Tales of
海風に溺れる
「実地調査?」
「ええ。とは言え、ほとんど建前のようなものですが。ほっほっほ」
ローエンから渡された資料に目を通す。……リーゼ・マクシアの南方にある無人島に商業施設を誘致する計画が立っているらしい。しかし未開拓の島ということもあり、まだ精霊たちが多く眠っている可能性が高い。そこで私とジュードで現地に赴き、どれくらいまで開発を進めていいものかと調査してきてほしい――というのが、ローエンならびにガイアスからの依頼だった。
「建前って言っても、これちゃんと結果出さないといけないやつじゃん。なら、私たちなんかに頼むより……」
「源霊匣の開発第一人者のジュードさんと、エレンピオス人でありながら精霊の力を借り受けたさん。しかも戦闘能力も申し分ない。百人の調査員を派遣するより、お二人に頼む方がコスパも良いのです。それにお二人とも真面目ですから、仕事もキッチリ仕上げてくれるでしょう?」
「……まあ、それはそうだけど」
リーゼ・マクシア国王ガイアス直々のご下命ともなれば、私もジュードも本業よりそちらを優先することになる。とは言え今はお互い比較的余裕のあるタイミングだし、一週間くらい職場を空けても問題はないだろう。そういうの全部見越して用意された「仕事」に、相変わらずこの指揮者は食えないお人だと笑ってしまった。
「ほっほっほ。ジジイの楽しみは若者たちが楽しんでいるところを見ることですよ」
「一枚どころか百枚くらい上手じゃない? まあ、でも……うん。そこまでしてもらって遠慮しますとは言えないし、いいよ。キッチリ完璧に仕事も仕上げてきます」
「はい。いってらっしゃいませ、さん。ジュードさんとゆっくりしてきてくださいな」
にこやかな笑みに見送られ、オルダ宮を出た私は家に帰ると荷造りを始めた。と言っても着替えと仕事に使う物をいくつか持っていくだけであまり荷物は大きくない。傭兵として長い間過ごしていた私は旅に於いて多くの荷物を持っていく癖がないのだ。と言っても最後に旅をしたのは十年前――ルドガーと一緒に世界中を駆け巡ったあの日のこと。もちろんちょくちょく校外学習やらアルヴィンの手伝いやらで魔物と戦ってはいるものの、あんな風に街から街へ、ダンジョンからダンジョンへと駆け抜けてはいない。
「……十年、かあ」
時の流れは早いものだ、と実感する。十年経ったら何かが劇的に変わると昔の私は思っていたけれど、今のところそこまで大きな変化はない。ジュードの作っている源霊匣はあと数年で流通段階まで持っていけるそうだけど、それでも黒匣のように広がるまでは十年以上かかるだろう。クランスピア社が生産体制を整えてくれていると言っても、やはり元が精霊であり、協力を取り付けていく必要がある以上はどうしても時間がかかってしまう。
マクスウェルの与えてくれた時間にはタイムリミットがある。精霊と違って短い命を必死に生きていくしかない私たちは、一秒でも時間を無駄にできないとがむしゃらに走ってきた。とは言え文字通りの粉骨砕身では保たなくなってしまうから、適度に息抜きはしてきたけれども。それでも世界を変えてしまった責任は私たちにある。ジュードとミラ、アルヴィンにエリーゼにローエン。私とレイア、ルドガー、ガイアスとミュゼ。……それから、エル。世界に住む人々の命を背負った以上、立ち止まってはいられないと誰もが思っていた。
「にしても無人島って……まあエレンピオスからも船を出しやすい位置だし、悪い案ではないのかも……」
ベッドに寝転んだ私はローエンから預かった資料を見る。せっかく新規で事業を立ち上げるのだからと、その施設は動力をオール源霊匣にする予定らしい。そしてそこを訪れた人々に源霊匣の使いやすさや安全さをアピールする目的も兼ねている、と。子供たちにも社会科見学などで訪れてもらいたいと思っているようで、なるほどそれなら私を起用したのも頷ける。
