デウス・エクス・マキナ!
01:出られない部屋
誕生日は毎年やってくる。当然だ。年に一度のお祝いの日。生まれなかった日は364日あるいは365日存在しているけれど、生まれた日は一日しかないのだから。
そんなワケで七月末。
響也くんの誕生日が今年もすぐそこまで迫っていた。
ちなみに今年度の予定は普通にカンパニーで誕生日パーティーの予定。新しく入ってきた劇団員もいるし、ここらでみんなで主宰の誕生日を祝おうじゃないか、という話になった次第である。響也くんは「そんな、悪いよ」なんて言っていたけれど、ぶっちゃけ祝いたいというのは団員の総意なのだった。大なり小なりみんな響也くんのお世話になっているし、時には厳しいこともあるけれど響也くんの指導はいつだってためになっている。私みたいな裏方でさえそう思うのだから、板の上に立つみんなはそれ以上だろう。
別に私と祝うのはいつだってできるしね。それこそ、前みたいにみんなで祝い終えた後に家に帰ってから祝うでもいい。何せ今の私は朝日奈邸に半同棲状態なのだ――もちろん付き合っているから、というのはあるんだけど、夏前から大掛かりな公演の準備が始まってとにかく作る衣装が多いせいで、いちいち家まで帰るのがしんどくてカンパニーに近いところにある朝日奈邸にちょくちょく泊まらせていただいているという感じである。もちろん休みの日はきちんと自分の家に戻って寝たり家事をしたりとしているけれど、本当にここ最近は響也くんのところにお邪魔しているときの方が多い。客間を通り越して私の部屋だ。洗面所に私物バチバチに置いてあるし。
閑話休題。
誕生日プレゼントは団員それぞれが持ち寄ることになっている。何か大きいものを一つ買ってお金を回収するというやり方でも良かったのだけれど、そこは我らが主宰のポリシーに従うことにした。ミュージカルは、公演準備は、お客様にプレゼントを選び、渡すようなもの、というアレだ。その人が何をあげたら喜ぶか、受け取ってどんな顔をしてくれるか、そういうのを考える時間が大切で楽しくて尊いものであるという彼の意見にカンパニーのみんなは同意している。なので今年は、それぞれが響也くんへの想いを込めたプレゼントを贈る、ということになっていた。と言っても人によって値段がバラけてしまってはアレなので、一応値段は簡単に設定してある。響也くんが気負いすぎない程度のお値段。もしくは数人で選んで、予算を合計して買ってもいい、という感じだ。
彼が喜んでくれる顔を考えながらプレゼントを選ぶ時間はすごく楽しかった。まだ私の部屋……じゃなくて客間の片隅に置かれていて、明日渡されるのを待っているプレゼントのことを考えると柄にもなくうきうきしてしまう。明日は響也くんの喜ぶ顔がたくさん見られるのだと、そう期待に胸を膨らませて私は布団に入ったはずだった。
はず、だったのだが。
「……いや、夢?」
意識はある。となると明晰夢というヤツか。少なくとも私は朝日奈邸から出た覚えはないので、今意識のある私が見ているこの光景が夢であることは明白だった。一面真っ白の世界。雪景色、とは違う。例えて言うのなら無機質な実験室。四方八方を白い壁に包まれて、まるで宙に浮かんでいるような気分になってくる部屋。その中心に私は寝転んでいて、むくりと顔を上げて辺りを見回していたのだった。
こちらとしてもいっぱしのオタクなので、「あー、こういうの見たことあんな〜、具体的な作品名は出てこないけど」とオタクしぐさをしてしまう。これで私が白いワンピースでも着ていれば完璧だったのだが、生憎と袖を通しているのはパジャマだった。パジャマて。面白味がない。もうちょっと頑張ってよ私の脳みそ!
