ガラスの靴は融けて

01:グラヴィティ・バインド―超重力の網―

「なんですかこのカード。ブランク?」
「違イマース、これはれっきとしたデュエルモンスターズのカードデース」
 目の前の男――もとい、インダストリアル・イリュージョン社の会長、ペガサス・J・クロフォードが差し出したカードを不審そうに見ながらも、私はそれを受け取った。
 そもそも、わざわざ私を呼び出してまで渡すようなカードなのか。別に瀬人が忙しいから代わりに私が来たとかではなくて、ペガサスは最初から私を指定してきた。
「で、なんなんですかこれ? 瀬人に渡してってことです?」
「いいえ、違いマース。今からこのカードを使ってデュエルしてもらいたいのデース」
「そんなこと言われても……これ、何のカードかすら解らないじゃないですか」
 半ば押し付けられるようにして手渡されたカードを見るが、そのカードは通常モンスターでも魔法でもない、わけの解らないカードだった。効果なら茶色、罠なら紫といったカードの枠カラーは黒。黒いカードなんて見たこともないし、挙げ句はイラスト部分までが真っ黒だ。一応テキストや図柄が入るべきところは空いているが、肝心のカード名も何も入っていないんじゃ意味がない。
「これは未知のカード。私にもどのようなカードなのかは解らないのデース。先日、エジプトのとある採掘場で発掘され、カードにリデザインされたばかり……きっとこれは、レディのような強い決闘者が使うことによって真価を発揮するモノだと思っていマース!」
「……じゃあ、私なんかじゃなくて遊戯くんとかに渡した方が良いんじゃないんですか? 確かに私はそこそこ強いかもしれないですけど……所詮は神のカードだって扱えないような一般人ですよ」
 決闘者の王国を生き残ったし、バトルシティではあのマリク・イシュタールとも決闘をした。けれど私は所詮ちょっと強い程度の決闘者であり、遊戯くんや瀬人なんかと比べたら「強い決闘者」ではないのだ。
 けれどペガサスはオーバーなリアクションを取りながらくるり、一回転ターンして見せる。千年眼があった眼孔は銀髪に隠れて見えない。
「ノーノー、遊戯ボーイでは意味がないのデース! 遊戯ボーイはもう既に神のカードを手にしている。海馬ボーイたちも同じく、神を扱ったことがありマース。神のカードを持たず、強い決闘者にこそこのカードは扱うことができるのではないか……私はこの黒いカードをキーカードと見ていマース。融合か、儀式かは解りませんが――それらに限りなく近いモノだと。だから私は、このカードをレディに託したいのデース」
「……解りました。そこまで言われたら、私も退くわけにはいきませんよね」
 私だって決闘者の端くれだ。それに、海馬コーポレーションの一員としてI2社のトップに頭を下げられて引き下がるわけにはいかない。デュエルディスクを装着して、ペガサスから受け取った黒いカードをデッキに入れる。レベル表示はされてないから……たぶん、私のデッキでも普通に回せる、んだよね?
「あちらのデュエルフィールドを使ってくだサーイ。私はあちらで見ていマース」
 ペガサスに案内され、社内にあるデュエルフィールドに入る。反対側にいるのはI2社の社員さんだろう。ディスクを左腕にセットして、四方にソリッド・ビジョンシステムが展開していることを確認する。デッキをシャッフルして深呼吸。
「「――決闘!」」
 私と社員さんの声が響く。先攻を取ったのは社員さん。カードを一枚ドローして、手堅く守備モンスターをセットする。
「ターンエンドです」
「私のターン、ドロー」
 盤上をある程度整えてからカードを出して欲しいとフィールドに入る直前に言われたので、まずは普通にデュエルを進める。《グラヴィティ・バインド―超重力の網―》を主軸にした私のデッキは、典型的なロックデッキだ。そのため攻撃力の低い低級モンスターがデッキに多いのだが、もちろんそれだけでは相手に傷を与えることはできないのできちんとデッキは作り込んである。
