異次元の狙撃手
02:フラットになれない沸点
「飛ばすよ!」
真純からヘルメットを渡され、いつものように彼女のバイクの後ろに跨る。ベルツリーの周辺は当然だがパニックになっていて、うっかり人を轢いたりしないように気を付けながら私たちは道路へと飛び出した。
「、どっちだった?」
「そこの角を右! ビルの位置は覚えてる!」
「了解っ」
指差した手を彼女の細い腰に戻すとほぼ同時に、バイクは信号を右に曲がる。エレベーターが混んでいたから地上に出るのが遅くなってしまった。犯人はもうとっくにビルから出て逃走ルートを確保していることだろう。
銃弾の確認まではしていないが、この距離を狙えるライフルなんて早々ないと思う。いや、あるにはあるけれど――現代日本で一般人が手にするのはいささか難しい。もしかして組織が関わっている? そんなことを思いながら、走りながらの通話はよろしくないなあと理解しつつも私はポケットからスマホを取り出した。通話履歴から呼び出すのは当然、まだベルツリーにいるであろう彼女だ。
「もしもし哀ちゃん!」
『さん? ごめんなさい、今ちょっと立てこんでて――……』
「ベルツリーでしょ? 私たちもさっきまでそこにいたから、情報共有してもいいかな?」
『そういうことなら問題ないわ。こっちは依然としてパニックのままだけど、江戸川くんはスケボーで飛び出して行った。ここから狙撃してきたビルが見えるけど、そこから逃走ルートを逆算したわ』
「オッケー了解。ちなみに、コナンくんどっち行ったかまで解るかな?」
『ええ。江戸川くんは言問橋を渡ったって言ってたわ。でもその後連絡が取れないから、彼のサポートを任せていいかしら?』
「もちろん。ありがとう哀ちゃん、また後で!」
通話を切り、私はスマホをポケットに戻すとくいくいと真純の服を引いた。法定速度ギリギリで車の間を抜けていく真純に、私は哀ちゃんに教えてもらったことを伝える。ビルから犯人が逃走するであろうルートのことと、コナンくんが追跡中であるということ。逃走ルートの方は私が考えていたのとほぼ同じだったから、バイクを急に反転させる必要はなさそうだ。
「オッケー。じゃ、しっかり掴まってて!」
お言葉に甘えて抱きついてすぐ、真純はバイクを加速させる。法定スレスレのスピードでコナンくんが先行しているという方に向かって走り出した。私は真純の代わりに周囲に変なところや物が落ちていないかをチェックする。このスピードだから十全にとはいかないけれど、これでも動体視力はいい方だ。
言問橋に差し掛かる少し手前で、道端にスマホらしきものが落ちているのが見えた気がした。色とストラップからするに、あれは多分コナンくんのだと思う。哀ちゃんも連絡が取れないと言っていたし、この距離じゃベルツリーの展望台にいる彼女と探偵バッジで通信することも叶わない。彼のことだからスケボー走行中に電話して、スピード出しすぎで落としでもしたんじゃないかなー。
というわけで、どうやら犯人はこっちに逃げたということで正解のようだ。そう思ったところでアルテシアのスピードが落ちる。
「くそっ、急に混んできた! 事故でもあったのか!?」
「可能性は高いかもね……!」
速度を落としつつ車の間を縫うように進む。犯人がこちらに逃げてきた&コナンくんが爆走中なら、車同士の接触くらいするかもしれない。そんな不安を抱いた瞬間――パァン、という破裂音が公道に響き渡った。
「ッ!?」
しかも銃声は連続して広がっていく。紛うことなき拳銃の発砲音は連続していたし警察の威嚇射撃などではないだろう。こんな昼間から、公道で。一切の躊躇いが感じられない発砲音からするにも、やはり犯人はそれなりに銃を扱ったことがある人物と見ていいだろう。
「見えた! コナン君だ!」
「……ちょ、真純、あれ……!」