と、自分にキレながらも私は立ち上がり、壁に触れてみる。硬く無機質な、空間を隔てる壁。夢の中なら私だって超人的な力の一つや二つくらい持っていたりするかも、と期待して軽く拳を当ててみたけれど普通に痛かった。どうやら私はクリムゾン・サンにはなれないらしい。
ぺたぺたと裸足のまま、壁に右手を当てて部屋を歩いてみる。一辺は大体三十歩で歩き終えられるくらいの長さだった。寝室よりは広いが、永遠に壁が続いているというわけでもない。そして何よりドアらしきものはどこにもない。
何も、ない。
あるのは私だけだ。部屋の中には何もなく、そのせいでチカチカと輝いてさえ見える。白一色というのは目に悪い。黒一色の方が一周回って自分の身体が際立つ程度で済むから目には優しいのかもしれない、なんて思いながら最後の一辺を歩いていると、私は何かにつまづいた。何もないと言ったが嘘を吐いてしまったらしかった。
何か柔らかい物がある。壁や床の白と完全に同化してカメレオン状態だったらしい。しゃがんで手を伸ばしてみると、それはどうやら布団のようであった。ふわふわ。さっきまで硬い壁を触っていたせいで余計に柔らかく感じるそれをぺらりと捲ってみれば、そこには見慣れた顔があった。
響也くんが眠っていた。すぅすぅと、まるで眠ったまま拉致でもされてきたかのように静かに眠っていた。寝息を立てているので死んではいない。というか眠ってるも何もここは私の夢の中なので、この響也くんは私の脳みそが生み出した幻覚であるはずなのだが。
「……響也くーん?」
とは言え放っておくわけにもいかず、私はその身体を揺さぶってみる。明晰夢って、夢だと解ってるんだからさっさと目を覚まさせてほしいけど大抵の場合そう上手くはいかないものだ。つまんない夢で明晰夢モードに入ったら、それこそつまらない映画を強制的に見せられているような気分になるから最悪だったりする。どうせ夢だという意識があるのなら好きな夢を見させてくれ。まあ、脳みそはそう都合が良くはないんだけれどね。
果たして私の脳みそが生み出した響也くんはどうなのかというと、何度か揺さぶればゆっくりと目を開けた。うーん、なんて言って布団の上でごろりと寝返りを打つ。そういう仕草まで現実の響也くんにそっくりだった。再現性が高い。案外やるじゃないか、私。
なんて自分を褒めつつも、暇なのでどうにか響也くんを起こすことに集中する私だった。
「響也くん、起きて。おーきーてー」
「ん……んん……、……?」
むむ、と目を擦りながら起き上がる響也くん。声まできちんと響也くんの声だった。響也くんは目を開いてから辺りをきょろきょろと見回して、それからこてんと首を傾げる。状況がうまく把握できない、といった顔で。妙に現実っぽい動きだった。
「……ここ、どこ?」
「どこっていうか、私の夢の中? あはは、なんか響也くんと夢の中でこういう会話できるの新鮮だなあ」
「え? じゃあ俺、の夢の中に出てきてるってこと? ……どういう仕組み?」
「夢の中の響也くんに仕組みを聞かれると私も答えに困るけど、響也くんがそうやって喋ってること自体、今私の脳みそがリアルタイムで弾き出しているセリフっていうことになるんじゃない? ……って、それを響也くんに説明するのもなんか変な感じだな……」
「……でも俺、普通に意識あるよ? に作られている、って感じはしないっていうか……本当に『俺』が、の夢に客演してるみたいな感じがするんだ」
…………おおう?
