Tales of
爆ぜる薪に重ねた姿
モン高原は雪に包まれた場所だ。ここを超えないとカン・バルクに行くことも出ることも叶わないというのだから、首都の割に面倒な地形をしていると思う。その辺、正直私はラ・シュガルの方が好きだ。イル・ファンは綺麗で、なんだか特別な気分になれるから。
「今日はここで野宿ですな」
カン・バルクを目指す道中、ローエンが適当な洞穴を見つけてそう告げた。雪の中の強行軍ほど体力を削られることはない。無理をしてからでは遅いわけだし、この辺りで休んでおくことに異を唱える者はいなかった。
「じゃあ私、薪拾いに行ってくるよ」
「待って、僕も行く」
「大丈夫。私はここ来たことあるし、多少寒くても耐えられるからさ。ジュードは風邪引くわけにいかないでしょ? 医者の不養生になっちゃう」
「……気を付けてね」
「もちろーん。じゃ、行ってきます」
ひらひらと手を振って洞穴を出ると、私は一面真っ白の世界を見渡した。来たことあるとは言え、薪を拾えるような木がどう生えているかまで覚えてはいない。まあ適当に歩けば見つかるでしょ、一応この辺って昔は人も住んでた場所だし。
「……」
一行はカン・バルクに向かい、ア・ジュール王であるガイアスとの謁見を考えている。果たしてそう上手くいくんだろうかと考えてはいるのだが、それを表には出さない。余計な水を指す必要もないし、それに何より、例えガイアス王の理解を得られなかったとしてもミラがイル・ファンに――ラフォート研究所に戻る未来は変わらない。違うのは戦力差だけである以上、私の「目的」はどちらに転んでも達成される。仮にラ・シュガルとア・ジュールが戦争になったとしてもどうでもいいくらいだ。
「お、あったあった」
余計なことを考えるのはここまでにしよう。ジュードやミラだけならともかく、ローエンには些細なことで勘付かれる可能性がある。不安要素を潰しておくに越したことはない。ダイヤルでも切り替えるように思考をしまうと、私は折り畳み式のカゴを取り出して薪になりそうな枝を放り込んでいく。
思ったより木がある。これを辿っていけばそれなりに集められそうだと考えて、私はもう一歩踏み出した。こういう作業をしていると無心になって、余計なことを考えずに済む。傭兵として働いているときも魔物退治が好きなのはそういう理由が大きいのかもしれない。
「吹雪いてきたな……」
カゴはまだ半分程度しか枝が集まっていないけれど、深追いしたら吹雪のタイミングとぶつかって戻れなくなるし、みんなが暖を取れなくなってしまう。そろそろ戻ろうかと思ったところで、不意に名前を呼ばれた気がして顔を上げた。
「……っ!」
「ジュード!?」
見れば雪の向こうから紺色のジャケットを着た少年が走ってくる。あまり雪に慣れていないからか雪上の走り方がぎこちない。ジュードは私のところまで辿り着くと、ハァハァと息を整えてからこちらを見た。
「どうしたの? 薪なら私一人で……」
「や、そうじゃなくて……さっきの洞穴、奥にかなり大きい魔物がいてさ。幸い眠ってたんだけど、何かあっても危ないからって場所を変えることになったんだ。その連絡に来たんだよ」
「そうだっだんだ、わざわざありがとう」
「どういたしまして。ローエンもびっくりしてたよ、まさかこんなところにーって。、まだ薪拾うなら僕も……」
「吹雪いてきたから切り上げようと思ってたところ。タイミングばっちしだね、流石ジュード」
褒めてあげたらジュードは照れたように頬を掻いた。なんだかんだで長い間彼と旅をしてきたけど、ほーんと年相応にチョロいんだから。レイアと比べれば大人びているかもしれないけど、それにしたって私やアルヴィンからしたら子供にしか見えない。だから漬け込まれるんだよ、とは言わないでおいてあげるけど。
ジュードは私が持っていたカゴを持とうとしたけれど、万が一魔物が出てきた、格闘家である彼の手が塞がる状況になるのはいただけないということで私が抱え直す。ジュードに着いて新しい方の洞穴に向けて歩き始めた……はいいけど、雪はどんどん強さを増してきた。今も既に大分前が見えにくい。ジュードが色の濃い服を着ているから目視できるだけで、例えばレイアだったら服が白いから見失ってしまいそう。
「、大丈夫?」
「うん……ジュードこそ平気? 寒いでしょ」
「僕は大丈夫。えっと、あの木を……うわっ!?」
「魔物!?」
突然ジュードが驚いたのですぐに銃を抜くように構えた……が、ジュードはふるふると首を振って目の前を指し示す。そこには目印にしていたらしき大きな木――の横にうずたかく積もった雪の塊があった。
「参ったな……この道の先に洞穴があるのに」
「ええと……あ。上の崖、雪が崩れた後がある。ジュードが通った後に雪が落ちてきちゃったみたいだね」
真っ白で解りにくいが、雪の山は乗り越えられる大きさではない。しかも雪が強いから登るの自体がかなり難しい状態になっている。
「どうしよう……荷物はあっちだし……」
「まあこれくらいなら、吹雪が落ち着いて朝になったら道くらいは作れるようになるんじゃないかな。それこそミラに火系の精霊術でも使ってもらえれば」
「そうだね……を迎えに出た時点で吹雪が強かったから、もし前が見えなくなったら別のところで休むかもとは言ってあるんだ。だから、このまま近くの洞穴を使う方がいいかも。二人ならそこまで広くなくてもいいし……」
「そこまで見越してるなんてやっぱ頭いいねえ。じゃ、どっか魔物がいなさそうなトコ……」
