世界の果てでは雨が止む
26:切捨
「アクアスパイラル!」
「ぐあっ!」
ティポを手にした男に銃弾の雨を降らせてやる。けれど男はティポから何かを引き抜き、奥へと逃走した!
「、後ろだ!」
「へっ?」
慌てて後ろを振り向けば、ナイフを振り上げた別の男がいた。背中を切られる感覚。私は普段アルクノアだとバレないよう行動するためにオレンジ色のスカーフを身に付けていないのだが、それが仇になった。まったく、おじさんも説明くらいは通しておいて欲しい。
「ッ、この野郎……!」
アルヴィンの放った一撃で男は倒れた。全員とは言わないが一人でも、と思うことにしておく。エリーゼは投げ捨てられたティポを拾い上げると、私たちに走り寄ってくる。そのとき、だった。ティポが目を開き宙に浮かび上がったのは。
『こんにちはー! はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー』
「……え?」
『はじめましてー、まずは、ぼくに名前をつけてねー』
時が止まったようだった。初期化されたみたいに同じ言葉を喋り続けるティポの声は無感情で、機械的なもの。
「うそ……ティポ……なんで……?」
思い違いをしていた。また以前のようにデータを採取するためだけだと思っていた。第三世代型増霊極のデータが欲しいだけなのだと。
エリーゼはその場に崩れ落ちる。抱き抱えられたティポは変わらず同じ言葉を放つだけだった。
「アルヴィン……どうしよう……私、」
「……知らなかったなら仕方ねーよ。俺だって同罪だ」
それからしばらくして、ジュードたちが追い付いた。どうやら決勝はミラが勝ったらしいが、そんな場合ではない。アルヴィンが事のあらましを説明すると、エリーゼはミラに抱きつきながら堰を切ったように泣き出す。
「迂闊だった……私が、私がもっと早く来られてたら、」
「……って! ちょっと、背中! 治療するからこっち向いて!」
「……いいの。治さないで。私がティポを守れなかったから――……」
「そういう問題じゃないでしょ! 後に響いたら……!」
ジュードにぐいっと手を引かれ、患部に治癒功を掛けられる。その横でミラはエリーゼを振り払い、落ちていた黒匣を踏み潰していた。それからアルヴィンにアルクノアが逃げたのはいつかと尋ね、エリーゼをちらりと見る。
「では、盗まれたものを取り戻すのは難しいだろう。奴らの逃げ足の速さはよく知っている……もうここに用はないな」
「え……でも……ミラなら……」
「エリーゼ。お前が奴らを捜したいと望むなら、止めはしない。だが、それならお前とはここでお別れだ」
言うだけ言って、ミラはさっさと外へ行ってしまった。その背をレイアとローエンが慌てて追い掛ける。残された私とジュードとアルヴィンは、服の裾を握り締めるエリーゼに何も言えなかった。
ここにいても仕方ないので、落胆するエリーゼの手を取って歩き出す。ちらりと見えた彼女の瞳はとても寂しい色をしていた。
四人で外に出ると、そこには巨体の男性が立っていた。魔物を連れているところを見るに、あれは確かア・ジュールの……。
男性はエリーゼを見ると、驚いて後ずさった。
「娘っ子……とうとうこの場所に着てしまったのじゃな」
そう言って、彼はとうとうと語り出した。エリーゼの両親が野盗によって既に殺されており、残されたエリーゼは実験体としてこの岩孔にあった研究所に売り飛ばされたということを。
「エリーゼ……」
「気を落とさないで……ね?」
ジュードとレイアがエリーゼに声を掛けるが、わなわな震えていた彼女は私のてを振り払うと鋭い目つきで二人を睨み、叫んだ。
「ジュードやレイアにはちゃんといるじゃないですか! みんな……」
『そんな人たちにエリーゼの気持ちが解るもんかー』
言い捨てると、彼女は狩場の方へ走って行ってしまう。
「エリーゼ!」
「レイア、ここは私に行かせて。……それと、ミラ」
「む?」
追おうとしたレイアの肩を掴んで止める。今のエリーゼが一番苦手なのは、両親に愛されて幸せに育ったレイアだろうから。
「ちょっとは空気読むことも覚えたら?」
ミラ相手にそう吐き捨てて、私は岩孔を抜ける。今のはちょっと八つ当たりもあった、かな。
2015.05.19 柿村こけら
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