HBD, dear TOX
08:NO.F41DD #5
「さっきアルヴィンに会ってね。ずっと捜してたのにどこ行ってたのって聞いたら、それはこっちの台詞だって呆れられたの」
こつん、こつん。分史の私が一歩歩く度にヒールの音が鳴った。ざわざわと騒がしい病院の中で私たちに注目する人なんていない。
「聞いてみたら、さっきまで一緒に仕事してたって言うじゃない? でも私、そんな記憶ないのよね。それで――あのマティスのところに自分から行ったっていうからさ。じゃあまだ私の偽物はいるんじゃないかと思って急いで来てみた訳」
腰のホルスターから銃が抜かれる。私とまったく同じそれは、しっかりと私の顔を狙っていた。眉間に撃たれたらおしまいだ。違和感に気付いたらしい周囲の人々がどよめき始める。一年前の私そっくりなその女と私の唯一の違いなんてウンディーネの加護を受けているかいないか。
「答えなさい、偽物。あんたは誰? 答えないのなら撃つわ」
「……解った、答えてあげる。でもここは病院よ。場所を移さない?」
「いいことを教えてあげるわ。私、そういう時間稼ぎみたいなの嫌いなの」
「ッ、流麗なる聖水の鎧! アクアプロテクション!!」
ざっと急いで魔法陣を描いて水の膜を張り出す。私によって放たれた弾は水に受け止められ爆ぜることはなかった。こいつ、悪い意味で私そっくりだ。容赦なんて言葉を知らなくて、自分さえ良ければそれでいい。周りのことなんて見てもいない――そんな、一年以上前の私にそっくり。
「こいつは私が抑える。ルドガーとミラは患者さんたちの避難をして!」
例え壊れてなくなる世界だったとしても、巻き込みたくはなかった。この人たちを全員殺すのは私たち、そんなこと解ってる。けど偽善者であり続けることをやめられはしなくて。
相手が自分じゃ精霊術は分が悪い。私は銃を抜いて近くにあった椅子を蹴り飛ばす。
「……私と同じ顔してるくせに、なんで精霊術使えるのよ」
「そういう契約をしたからよ。マナを生み出してる訳じゃないわ――あなたと同じで」
「訳解んない。――タイドバレット!」
「遅い! ゼロディバイト!!」
放たれた水の弾丸を避け、周り込むような軌道を描く弾を私は放つ。この世界の私は傭兵ではなく便利屋だ。戦うという点において、魔物を狩るくらいは出来ても本気の戦闘であれば私には及ばない。
突如始まった銃撃戦に院内は完全にパニック状態に陥っていて、ルドガーとミラの誘導もあまり聞こえていないようだった。せめて民間人に弾が当たらないように動いているけれど、分史の私はそんなことを考える余裕もないようだった。いくら撃っても当たらない私に対してやきもきしている。そんな感じ。
「くっ……何で!」
銃のマガジンを交換する彼女の手は焦っているせいで上手くいっていないようだった。その隙を見計らって足元に弾を撃ち込む。氷のマナを纏ったその弾はびきびきと足元を凍らせて、彼女をその場に固定した。
「ルドガー!」
変わらず混乱状態が続く病院内でルドガーが私の声を聞きつけて急いで走ってくる。私と彼女の周りだけまっさらで、蜂の巣になった椅子が転がっているだけ。
「時歪の因子?」
「……違う。じゃない。でもジュードでもなかったし、一体誰が……」
「……面倒ね。ちょっと、私。私あなたに聞きたいことがあるの。死にたくなかったら素直に答えてくれる?」
「っ!」
銃口を首筋に当てる。うえぇ、何が楽しくて自分の身体にこんなことしなくちゃいけないんだか。
「答えて。あなたはエレンピオスに帰ろうとしてないの?」
「……エレンピオス?」
「あなたの故郷よ。あなたの両親が生まれた……」
「何言ってるの。お母さんはカラハ・シャールの生まれだし、エレン……何? そんな場所のこと、私知らないわ」
「っ……じゃあ、アルヴィンやジランドおじさんは? あの二人はエレンピオス人でしょ」
とぼけても無駄、そう言っても彼女は首を傾げるだけだった。おかしい。アルヴィンの話では、私はエレンピオスについて知っていたし、マナが生み出せないという点も一緒だったはずだ。微妙なズレが生じている。こんなの、どうして。
「質問を変えるわ。あなたのご両親はマナを生み出せる?」
「生み出せないわ。そういう体質だもの。私も遺伝してる。壁の向こうで生まれた人は大抵そうよ」
「壁の向こう?」
「知らないの? 断界殻――バルナウル街道からガリー間道に掛けて出来てる巨大なマナの壁。その向こうで生まれた人たちは先天的にマナが作れない体質になる。そんなの常識でしょ?」
常識じゃない!!