海まで機材運ぶのは結構面倒そうだけどね、と思いながら、私は資料と一緒に目を閉じた。
――で、一週間後。
「うわ、マジで無人島だ」
「いかにもだね……」
ローエンの運転する小型船で(一国の宰相が船の運転をするな!)無人島まで送り届けられた私とジュードは、予想以上に何もない島を見てちょっと引いていた。
と言っても一応視察の人たちが寝泊まりする用の簡易コテージが建てられているので、完全に人の手が入っていない、というわけではないのだが。それでもそれ以外はガッツリと森。オーソドックスな無人島のイメージで間違いないだろう。
「休火山だから噴火の心配はないらしいよ。えーっと……とりあえず実地調査先にやっちゃおうか。一週間しかないからね」
「そうだね。荷物置いてこよ」
ボストンバッグを手にコテージのドアを開ける。建てられた、と言っても、実際に泊まり込むのは私たちが初めてとのことだった。前に来た人たちはこれを建てた後、ちょっと採取をしただけで戻ってしまったらしいので。
ジュードも私と同じで荷物はかなり少なかったので、二つのバッグをコテージの床に放り投げるだけで終わってしまう。一応中を確認しておこうということになって見回ってはみたものの、キッチンとバストイレ、それ以外は寝室があるだけだ。食料は事前に運び込まれたものがキッチンに置かれている。
「……」
「……」
あ、ダメだこれ。
今ジュードが何を考えているか手に取るように解る。解るっていうか、多分同じこと考えてる――ここで何しても、誰にも何も言われないんだよな、と。きっとそう思っているに違いない。
「調査行こ。建前くらい、ちゃんとやっとかないと」
「……賛成」
ローエンに渡された調査資料はもう頭に入っている。彼の用意してくれた建前は、本気でやればそれなりに時間がかかるものだが、源霊匣研究者のマティス博士が見て「いけるかどうか」を判断さえしてくれればいいという緩い条件が課されていた。だから要するに、島を軽く回って見て、施設が建てられる環境かどうかのチェックさえすれば任務は達成される。
ジュードと連絡は取っていたが会ってはいなかったなんていつものこと。この十年、ずっとそんな感じだった。何なら旅をしていたときが一番顔を合わせていたまである。それくらい私たちは忙しくて、背負った世界を救うために必死だった。
されど私たちは所詮人間だ。十年経って二十六歳と二十九歳になってしまった私たちは、要するに一番美味しい時期を離れて過ごしていたせいもあって……チャンスに対して貪欲になってしまっている。しかもこのチャンス、なんと一週間続くのだ。誰の邪魔が入るわけもない絶海の孤島。GHSは持ってきてるけど、ここは電波が届かない。
これ以上ベッドがある部屋にいたら外に出られなくなるとぎりぎりの思考で判断して、私はコテージを出た。照れをポーカーフェイスの下に押し込んで、「そうだ、」と話を切り出す。
「基地局必要だね、GHSの。源霊匣も中継機器ないとちゃんと動かないやつもあったし」
「そうだね。今日日GHSが使えないっていうのは大きなデメリットだから、そこはちゃんと整備しないと。あとやっぱり島の生態系を壊すわけにはいかないから……」
よしよし、軌道修正完了。でもジュードの耳が真っ赤なので、完全に真面目モードには入れていないらしい。そりゃそうか。そりゃそうだ。
日没まで調査を進めようということになり、私たちは早速森へと足を踏み入れた。リーゼ・マクシア側にある島なので微精霊の気配は感じ取れて、やはり大々的に開発を行うのは危険かもしれないという結論に落ち着く。自然を生かしたテーマパークにするのも悪くないかもね、なんて言いながら初日の調査を終えてコテージに戻った私たちは、ドアを閉めて五分と経たずにベッドへと倒れ込んだ。