「《音速ダック》を攻撃表示で通常召喚。そのまま攻撃!」
「っ!」
 伏せカードがひっくり返る――守備力1000のカードは見事に破壊された。こちらのデッキは筒抜けだと思うのだけれど、手札事故でもしたんだろうか。
「カードを一枚伏せてターンエンド!」
 セットしたカードは当然《グラヴィティ・バインド―超重力の網―》である。ターンが社員さんに移動し、彼がドローを行った。こちらのフィールドにある《音速ダック》の攻撃力は1700なので、通常召喚可能なレベル4モンスターでも普通に貫通攻撃を行うことは容易だろう。
「《スピア・ドラゴン》を通常召喚! 《音速ダック》を攻撃!」
 攻撃力の差は200。普通なら攻撃は通る――けれど。
 私はディスクからセットしたカードを引き抜くと、そのまま反転して差し込んだ。紫のカード枠は私がずっと使ってきた、ロックカードの代表格。
「罠カード発動! 《グラヴィティ・バインド―超重力の網―》! レベル4以上のモンスターの攻撃を封じる!」
「くっ……!」
 ちらりと窓の外を見れば、ペガサスがうんうんと満足そうに頷いていた。とても決闘者の王国でトゥーンを使って私を追い詰めた決闘者とは思えない。
 社員さんは自らの攻撃を無効化され、そのままカードを伏せてターンを終える。私を攻撃するためにはまずこちらの罠を消し去らないと何もできないという状況だ。いつも通りの展開に持ち込めて満足な私はその勢いでドローをする。
「……っ」
 真っ黒なカードがそこにあった。
 手札にはいつものレベル3以下モンスターたちとサポート用の魔法カード、それから何より大事な《ハーピィ・レディ》が並んでいる。瀬人から貰ったこのカードは私の最初の一枚だ。だから決着は絶対に彼女でと決めているのだけれど――流石にこんな序盤から網を自壊させて出すわけにはいかない。
 だって、ハーピィの狩りは美しくなくちゃいけないから。
「装備魔法《フォロー・ウィンド》を《音速ダック》に装備! 攻撃力・守備力共に300アップさせる。そして――」
 私はペガサスから預かった黒いカードに指を添える。そもそもモンスターなのかも魔法なのかも解らない謎のカードなんだから、ディスクは反応しないかもしれない。まあそのときはそのときだ、そう割り切ってカードをディスクへ叩き付ける。
「私は手札から、このカードを……ッ!?」
 ぱしん。
 黒いカードをディスクにセットしたと同時に、頭を殴られたような衝撃が全身を襲った。立っていられなくなり、私はそのまま地面に膝を付く。視界がぐにゃぐにゃと歪んでいき、反対側にいる社員さんの姿が霞んでいく。
「レディ!?」
 ペガサスが私を呼ぶ声が聞こえて、必死に視線をそちらに投げる。ぼんやりした視界の中でも彼が慌てているのがはっきりと解った。「機械を止めろ!」「エラーが出て強制終了できません!」「フィールドに入れない!」そんな社員さんたちの声も聞こえてくる。
「っ、く……はーっ……」
 心臓が早鐘を打つ。原因はきっと、この黒いカードだ。指を伸ばしてディスクから黒いカードを外そうとするけれど、やはり力は入らなかった。ディスクからはピーピーというエラー音が出てるけど強制終了はしてくれなかった。くっ……後で瀬人にエラー吐いたときはちゃんと強制終了するモードを作るよう進言しておこう。
 そんなことを考えていたら、黒いカードを中心に《ブラック・ホール》のような渦が広がっていた。手札に《ハーピィの羽根帚》でもあれば何とかなっただろうかと思いつつ、激しい頭痛に耐え切れず目を閉じる。
 そこで、私の意識は完全に途絶えた。



