Dr.STONE
夜明け前の密談
「いやいやいや。私はほら、凡人だからさぁ。千空くんみたいに科学チートじゃないし、ゲンくんみたいにメンタリストでもないし、龍水くんみたいに帝王学を学んでないし、クロムくんみたいに柔軟な発想力はないし――もちろん、羽京くんみたいに耳がいいわけでもない。結局のところ無難なオンナノコだからねぇ」
「女の子、って歳でもないでしょ」
「アハハ、そうだったそうだった。南ちゃんに選定してもらって生き返ったのはラッキーだけど、でもまあ、武力はないからねぇ。司帝国で目覚めちゃった以上、司くんに従うしかなかったワケじゃん? ま、私に限らず当の南ちゃんも、杠ちゃんも、ニッキーちゃんも。女子が男子に勝つなんてことは根本的に無理なんだよ。女子の中じゃニッキーちゃんは強かったけど、でも陽くんにも勝てやしないワケだ」
だったら私たち女に残されていたのは、慎ましやかに武力のサポートをすること。それだけ。
うーん、ホント、つっまんない!
「その点科学王国は誰でも平等だからねぇ。千空くんが言ってたじゃない、科学は人類を平等にする、って。ジッサイその通りだと思うよ〜? まあスタンガン持ってるからって司くんや氷月くんを一撃で倒せるとは思わないけど、それでも武力を手にはできたワケだからね」
「結局何が言いたいの、。ピロートークにはずいぶんと辛口な話題だと思うけど?」
「も〜、羽京くんってば辛辣〜。じゃ本題。凡人が適度に生き残れる方法、解る?」
「……?」
羽京くんは不思議そうに首を傾げる。帽子を被っていないせいもあっていつもより若く見えるけど、それを本人に言ったら多分メッチャ不機嫌になっちゃうだろう。なので言わない。
私は相も変わらずおちゃらけたフリをしたまま、羽京くんに向かって答えを発表する。え? ゲンくんとキャラ被ってるって? 失礼な。あっちの方がよっぽど面倒な性格してるっつーの。
「答えはねぇ、凡人以下を切り落とすコト! 流石に氷月くんの優秀な遺伝子以外全部切り捨てる過激思想とか、司くんの純粋な子供だけ生かしておこう思想とか、それはチガウと思うけどね。でも千空くんの人類全員復活させよう作戦もムリ! だと思うんだよねぇ」
文明レベルが原始まで戻ってしまったこの時代で、七十億人の人間が急に生きていけるわけもない。司くんが復活させた人類はこう……ヒャッハー! マッドマックス! みたいな人間ばっかりで、単純な武力で支配できる人たちばっかりだった。つまり司くんという武力の最高峰がいたことで彼の指示に絶対服従だったし、その司くんが認めた人ということでヒョロガリの千空くんにも従っている。けど人類全てがそうであるとは限らない。ていうか、司くんの復活ガチャ運がめちゃくちゃ良かったという話だ。……氷月くんを除いて、だけど。
「これ、千空くんにはオフレコでヨロシク」
「元よりオフレコにしとかないといけない関係でしょ、僕ら」
「そうだったそうだった」
科学学園の教師コンビが同じ家に寝泊まりして適度に体の関係をもってるなんてこと、誰も知らなくていい。お互いにその辺気を遣っているので多分ゲンくんも気付いていない。窓のないところでやってるからコハクちゃんに見られることもないし。龍水くんも流石に知らないんじゃないかな〜。ていうか彼、あの調子だともう彼女が三十五億人くらいいてもおかしくないよね。
まあそれは置いておいて。
惚れた腫れたが厄介だと思ってるのは私も一緒だし、多分羽京くんも一緒だ。じゃなかったら利害の一致でこんな関係になってない。
「……私はねぇ、一定の水準に達してない人間はとにかく後回しでいいと思うんだよね」
「へぇ?」
「まあ氷月くんみたいに石像壊しておこう! とまではいかないけどさ。だって混乱するもの。余計なリソースが割かれて、手間が増える。特に千空くんなんて今でさえ限界近いんだから。より最低に言うと、バカに割くリソースはない」
「本当に最低だね」
「でっしょ〜? 科学学園のコたちみたいに、学習意欲がある人間は大好きだけどねぇ。ど〜しても司書教諭とかやってるとその辺見ただけで解っちゃうんだよね」
あ、コレ全世界の司書教諭のヒトに怒られる案件? まーいっか。このストーンワールドに現存する司書教諭は私だけだ。怒らないでください、まだ石化したまま眠ってる司書教諭。
「ま、理想論だって自覚はあるよ。結局のトコ、旧時代のそういう人間を起こさなかったとしても新時代の人間の中にそういう人間は出てきちゃうだろうしね。問題を先送りしてるだけに過ぎない。人間が増えていったら、一人一人に千空くんが付き添うワケにもいかなくなる」
石神村のマグマくんは最初千空くんを認めず、殺そうとまでしていたらしい。けれど彼がちゃんと仲間になったのは千空くんがサシで遣り合ったからだ。科学王国は既に百五十人の人間がいて、これ以上増えたらいくら千空くんでも全員の面倒を見ることなんてできないだろう。ゲンくんのメンタルケアにだって限界がある。
「羽京くんはその辺り、どう思う?」
