Tales of

昼下がりの海瀑にて

「にしても暑いよなぁ」
 ぽつりと零したのはルドガーだ。誰も言わないようにしていたセリフをあっさりと言ってのけるあたり、彼は図太いのかそれとも何も考えていないだけなのか。まあさっきまで厨房に立ってフライパンを振るっていたのは他でもないルドガーだから彼が一番汗をかいているので仕方ないことだとも思うけど。
 現在地ルドガーのマンション。学校が夏休みに入ったのでエリーゼと二人してエレンピオスに遊びに来たのだ。何でも新しい遊園地が出来たとかでエルが行きたがってるから、付き添いも兼ねて。遊園地から帰ってきて夕食を食べたところだ。他のメンバーは休みが取れなかったのでまた次回、という形である。
「エルも暑い〜!! ねールドガー、エル明日のお昼はソーメンがイイなぁ」
「そうだな……もうスーパーに素麺並んでたし、明日はそうしようか。たちはもう帰るんだっけ?」
「わたしは明日レイアの様子を見てから帰る予定ですよ。わたしだって、野暮なことはしないんです」
『会うの、三か月振りだもんね〜♪』
「……ティポ!」
 掴んでやろうとしたらひょいっと逃げられた。おのれ。ちらりとエリーゼを見ればニヤニヤと笑っている。どこで育て方を間違えたんだかと思いつつ、私は空になったお皿をシンクへと下げる。
「まったくもう……」
 スポンジで汚れを落としていると、いつの間にかルルと一緒にエルがとてとてと歩いてきていた。すっかりお腹いっぱいになって満足げなルルはエルの足に絡みついている。
、エルがお皿拭くよ」
「ありがとう。じゃあそっちのはもう終わってるから、それからお願い」
「うん!」
 恐らくエル用にルドガーかユリウスさんが買ったのだろう、小さな台に乗ってエルは布巾を手に取る。きゅっきゅと手際よく拭いていく姿はきっと普段からルドガーの手伝いをしているからだ。彼女もすっかりこの家に馴染んでいる。
「ねー、リーゼ・マクシアにはプールとかないの?」
 お皿を拭きながらエルが言う。そういえば一昨日、ユリウスさんに連れられて市民プールとやらに行ってきたと言っていた。
「リーゼ・マクシアは自然が残ってるから、みんな川とか海で水浴びするんだよね。ない訳じゃないけど……」
「アナバとかないの? エル、広いトコで泳いでみたいんだけど」
「広いとこ……うーん」
 油汚れは早く落とさないと後に響く。スポンジのざらざらしたところで鍋についた焦げを剥がしながらエルの質問について考えた。人がいなくて広々としたところ。
「キジル海瀑はどうですか?」
「えっ……」
 ルルをひょいと抱き上げたエリーゼの提案に、エルはぎょっとした声を上げる。以前彼女は分史世界のキジル海瀑で海瀑幻魔に襲われたことがあるからだ。死に掛けたことを考えなくてもあまりいい思い出とは言えない。
「キジル海瀑は強い魔物が多いからって地元の人はあまり行かないんですよ。でも実際はそんなに強い魔物もいませんし、みんなで行けば大丈夫です」
「そうだね……水の中に出てくる魔物はなんだかんだでいないし。あそこ、水属性だけど陸上を移動する魔物ばかり住んでるんだよ。オタオタとか」
 びょんと跳ねるオタオタはそんなに強くない。ティポがいれば追い払えるレベルだ。
 どうですかルドガー、とエリーゼ。彼は少し考えたようだったけど、やがて彼女からルルを受け取って告げた。
「行こうか、キジル海瀑」
「ホント!?」
「ただし、魔物も出るんだから絶対に一人で泳いじゃダメだぞ」
「はーい! やったー!!」
 お皿を一度置いてエルは嬉しそうに跳ね上がる。よっぽど市民プールが楽しかったんだろう。
「……あ、そうだ。じゃあルドガー、私先に一回行って魔物がいなさそうなところ確認してくるよ」
「いいのか?」
「うん、どうせ休みだしね」
「じゃあ頼む。都合ついたら連絡くれ」
「りょーかい!」



「前に旅してたとき、ハ・ミルの人やアルヴィンにキジル海瀑は危険だ、みたいなこと言われたんだよね」
 さく、と砂を踏みながら彼は歩く。今日は研究所指定のいつもの白衣は着ていない。半袖のシャツの裾がふわりと舞った。
「でも全然そんなことないよね、ここ。僕はすごい好きなんだけど」
「私も」
 ルドガーとエルにいわゆるロケハンをしてくると約束したことを翌日ジュードに言ったら、ジュードもまとまった休みが取れたというので久々にリーゼ・マクシアに帰省することになったのだ。マクスバードから先にキジル海瀑まで移動してきて今に至る。
 もちろん低級魔物しかいないとは言え、武器の携帯は忘れていないけど。それでもお互いに久々のオフだ。リーゼ・マクシアとエレンピオスを行き来するだけで休日なんて潰れてしまうからこうしてゆっくり会うのは私たちにとって貴重な時間の使い方である。
、こっち」
 水面に点々と存在する石の上に飛び乗ったジュードが私に手を伸ばす。奥まったところに行くと魔物の巣があるエリアとそうでないエリアに分かれているのだ。ぴょん、と水の上を飛んでは魔物の少ないエリアを目指す。海瀑の大きな岩が作る影で休みながら。

 しかしまあ、のどかな場所だな、と思う。浅瀬で遊んでもいいし深いところで泳いでもいい。疲れたら岩の上で休める。観光地として目立ってしまうのは惜しいから、やっぱりこのままでいいんだけど。リーゼ・マクシアは自然の豊かな土地が多く、キジル海瀑は中でもかなり雄大な自然が広がる場所だ。
「この辺でいいかな」
「うん、いいと思う。ここまで来るのがちょっと大変だけど、エルにはルドガーが着いてるし大丈夫でしょ」
「そうだね。あっちの奥で着替えられるだろうし……にしても、ちょっと役得だな」
「役得?」
「久々にを独り占め出来たな、と思って」
 蜂蜜色の瞳を緩めながらジュードは告げた。潮風が私たちの間をすり抜けていく。
「……それ、私の台詞でもあるんだけどなぁ」
「ふふ、じゃあお互い様だね。僕だってエリーゼに妬いちゃうくらいに会いたいなって思ってたんだから」
「私だってそうだよ。ジュードただでさえ色んな人から好かれてるんだから……あの研究所の助手の人とか、他にも……」
 浅ましいなと解ってはいる。けど妬かずにはいられないのだ。ジュードは源霊匣の開発者で最早世界的に有名な人だ。そのうち歴史の教科書にだって載ってしまうだろう。かたや私はと言えば何を残した訳でもない(むしろ壊したものの方が多い気さえする)。釣り合っているのかと言われれば答えはノーだ。


「ん、むぐっ」
 ジュードにとん、と肩を押されて砂の上にぽすっと倒れこんだ。さらさらの砂が髪に絡まる。ジュードはと言うと私を押し倒してから隣に寝っ転がってこちらに向かって腕を伸ばした。
「僕はじゃなきゃ嫌だよ」
「でも……」
「難しいこと考えないでさ、今日はゆっくりしよう? ここじゃ邪魔は入らないだろうし……お昼寝、しようよ」
「……うん」

 もぞり、身体を動かしてジュードの胸の中へ。服に砂が入るのなんて気にもしないでぴったりと彼にくっつけば、心臓が早鐘を打つ音が聞こえてきた。




2015.05.03 柿村こけら
4周年フリリクへのリクエストありがとうございました!


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