「っじゅー、ど……!」
息する間もなく唇を奪われる。無駄に広いキングサイズのベッド、確実に調査隊には不要な物だ。それが堂々と部屋の真ん中に置いてある時点でローエンのお節介である。下世話なジジイもいたものだと教科書に名前が載る有名人に心の中で文句と感謝を告げていると、ジュードの手が性急に服に掛かった。島を歩き回って汗だくなのは私もジュードも同じだけど、お互いにそんなことを気にしている余裕もない。
だって私たち、半年以上も直接会えていなかった。
毎日のようにGHSで通話はしていたけど、本当に忙しくて仕方なくて。源霊匣のため、世界のためと言い聞かせながら働いていたのは、会ってしまったらきっとそれどころじゃなくなってしまうと解っていたから。十年も続いた遠距離恋愛は、果たして着地点が解らない。適切な距離が解らない。解らないことだらけで、解っていることと言えばお互いの気持ちが変わっていないことくらい。
「は、あっ……んっ、、っ……!」
「ふ……ぁ、ぅっ……んぅ、ううっ……ふぁ、ジュード、っう……! んっ、んっ……!」
れろ、とジュードの舌が口腔を舐る。汗ばんだシャツを早々に脱がされて、ジュードの手が胸に伸びた。こうして触れられるのも半年ぶりで、空いていた時間を埋めるように肌が触れ合う。私だってもっとジュードに触りたいよ、なんて子供みたいな独占欲が広がって、伸ばした腕をジュードの首に回した。ぎゅうと抱き締めるように力を入れて距離を更に縮める。
本当はずっと一緒にいたかった。私と違って成長期真っ盛りだったジュードはこの十年で身長が十センチ以上も伸びて、ルドガーを抜いてしまって。デスクワーカーのくせに鍛錬は怠ってないから筋肉だってしっかり付いていて、すっかり男の人の身体になってしまったのだ。たまにしか会えないせいで、会う度に背が伸びて身体が大きくなっていくジュードを見ては悔しいと思っていたのが懐かしい。ずっと隣にいたら、ゆるやかに成長していく彼を見ていられたかもしれないのに。
「う、ううっ……ふ、っ……うぐっ……」
「えっ……ちょ、!? なっ……何で泣いてるの、もしかして嫌だった?」
「嫌なわけないじゃん……」
十年経って涙腺までバカになったのか、泣くつもりなんてなかったのに両目からぼろぼろと涙が溢れてくる。一度腕を解いて目を擦ったけど止まらない。せっかくいい雰囲気だったのに、と、台無しにしてしまった自分を恨む。
ジュードは少しだけおろおろして、それから私の背中に手を回すと起き上がった。ぽすんとすっかり大きくなった身体に倒れ込んだ私を支えて、ちゅっと頬に口付けを落としてくれる。
「っごめ、なんか私、バカみたいだ、」
「悲しい? それとも寂しい?」
「そういうのじゃない……悔しいが正解かも……なんか、割り切って頑張ってきたつもりでも、全然割り切れてなかったんだって実感して……今までだってさあ、会えないのがデフォルトみたいなところあったじゃん。なんなら一年に一回しか会えなかったときもあるよ。逆に一か月一緒にいられたことだってあった。でも……なんか、そういうの、色々考えたら……止まらなくなって、でもやっぱり、一緒にいたかったとか今更思っちゃって、」
ああダメだ、自分でも何言ってるかいまいち解らない。続きをしたいし、ジュードが欲しくて欲しくて仕方ないのに、触れ合った肌から伝わってくる彼の体温に安心してしまっている自分がいる。
今更! 今更すぎる! 十年経って情緒不安定って!! 今まで散々情緒がボコメキョになるような出来事あったじゃん私! それこそ最初の旅なんてずっと情緒滅茶苦茶で、裏切ったりミラを殺そうとしたりしてたのに!
