Tales of

いい子はおしまい

「あ、お久し振りです。あの後は魔物出ませんでした?」
「ああ、その件ならラ・シュガルにいい物がありましたよ。お店の連絡先教えましょうか?」
「も〜、あのとき本当キッツかったんですからね〜? ま、レア素材もいっぱいいただいたんでいいですけど!」
「えっ……ラミーちゃんもうそんな歳!? えぇ……この前こんなちっさかったのに? うわ、時間の流れを感じます……」
 なんて、会う人会う人にが的確な会話を引き出しているのを見て、彼女の顔の広さにただただ驚いてしまう。
 そりゃ、何年も傭兵として各地――ラ・シュガルどころかア・ジュールまで――を巡っていたなのだから、そりゃ顔が広いのは当然だろうけど。ハ・ミルとイル・ファンしか行ったことがない僕とは大違いだ。
 アルヴィンもそうだけど、二人はとにかく人の顔をよく覚えている。一回依頼を請けただけのお客さんでも、名前も仕事内容もバッチリだ。だからこうして、不意に声をかけられても話が弾んでしまうのだろう。
 かれこれ半刻くらいは話してると思う。お喋り好きなマダムに捕まってしまったのが運の尽きだ。ちなみにが請けた依頼は「畑を荒らす魔物の駆除」で、それ自体は大した魔物でもなかったため五分で終わったらしいのだが。よくもまあそこからこんなに話が盛り上がるものだ。
「へ〜、シャン・ドゥのあのお店、いまそんなことになってるんですか」
「そうなのよぉ! 世代交代のタイミングで従業員の一斉ストライキがあったらしくてねぇ、それでねぇ、」
「……なるほど、それは大変ですね。いいお店だったのに、奥さんも困るでしょう?」
「ほ〜んと困ってるわよ! 近所の人たちもね、みんな……」
……まだ続きそうだ。
 別に、今日は宿屋を確保できたので特に急いでもおらず、むしろ帰って休むだけなので時間はあると言えばあるのだが。しかし街に着くまでに戦闘もあったし、にもきちんと休んでもらいたい。グミやボトルが入った紙袋を手持ち無沙汰に抱え直しながらを見ていると、不意にぎゅるるる……とお腹が鳴る音が響いた。
 僕のお腹から。
 うわー! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! 別にすごくお腹が空いてるってわけでもないのに! うーわー! 自分でも解るくらい顔が熱くなって、思わず下を向いてしまう。見てなくなって、とマダムの視線が僕に向けられていることは明白なんだけど。
「あはは、ごめんなさいマルナンさん、うちの子がお腹空いてるみたいで。まだ聞きたいことあったんですけど、失礼しますね」
「ごめんねぇ、夕飯時に引き止めちゃって。その子は弟?」
「えー、そんな顔似てます? 従弟なんですよ、可愛いでしょ!」
「目の辺りがそっくり! ちゃんの仕事のお手伝いかしら?」
「見習いですよ。社会科見学ってとこ? ね〜?」
 ちらりと視線を上げれば、「話を合わせろ」と笑っていない目が言っていた。コクコクコクと頷いて、マダムにぺこりとお辞儀をする。マダムは「あらあらあらぁ!」なんて言いながら、持っていた手提げの中から飴玉を何個か取り出すと僕の手に握らせた。
「立派な傭兵さんになったら、僕にもお仕事頼んじゃおうかしらぁ! な〜んてね、それじゃあちゃん、またお願いするわぁ!」
「は〜い、ご贔屓に!」
 にこやかな笑みを浮かべてがひらひらと手を振る。マダムが街の奥に消えていくのを見送ってから、彼女はさっきまでの雰囲気と真逆の大きな溜息を吐いた。
「あ〜、つっかれた……ありがとジュード、ナイス助け舟」
「いや、そのつもりではなかったんだけど……」
 本当に助け舟を出すつもりがあったならもっとスマートに出してた。あんな偶発的な生理現象でしか助けられなかったんだと思うと、戦闘と治療以外の自分の不甲斐なさに恥ずかしくなる。
 でもはそんなこと気にしていないようで、ポン、と僕の背中を叩きながらウィンクを一つ飛ばしてきた。
「だとしても結果的に私が助かったからいーの。マルナンさん、いい人だしちょろいんだけど話が長いからなぁ……とは言えああいう人の情報網って侮れないし。まいいや、さっきのローエンに教えたら適当に侵入経路組んでくれるでしょ」
「え? さっきの……って?」
「シャン・ドゥにあるリリウス商会らへんが荒れてるって話。あの辺りじゃだいぶ大きいトコだからね、かなりの影響があるはず。大きい街に近付くほど『手配書』に気付く人も増えるんだから、細かい情報を抑えてこっそり進むに越したことはないでしょ?」
