世界の果てでは雨が止む

91:現在

「遅くなっちゃって、ごめんね」
 私が訪れたとき、そこはもうほとんど廃墟みたいなものだった。二十年間、誰も暮らしていなかったのだ。門の前に駆けられたプレートには、と、すっかり薄くなってはいるが記されていた。

 トリグラフから少し行ったところにこの家――私の両親の暮らしていた場所がある。バランさんのツテで色んな人に#グランディア#夫妻について聞いた私は、ようやくここに辿り着けた。世界が目まぐるしく変化していく中で、ここは時代に取り残された場所のようだった。
 キッチン、ダイニング、両親の寝室。一度も使われなかった子供部屋は薄いピンクのカーテンが下がっていた。二階建ての家はボロボロだったけど、確かに両親がそこで暮らした痕跡がある。
 庭には菜園でもあったのだろうか。土地の痩せたエレンピオスで植物なんてロクに育たないだろうに。丁寧に、植えられた苗の種名まで書いてある。
 いつかここにも花が咲くだろうか。――いや、咲かせてみせるのだ。それが約束。

 そんな枯れた庭の中心に、私は両親の墓を作った。墓といっても骨も遺品もない。ただ二人の名前が刻んであるだけ。彼らは何も残せなかった。
「お父さん……お母さん……」
 ねえお母さん。丈夫に産んでくれてありがとう。レティシャさんがああ言うんだもん。きっと私、お母さんにそっくりなんだよね?
 教職に就いていた彼女は、子供たちに色々なことを教えていたと聞いた。元々は父と同じで学会などに出たりすることもあったそうだけど、研究は父に一任して子供たちに精霊の存在について教えることに勤しんでいたという。
 ねえお父さん。お父さんの論文、読んだよ。リーゼ・マクシア御伽話なんかじゃなかったし、精霊もいた。エレンピオス人のあなたは精霊を感じられなかったかもしれないけど、きっとエレンピオスのこれからに関わってくれる存在だよ。


 二人の墓の前に座って、太陽が沈んでいくのをゆっくり見ていた。みんな、もう前に進んでる。私はやっとスタート地点に立ったところだ。アルヴィンはユルゲンスさんと商売を始め、エリーゼはティポをしまって学校に通い出した。ローエンは軍の教鞭を執る傍ら、ガイアスと国政に携わっている。レイアは看護師を辞めて新しい道を模索し、ジュードは学会に源霊匣を発表した。
 いつだったか、ジュードにこの旅が終わったらどうするかと聞かれた。あのとき私は変わりなく傭兵をするつもりだと嘘を吐いた。実際に旅を終えると、どうしようもない脱力感だけになってしまっている。
「私、どうしたらいいかな」
 墓石は何も返してくれない。


 それから星が見えてくる頃、私はようやくトリグラフへ戻るため立ち上がった。あまり遅くなるとバランさんに心配されてしまう(今はバランさんの家に泊めてもらっているのだ)。
「あっ、お帰り〜。アルフレド来てるよ」
 マンションに戻ってすぐ、バランさんが客間にいたアルヴィンを指差さした。顔が赤い。どうやら二人で飲んでいたらしかった。
「辛気くせーツラしてどうしたんだよ。ご両親の家、見付かったんだろ?」
「うん……」
 アルヴィンの隣に腰を下ろして、私はバランさんのくれた缶ジュースを開ける。
「先が見えなくなっちゃった。源霊匣の普及に尽力するとは言ったけど……私、ジュードみたいに研究者じゃないし。それに……」
 後ろめたい気持ちも少しだけあった。私がアルクノアにいたことは変わらない。そんな私が今更何を。責められて当然、そんな思考の袋小路。

「……お前さあ、教免持ってたよな?」
「へ? え……まあ。代理みたいなやつ……っていうか仮免みたいなもんだけど」
「じゃあそっから始めりゃいーじゃん。俺は向いてると思うぜ、教職」
「そ……っ!」
 そんなの、無理に、決まってる。立ち上がった私に声を掛けたのは、おつまみの入った皿を持ってきたバランさんだった。
「持ってたんだ? ちなみに何で取ったの?」
「前に仕事で、ちょっとだけ青空教室みたいなものの手伝いしたことがあって……と言っても、大した勉強した訳じゃないんですけど」
「へー。こう言われるのは嫌かもしれないけど、やっぱりグランディア教授の娘なのかもね。俺もいいと思うよー、教職。エレンピオスについてまだ何も知らない子供や、そのまた逆もしかり……教えられるのは、の強みじゃない?」
 つまみのお菓子を口に放り込みながらアルヴィンも頷く。

「お互いにまだ偏見を持ってる。でもガキっつーのは単純だからなー。ちゃんと本当のことを教えられる奴が……っと、そうだ思い出した!」
 アルヴィンはポケットからGHS――エレンピオス製の通信機器――を取り出すと、メール画面を開いて私にパスした。
「エリーゼのとこの学校、確か教員募集中だ。一人寿退社したんだってこの前エリーゼが言ってたぜ。つー訳で、カラハ・シャール行ってこい!」
 出会いの街だろ、あそこ。そう言ったアルヴィンに突き飛ばされるようにして私はトリグラフを出た。




2015.06.28 柿村こけら



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