DCnn
甘えてなんて言わないけど
※海街主設定だけど世良と付き合ってない
「なーにしてるんですか、安室さん」
「……」
「うわっ今『げっ』って顔したでしょ! ひっどーい!」
言いながら傘を半分差し出してやる。すっかり濡れ鼠になった安室さんは立ち上がる気力もないのか、脇腹を抑えたまま視線だけを私に向けてきた。その間も雨は降り続き、ピンク色の傘を打っていく。安室さんの脇腹から溢れる血は手では抑えきれず、水溜りに流れて辺りを赤く染めていた。
傘を首に挟んで、スカートが濡れるのも気にせず膝を折る。阿笠博士特製の救急キットは、先の事件の際に色々とアイテムを足してもらったからだいぶしっかり怪我の手当てができるようになっている。クッションの封を切って膨らませ、まずそれを安室さんと壁の間に挟む。いつもなら文句言ってくる頃合いなんだけど、どうにも返事がないのは彼も色々と限界だからだろうか。傷口は深くはないけれど、浅くもない。流石の私でも銃創の手当ては無理だよなんて思ったけど、幸いなことに切り傷だった。ま、出血が酷いことに変わりはないのだが。
「安室さん、ちょっと傘持っててもらえます?」
「ああ……」
やっぱりいつもだったら「お前に借りを作るなんてごめんだ」なんて言いながら無理しようとするくせに、そんな素振りさえ見せやしない。出血量も次第に増えてきて、本格的にやばくなってきている。安室さん、と名前を呼びながら止血を続けるが雨が降っているせいで手元もかなり見にくくなっていく。意識失ったらキッツいな。まあモノレールに並走するくらいの力はあるんだから殺したって死なないだろうとは思うけど、今はそんな冗談を言っている場合じゃない。ていうかホント、私がたまたまここを通りかかったからいいけどもし誰も来なかったらどうするつもりだったんだろう。それこそ風見さんが来るまで待つ気だったとか?
「安室さんにしては無計画ですね。……ああいや、今は降谷さんですか?」
「……」
「ちょっと安室さん、何か喋ってくださいって。気絶しちゃったら本格的にヤバいですよ? この国を守るんじゃなかったんですか?」
「う、るさい……」
「はいはい。その調子で事情を説明してくれると嬉しいんですけど。……ああ、別に誰かに漏らしたりしないから安心してください。私は別に、あなたの仕事には興味ないんで」
真純やFBIのみんな、それからコナンくんたちに害がないならなんでもいい。安室透が、降谷零が、バーボンがそれぞれ何をしていたって気にしない。だってそれは安室さんがやるべきことをやっているだけで、やらざるを得ないことでもあるからだ。バーボンが裏で誰かを殺してようと降谷零が裏で何かを企んでようと正直好きにしてくれと思っている。でもトリプルフェイスとはいえ体は一つで、中身は同じ人間。降谷零が消えるということは安室透が消えるということ。彼が自分の意思で安室透を消すというのなら問題はないけれど、安室透として生きていた証拠が残ったまま彼に消えられては後処理が面倒なことになるし彼もそんなつもりではなかっただろう。犬とかどうするんだって話だよ。
「銃創じゃないですよね。ナイフ? 刺されたんですか?」
「ああ。……協力者の中に、問題のある組織と繋がっている者がいた。っ……彼が取引に携わる現場を現行犯で抑えるつもりが……予想外に相手の人数が多くてな。大半は逮捕したが、何人か逃してしまったのは……風見たちに任せた」
「その途中で揉み合いにでもなって、お腹を刺されたと」
「……そうなる、な」
「相変わらず仕事熱心ですねえ、あむ……降谷さんは」
「安室でいい。この国を守るのが仕事だ……それで? お前こそ、どうしてこんなところにいる。FBIのペットは散歩中に脱走でもしたのか?」
傷口を抓ったらうぐっと苦しそうな声が飛んできた。まったく、無理して強がらなくてもいいっつーのに。脱脂綿で血を吸いながら安室さんの顔を見遣れば、案の定露骨に苦しそうな顔をしている。
「隣町のスーパーが特売やってたんですよ。私たち、これでも節約して暮らしてるんですから。それにちょっと歩きたい気分だったので。それで歩きしなに……何か落ちてるな? って思ったら人間が落ちてたというわけです」
人間っていうか、安室さんだが。
