Dr.STONE

シェヘラザードと苦い夜

「や〜、フランソワさんがいれば航海期間がどうなろうと誰も文句言わなさそうだよね〜。私もこうやって月見酒ができるってモンですよ」
「仕事しろストーリーテラー」
「あらやだ千空くんこわーい。あと私はストーリーテラーじゃなくてただの司書教諭ダヨ」
「娯楽提供要員として乗せたんだ、仕事はキッチリ果たしてもらうぞ」
「えぇ!? 英語要員じゃなかったの!?」
「英語なら羽京の奴がいんだろ。つか俺もゲンも日常会話レベルなら余裕だしな。つーわけで、テメーの仕事は明日からたっぷりだ。ククク、あんま深酒すんじゃねーぞ」
 ひらひらと手を振って千空くんは船内へ帰っていく。私はその細い背に向かってひらひらと手を振って、それからグラスに残っていたお酒をぐいっと一気に飲み干した。
 ペルセウス造ってるときはたま〜に宴会にもなってたけど、宝島ではお酒なんて飲む暇なかったからネ。久々のアルコール、愉しませていただくことにしましょう。
「おかわりくださーい」
「かしこまりました。メニューはどうされますか?」
「うーん……だらだら飲みたいから……」
「でしたら、ボストン・クーラーなどいかがでしょう」
「あ、早速千空くんお手製のシロップが出てくるワケだ。じゃあそれで……っと、羽京くん」
 にこりと微笑んだ姿が横に現れ、私は視線をフランソワさんから羽京くんに移す。お気に入りの帽子を被った彼は風に当たりに来たのか、それとも普通にお酒を嗜みに来たのか。さっきゲンくんと並んで何か飲んでた気がするけど、あれは多分ノンアルコールだ。
「こんばんは。隣、いい?」
「どぞどぞ。マスター、彼にも同じ物を」
、それ言いたかっただけでしょ」
「バレた?」
 てへ、と年甲斐もなく舌を出してみせれば、羽京くんは「可愛くないよ」と一刀両断しながら隣の椅子に腰を下ろす。可愛くないってことはないだろ、と言おうと思ったけどその通りだったのでやめた。この船で一番可愛いのは文句なしにスイカちゃんだし、次点争いは激しい。そして私はその中には加われない。何せ羽京くんとタメのアラサーなので。
はかっこいいのカテゴライズだと思うからね」
 なんて思ってたら付け足しでフォローされた。かっこいい。その単語が私に似合うとは思えず、こてんと首を傾げる。
「司くんや龍水くんの方が格好良いのでは? あとコハクちゃんとか」
「それは武力的な方面でしょ。無理に可愛いっぽいポーズ取らなくても、は普段からキッチリ……氷月の言葉を借りるなら『ちゃんとして』て、かっこいいんだってば」
「……ほう。ま、褒め言葉として受け取っておきます」
 嬉しいか嬉しくないかと言われれば、嬉しいしね。
 そんなコトを言っている間にもフランソワさんは私たちの前でシュルシュルとナイフを動かしている。手にはライムの実。スイカちゃんに出していたドリンクに付いていたスイカ仮面といい、手先が器用ですごい。ライムはあっという間にカットされ、皮が細かく剥かれてアートの域に達していた。
 ステアされたカクテルの入るグラスが私たちの前にとん、と着地。私の方には本の絵が入ったライムが、羽京くんの方には弓矢の絵が入ったライムが飾られている。
「ボストン・クーラーでございます。様の方には本のモチーフを、羽京様の方には弓矢のモチーフを彫らせていただきました」
「スマホがあったら絶対インスタに上げてた」
「だからないって、SNS。ところで何でボストン・クーラー?」
 グラスをしみじみと見つめながら羽京くんが問う。
様のご希望に沿って、ゆったりと飲める『ロングドリンク』をチョイス致しました。アメリカに向かうことを踏まえ、安直ではございますが『ボストン』を。千空様がご用意してくださいましたシロップも早いうちにお召し上がりいただけますし。それから、もう一つ理由はございますが……フフ、さんはお解りのようですね?」
