ぼくだって恋くらいする
01:不覚にもときめいた
余計な音が聞こえてこないようにしっかりイヤホンをしてぼくは眠りにつく。昼食を食べ終わった残り時間、がやがやうるさい教室は本当に不愉快だ。歌川は委員会だか学級係だか何だかの用事があるとかで教室にいないし、かと言って今から図書室やらに移動するのも面倒で。イヤホンから流れてくる音楽は自分で選んだものだからクラスメイトの騒々しい声を聞いているよりは何倍もマシだった。後は目を閉じてしまえば視覚から余計なものが入ってくることもない。五時間目の授業が終わったら防衛任務が入っているから特別早退だし。あーあ、めんどくさい。いっそ昼休みで早退にしてくれればもうちょっと気軽だったのに。
机の上に腕を伸ばして、だらんと力を抜く。硬い机は寝るのに適していなかった。薄らと瞼を開いて壁に掛かった時計を見る。十二時二十五分。昼休みはあと三十五分もある。そんなに寝たら腰を痛めそうだななんて思いながら、もう一度瞳を閉じた。今度こそ寝てやる。そう、思ったところで。
「菊地原くん」
申し訳なさそうな声がぼくの耳に届いた。イヤホンをしているとは言え、名前を呼ばれたら流石に気付くし無視をする訳にもいかない。なんだよ、と悪態をつきながらイヤホンを耳から外す。途端に教室のうるさい音が一気に流れ込んできて最悪だった。
「ごめんね、寝てるときに」
声だけじゃなく顔まで申し訳なさそうに、その女はぼくに言った。申し訳ないって解ってるなら声を掛けなきゃいいのに。じろり、睨みつけてみても彼女は顔を崩すことなく手にしたファイルに視線を遣った。
誰だっけ、とそいつの顔を見て記憶を手繰り寄せる。ここはぼくの教室で、ぼくに声を掛けてきた。ということはクラスメイトで……いや、こいつ、ボーダー隊員じゃなかったか? なんか基地の中で見たことあるような気がする。
「この前進路調査のプリント回収があったんだけど、風間隊はちょうど防衛任務だったから菊地原くんと歌川くんいなくって。歌川くんはもう出してたみたいなんだけど、菊地原くん今出せる? 先生が回収してきてって……」
「進路調査……?」
あったっけ、そんなの。あったような気もするけど覚えてないし面倒だ。ぼくがそうあっけらかんに言えば、彼女はそう言われることを予想していたのかプリントから進路調査紙のコピーを取り出してぼくに渡してくれる。
「風間隊、今日も防衛任務だよね。五限の終わりにわたしに渡してくれたらわたしが出しておくよ。今日わたし放課後から仕事だし……あ、中身は見ないから安心して!」
「当然でしょ。っていうかあんたどこの隊?」
流石に誰とは聞かないでおく。ガールズチームと言ったら6位の加古隊だけど、あそこにこんな弱そうなのがいた覚えはなかった。
「えっと、わたしは隊員だけどオペレーターだよ。通信室所属の……普段は避難誘導とかそういうのやってるところ」
「ああ……ふぅん、そうなの。……めんどいけど書いたらあんたに渡せばいいんだね?」
「うん。わたしの席あそこだから。じゃあ菊地原くん、お昼寝邪魔してごめんなさい」
「ほんとにね」
ぼくがそう言うと、彼女はまた申し訳なさそうな顔をして去っていった。あ、結局名前聞き忘れた。ま、後で歌川にでも聞けば教えてくれるだろう。あいつはぼくと違ってクラスメイトの名前をちゃんと覚えている。
渡された進路調査用紙を見る。第一志望、ねえ。ここはボーダーの提携校とはいえども進学校なので、大学への進学を希望する生徒もいることだろう。でもぼくはまだ何も考えていなかった。多分面談か何かに使うんだろうけど、面倒だから適当に埋めて出すことにしよう。書くのは五限でいいや。そう決めてぼくは紙を机の中にしまう。それから再びイヤホンをして、雑音から逃げるように机に突っ伏した。
――菊地原くん。
そういえばあいつの声、必要最低限の音量って感じで聞き取りやすかった。みんなあれくらい静かに喋ってくれればいいのに。
2015.08.16 柿村こけら
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