でもそれって証明はめちゃめちゃ難しい。悪魔の証明。ここが私の夢である以上、響也くんが響也くんであることを説明するのは難しいのだ。何かこう、私が知らなくて響也くんなら知ってることとかを説明してもらったりすればいいのかな。でも私が知らないことである以上、その説明が本当かどうかを私は判断できなくて……以下、延々ループ。
ひとまず私は響也くんの寝ていた布団の上に腰を下ろした。ていうか、私は床に転がってたのに響也くんにはきちんと布団が用意されているって、どうにも私の扱いが酷くないか。私の夢であるはずなのに。
と、ぶつぶつ文句を考えながら座ったその瞬間だった。
「っ!?」
ブゥンと音がして、部屋が急に色づいた。色づいた、というか、映像が流れた、と言うべきだろうか。白い部屋はプロジェクターにも使えるとは思うけれど、それらしき機械もないのにどうやって。驚くべきことに、さっきまで見渡す限りの白だった部屋は間接照明の輝くお洒落な空間へと切り替わる。これには響也くんもびっくり。
二人してきょろきょろと部屋を見渡し、壁に設置されたモニターに気が付いた。壁掛けのテレビというわけではなさそうで、妙に違和感の残るモニターだ。
「悪魔の証明してる場合じゃなくなってきたなあ……」
「の見てる夢がすごいってことは解ったよ」
それは私も思う。こんな壮大じゃなくていいから、夢に響也くんが出てくるならシンプルにベンチに座って喋ってる程度にしてほしい。せっかく怖い夢とか意味解んない夢とかじゃなくて響也くんがいるっていうのに、これじゃ疲れるだけだ。
「ところで、この場で一曲歌うとかで俺って証明にならないかな?」
「うーん……歌うところ見てるし、私の脳みそでも再現できそうだからなあ。あ、もちろん、完璧にとかじゃなくて! 映像として、みたいな感じで、別に響也くんの技術を舐めているとかそういうわけではなくて、」
「はは、解ってるよ。……ひとまず証明は諦めて、後は起きた後に『夢で会ったね』とか言ってくれればいいや」
「そりゃまたロマンチックな……って、んん? なんか始まったよ」
パッとモニターが点灯して、私たちはそちらを見る。そこにはシンプルなゴシック体でこう記されていた。
セックスしないと出られない部屋、と。
「いやなんで!?」
流石にツッコミを放棄できない私だった。すぐ横にあった枕をブン殴ってみるけれど何にもならない。あけすけすぎる物言い(表示?)に響也くんはわけが解らないとばかりに口をぱくぱくしていて、それはまあとても可愛いんだけど、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
説明しよう! セックスしないと出られない部屋、とは! 文字通りセックスをしないと出られない部屋である! どういう仕組みで判定がされるのかは不明! まあ要するに、面倒な準備をすっ飛ばしててR18を書きたいオタクの常套手段である! ……なんて説明を響也くんにできるわけもなく。すみません。私はまだ響也くんの前で猫を被っていたいと思うのです。例えもう八割方バレているとしても、最後に残った二割は守っておきたいのだ。あれこの話去年もしなかった? まあいいか。
「一体どういう仕組みで成立する部屋なんだ……?」
「……デウス・エクス・マキナってコトじゃないかな」
しれっと告げる私だった。
しれっと告げるしかできない私だった。
幸い響也くんは「そっか」とだけ告げる。いくら夢の中とはいえこれはどうにもド直球すぎやしないだろうかと心配になる私だが、心配したところで状況が変わるわけでもない。私が目を覚まさない限りこの茶番は続く。これ以上響也くんを困らせるわけにもいかないので、必死に早く目を覚ませと祈ってみるのだけれど、あいにく私の意識はこの部屋に留まったままのようだった。
間接照明がいい感じで設置されていて、調度品が程よく大人っぽいブラウンで統一されたオシャレな部屋。どこかリゾートホテルのようでいて、けれどセックスしないと出られない部屋らしく、よくよく見ればホテルにしてはバランスが悪い。窓とかないし。そもそも白い壁にどういう技術なのかは解らないが投影されている映像のようなので、ディティールとか気にしたら負けなのかもしれないけど。確かなのは尻の下にある布団の感触だけだ。
「……ごめんね。私が目を覚ましたら、こんな馬鹿げた部屋から出られると思うんだけど」
「え? いや、のせいじゃないだろ。大体、見たいと思ってこんな夢を見たわけじゃないんだし」
それはそうだけど、それでも。響也くんの頭に「セックスしないと出られない部屋」という知識がない以上、こんな異常空間に私たちがいるのは私のせいだ。私の頭のせいだ。