米花町は怖い町なのでその辺に死体が落ちていたりする。この間も下校中に落ちてた死体を真純とコナンくんがあっさりと解決してしまったし(小銭がダイイングメッセージみたいになっていた件だ)、そもそも米花町に来た初日から死体が降ってきた。爆発は春の季語、賃貸には事故物件しか存在しないと言っても過言ではない(ホテルは案外事故物件じゃなかったりする)。そんな町に住んでいるから、死体っぽいのが落ちていたら一応死んでないか確認して、死んでたら110番して死んでなかったら119番。そういう生き方をしているのは多分私だけじゃないと思うから……見つけたのが私で良かったよね、感謝して欲しいね。
「厚かましいな……」
「だからヒトの地の文を読まないでくださいって。……ここから安室さんの家って結構ありますよね? 病院と風見さん、どっちがいいです?」
「……それ以外の選択肢はないのか?」
「私の泊まってるホテルは安室さんの家より遠いですし、沖矢さんの家は嫌でしょう?」
うぐ、と喉に餅でもつっかえたような顔をした安室さんは視線を逸らす。そうこうしているうちにとりあえずの止血は終わり、安室さんの背中からクッションを回収して畳む。包帯やら消毒液やらだいぶ使ってしまったから、今度補充しておかないと。救急キットをカバンにしまってから立てますか? と安室さんに問えば、彼は差し出した手を仕方なさそうに掴む。当たり前だが身長差がかなりあるので、彼の身体を背負うわけにはいかなかった。とりあえず肩は貸して、傘は私が差す。雨の勢いは弱まることなく傘と地面とを絶え間なく叩いていた。
本当にこの人、すぐ一人で動こうとするなあ。もちろん必要とあればコナンくんや(嫌々ながらも)赤井さんを頼ることはあるけれど、基本的に単独行動を好んでいる。誰かを巻き込むことで、その人が死んでしまうことを恐れているんだろう。普段私に対しても雑な対応をしているけれど、これだって私をあまり事件に近付けさせたくないからだろう。……そんなこととっくの昔からバレバレなのに、まだこうやって窮地になるまで頼ろうとしないんだから、まったく呆れたものである。
「素直じゃないですねえ」
「お前が言うか」
よいしょっと。潜入捜査中だったのか知らないが、降谷零として動いていたのに安室さんは私服だ。私服で助かった。スーツだとちょっと困る。私が。路地を二、三本入った先、雨の中でもギラギラと輝くのはネオンの照明。ブレードランナーで見たなあこういうの、とか思いながら私は適当なホテルを選ぶと、壁に安室さんを預けて傘を畳んで髪を解く。うえ、こっちまでびしょびしょだ。
雨宿りしようと思ったらご休憩看板にぶつかる、なんて少女漫画でも今時行われないようなことをまさか体験する羽目になるとは思わなんだ。苦々しい顔をする安室さんの腕を取って歩き出す。恨むなら怪我してあんなところで倒れてしまった自分を恨め。
顔の見えないカウンターに休憩で部屋を取ってもらい、鍵を受け取るとエレベーターでフロアを上がる。流石に隣町まで来たらポアロの超人気店員・安室透の顔だってバレないことだろう。がちゃりと開けたドアの先、淫猥な色をした間接照明を秒でオフにして普通に部屋の電気を点ける。安っぽい白色灯が目に痛かった。
「お前……」
「仕方ないじゃないですか、ちゃんと手当てするには寝転がってもらわないといけないですし。それに冷えた身体も心配です。安室さんの共犯者ではないですが、死なれたら困りますので。とりあえずお風呂沸かしてくるからその間に服脱いでてくださいね」
乾燥機……は流石にないが、エアコンの風が当たる位置に引っ掛けて干しておけばちょっとはマシになるだろう。幸い下着は濡れていなかったので、ワンピースとカーディガンだけ脱いでハンガーに掛けておく。備え付けのパジャマはこういうところにしてはめちゃくちゃ普通のデザインだった。湯沸かしボタンを押し込んで、安室さんから服を回収する。さっきの手当てはあくまで応急処置、ちゃんと手当てをしなきゃ傷口から雑菌が入ってしまうかもしれない(……まあこの人、雑菌入っても死ななさそうだけどさ)。
パジャマに着替えている安室さんを尻目に、私はスマホを操作する。電話帳から選んだのは風見さんだ。先の一件以来一応は知り合いになってしまったので、高木刑事と同様に電話帳に名を連ねる羽目になってしまった刑事さんである。もっともあっちは私やコナンくんのことを、捜査に協力してくれる子供(共犯者未満! ってやつだ)程度にしか思っていないようだが。