「……あのマダムの話から、そこまで?」
「ん。それが仕事だからねぇ、社会科見学のジュードくん?」
 アルヴィンみたいにニヤリと笑い、はわしゃわしゃと僕の髪の毛を掻き混ぜた。ボサボサになった僕をそのままに、戻るよー、なんて言いながらは歩き出してしまう。髪の毛を直す暇なんてなく、僕は紙袋を抱え直すと慌ててその背中を追った。
 敵わない、と思う。
 そりゃ考えれば当然の話なのだが。僕と違ってもアルヴィンも、各地を回って暮らしてきた傭兵だ。生き抜くための知恵みたいなものが僕なんかとは段違い。生き抜くために、ああして人の顔を覚えて、話に応えて、情報を引き出している。
 の本当の顔を僕は知らない。こうやって僕に接してくれている顔でさえ、さっきみたいに今までの依頼者と話しているときの顔なのかもしれない。本当は僕のこともミラのこともただの依頼人としか思っていなくて、この旅さえも何かのついでなのでは、とまで思ってしまう。それくらい彼女は本性を晒してくれないから。
 旅路を駆け抜けることにいっぱいいっぱいな僕と違って余裕のあるは、いつだって気を配ってくれる。エリーゼが遅れてたらそれとなく休憩を挟むし、レイアが無茶してたら前衛を交代している。もちろん僕に対しても。そうしてくれるのは嬉しいけど、やっぱり、悔しい。僕だってを気遣いたいのに、彼女はそんな隙を少したりとも見せてくれないことが。
「……そういうところが『子供』なんだろうけどさ」
 背伸びをしている。ミラやに近付きたくて。医学校では歳の割に優等生だったし(そして、それで恨まれた)、評価も悪くなかった。でもこうして旅に出て、僕にできることは自分で思っているより少ないのだと気付かされてしまったのだ。……いやまあ、急にS級の指名手配を受けて精霊の主との逃亡生活に適応できる人間の方が珍しいとは思うけど。
 いい子でいたい。優秀だという評価を受けたい。周囲に迷惑をかけずに、自分にできることをやり遂げたい。子供の頃から僕はずっとそんな感じだったから、上手くできない今の生活に歯痒さを感じて――それで、目に見える評価を得たがっているのだと思う。自覚はあった。自覚があるのが、一番厄介だという自覚も、もちろんある。
 手のかからない子。それは僕にとって最高の褒め言葉だったけど――本当は、手のかかる子供が羨ましかった。だって手のかかる子は、僕の何倍も愛されているような気がして。でも僕は逆立ちしたってそうはなれないから、だから、手のかからない子として評価されることを望んでいる。
「……ジュード?」
「っ、」
「どしたの、ぼーっとしちゃって。中入りなよ」
 いつの間にか宿屋に着いていたことに気付く。抱えた荷物で両手の塞がった僕を先に中に入れてしまおうと、はドアを抑えてくれていた。ごめん、とだけ言って慌てて中に入る。ロビーにはローエンとレイアの姿があって、地図片手に何かを話していた。
「あ、おかえり〜!」
「ただいま。レイア、何してたの?」
「ローエンに地理を教えてもらってたの! 狭い道が多いって言うから、迷わないように」
「レイアさんは覚えが早いので助かりますよ。さんも、後ほど経路を見ていただいてよろしいですか?」
「大丈夫。お土産もあるから、アルヴィンも巻き込んで会議しよっか。ジュードごめん、荷物置くついでにアルヴィンに声かけてもらっていい?」
「あ……うん、大丈夫。レイアこれ運ぶの手伝ってくれる? 入れるとこ分けておきたくて」
 紙袋の片方をレイアに渡し、僕は二階へ上がる。ローエンと共に地図を広げる姿に、僕はやっぱり悔しさを覚えた。解ってる。ラ・シュガル育ちの僕にア・ジュールの地形は解らない。ここがイル・ファンだったら役に立てたかもしれないけど、現実はそうじゃない。
 アルヴィンに声をかけると、武器のメンテナンスをしていた彼はすぐに下に降りていった。三人に任せておけば大丈夫、僕らは難なく街の中に入れるはず。……なのに。
「気になるなら行ってくればいいじゃん」
「でも……僕が余計なことして、時間がかかったら悪いし」
「勉強の一環でしょ? わたしと違ってジュードは判断も素早いんだし、気になるなら行った方がいいと思うけどな。たちだって文句は言わないって!」
「……」
 でも、とまた口が動く。手のかからないいい子でいなくちゃ、と、僕が勝手に自分に掛けた枷が軋んで締め付けてくるみたいな気分。三人とも優しいから受け入れてくれるだろうけど、本当は? 僕にいちいち説明するの、面倒だと思ったりするんじゃない?
