Tokyo Ghoul :re
苦さを苦くないと思える日がきたら
四月二日――で、ある。冷蔵庫の横にかけられたカレンダーにはピンク色の蛍光ペンで花丸が描いてあった。多分、才子ちゃんが描いたんだろう。ママンのたんじょーび! と踊る丸文字に指を這わせてからわたしはむむ、と眉間に皺を寄せた。
今日はハイセくんの誕生日なのである。もっともそれはCCGにあるデータ上のものであって、ここ二十年分の記憶がないハイセくんの誕生日が本当に四月二日なのか、それを知るのはきっと有馬さんやアキラさんなんかの上層部のかただけだ。わたしのような末端の人間――それも職員ですらない学生――にもたらされる情報ではない。閑話休題。それでも今日がハイセくんの誕生日であることは事実である。本人も朝出社早々に鈴屋特等に飛びつかれてプレゼントをもらって嬉しそうにしていたし、自覚はあるのだろう。折角の誕生日だし、パーティーにしたいなとは思う。だけどそれには大きな壁があり、わたしは今その壁の前で立ち止まっている状態だ。
ハイセくんは半喰種の捜査官だ。それはシラズくんや才子ちゃんのように「赫子を使える捜査官」の域を超えており、人間として生きているもののほぼ喰種に近い存在なのである。具体的に言うと、人間であるわたしたちと同じ食事が採れないという問題を抱えている。元々は人間だったわけだから、かつて食べていたものであることに間違いはないんだけど。
以前ハイセくんに今食べるものの味はどんなものなのか聞いてみたら、いやに文学的な表現でもって返答された(ロールケーキは外のスポンジが泥水を吸った後にそこそこ乾いたスポンジみたいで、中のクリームは粘土に水を加えてにゅるにゅるにしたような感覚だという)(残念なことにわたしは粘土に水を加えたものを食べたことがないので完全に理解はできなかったが、不味いということはよく解った)。というわけで、他の子たちと同じようにパーティーメニューを用意したところでハイセくんは一口も食べられないのである。ハイセくん、普段の食事は栄養剤みたいなものだからなぁ。こういうときくらいいいもの食べられたらいいのにと思えども、それは永久に無理なことだ。
喰種と同じものを好くからと言って、じゃあはいどうぞ、とわたしの腕を切り落として差し出すこともできやしない。うーん、どうしたものか。でも折角なら何かちょっとでも気楽になれるものがいいかな。コーヒーは平気だと聞いているけど、コーヒーゼリーとかになるとダメなんだろうな……と思うとまた泥沼にハマった気分だ。はぁ。
「……どうかしました?」
「あ、トオルくん」
飲み物を取りに来たらしきトオルくんにかくかくしかじか説明を終えると、ふむ、と彼もまたお悩みフェーズに入った。そりゃ難題だよなぁ、これ。
そのまましばらく二人して冷蔵庫の前でうんうん唸っていると、今度は階上からたったったと少し重めの音がしてツインテールの少女が降りてきた。彼女――才子ちゃんはわたしたち二人を見ると首を傾げ、冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出す。
「二人ともどうしたかな?」
「あ……先生の誕生日、今日だから何かしたいなってルイトさんと話してて。シラズくんたちは今先生と仕事中だし」
「あ〜、そっか、ママン誕生日だね。でもママン好きな食べ物とかないから困ってるんだ?」
「そうそう。ハイセくん、コーヒー以外でわたしたちと同じもの口にしたことないからね……どうしよ、あと一時間もしたら帰って来ちゃいそうだし」
「じゃあじゃあ! ママン、こういうのはどう?」
にやっと笑って才子ちゃんがわたしの耳元に口を当てる。トオルくんもそっと側に来て才子ちゃんの提案を聞くとわたしと同じようにぱあっと顔を明るくした。
「それいい!」
「じゃ、早速買い出しに行きますか? 俺とルイトさんで買い出しに行くんで、才子ちゃんは先生にバレないように誤魔化す役と……」
「チッチッチ。ワタクシ才子、案があるのだよ。まっ、というわけでこっちは任せて、ママン!」
珍しくハイテンションな才子ちゃんはウィンク一つ飛ばしてキッチンを出て階段を駆け上がって行く。わたしは一度トオルくんと顔を見合わせて、それからお財布とエコバッグを手に家を出た。