発信して三コールで風見さんは電話に出た。出ない可能性の方が高いかなと思っていたからびっくりだ。
「もしもし風見さん? 今お時間大丈夫ですか?」
『ああ、さんか。大丈夫だが、後が詰まっているので手早くできるかい? 何かあったのかな』
「ブッ倒れてた降谷さんを拾ったので、そちらが一段落したら回収しに来て頂けますか?」
『ふ、降谷さんが!? ……失礼。今はどちらに?』
「休憩所です。降谷さんの怪我を手当てしたら移動する予定なので、車回してもらう場所はまた後で連絡しますね。ええと……三時間後くらいに、米花町の方で。何かあれば折り返し私に連絡してもらえますか?」
『それは大丈夫だが……降谷さんは本当に平気なのかい? 怪我って……それに、君は……』
「意識はあるので平気ですよ。それじゃあ風見さん、また後ほど」
返事を聞く前にプツッと通話を切る。ごめん風見さん、こっちも結構急ぎなんだ。スマホを自分のカバンに戻してから安室さんの方に戻ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で私を見上げた。なんでやねーん。
「……いつの間に風見と連絡先を交換したんだ?」
「この間の事件のときに。安室さんもあまり風見さんを困らせないでください」
またフイッと視線を逸らした安室さん、どうやら一応罪悪感はもっているらしい。やれやれと思いながら私もベッドに乗り、安室さんの脇腹に蒔いておいた包帯を緩めていく。安物のスプリングはギジリと揺れ、ようやく空間にそぐう音を立てた。風呂場から持ってきた洗面器には熱いお湯と浸かったタオル。改めて光の下で傷口を見たら、これは酷い。よく止血されたもんだわ。患部の汚れを拭う度、堪えるような呼吸が頭の上から落ちてきた。
色気もへったくれもない。防水フィルムを患部に貼ってから再び包帯を巻き終えたのは、部屋に入ってから一時間ほど経ってのことだった。風呂場のタオルはすっかり血に染まって赤黒くなっており、掃除の人ごめんね! という気持ちでいっぱいになる。後でフロント寄って買い取れるか聞いてみよう(警察庁の経費で落としてやるからな!)。
「はい、終わりです。防水フィルム貼ったのでシャワー浴びてきていいですよ。あと二時間ありますしごゆっくりどうぞ」
「……すまなかった」
「あら珍しい。安室さんが私に頭を下げるなんて、明日あたりマーライオンが血を吐いたりするんじゃないですか?」
ボケ倒してみても安室さんはツッコミを入れてくることはなかった。調子狂うなー、なんて思いながら私は腕を伸ばす。私よりも大きい身体は、ぽすんと私の腕の中に倒れ込んできた。さながら母親に甘える子供のように。もちろん私と彼はそんな関係ではないが。
「安室さんが無茶ばかりする人だなんて知ってます。カプセルの落下を止めたときだって、大怪我してるっていうのに勝手に帰ろうとするんだから。あのとき私言いましたよね? 怪我を甘く見ちゃダメだって」
「……ああ」
「事件に必死になるのはいいですが、身体は資本です。……えいっ」
「!?」
パシャリ、シャッター音一つ。私のスマホに収められたのは、いががわしいデザインの壁紙が写り込んだベッドの上で抱き合う私と安室さんの姿だ。うーん、やっといてなんだが小っ恥ずかしいな。もうちょい可愛い内装のホテルが良かった。
「次無茶したらこれを風見さんに送ります」
「ハァ!?」
「女子高生とラブホ入ったことを部下に知られたくなかったら、手に負えない怪我した時は迷わず私を呼ぶことですね。……私だって一応、心配と手当てくらいはできるんですから」
写真を保護かけてクラウドに上げて、にいっと安室さんに笑いかける。安室さんはよろよろと起き上がると、ハァと深く溜息を吐いた。
「降参だよ。頼むから風見には送るな」
「いい返事ですねぇ。じゃ、お風呂入ってきてください」
スマホをカバンに入れながら告げる。安室さんは舌打ち一つ零すと(それホント、ポアロの客は見せられない顔だよ)、よろよろと立ち上がって透けてるガラス戸の向こうへと歩いていった。
2019.04.26 柿村こけら
ゼロシコ地上波おめでと〜!
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