真純の声に横から前を見てみれば、そこには確かに見慣れた小さな姿があった。スケボーに乗ったまま道路を駆け抜けるコナンくんには大きな影が被さっている。それはきっと犯人の放った弾が一般車両に当たり、タイヤがパンクして制御ができなくなったのだろう。その車がコナンくんの上に持ち上がり、今にも彼を潰そうとしていた。運転手だってこの状況でハンドルを切るのに精一杯で、まさか車の下に少年がいるなんて思うわけもない。
「――ッ、! コナン君を拾い上げて!」
「うんっ!」
真純の声に、私は彼女に言われるがままバイクに重みをかけて車の下へと滑り込む。ちょっとでもバランスを崩したら私たちも悲惨な目に遭うだろう。申し訳ないけどスケボーは博士に新しいものを用意してもらうことにして、私は腕を伸ばすと車の下を通り抜けた一瞬でコナンくんをなんとか抱き上げた。
「ッ、はあ……!」
「どうしておまえらが……いや、世良の姉ちゃんと姉ちゃんが!?」
「あっぶなかったー……よい、しょっと!」
こちらを見て驚くコナンくん。私は小柄な身体をひょいと持ち上げたまま真純と私の間に座らせて、コナンくんごと真純に抱きつく。外見は小学生だけど中身は、ああいや、そこは考えないようにしよう。今は軽くて小さな男の子扱いさせていただくことにして。
「説明は後! しっかり掴まってろよ!」
真純がそう叫ぶと、コナンくんは「わぷっ」と私に埋もれながら小さな声を上げた。三人乗りって中々に腰が痛くなるな、なんて場にそぐわないことを考えつつ、逃走を続ける犯人とのチェイスに身を投じる。犯人はどうやらバイクに乗ったまま発砲し、逃走しているようだった。運転は真純に丸投げし、私は腕の中のコナンくんに事情を説明する。
「えっ? 二人ともベルツリーにいたの!?」
「あの狙撃された男を尾行してたんだ。探偵としてね!」
私と真純の間に挟まれたコナンくんはそうなんだ、と返す。まさか知り合いが現場に居合わせた上、狙撃された男の尾行をしていたなんて思いもしないだろう。いくら米花町狭しと言えど、だ。
一通りの説明を終え、私は電話帳から高木刑事にショートメールを送信した。犯人らしき男を見かけました! と現在地を添付したのだ。見てくれるかは解らないけど、発砲騒ぎがあったことでパトカーが集まり始めているから捕まるのは時間の問題だろう。
コナンくんはそんな私を見ながら少し考え込んだ後、ハンドルを握る真純を一瞥してから口を開く。
「じゃあ、あの狙撃のこと知ってたの?」
「まさか。真純が依頼されたのは素行調査だったし、普通殺されるとは思わないでしょ」
「まったくさ。っと、二人ともスピード上げるよ! しっかり掴まって!」
この先は橋。橋を渡った奥ではパトカーが並んで、犯人を待ち伏せしているみたいだった。ここまで追い込むことに成功したし、後は犯人の正体を確かめるだけ。まあ私たちは関係者みたいなもんだけど、相手は武器を持っているし必要以上の接近は控えた方がいいとは思うものの……あれだけの正確な狙撃、同じ狙撃手としてはかなり気になるところだ。たった一発で分厚い強化ガラスと脳天をブチ抜いてるんだもん。
「見えた!」
「っ、待って……!」
真純の声にコナンくんの声が被さる。犯人は自分を追い詰めたパトカーになんと逆走して向かって来て、更に手榴弾を投げ込んだ。一台のパトカーが爆発したのを皮切りに次々とパトカーが巻き込まれていく。ヤバい、そう直感で解って真純がその場でブレーキをかける。爆煙の向こうでバイクは盛大にウィリーした後、パトカーと爆風を利用してバイクは包囲網を軽々と抜けた。アクセル全開のバイクがこちらに走ってくるけれど、私たちは爆風から身を守ることで精一杯だ。
すれ違いざまに犯人がこちらをちらりと見た気がしたけれど、あちらの顔はフルフェイスのヘルメットのせいでまったく見えなかった。そんな中、コナンくんだけが身を乗り出して腕を伸ばす。
「姉ちゃん、ちょっとどいてっ」
「あ、うん!」
私と真純の間からコナンくんは犯人のバイクに向かって何かを投げた。目を凝らして見れば、それは阿笠博士の発明品の一つ、シール型発信器だ。これをバイクに貼っておけば後は追跡メガネで追うことができるという優れもの。本当に博士はすごい発明品ばかり作ってくるなあ……!