ばたばたとせわしなく買い物を終えたわたしたちは、ハイセくんが着替えに行っている間にシラズくんと瓜江くんに計画を話した。才子ちゃんはまだ部屋に引きこもっていて、どうやら何か作業をしているらしい。シラズくんは面白ェじゃん、と言ってくれて、瓜江くんはいいんじゃないですかと言ってくれた(まあ多分、内心面倒だとか思ってるんじゃと思うけれど)。シラズくんはトオルくんの持っていた荷物の中からクラッカーを見つけるとにやりと笑って瓜江くんを引っ張って隣の部屋へと消えていった。……まあ、乗り気だしいっか。
「じゃあ俺、豆挽きますね」
「うん、宜しくトオルくん」
流石に予算をごっそり使い込むわけにもいかないし(まだ! 四月二日! だ!!)そんなに沢山は用意できなかったけれども。それでもこれくらいあれば十分だ。わたしたちは全員で六人しかいないわけだし。
わたしとトオルくんが準備を終えた頃、隣の部屋からシラズくんと瓜江くんが戻ってきた。手には「サッサンハッピーバースデー!!」と書かれた垂れ幕がある。垂れ幕と言っても、それはコピー用紙を横に繋げてできた代物だ。シラズくんは楽しそうにそれをカーテンの上に瓜江くんと二人、貼り付けていく。そういえばハイセくん一度も降りてこないな、と思いつつ携帯を見たら才子ちゃんからのメッセージが入っていた。――ママンの足止めもう限界! ……どうやら彼女が止めていてくれたらしい。わたしはエプロンを外してダイニングを出る。階段の上に向かってハイセくんと才子ちゃんの名前を呼んで、一息。
「二人とも、ご飯だよー!」
「あっうん!」
「待ってましたぁ!!」
二人の声が仲良く落ちてくる。わたしはすぐシラズくんたちにクラッカーを持つように言って、ドアを囲むように待機した。たんたんたん、階段を降りる音。ドアノブが曲がって、黒髪混じりの白髪が入ってくる。才子ちゃんはその後ろだ。何も知らないハイセくんを狙ってシラズくんがぱんっとクラッカーの糸を引き抜き、わたしたちもそれに続く。ぱんぱんぱんぱんッ、と破裂音が四つ。
「ハイセくんっ、お誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます、先生!」
「サッサン何歳になったんだよ!」
「おめでとうございます(……音がうるさい)」
何が起きたのか理解しきってないのか、ハイセくんは「……あ、うん」と目を丸くしてわたしたちを見た。しかしフリーズ寸前のハイセくんの後ろから才子ちゃんがぱんっと何かで彼の背を叩く。それでようやく正気に戻ったのかハイセくんはいつもの調子で才子ちゃんの名前を呼んだ。
「ママン、ハッピーバースデー! これ、アタシ提案、準備はママンとトオルによるバースデー企画だよん」
にひひ、と笑いながら才子ちゃんがハイセくんに渡したのはラミネートされた紙だった。左側に数字が、右側にコーヒーの銘柄が書いてあるそれを才子ちゃんはわたしたちにも配る。
「これは?」
「ハイセくん、コーヒーしか飲めないから、晩ご飯どうしようか迷ったんだけどね。トオルくんと二人で色々な銘柄のコーヒー豆を買ってきたから、飲み比べ兼銘柄当てゲームをしようと思って!」
「あ……だから才子ちゃん、さっきからやけに僕の邪魔をしてたんだ」
「足止め係ってやつね。ささっ、ママン! 誕生日なんだからアンタが主役!」
早速席に着いた才子ちゃんは自分の隣にハイセくんを座らせる。滅多にみんなと一緒に食事をしない才子ちゃんが率先してそんなことをするなんて、と感動してる場合ではない。わたしはトオルくんと二人で人数分のコーヒーカップを並べていく。六杯かける人数分。我らながらなかなか用意したものだ。
「準備はいい? ……じゃあ、ハイセくん、お誕生日おめでとう!」
「……ありがとう、みんな」
カップを軽く持ち上げてハイセくんは笑った。用意してあるもう一つのプレゼントは、食後に出すことにしよう。
2016.04.02 柿村こけら
ハイセお誕生日おめでとう!
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