 フランソワさんの金髪が海風に揺れる。私はニヤリと笑ってから、長いグラスを手に取って軽く持ち上げた。
「正解発表の前に、乾杯しておきたいな。最高のバーテンダーに、乾杯」
「そうだね。乾杯」
 私と同じようにグラスを持ち上げた羽京くんが、フランソワさんに向かってグラスを軽く傾ける。縁を合わせることはせず、私たちはカクテルを喉奥に落とした。絞ったレモンの酸味が舌の上に広がっていく。もちろんお酒の味も。子供組が引っ込むまではノンアルだったけど、やっぱりお酒はいいものだ。陽くんの気持ちも今だけは解る(本人は早々にガブ飲みして船室に戻らされてたケド)。
「あ、そっか。ラムベースだっけ」
「羽京くん大正解〜! ハナマルをあげましょう」
「ありがとう先生」
 空中に指先で花丸を描いてやれば、羽京くんがクスクスと笑う。それを見ていたフランソワさんも色っぽい唇を緩めた。
「我々は海賊ではありませんが、近い気分は味わえるかと」
「解釈の天才〜! 一回やってみたかったんだよね、帆船で海を移動してるときにラム酒飲むの」
「そうそうできないことばっかり体験してるよね。普通に生きてたら月に行くところに立ち会う可能性なんて超低いだろうし」
「羽京くん、職場が月と真逆の方面だもんね……」
 方面っていうか、深海だが。
 からからと笑いながらドリンクをもう一口煽る。さっきから飲んでるので合計三杯目のアルコールになるが、思ったより酔いは回っていなかった。船の上だから揺れてるとも思ったんだけど、船長の腕が良いので何ら問題はなさそうだ。
「そういえば。のオリジナルカクテルは作ってもらったの?」
「まだだよ〜。せっかくだからお酒入れてもらおうと思って、夜まで待ってたの。羽京くんはノンアルだったよね?」
「まあ、子供もいたしね。目覚めてから結構時間経ってるとはいえ、スイカもいたし、何かあったら嫌だから」
 あ、そういうとこ羽京くんっぽい。
 法律も何も崩壊した世界でも、「ちゃんとしてる」のが羽京くんだ。未成年であるコトなんか知ったもんかとばかりに酒を煽っていた二人組に聞かせてやりたい。ジャンプの主人公だったら許されないようなことをしおってからに。
 からんと氷がグラスを蹴る。穏やかな海の上には大きな月。三人しかいない甲板に零れ落ちた音はかなり心地いい。なんだか気分が良くなって、だらだらと飲もうと思っていたボストン・クーラーをごくごくと一気に飲み干した。ロングドリンクの飲み方としちゃベストとは言えないな。
「フランソワさん、お願いしてもイイ?」
「かしこまりました。羽京様は……」
「僕も貰おうかな。がどんな『味』なのか知りたいし」
「なんかエッチだね羽京くん」
「うるさいよ」
 中立の立場としてディーラーをしていたとは思えない男がニコリと微笑んで告げる。同い年だからだと思うんだけど、羽京くんって私には結構辛辣じゃない? もっと優しくしてくれてもイイんだけど。
 まあスイカちゃんに接するみたいに私に接する羽京くん、面白すぎて「頭打った?」って確認したくなっちゃうが。
 フランソワさんは任されましたとばかりに丁寧なお辞儀をして、棚から瓶を選んでいく。きっと頭の中ではもう「」が構築されているのだろう。瓶に触れる指先が迷うことは一度もなく、カウンターに色々な材料が並んでいく。それからまたロングドリンク用のグラス。今私たちの手元にあるのとは違って、ちょっと模様が入れられている。カセキおじいちゃんの技もどんどん上がっていくなあ、なんて思った。
「そういえばサ。さっきのポーカーで使ってたトランプって、ゲンくんが使うにしては機能を果たしてなくない?」
「……ああ、そっか。裏の模様で上下がバレちゃうんだっけ。確かに、手品には向いてないよね」