「追うよ! 掴まって!」
「いや、これ以上刺激するのは危険だよ」
真純がバイクの向きを変えようとしてコナンくんにやんわりと止められる。確かにあの犯人は道路で拳銃を使うような相手だ。深追いして神経を逆撫でさせるのも後々面倒だろう。コナンくんは発信機を貼ったことを真純に告げると、メガネを起動して相手の位置情報をレンズへと映し出した。
二人の会話を聞きながら私はスマホを取り出して119をコールする。まあこれだけ大きな爆発だから消防車はこちらに向かっているだろうけど、救急車もいっぱい必要そうだ。パトカーの中の警官さんたちが黒こげになっていないことを祈りながら、私は位置情報と大惨事っぷりをオペレーターさんへと伝えてから電話を切った。
「よし、追いかけよう!」
次々とやって来る警察の応援部隊と入れ替わるように、私たちは三人乗りのまま再びバイクを走らせた。コナンくんが確認しているレーダーによると、犯人は埠頭の方に行ったらしい。この時間なら人もいないだろうし、それ以前に警察をはじめとした人々はこの爆発に集中してしまっている。逃走手段を隠し、逃げ切るには絶好のポイントだろう。
「犯人が止まった!」
「オッケー。ひとまず、確認だけしてみよっか」
コナンくんの声にバイクが段々と減速する。埠頭に入り、コンクリートの地面の向こうに海が見えてきたところで真純はバイクを止めた。私たちはバイクに乗ったまま周囲の警戒を始める。近くにあるコンテナの前には雑に布の掛けられたバイクが放置されていた。人影はないし、こんなところに急にバイクが置いてあるのはどう考えてもおかしいから、犯人が乗っていたものをここに置いていったのだろう。
ということはやっぱり、この先に犯人が――そう思った瞬間。
「ッ!」
曲がり角から銃を構えた犯人がゆらりと現れた。
ヘルメットを被ったままだからやっぱり顔は解らない。ただ一つ解るのは、あちらが確実な殺意を放っているということ。銃の構え方も小慣れているし、やっぱり民間人という感じはしなかった。少なくとも銃撃を専門的に学んでいる者の構えだ。
コンテナが並んでいるこの場所は遮蔽物がない。せいぜいバイクの陰くらいだが、この距離では逆にバイクを撃たれでもしたらさっきみたいに爆発させられてしまう。かと言って撃ち返すには少し遠い。最善手が導き出せないまま判断に迷っていると、コナンくんに上着の裾を思い切り引っ張られた。
体重が掛かったことによってバイクは倒れる。ちょうど身体がずれたと同時に犯人は躊躇いなく引き金を引いた。放たれた弾は一直線にこちらに飛んできて、一番前に乗っていた真純を穿つ。それら全て、私たちが倒れる中で行われた。ガシャン! とバイクと共に私たちは地面へと倒れ、真純は撃たれたせいかその場から動かない。
「世良! 世良っ!!」
倒れたバイクから起き上がったコナンくんが真純の身体を揺らす中、私は血の気が引いていくのを感じた。感情的になるな、という秀一さんの声が脳裏に響く。全ての情報をシャットアウトするより先に私の耳朶を打ったのは、コナンくんに揺さぶられて彼女がこぼした小さな声をだった。……よかった、生きてる。
「――許さない」
怒りは忘れずに、精神はフラットに。
次弾を放とうとする犯人に向かって、私はすぐさま隠していたデリンジャーを引き抜いた。銃口を向けると、まさかこちらも銃を持っているとは思わなかったようで相手は一瞬うろたえる。しかしすぐに対応してグリップに力を込めたようだった。
いつもなら真純にバレないように気を付けるんだけど、今は真純の目が閉じられているので私は躊躇なくトリガーを引く。射撃姿勢はしっかりと。どれだけ怒りを溜め込もうが冷静さを失ったらたった二発の弾丸を無駄遣いする羽目になってしまうから!