「僕はいつだって変わらないよ。死ぬ人間が少ない方に賭ける、それだけ。石化してることを言い訳にした理論武装は千空に吹き飛ばされちゃったしね」
「そりゃそうだ。全人類救うって言い出して、杠ちゃんに石像の修復をしておくよう言うような子だもん」
そしてそれをしっかりきっかり遣り遂げちゃう杠ちゃんも杠ちゃんだが。どうなってんだあの手工芸チームは、というハナシである。布作って服作って石像の補修して船造ってって……実は科学王国で一番働き者なのは彼女なのではなかろうか。
「まあ、誰でも彼でも復活させるわけにはいかないだろうね。奇跡の水……硝酸が精製可能になったとしても、復活させていくには順番が必要だ。言い方は悪いけど、この石の世界に適合できない人間は後回しにするべきだ」
「そこは、まあね。インフラ整ってからじゃなきゃダメってコトだもんね」
「うん。……インフラ、千空が驚異のスピードで整備してるけどね……」
「そうでした……」
なんでアスファルトで舗装された道路ができてんだよ石の世界に。
石油が見つかってから文明の発展スピードがおかしい。流石にパソコンとかスマホとかそういうのはもっと先の話になるだろうけれど、少なくとも十九世紀くらいにあった文明は粗方できているのではないかと思うほどだ。万国博覧会ならぬ石神博覧会。出展者はぜ〜んぶ千空くん。
「次はどんな設備が生まれるんだろうね」
「私は製紙工場作って欲しいなー、あと活版でいいから印刷機。ていうか頼んだら多分もう作れるよねぇ」
「作れるんじゃない? でもそれ、いいね。子供たちの教科書作るのに便利そうだ」
「デショ? 朝になったら千空くんとカセキおじーちゃんに頼んでこよっか〜」
漢字は難しいけどひらがなだけならなんとかなりそう。ホントは順次英語も教えていきたいんだよね〜、まだ覚えてる言葉少ない子供ならスポンジが水を吸うみたいに色々吸収できるだろうし。フランソワちゃんがフランス語できるし、欲張って五か国語くらいやってみたい。まあ、印刷機作るのも大変だろうし当面は日本語と英語かな。
「活版印刷ができるようになって、教科書を作れても……そこから何も学習しないなら意味はないんだよね。結局文系科目って科学みたいに世界の発展に直結はしてない。古文や漢文なんて知らなくても生きていけるジャン?」
「否定はできないかな」
「でも、覚えてたら楽しいんだよね。文学に限らず、哲学とか言語学とかも。だから私はそういうのの大切さも教えていきたいなーって思うよ。結果としてそれを蔑ろにする人間を後回しにしちゃいたいなぁってサイテーなこと考えちゃうケド」
「まあ、の言いたいことは解らないでもないかな。科学にしろ文学にしろ、このストーンワールドで輪を乱す人間を優先的に起こす必要はない。輪が乱れまくったらせっかくここまで千空たちが築いてきた文明が台無しになっちゃうし」
羽京くんは自分に言い聞かせるように告げた。できるだけ死者数を減らしたいと考えてる彼のことだ、コミュニティの乱れが生存者数に直結することくらい承知の上だろう。
「結局、安定のために私と羽京くんがやるのはセンセーってコトだよねぇ。全体的な学力レベルが上がれば上がるほど私たちは楽できるわけだし、クロムくんみたいに科学を本格的にやりたいってコも出てくるかもだし。石の世界だからこそ大事だっていうのは千空くんが証明してるからね〜」
「そうだね。石神村の人たちも、千空のお陰で農業に手を付け始めたわけだし……」
知識は人生を豊かにする。食糧難や冬の寒さで人生を終わらせないために必要なのが知識、つまり学ぶこと。学ぶことの楽しさを知ること。そしてそれを提供できるのは、今のところ現代人チーム――の中から、千空くんや羽京くん、それから私あたりの頭脳労働チーム(や、羽京くんは戦闘もデキるけど)。適材適所。うん、じつにイイ言葉だと思う。
「……喋ってたら疲れてきちゃった。ホント、そ〜いう雰囲気でする話じゃなかったねぇ」
「そうだね。話振ったのは僕だったけど、ここまでガッツリ話し込むとは思わなかったな」
「ゲンくんっぽく言うなら『ジーマーでそういうとこ〜!』ってカンジ? まあいいや。じゃあ羽京くん、ピロートークもトライアンドエラーアンドトライと洒落込みます?」
幸い日の出までまだ時間はたっぷりある。するりと羽京くんの耳に掛かった髪の毛を避けたら、彼の目はすっと細められた。獲物を狩るときみたいな。うーん、しっかり食べられる。そんな気がする。
「じゃ、。次は真っ当なピロートークにしようか」
「そだね〜」
きゃっきゃと笑っているような雰囲気でもない。きっちりかっちり雰囲気の切り替えスイッチを操作して、私は起き上がった羽京くんにぎゅうっと抱き締められた。
アハハ、一番バカなのは案外私かもしれないなー、なんて思いながら。
2019.12.26 柿村こけら
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