「わざわざあの勝負のために作ったんだとしたらすごいよね〜。ゲンくんがイカサマをしていることを主張するためだけのトランプ。そりゃみんなワクワクしながらお金を賭けるってモノです」
「司が賭けに対して文句言わないのも意外だったね。よっぽどそういうコントロールが上手い人がオッズ管理をしていたんだと思うんだけど……で、いくら儲けたの?」
「杠ちゃんの新作がい〜っぱい買えるくらい」
 陽くんがボロ負けしてくれたのが大きかった。またぺろりと舌を出せば、やれやれという感じに羽京くんがオーバーなリアクションを取る。そっちもあんまり可愛くないぞと言ってやりたかったが、残念なことに羽京くんは私と同い年のくせにベビーフェイスなので普通に可愛かった。ほっぺをムギュとつねっておく。
 ま、この勝負だってディーラーが羽京くんだったからこそ、公平な勝負というイメージが全員に根付いていたんだろうケド。そういう点では羽京くん様様だし、ゲンくんのイカサマもありがとうってもんだ。五知将への信頼はバッチシ。
「ま、じゃなかったら司も黙認しないか」
「ちょっと羽京くん、それどういう意味〜?」
「裏なんてなく、言葉通りの意味だよ。司帝国で秩序を保つために頑張っていたのは誰だったっけ?」
「……アハハ。秩序を保とうとしたつもりなんてないって。生きやすくするためには秩序の維持が欠かせなかっただけデス」
 そもそも振り分けしてただけでそんな大したコトしてないしね。実際の権力はぜ〜んぶ司くんが持ってたワケであって、私には何の権力もない。ただの下っ端だし、悪い言い方をするなら虎の威を借る狐……や、ライオンの威を借るネズミくらいなもんかもしれない。
「ですが、そういったキーパー役は大事だと思いますよ。さて、お待たせしました」
「ワオ、ありがとうフランソワさん」
 話を打ち切って、テーブルの上に並べられた二つのグラスを見遣る。薄赤色のお酒に満たされたグラスの上、輪切りレモンが飾られていた。
「この船には様々な人がいらっしゃいます。龍水様、千空様、ゲン様、杠様、スイカ様……誰か一人が欠けては成立しない大きなプロジェクト。もちろん、僭越ながら私も含まれております。そんな中で様は、自らキーパーとして身を削っていらっしゃる。そんな様を、苦味があってこそ味に深みが増すドリンクとして表現させて頂きました。――ビター・オレンジジュースをベースに、ハーブから抽出したシロップとトニックウォーターで味を重ねてレモンを飾った『カンパリ・ナイト』でございます」
「カンパリ、ではなく?」
「はい。カンパリそのものはご用意できませんので……あくまでカンパリに似た味に仕立て上げたものになります。カンパリ・オレンジに寄せてはおりますが、苦味を残すために甘くないオレンジジュースを使用しました」
 輪切りのレモンと、ほろ苦いオレンジの香りが混ざり合う。ただのカンパリじゃなくて、私のためだけに作られたアレンジ。それが示していることを解らないわけもなく、私は早速ドリンクに口を付けた。苦味が舌の上に広がったが、ちょっとだけ見え隠れする甘味にくすぐられる、そんなカンジ。
「じゃあ僕もいただきます。……ん、本当だ。思ったより苦いかも」
「でも、苦くなかったら『私』じゃないね。……アハハ、こんなに最高な解釈をお出しされたら、私も負けてられないよう頑張るしかないじゃない。ん、んん〜……明日からドイヒー作業、頑張ろーっと」
 ほろ苦いカクテルを、もう一口。
 さっきみたいに一気に飲むことはせず、少しずつ喉奥に落としていく。羽京くんも美味しそうにドリンクを飲んでは、海風に服の裾を揺らしていた。
「先ほど千空様とお話しされていましたが、様は『娯楽提供要員』として乗船されたと?」
「あ、それ僕も気になってた。千空のことだから、てっきりまたキーパーとして乗せたんだと思ってたんだけど……今回は宝島のときと違って、そっち方面の仕事はしないの?」