しかし距離もあってか、デリンジャーから放たれた弾は犯人より少し手前に着弾してしまった。足を狙ったつもりだったけど、やっぱり予想以上に自分は動揺してしまっている。こんなところ、秀一さんに見られたら笑われてしまうこと間違いなしだ……!
「くっ……!」
「!」
演技をする余裕すらも失くしたコナンくんが叫ぶ。せめて真純と彼だけは守らなきゃ。二発目の銃弾を撃ってから、もう無理だと悟って私はコナンくんを抱きかかえて真純の上に覆い被さる。あっちだって弾数には限りがあるし、最悪私が死んでも真純とコナンくんは生き残れるだろう。それに、顔だって見たわけじゃないから見逃してくれるかもしれないし! あと高木刑事に位置情報の共有しっぱなしだし、きっと駆けつけてくれるでしょ! 頼んだよ高木刑事!
そう祈りながら私が二人の身体に腕を伸ばして、ぎゅっと目を瞑ったところで。
ギュルルルルル! という激しいタイヤの摩擦音と共に、黒塗りの車が滑り込んできた。車は走行しながらドアを勢いよく開け、中から大きな影が姿を現す。
「なっ――!」
犯人の方も明らかな動揺。私たちを庇うように、大柄な男がこちらに向かって微笑んだ。大丈夫だったか、とでも言いたげな笑顔に、私は二人を抱き締めたまま目を見開く。
「キャメル!?」
「キャメル捜査官!?」
私とコナンくんの呼びかけに対して彼――来日中のFBI捜査官の一人、キャメルはニコッと笑う。一筋の光が射し込んできたような気分。助かった、と本能的に感じた。
しかしそんな私の思考を遮るように、パァン、と乾いた音が響き渡る。キャメルの巨体が揺れて、彼に弾が当たったことを理解した。
埠頭の奥へと逃げ込んでいく犯人を追ってドアが開いたままの車が動き出す。続いて車の中から飛び出してきたのは、太陽の下で眩しく煌めく金髪の女性――ジョディだ。ここからじゃ距離があって何を言っているのかは聞き取れないが、彼女が何か叫んでから放った銃弾が犯人が逃走用にと用意していたであろうワンボックスカーを爆発させた。一日に二度もこんなに派手な爆発を見るなんて、大丈夫かこの街は!?
車に爆弾でも積んであったのか、たった一台だっていうのにさっきのパトカー大爆発と同じかそれ以上の勢いで爆炎が巻き起こる。ジョディは爆風に耐えながらも辺りを警戒したようだったが、しかし煙が晴れた先には誰もいない。どうやら犯人は爆発の直前に海に逃げ込んだようだった。
そこまで見てからハッとして、私は覆い被さっていた真純を抱き起こす。
「真純、大丈夫……!?」
「ん……う……うん。コイツがなかったら即死だったよ」
「っ、もう……! よかった……!!」
何事もなかったかのように笑う真純に私は飛び付いた。ぎゅうと細い身体を抱き締めると同時に、ぼろぼろと涙が溢れてくる。ああもう、心配した! ついうっかり発砲しちゃうくらいには心配した!
「姉ちゃん、いちゃつくのはそこまでにして。キャメル捜査官は大丈夫?」
「ノープロブレム。こいつを着てるからな」
コナンくんにそう制されて、私はしぶしぶ真純に抱き着いたまま顔を上げる。キャメルはと言うと、ニコリと微笑んだままそう言ってシャツのボタンを開けると、着込んでいた防弾ベストを見せてくれた。撃たれた時点でキャメルより真純を心配してしまったのは、まあ防弾ベストでも着てなかったらあんなに勢いよく飛び出して来ないだろうと解っていたからだ。
「キャメル……さん、どうしてここへ?」
「犯人を追っていてな……まあ、それは後で話すさ。それより、ジョディさんの拳銃だが……」
「内緒に、でしょ? 解ってるって!」
ね、とコナンくんがついでに私にも笑う。どうやら真純は伏せていたから私が撃ったことには気付かなかったみたいだった。ふー、セフセフ。
弾がなくなったデリンジャーをカバンの隠しポケットへとしまって、私は真純を支えながら立ち上がる。パトカーの応援部隊が、今度は埠頭へとぞくぞくと集まってきていた。
2022.04.22 柿村こけら
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