「……あーもー、当たって割れろ! って言うじゃん! やる前からウジウジしてるの、良くないよっ」
「『当たって砕けろ』だよ」
「そ、そうとも言う! ……じゃなくて! いいから、ほら……行ってこーい!」
「うわっ!?」
 レイアの回し蹴りが僕の背中に炸裂する。浮かんだ荷物をヒョイと棍で回収してから、レイアは階段を落ちていく僕に手を振った。いくら僕でもこんな体勢で突き落とされたら綺麗に着地なんてできない。ドサドサドサッ! とバカみたいな音を立てて宿屋のロビーに転がり落ちた僕に、三人プラス受付のおじいさんの視線が向けられる。
「ちょっ、大丈夫!? 踏み外した!?」
「だ、大丈夫。ちょっと獰猛なウリボアに頭突きをされて」
 上から「誰がウリボアよー!」とレイアの声が聞こえてきた気がしたけど黙殺。アルヴィンは笑いを堪えるのに必死のようで、机に拳をぶつけて震えていた。
「足挫いてない?」
「平気。それより、えっと……その、ね。僕も、混ぜてもらっていい?」
「え?」
「地図。僕はこの辺りの地形とか全然詳しくないし、むしろ質問して進行の邪魔しちゃうかもなんだけど……知って、おきたくて。だから……」
 ぎゅ、と拳を握りながら告げる。返事を待つより先に、の笑い声が聞こえてきた。そんなこと、と彼女は息を漏らして、それから僕に手を差し出してくれる。
「改まる必要なんてないよ。それに、解らないことがあったら何でも訊いていいんだから」
「そうですよ、ジュードさん。我々年寄りは、若い者に頼られることこそ至上の喜びです」
「え、私も年寄りカテゴリなの……? まいっか。ほら、座った座った!」
 掴んだ手を引き上げられて、僕はそのままの隣に腰を下ろす。地図に落とされたピンの読み方は、やっぱりいまいち解らない。でもローエンもアルヴィンもも、僕の疑問にはあっさりと答えてくれた。ぱち、と思考にパズルがはまっていくみたいな感覚にドキドキしながら、地図の上に指を滑らせる。
――いちいち質問なんかしないで、できることだけ確実にやる方がきっと「いい子」扱いされると思う。僕とはそもそもの生き方が異なるに追いつこうなんて思いもせず、言われた通りに過ごす方が楽だし不安もない。それなのにこうして関わりたいと思うのは、きっと僕がこの旅を通して少しずつ変わり始めているから。
「……ってことだよね? この方角からだと」
「そうそう! 流石だね、次からジュードにも任せられるな〜、ねっローエン?」
「ほっほっほ、そうですねぇ。ジジイは後ろから見守らせていただきますよ」
「いやいや、アンタにも働いてもらわねぇと困るっつーの。なあ優等生?」
「う、うん。そうだよ、僕なんてまだまだで」
「謙遜しないの!」
 よくできました、なんて言いながらがまた僕の髪の毛を掻き混ぜてくる。例え僕に向けられているこの顔が他の依頼人へのものと同じそれだったとしても、僕が今嬉しいことに変わりはない。我ながら単純だ、とは思う。
 ぐちゃぐちゃになった髪を整えながら、そんな彼女にはやっぱり敵わないのだと実感した――だけど。
 敵わなくても、追い付こうとしちゃいけないわけじゃない。
 走り続ければ、きっと追い付ける。その道がいい子の通る道じゃなかったとしても、僕はこの道を選びたい。選んで、駆け抜けたら、きっと。
 きっと――僕の未来が、ちゃんと待ってくれているはずだから。



2024.09.09 柿村こけら
TOX13周年おめでと〜!!!!(一日遅刻!)


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