「……っ、んん……」
 ぼんやりと意識が戻ってくる。目蓋の隙間から薄らと入ってくる光が眩しくて、ぱしぱしと何度か瞬きを繰り返した。
……いや、ここ、どこ?
 目を擦って辺りを確認する。見慣れない景色の中、どうやら私は倒れていたらしかった。おかしいな、私はI2社内にあるデュエルフィールドでデュエルをしていたはずなのだけれど。ここはどう見ても外で――なのに、童実野町ではない。もう長年あの街に住んでいるし、そもそもバトルシティ開催にあたってマッピングをしたわけだからあの街に私の知らない場所があるとは思えないんだけど……。
「……いひゃい」
 ほっぺをつねってみたら、ちゃんと痛みがあった。どうやら夢ではないらしい。何なんだ一体、そう思いながら私は左腕を見遣る。起動されたままのディスクには例の黒いカードが張り付いたままだった。
 ディスクを今度こそ強制終了して、二枚のカードをデッキへと戻した。黒いカードはちょっとだけ迷って、エクストラデッキの方に入れておく。さっきのあれを考えるに、できれば詳細が解るまで使いたくはない。
 とりあえずこの人気のない路地裏から出て、適当に人を見つけて童実野町への戻り方を聞くことにしよう。スカートに残った土埃を払って歩き出す。さっきの強烈な頭痛はもう治ったのか、体調に問題はなかった。
 携帯は圏外だし、ディスクの通信もオフになっている。せめて連絡だけでも取れればモクバが車回してくれたかもしれないんだけどな〜。
 薄暗い路地裏をゆっくりと歩く。明らかに知らない土地だし、何かこう……よく解らない効果か何かで飛ばされたんだろうか。デュエルモンスターズはただのカードゲームじゃないから場合によってはそういうことがあるかもしれないけど、にしたって遊戯くんやマリクくんみたいな特殊事案が関わっているわけでもないただの実験でホイホイ転送されていたら気が済まないが。
「……ん? 今、どこからか声が……」
 思考を打ち切って耳を澄ます。物陰に身を潜めて声や音のする方を見れば、そこには何人かの人影があった。背は遊戯くんと変わらないくらい小さいし、もしかしたら中学生だろうか。
 どうやら一対二の変則デュエルをしているらしく、少年たちの左腕にはディスクがあった。けれど私や他大勢の決闘者が使っているデュエルディスクとはだいぶ形が違っている。あんなの発売されてたっけ? と思いながら戦況を確認した。流石にデュエル中に声をかけるのはマナー違反に当たるので、終わるまではここで待つことにしよう。
「にしても……あんなカード、いつ出たんだろう。知らないカードばっかり……」
 空中に浮かぶモンスターの姿はどれも知らないものだった。決闘者として発売されたカードには一通り目を通しているつもりなのだが、海外版か何かだろうか。後でペガサスに確認してみよう。
 奥の広場にいるのは中学生くらいの子が五人。それから、瀬人と同じくらいの男の子が一人。年長の子は腕に自信があるのか、余裕綽綽と言った感じでデュエルを進めていた。舐めプと言ってしまえばそれまでだけど、初心者への指導なのかもしれないし。まあ、じゃなかったら攻撃力・守備力共に0のモンスターなんてわざわざ出しておかないと思う。
 青い髪の毛の男の子の操るモンスターが少年に突撃する。デフォルメされたゲームのキャラみたいなモンスターが土煙を上げ、少年が飲み込まれた。ライフは残り1600だったから、普通だったら今の一撃で終わっていることだろう。
「いやあ……見事ですねぇ」
 案の定土煙の中から声がする。バトルシティやKCカップでも度々見た光景に、油断は禁物という単語が頭の中でチカチカ光った。
「素晴らしい攻撃だ。でも僕はダメージを受けていません」
「ど……どうして!?」
 場にモンスターの姿はないから、そちらはきちんと破壊されたのだろう。けれどライフ表示の方に変動はない。少年は黄色い前髪を揺らしながら、自分の場に向けて右手を伸ばした。
「残念ですが、今の攻撃で僕は永続罠《ギミック・ボックス》を発動していた。このカードはバトルでダメージが発生したとき、そのダメージを無効にして罠カードからモンスターカードに変換し、特殊召喚される。そして無効にしたダメージの数値がそいつの攻撃力となる」
 少年の頭の上に浮かぶのは、金属のような見た目をした箱型のモンスターだった。ケラケラと笑う姿に少しだけペガサスのトゥーン・モンスターのことを思い出して気分が悪くなる。……あの笑い方、わざわざソリッド・ビジョンで再現してくれなくてもいいのに!
「兄さま急ぎましょう。今の攻撃で繰り出してこないのなら、彼らはNo.を持っていない」
「解っている。そろそろ受けてもらおうか、オレの本当のファンサービスを」
 少年の傍らにいた、揃いのデザインの赤い服を着た子(女の子かと思ったら男の子だったみたい)が口を開く。兄さま。その呼び方でモクバの姿が脳裏をよぎった。彼らも瀬人とモクバみたいな兄弟なんだろうか?
「希望を与えられ、それを奪われる――その瞬間こそ人間は一番美しい顔をする。それを与えてやるのが、オレのファンサービスさ」
 邪悪な笑顔が少年に浮かぶ。そのねじ曲がった表情は私が今まで対峙してきた決闘者のそれに限りなく近かった。ていうか、何なら私だってあんな風に笑うことがある(これはモクバ談、だからね!)。頬に刻まれたタトゥー?が紫色の光を放つ中、男の子たちに「フォー」と呼ばれた少年はデッキトップに指を添えた。
「オレのターン、ドロー! お前たちのデュエルは素晴らしかった! コンビネーションも、戦略も! だが! しかし! まるで全然! このオレを倒すには程遠いんだよねぇ!! ――オレは《ギミック・パペット―スケアクロウ》を召喚!」
 ディスクにカードが叩き付けられ、現れたのはかかしのようなモンスターだった。さっきの罠モンスター同様にケラケラと不気味な笑いを零している。彼もまた似たような笑みを浮かべながら、今度は手札から緑色のカードを取り出した。
「更に魔法カード《レベル・クロス》発動! このカードは手札一枚を墓地に送り、レベル4以下のモンスター一体のレベルを二倍にする」
 かかしのレベルが4から8に上がる音がした。……レベルを上げたところで攻撃力が変わらないんだったら何も変わらないんじゃないかと思う。そもそもレベル4の時点で網には引っかかるし、レベルが上がったら召喚時に必要な生贄が増えるだけでメリットが見当たらないけど……まあ、出したってことは意味があるんだろうと割り切って、私はデュエルを見守る。
「……特と味わってくれよ? オレのファンサービスを!!」



2020.09.19 柿村こけら

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