世界の果てでは雨が止む

77:見物

 ジュードが起きる少し前にミラは目覚めていたらしい。何でも起きて早々にバランさんの足を支えていた黒匣を反射的に斬ろうとしたらしいが、今は落ち着いているようだ。
「さて、と。俺はヘリオボーグへ行ってくるから、好きにしてていいよ。新しい黒匣の研究結果が出たらしくてね」
 そう言ってバランさんはカバン片手に出て行ってしまった。研究のことは本当だと思うけど、気を遣ってくれているような気がする。私たちはひとまずローエンとレイアの作ってくれた食事を摂りながら今後のことを話し合うことにした。

「まずは街を見てみない? 何かするにしたって、こっちのことを全然知らない訳だし」
「おっと、俺とは案内役無理だぜ。二十年前の記憶なんて合ってるか定かじゃねーしな」
「全員で行動して、街をぐるっと見物したらここに戻ってくればいいでしょ。そしたら迷うこともないだろうし。ミラもそれでいい?」
「ああ。今度は気を付けるよ、レイア」
 ローエンの作ったオムレツを飲み込んでミラが言う。食事を終えて片付けを済ませたらこの街――トリグラフを散策するということで落ち着いた。

 マンションを出ると、色彩の少ない街が広がっていた。来るときに一度通った道ではあるが、見直しても何だか落ち着かない。
「……何だか落ち着かないところだよね」
「自然がないからかな……」
『自然がないのって黒匣を使ってるからー?』
 ティポの質問にアルヴィンが頷いた。
「その通り。精霊が減っていってるせいで、自然がどんどんなくなってんだ。エレンピオスの死は遠くない」
――エレンピオスが滅びるのを待つ。
 そう言ったのは他ならぬマクスウェルだ。エレンピオスからリーゼ・マクシアを分断して二千年、彼はずっとこの世界の死を待っていた。一方で、この世界の死を望んでいなかったジランドおじさんは異界炉計画に賛同した。

「アルヴィンさん、あれは?」
『異界炉計画を我々は指示します。大方、黒匣を扱っている商人たちが出したんだろ』
「あれ? でもこっちだと、黒匣の絵にバツがついてるよ」
「こっちは『異界炉計画を撤廃しましょう』だね。何もエレンピオス人全員が異界炉計画を支持してる訳じゃないってこと」
「なるほどね……なんか意外」
「非人道的だとかそういう意見もあるらしいよ。リーゼ・マクシア人と違ってエレンピオス人にはリーゼ・マクシアのことを知っている人もいるんだけど、どうにも精霊の世界っていう御伽噺めいた場所だって思っている人も少なくないの。……おじさんの受け売りだけど」
「そっか……お互いの理解が不十分なんだね。ところで、ガイアスはどうやって異界炉計画を止めるつもりなんだろう」
 目下の問題はそれだ。私たちがこうしてエレンピオスにいるのは、ガイアスとミュゼがエレンピオスに来ると踏んでマクスウェルの力で先回りした次第である。折角先にエレンピオスに到着したのだから、彼らを止められなくては意味がない。


 駅の方までぐるりと街を一周して、私たちはマンション前の公園まで戻ってきた。ブランコが淋しそうに揺れている。誰か使っていたのだろうか。
「……エレンピオスの人たちも、わたしたちと変わらない人なんですよね。見て、思いました」
「まあ、誰一人精霊術なんて使えないけどな」
「こんな大きな街を精霊術の助けなしに作ったなんて、それはそれで凄いと思うけど……」
「そうだな。エレンピオスがリーゼ・マクシアとまったく異なる文化を営んでいることはよく解った。アルヴィン、。ここがお前たちの故郷なのだな」
「……あんまり実感涌かないけどね」
 そう返せば、ミラは驚いたように目を丸くした。隣でアルヴィンも頷く。
「いざこうして帰ってきたら、何で俺、こんな終わった世界に戻りたかったんだろうって思ってな。な、?」
「……うん」
 それから私たちは一度バランさんの部屋に戻ることにした。今後の身の振り方をもう一度ちゃんと考えるために。


 机について、最初に口を開いたのはジュードだった。
「僕、エレンピオスに来て、街を見て回って、改めて思ったんだ。エレンピオスから黒匣は無くせないって。でも、それでも断界殻は無くさなきゃいけない。だから……僕は僕なりの答えを見付けなきゃならないんだ。マクスウェルにも約束したしね。だから僕は、リーゼ・マクシアとエレンピオス、両方を救う方法を見付けるまでは帰らない。それで……僕とやりたいことが一緒なら、一緒にここに残って欲しいんだ。わがままだとは、思うけど」
 言い切ったジュードはただ無言で全員を見ていた。
 私は。私のやりたいことは。それはもうとっくにジュードに伝えている。

「――私も残るよ、ジュード」
 エレンピオスとリーゼ・マクシア。二つの世界を共存させること。それが私の何よりもやりたいことだ。




2015.06.27 柿村こけら



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