世界の果てでは雨が止む
57:消失
「くっ……ようやく源霊匣を生み出せたってのに……くそ……」
忌々しげにジランドおじさんは呟いた。セルシウスはそんな彼をぼうっと見つめている。
「あんたの目的はせいぜい向こうの奴らに恩売ってのし上がるためだろ。源霊匣とやらに何の意味があるっていうんだ」
「違う! ジランドおじさんは……!」
アルヴィンに反論しようとした私をおじさんが止めるので仕方なく口をつぐむ。
「源霊匣は黒匣と違い、精霊を消費せずに強大な力を使役出来る……だから、人と技術に溢れたエレンピオスには必要なんだよ」
「どういうこと……?」
チッ、と舌打ちを零しながらもおじさんはセルシウスを操っていた箱を取り出した。黒匣のようで黒匣じゃない、彼の集大成。
「エレンピオスは精霊が減少したせいでマナが枯渇し、消えゆく運命にあるからな」
見たこともないエレンピオスの風景は、彼が語ってくれたから知っている。精霊は誰にも認識されず、ただただ消えてゆくだけ。滅ぶことが解っている世界。
「でもそんなの……元はといえば、黒匣を使い続けたあなたたちの自業自得じゃない……」
「私たちは生きていくために黒匣を使うしかないんだよ! 精霊なんて見えないもの、御伽噺だ。いるかも解らない存在になんて頼れない……だけど、おじさんのこの技術が広まればエレンピオス人だってマナを得られる」
吐き出すように告げた私をミラは見下して口を開いた。彼女にとっての守るべき人間というのはやっぱりリーゼ・マクシア人だけなのだ。余所者のエレンピオス人なんてどうでもいい。
「今更何を……二千年前、黒匣に頼る道を選んだのはお前たちだろう」
「俺じゃねえ!」
「……お前の愚かさはここに至っても変わらないのだな」
――愚か? 私たちの何が愚かしいのか。滅びゆく故郷を助けたいと思う私たちはそんなにも愚かしいだろうか?
「じゃあ何、死ねとでも言うの!?」
「!」
「人間を愛するなんて言っておきながら、黒匣を否定して私たちエレンピオス人を殺すくらいなら! 最初からそんなこと言うな! ミラに殺された私たちの仲間はもうエレンピオスを見ることすら出来ないっていうのに!」
叫んでも、彼女には届かない。理解してくれる訳もない。それが何より悔しくて仕方なかった。まるでリーベリー岩孔でティポを見捨てたられたエリーゼのリプレイでもしているようだった。
「っ……ぐぅ……ッ! がああああッ!!」
「おじさん!?」
突然、胸を抑えて彼はうずくまる。苦しそうなその姿はセルシウスを、大精霊を使役した反動だ。セルシウスの水色の身体が淡くなっていく。おじさんからのマナ供給が断たれたのだろう。
「俺が死んでもリーゼ・マクシアの運命は変わりはしねえ! ……お、俺たちの計画は断界殻がある限り続けられるぞ……ザマァみやがれ……ぐあああああああ――ッ!!」
「ジランド!」
「ジランドおじさんっ!!」
宙に伸ばされたおじさんの腕は何も掴むことなくどさり、と地に落ちた。息が途絶える。セルシウスの姿は完全に消えていた。
「〜〜ッ……」
項垂れる私に目もくれずにミラは槍の元へと歩き出す。背後でばん、と扉が開いて、ガイアスと仲間たちが傾れ込んできた。
「既に決していたか」
「一足先にな」
ガラスの床板の上を歩きながら彼女は告げる。操作盤の前に立つと、ラフォート研究所でやったときと同じような動作で魔法陣を描いた。地水火風の紋が浮かんで槍に掛けられていた封印が解かれる。ぬるり、と現れた四体の精霊はミラの周りを取り囲んだ。
「お前たち、無事で嬉しいぞ」
ノームとシルフがミラに抱き着く。そんな二体をイフリートが見て、その隣でウンディーネは悲しそうな目で私を見遣っていた。彼女の蒼い瞳は全てを見透かすようで。
「マクスウェル」
「ガイアス。こればかりはお前でも邪魔はさせない。クルスニクの槍は、この場で破壊する」
ガイアスが長刀の柄に手を掛けるが、分が悪いと判断したのか抜刀はしない。それだけ四大の力を取り戻したミラの存在は絶大なのだ。
ミラの手がすっと上に持ち上がる。四大への攻撃合図だ。ウンディーネが私から目を逸らした――その瞬間。
「うわっ!?」
ずどん、と重力が私たちを襲った。圧倒的な圧力の前で私たちを指を動かすことさえ難しい。ミラたちでさえその場に座り込んでいた。
「これってまさか、ジランドの罠……? っ、、何か聞いて……」
「知らない……っ! おじさんはこんなの、仕掛けてなかっ、たよ……ッ!」
重苦しい術は誰かが立ち上がることを許さない。こんなの、私だって知らなかった。
「ええい! この程度の術……破ってみせる!」
「破る……? そうだ! クルスニクの槍を使うんだよ。あれは術を打ち消す装置なんだ!」
「……ここにいる全員がマナを振り絞って、槍に注ぎ込めば或いは……」
ローエンの言葉を受けてミラが立ち上がる。槍を起動させるつもりらしい。彼女の手が重力に圧されながらも何とか操作盤の上に辿り着いた。
「ミラ!」
「……わざわざ皆が死ぬ危険を冒す必要はない」
ガラスが重圧に負けて割れ始める。足場が崩れていく前に、ミラの霊力野が解放されてマナが槍に吸収されていった。崩壊は私たちのいたところまで進んでいる。
「断界殻が消えれば……アルクノアの計画は完全に潰える。そうだろう? ……さらばだ」
槍が発動したのと、私たちが海へと落下したのは、ほぼ同時だった。冷たい水に包まれて意識が遠ざかっていく。感覚に逆らわずに、私は目を閉じた。
2015.06.21 柿村こけら
Prev / Back / Next