死んだって聞かされたからね。ならボクを必要としている人間はもうアンタだけだし、ちょっとくらい付き合ってあげてもいいと思っただけ。ダメなら死ねばいいだけでしょ」
まるでこちらを試すかのようにシンクは笑った。厭味ったらしいけど、それでも私はそれが嬉しい。
「死なせてあげないから、覚悟しててね」
「ハイハイ、せいぜい頑張って」
私は手を伸ばして彼の手を捕まえた。手首にすっと指を伸ばすと、とくんとくんと脈を打っているのが解る。……生きている。
「で? せっかくだからアンタのエゴに付き合ってあげるけど……何をするつもりなの? あんなに慌てるってことは、まだ何かやろうとしてることがあるワケ?」
「えーっと……まず前提としてね、ヴァンって死んでないんだよね」
「ハァ? でもテオドーロは、ヴァンも地核に落ちたって……」
「いやー、その後地核でローレライを取り込んで復活するの。だから今頃、リグレットたちと一緒に裏で色々やってるはず。ヴァンの『計画』はまだ続いてる。だからそれを阻止して――みんなには生きてもらう。私が生きてて欲しいと思ってるから。……ヴァンの『計画』がまだ活きてる以上、本当はシンクもあっちに行きたいかもしれないよね。だからもし私と一緒に理由を探していって、やっぱり私の言葉なんか意味ないと思ったら……そのときは、ヴァンのところに行ってもいい。ま、それでも私は全力でみんなを生かそうとするけど!」
「……頑固過ぎてウザいところあるよね、って。まあ……いいよ、さっきああ言っちゃったし、しばらくは付き合ってあげるから」
「ありがと。シンクを呆れさせないよう頑張るね」
そう言ったところで、ユリアシティの人が二人分のご飯を持ってきてくれた。シンクには普通の食事、私は意識を取り戻してすぐということでお粥だ。ご飯を前にした途端、きゅるるる……とお腹が情けなく鳴る。……腹が減ってはなんとやらというコトで、私は食事をいただいた後ユリアシティをお散歩して身体の感覚を取り戻す作業に入ったのだった。
急ぎたい気持ちはあったけど、無理も禁物だということでもう一日休んでから私たちはユリアシティを発った。あの日ぶりのアラミス湧水洞に出る。じめじめした空気がなんだか懐かしい……初めは何がなんだか解らなかったんだっけ。
「あのね、私が目を覚ましたのってここなんだ」
「別の世界から来て……ってこと?」
「そう。急に不思議な声が聞こえてきて、目が覚めたらここにいて……ガイに助けてもらってたの。ガイの話じゃ、倒れてた私に魔物が近付いてるところだったんだって」
「へえ……しかし、何度聞いてもワケ解らないね。他の世界からオールドラントに来た、なんてさ」
「あはは……それは私も解んない。でも、夢じゃないってことは解るから……あ、それでね! ここを抜けたらダアトに出るけど、まだヴァンたちに私たちが生きてるって知られない方がちょっと有利に動けるかなと思ってて。ダアトから船でケセドニアの方を目指そうと思うの」
思い出を語るのも楽しいけど、それはもうちょっと落ち着いてから。私はテオドーロさんにもらった、外殻大地と魔界の二枚組になっている地図をガサゴソと広げた。既に降下させてあるルグニカ平野の半分は切り抜かれ、魔界のページに貼り付けられている。
「ケセドニア自体はもう魔界に降下してあるけど、多分こっち……まだ外殻にあるグランコクマから移動できる範囲だと思うから、こうやって行こうかなって」
「目的は?」
「ケセドニア付近で演習中のマルクト軍が襲われるのを阻止する。アスラン・フリングス将軍は知ってる?」
私の問いにシンクは頷いた。参謀総長に愚問だったか。各軍の将軍クラスの人間を彼が頭に入れていないわけがない。
「アスランがそこで死ぬ。や、アスラン以外の軍のかたも、だけど……戦闘自体は起こっても構わないよ、でもアスランや他の兵士さんが死なないよう守りたいの」
「……生きて欲しいから、ね。解ったよ」
「ありがと。じゃ、レッツゴー!」
少しでも明るく振る舞いながら、私はシンクと共にアラミス湧水洞を出た。預言が廃止されたことで大混乱となっているダアトを横目に、私はコソコソとダアト港を目指す。
「そうだシンク、これテオドーロさんに貰ったの。ちょっと使ってて」
「何これ……帽子とメガネ?」
「そう。仮面でシンクってバレちゃうけど、素顔でいたら『導師イオン』だと思われるでしょ。だから素性を隠すのに、ね」
「……まあいいけど」
うわメガネ可愛っ。
じゃなくて。
オタクの悪いところが出てるぞ、と自分を諌めながら、私はいつもの船員さんのところに向かった。毎度すみませんと思いながら声をかけると、彼はドッヒャーと驚いた素振りを見せる。
「幽霊っ!?」
「あ。スタバーグさん、私が死んだって話聞いてたんですね」
「え、ええ……でも、あれ? 生きてる……」
「ふふ、実は死んだというテイで秘密任務を遂行していたのです。なので、私が生きているということはしばらく秘密にしておいてくださいね。それで、世界がこんな混乱している中申し訳ないんですが……まだ残っているケセドニアの辺りまで船を出していただきたくて」
「もちろん、一緒ですか?」
「はい、二人でお願いします。いつもすみませんね」
「いえいえ、さんには家内がよくしていただきましたから! それじゃあすぐ出航準備しますんで、船ン中でお待ちください!」
私がダアトから移動するときにお馴染みの船員さん、もといスタバーグさんは溌剌とした声でそう言うと、船の準備をするために走り去っていった。私は一息吐き、いつもの船に乗り込む。個室が一つしかない小さな船なので、シンクと同室だ。
「何? アンタ民間人を懐柔してたんだ。どうやったワケ?」
「簡単だよ。教会の記録を副師団長権限で閲覧させてもらって、船員さんの中から奥さんのご病気がいつ治るか預言を聞くために足繁く通ってたあの人に目を付けたの。そのときはまだ『リバースデイ』みたいな譜術に気付く前だったけど……奥さん自身の預言を詠んだら原因が解った。死に関する預言だったから公開されなかっただけで、原因を知れば私なら解決できるものだったから、恩を売るためにコンタクトを取ったわけ。で、奥さんの病気を治した私に『なんでもしてくれる』って言うから、ヴァンからの任務以外でダアトを抜け出す日がきたときのために足として確保してた」
「……ボクが言うのもなんだけどさ。って結構強かだよね……アンタ、第五師団の連中を懐柔したのもそういう目論見だったんでしょ?」
「ふふ、思い返すとすっごい楽だったよ〜。スパルタ師団長の愚痴聞くだけでみ〜んな私みたいな小娘に懐いてくれたから。ま、それも『死なせたくない』からだよ。じゃないと何も知らずにルグニカ平野でマルクトとキムラスカに戦いを仕掛けて死ぬ羽目になってたかもしれないでしょう」
……言ってて思ったけど、こういうところが学校でも虐められてた原因なのかもしれない。
いや、イジメなんてやる方が100どころか10000は悪いんですが、それはそれこれはこれ。
2025.12.15 柿村こけら
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