言いながら私は崖の近くを見渡す。この辺りにはいくつか雪除けになりそうな洞穴があることが多く、雪が崩れた岩山の下にもそういう感じの穴が見えた。荷物は全部向こうだけど、まあ一晩過ごすくらいなら大丈夫でしょ。幸い薪もあるし、ご飯は一食抜いても問題ない。
「あそこ、見てみようか」
「うん」
ジュードを先頭に洞穴に入ってみる。じめじめしているが風が吹き込まない分外よりは断然暖かい。あまり深くないこともあってから他に魔物が住み着いているようなこともなく、これなら一晩過ごすのは余裕そうだ。私はカゴから薪を適当に取り出して組み上げる。生憎とマッチは荷物の方だし、私に火属性の精霊術は使えない。ちらりと隣を見れば、ジュードは私のやりたいことを察して火を灯してくれた。
「……で、なんでそんなに離れてるの」
「え、いや……」
「今更気にしないよ。それに言ったでしょ? ジュードが風邪引いたら大変、って。まあ私も体温低いけどさ、ないよりはマシでしょ」
ちょこんと座るジュードの腕を掴み、私はぴたりと身体を寄せ合った。ぱちぱちと爆ぜる薪を見ていると、少し前のことを思い出す。体感的にはもう結構前なんだけど、実はそこまで日付が経っていない。足を怪我したミラを連れて、ル・ロンドへ向かっていたあの日のこと。
「前もこんな風に野宿したよね」
「うん。がいろいろ僕に教えてくれたよね」
「仕事柄、野宿することなんてよくあるからなー。でも教えた甲斐あってジュードもいろいろできるようになったよね。ほら、今だって……」
焚き火に視線を向ければ、彼はまた照れたような素振りを見せた。
医学校でも優等生だった彼にとっては「できて当然」のことなのかもしれない。だとしても褒めない理由にはならないと、私はジュードの丸い頭をヨスヨスと撫でてあげた。もう、とジュードは言うけれど、その割に私の手を振り払おうとはしない。
「もし戻れなかったときのことまで予想するとこ。教えられたことをちゃんと実践できるとこ。レイアやエリーゼが疲れてないかちゃんと確認するとこ。他の国の王様に会いに行くっていうのにビビってないとこ。全部偉いと思うよ、私は」
「……まだまだだよ、僕は。やアルヴィンを見てると僕は知らないことがたくさんあるって思う。ローエンみたいに何重にも策を張り巡らせることもできないし。でも、言ってるだけじゃどうしようもないからさ。少しでもできることからやってみようとしてるだけで」
「だとしても行動に移せるだけすごいし偉いんだって。ジュードはもうちょっと自信持っていいよ。ジュードじゃなかったらできないこと、できなかったこと、たくさんあるんだからさ」
パキンと薪が爆ぜる。新しい枝を取って火の中に放り込むと、私はジュードの顔を覗き込んだ。恥ずかしそうに視線をふいと逸らして――ジュードがくしゃみをする。ずず、と洟を啜る音もセットだ。
「もー、言わんこっちゃない」
「ご、ごめん……」
「私が寒さに慣れてるだけだから謝らなくていーの。それよりほら、脱いで」
「え……えっ!? なんで!?」
「上着、雪の中歩いてきたから冷えちゃってるんだよ。冷たいでしょ? ほら脱いだ脱いだ」
追い剥ぎみたいなことを言いながら、私はジュードから上着を奪い取る。そして手のひらを当て、水分をマナへと変換して自分の身体に取り込んだ。ウンディーネの力を応用した臨時乾燥術みたいなもの……とは言え、完全に乾くわけではないので普通に冷たさは残っているのだが。
「んー……」
「?」
「まあいいか。ほら、こっち来て火に当たりなさいって」
「わ、わっ……!」
再びジュードの腕を捕まえて、私は彼の上着を二人で羽織る。袖は通さず肩から掛けたまま、冷えていないシャツの上から腕を回した。こっちの方が体温が伝わるし、いくら私の体温が低いとは言えさっきよりは温かいはずだ。
「ごめんね、効率ばっか気にして」
「え……?」
「青少年が望みそうな照れだの恥じらいだの持ち合わせてなくて、ってこと。私は羞恥心に負けて風邪引くくらいなら多少の恥ずかしさは我慢しちゃう。まあ誰にでもとはいわないけどね。ジュードだからだよ」
言いながらジュードの身体に回した腕にもう少し力を入れた。近付いた身体が少しずつ温かくなる。ジュードは少し迷った素振りを見せて、それから私の方にそろりそろりと腕を回してきてくれた。
「……僕こそ、変に意識しちゃってごめん」
「ジュード……」
「あと、ちょっとモヤモヤしてたのかも。が僕だからって言ってくれてホッとした」
「あはは、なら良かった。じゃあ朝までこの調子であったまっておこうか」
ぱちぱちと炎の中で小枝が爆ぜる音がする。
つま先を火に当てながらこくりと頷いた少年は、雪の中をたくさん歩いたから疲れていたのだろう。やがてうつらうつらと船を漕ぎ始め、私の方に倒れ込んでくる。上着を掛け直して、私はそのあどけない寝顔に視線を落とした。
こんな風に接するのも全部打算からくるものだと知ったとき、ジュードはどれだけ傷付くだろう。
彼が私を二度と信用できないくらい辛い思いを味わうと解っていても、私はきっとこの振る舞い方をやめられない。だってこの方が、私の「目的」を達成するのにいい手段だと知っているから。
「……ごめんね、ジュード」
願わくば今だけは、幸せな夢でも見ていて欲しい。
そんな自分勝手なことを願いながら、私は新しい枝を火の中に放り込んだ。
2025.10.30 柿村こけら
TOX-R発売おめでとう! あったかもしれない雨止の一コマをお送りしました。
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