でもアルヴィンは、エレンピオスのことを解っていたようだったし……。
「……エレンピオスはあるけど、もしかして……断界殻が二つあるんじゃないのか? 第一防衛ラインが正規のもので、第二防衛ラインとしてカラハ・シャールのやつ……どうだろう」
「その可能性はあるんじゃない? と、なると……」
「断界殻が時歪の因子!?」
今は室内だからそれが見えることはない。でも、ここがまだ夜域にあるということは断界殻の影響がモロに出ているということ。
アルヴィンたちにも何らかの事情があって、それでエレンピオスのことを私に言っていないのだろう。カラハ・シャールを第二のエレンピオス枠として使用している。そんな感じ。
それにしても断界殻ってルドガーが壊せるものなんだろうか……と、彼のことをちらりと見ながら思う。でも壊さない限りはどうしようもないし、やるしかないんだろうけど。
「……さっきから何の話してるのよ」
「こっちの話。私たちはもうやらなくちゃいけないことがあるから。悪いけどこのままそこに貼り付いてて」
「ふざけないで! いきなり来て、私と同じ顔のくせに……何だってのよ!」
私が吼える。その顔は状況を把握出来ていないせいで、置いて行かれまいと必死になる子供のそれだった。
ルドガーが少しだけ辛そうな目をして背を向ける。すっかり避難の終わったロビーで、荒れた椅子と身動きの取れない分史世界の私、それからミラと私が無言で佇んでいた。
「ねぇ、――っ!?」
ミラが声を掛けようとしたのは私だったのか、それとも分史の私だったのか。解らないけれど、飛んできた拳圧の前で余計な会話をしている暇なんてない。
医学生のそれは、護身術の域を超えている。
「……援護するわ」
ミラが剣を抜いて詠唱を始める。白衣を歩きながら脱ぎ捨てたその少年――言わずもがな、ジュードは、ぎろりとまるで獣のような目をして私を睨んだ。
「ッ三散華!」
「タイドバレット!」
仕方なく一度床から動けない私を置き去りにしてバックステップで後退する。飛んできたジュードの背を切り裂くのはミラが放ったウィンドカッターだ。体勢を崩したところに弾を撃ち込む。どうして、ジュードが。
病院で暴れたのを怒っている……訳ではなさそうだった。
「最初から怪しいと思ってた、」
椅子を蹴飛ばしながらジュードが告げる。頭上から叩き込まれた鳳墜拳を寸でのところで避けて、床を転がった。
「何が」
「が僕のこと、そういう目で見る訳ないもんね」
「……?」
どうして、名前を。
この世界の私とジュードは――仲が悪かったのではないのか。
「不思議そうな顔してるところ悪いんだけど、本当に仲が悪いと思ってたの? のそっくりさん」
「じゃなかったら、どうしてあんなこと……」
「当然、怪しまれるからだよ。君のところの過保護がすぎる保護者にね」
仲が悪いくらいが丁度よかったんだ。そう、ジュードは笑って告げる。脳裏によぎる、シャン・ドゥで幸せそうに暮らすおじさんの姿。……まったく、面倒な世界だ。おじさんまでが優しい。そんなの、現実では二度と有り得ないことなのに。
「初対面は最悪だったけどね。でも意見交換が成立して……まあ、後はお察しの通り。それで、のそっくりさん。あなたは何が目的なの? ルドガーも……僕たちに何を求めてた?」
「強いて言うなら……この世界を壊す、ってことかな。ねえ、ジュード」
「何?」
「そこにいる私のこと、愛してくれてた?」
「愚問だね。そんなの、決まってるじゃない」
ぱん、とナックルが打ち鳴らされる。ていうか、なんで普通にナックル持ってんだこの医学生!
「愛してるよ」
「……やっぱそれ、私のジュードに言われないと嬉しくないや」
構えた銃口は、殴り掛かってくるジュードの眉間に向けられている。引き金を引いた瞬間、世界が弾ける音がした。
2015.09.08 柿村こけら
分史世界NO.F41DD
深度:52/偏差:0.66/侵入点:シャン・ドゥ
時歪の因子:断界殻
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