夢を分析してみる。結局のところ夢というのは直近に体験したことからエッセンスを抽出して組み上げられるものであるのだから、この空間にしたってきっと私の記憶に起因しているのだ。例えばこのホテルじみた内装。これはこの前テレビで見たハワイだかドバイだかのホテルを紹介する番組が原因だと思う。ふかふかの布団は、私の家のベッドより響也くんのお家でお借りする布団の方がふかふかしているから。ていうかなんならセックスしないと出られない部屋だって、寝る前にピクシブでそんな感じの話を読んだからかもしれない。
最悪のオタクである。
でもそんなバックグラウンドよりも最悪なのは、多分根底に露骨に性欲が眠っているからな気がした。七月末。正しくは七月の二十日から、夢色カンパニーでは夏休み公演がスタートする。子供向けの演目は子供が飽きないようにと上演時間を普段よりも短く設定しているが、子供に伝わりやすいよういつもより大きく、ハキハキと発声したり、大袈裟な身振り手振りをしたりと、キャスト側は簡単なようでいてすごく神経を使うことをやっているのだ。しかも日によってはマチネに夏休み公演、ソワレは通常公演と振っている日もあったりして、キャストもスタッフもみんないつも以上に忙しくなる。その上で私は冬に向けて今から大掛かりな衣装を何着も作っているので、はっきり言って時間が足りない。睡眠時間を削る気はない――だって倒れたら元も子もないし――から、余計にプライベートの時間はなくなっていく。
私と響也くんは恋人同士であるけれど、それ以上に夢色カンパニーの主宰と従業員で、キャストとスタッフだ。それを蔑ろにはできない。プレゼントを毎日作っておくり届けるという行為から手を抜いたら、それはきっと私たちではなくなってしまう。
食欲も睡眠欲も満たせるけれど、性欲はこんな生活では満たせない。
だから結果的に、私は平気な顔して心の奥底で響也くんを求めていたのだろう。浅ましい。浅ましいが、どうしようもなく人間だ。彼と出会って、恋をして、満たされて――私は、もうすっかり響也くんに溺れている。私の人生で言えば、彼と過ごした期間は三分の一にも満たないのだけれど、それでも私はもう響也くんナシでは生きていけない。
「あのさ、」
と、私が悶々とハイスピードで脳みそを回転させて自分の行いに恥じていたら、響也くんがすっと私の名前を呼んだ。そしてそのまま、布団の上で手を繋がれる。絡められた指の太さが違って思わず胸が跳ねた。だってその触り方は、夜を共にするときのような触れ方だ。
「俺がの脳みそが作った俺じゃないって証明は、できないけど」
「う、うん」
「でもやっぱり、俺は俺だと思うよ。だって、その……あけすけなことを言うけれど。俺ずっと、に触りたかった」
「さ、わっ……!?」
「いい歳して欲求不満っていうのもアレだけどさ。俺も忙しいし、も忙しいし……かと言って仕事のことだから無理を通すわけにもいかなくて。大体、今がうちに泊まってるのも仕事のためで……でも、家に一緒に帰るのに、その先はなくて、」
響也くんは告げる。立板に水、というよりは、言い訳が次から次へと吐き出されていくような感じだった。テンパっているのが伝わってきて、さっきまでオーバーヒート寸前だった私の脳みそが逆に冷めていく。
「……したいなって、思ってた」
ぎゅうと手を握られた。逃がさないとでもいうように指を絡められて、そのまま響也くんが私の身体を抱き寄せる。響也くん、と名前を呼ぶより先に腕が背中に回り、もう本当に逃げられなくなってしまった。そう言えばこんな近距離で彼の顔を見るのも久し振りだ。舞台メイクをしていなくたって整った顔。きらきらと花や光を背負う王子様。ああ勝てないな、と思う。別に顔だけで響也くんのことを好きになったわけじゃないんだけど、こうやって十センチの距離で響也くんに見つめられると、もう他のことなんて色々とどうでもよくなってしまうほどに思考が蕩けていくのだ。
「夢だから、そのうち出られるかもしれないけど。でも……あそこに書いてあること、言い訳に使ってもいいと思う?」
「……大事なところで選択権を私に預けるのは、ずるいね」
「ごめん。でもほら、の夢らしいし?」
まあ迷うまでもなく答えは決まっている。私は返事の代わりに頭を持ち上げると、ちゅっと響也くんの唇に触れるだけのキスを贈った。一番簡単で、けれど一番勇気がいるプレゼント。反応は……見なくたっても、解る。
こんな明晰夢なら悪くもないと思いながら、私はふわふわの布団へ押し倒された。余裕のなさそうな響也くんが私に覆い被さって、そのまま二度目のキス。今度はさっきと違ってしっかりと舌を入れられて、口腔を彼の分厚い舌が舐っていく。
じんわりと熱くなっていく肌に恥ずかしさを覚えながらも、私は響也くんに応えるように手を伸ばした。
2022.07.29 柿村こけら
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