「まあ、長期の航海なら龍水くんに任せた方が安心だろうし、必要最低限のコトしかしないよ。まあ『娯楽提供』なんて、大掛かりすぎると思うけど……お二人とも、シェヘラザードはご存知?」
「ええ」
「うん。千夜一夜物語のだよね?」
「そうそう。千夜一夜物語、アルフ・ライラ・ワ・ライラ。日本じゃあアラビアンナイトの方が伝わりやすいかな。それに出てくる、新しい妻を娶っては犯し、犯しては殺した王様を止めようとした女性。彼女は毎晩面白い物語を王に聞かせ、イイところで『続きはまた明日の晩』って切り上げて、生き長らえた。私が千空くんに頼まれたのはシェヘラザードってコト」
 ストーリーテラー、と、千空くんは私をそう呼んだ。
 石化し三千七百年が経ったこの世界に現存する唯一の司書教諭。誰を敵に回してでも文化を復興させたい女。そんな私の脳みそに詰まってるのは、古今東西様々な世界の物語だ。シェイクスピアから枕草子に紅楼夢、果てはウィキペディア文学まで。フィクションもノンフィクションも揃っているのが私の頭の中の図書館。千夜どころかじゃ済まさない。
「龍水くんが勝とうが千空くんが勝とうが、アメリカに着くまでに私が任された仕事は一つだけ。みんなを飽きさせない、希望を抱かせ続けるコト」
、」
「……なーんて、ね! 私は好きなだけ好きな話をして、みんなは毎日楽しめる、そんなウィンウィンな関係だよ。賭けだってその一種。ま、『生かさせる』ってコトを知ったら話がつまらなくなっちゃうかもしれないから、そこは黙っておくけどね」
「そこがの美味しい苦味、ってことかな。このドリンクみたいに」
 言いながら羽京くんはカンパリ・ナイトと名付けられたそれをもう一口飲んだ。
 時は止まらない。流れていく。実際にアメリカに到着するまで四十日で済むのかどうかは解らないけど、大海原で陸地が見えるまでの時は長い。長くて、仕方ない。一秒が千秒にも感じる時間を少しでもエンターテイメントで満たす、それが私の仕事。
「折角フランソワさんがこんな素敵なモノ用意してくれたんだし、ちゃんとお仕事しないとね。えーっと……秩序の騎士として?」
「それあんまり上手くないよ」
「手厳しいなー、羽京くんは」
「そういう方が好きでしょ、君」
 お見通しだった。
 まったく彼には敵わない。まあ、羽京くんがいるから安心してボケてられるんだけどネ。こくり、もう一口カクテルを飲んでからにへらと笑う。流石にアルコールが響いてきた。
「さて、休むのも仕事のうちだもんね。あんまり僕らがだらだらしてたらフランソワも休めないし、そろそろ引っ込もうか」
「ありゃりゃ、さっき飲み始めたばっかりなのにもう二時間経っちゃった。名残惜しいケド、バー・フランソワは今日限りじゃないもんね。また明日のお楽しみ、かにゃ〜」
「ええ、もちろん。いつでもおもてなしさせて頂きますよ」
 笑顔と共に告げられた言葉に、明日を生きる希望、無事チャージされました。
 溶けた氷ごと飲み干して、空になったグラスをカウンターに返却する。片付けを手伝おうかと申し出たけれど、そこまでキッチリ自分でやりたいとのことだった。バーカウンターから立ち上がり、私は羽京くんと並んで空を見上げる。三十度傾いた月は石化前と変わらず美しく、あそこに敵がいるなんてどうにも信じられなかった。
「それじゃあおやすみ、羽京くん。また明日」
「うん。また明日、
 羽京くんの方もお酒が回っているのか、珍しく薄らと赤くなっている。ひらひらと手を振って、私は女子部屋のドアを開けた。南ちゃんとキリサメちゃんがすぅすぅと眠る隣に体を横たえる。
 さて、明日は何をご馳走になろうかな。



2020.04.02 柿村こけら


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