「ほんとごめん、せっかくなのに、ジュードごめん、私、」
「ううん、いいよ。……僕、こういう時間結構好き」
「……私が泣いてるのを見て喜ぶと……?」
「そういう意味じゃなくてね!? ……嬉しいのは、が僕の前で泣いてくれてること。が僕に縋ってくれること。だってってずっと強がりだったでしょ? まあ、アルヴィンの前じゃ違うときもあったんだろうけど……基本的に泣くところなんて誰にも見せないタイプだったし、自分のことより僕やエリーゼのことを気にかけてくれてた。そんながさ、何のしがらみもなく僕の前で泣いてくれるのが嬉しいんだよ」
「……っ、なに、それ……」
ぐす、と洟を啜る私の背中をジュードがゆっくりと撫でてくれる。ウンディーネとの契約のせいで普通の人より冷たい私の肌は、ジュードの手のひらから伝わってくる熱で段々と温度を上げているようにさえ思えた。
十年前は、きっとこんな風に泣けなかった。
大人にならなくちゃと思っていたから。大人であると思っていたから。弱みを見せたら漬け込まれると思っていたから。泣く余裕なんて、全然なかった。でも今は違う。ジュードがここにいて、私をずっと見ていてくれるって知ってるから、安心して感情を抑え込まずにいられるのだ。
「ね、先にお風呂入っちゃおうか。温まった方が落ち着くだろうし」
「えっ、でも……」
「僕が一緒に入りたいの。こうやってお風呂に入るのもさ、こんなことがないとできないじゃない? それこそ『せっかく』なんだし。……どう?」
「……甘やかすのが上手いなあ」
ジュードはもう一度顔を近付けてくると、頬を伝っていた涙をぺろりと舐め取った。中途半端に脱いでいた服を今度こそしっかり脱いで、それからジュードのシャツにも手を掛ける。と思ったらひょいと抱き上げられて、そのまま風呂場へと連行された。
「本当は調査から戻って最初に入ろうと思ってたんだけど……ごめん、そんな余裕もなかった」
「いやいや、私も結構その気だったし……あ、このお風呂源霊匣使ってるんだ?」
「うん。ローエンにね、海の水を蒸留して生活用水にする源霊匣は作れないかって言われて……相談受けたときは何だろうと思ってたけど、まさか自分が最初に使うことになるとは思わなかったよ」
「はは、そりゃそうだ」
風呂の蓋を開くと暖かな湯気が立ち上ってくる。私は今度こそジュードの服を脱がしてしまうと、二人で浴槽に身体を沈めた。40℃のお湯に触れた肌が赤くなる。
「」
「ん……っ、ちゅ、ちゅっ……は、あっ……んっ、ん……」
「ちゅっ……ちゅ、んぅ、ちゅ、」
ちゃぷ、とお湯を掻き乱しながらジュードの手が後ろから伸びてきて、私のお腹の前でしっかりと組まれる。腕の中に閉じ込められた私は与えられるキスに応えながらジュードの体温を感じ取った。それだけじゃない。背中にぴたりと触れた肌の奥に、とくんとくんと跳ねる心臓がある。
私たちの未来には限りがある。残りの時間を全部使ったって、私たちが本当に世界を救えるかは解らない――でも。
十年を走ってこられたのだから、次の十年も、もっと先も。ずっと走っていけると、そう思う。
「あ、っ……んぅ、はっ、はあっ……ジュード、っ……ふ、ぁっ……!」
「っ……! 、好き、大好きっ……!」
舌が絡んで水音を立てると同時に、お風呂に張ったお湯もちゃぷんと揺れた。身体を反転させてジュードの方を向くと、改めて彼の首に腕を回す。
自分でも解るくらい心臓がうるさい。のぼせないように注意しなきゃなあ、なんてどこか冷めたことを不思議と考えながら、打ち止めたキスの後にジュードの蜂蜜色の瞳を見遣った。
2022.11.01 柿村こけら
TOX2、10周年おめでと〜!!!!
▷Back