ガラスの靴は融けて

04:ハーピィ・レディ

 目を覚ましてすぐ、豪華な天井が視界に入った。
 海馬邸の内装も豪華なんだけど、普段使っている使用人室は瀬人たちの部屋ほど調度品が整っていない。最悪寝られればいいと思ってるくらいだし。自室の天井じゃないってことは、つまり昨日のことは夢でも何でもなかったというわけで。
 ホテルの寝巻きを脱いで、綺麗に畳まれた服に手を伸ばす。童実野高校の制服――ではなく、トロンが用意してくれたという服だった。デザインはⅢたちのそれによく似ている。制服のシャツとリボンはそのままに、私は用意された服に袖を通した。
「……」
 少しだけ迷って、最後に腕章を左腕に着ける。童実野高校の委員長の証である腕章を着けたところでどうしようもないのだが、なんかこう……残しておきたいという気持ちがあったのだ。
 室内にある鏡に向き合って髪の毛を整える。ショッキングピンクに染まった毛先が視界に入って、何だか微妙な気持ちになった。……派手過ぎないかなあ、この髪。Ⅲには特に何も言われなかったけれど。こちらに来た影響らしく、前髪の左部分が一房色が変わってしまったのだ。まあ、わざわざ黒染めをするほどでもないし構わないか。
 リボンタイが曲がっていないことを確認し、私は部屋を出る。キッチンの併設されたリビングにはまだ誰の人影もない。ならちょうどいいか、と思って冷蔵庫の中身を確認した。どうやら食材は揃っているらしいけど……あの四人、料理とかするんだろうか。
「ま、いいか。本業みたいなもんだし……」
 あ、エプロン欲しい。後でⅢにないか確認しよう。そう思いながら卵をボウルに割って、牛乳やら塩胡椒やらを混ぜて味を整えていく。熱したフライパンにバターを投入してオムレツを焼き始めれば、奥の扉が開いてⅢが降りてきた。
「あれ? 、もう起きてたんですか? それに……」
「おはようⅢ。や、昨日手伝うって言ったしとりあえず朝食でも、と思って……ごめん、ルームサービスとか取る予定だった?」
「いえ、基本的には各自で摂っていたので……でも、嬉しいです! 朝ご飯があったらⅣ兄さまたちもテーブルについてくれるでしょうし……ボクも手伝います」
「じゃあお皿出して貰っていいかな?」
「はいっ!」
 ニコッと笑ってから皿を取りにぱたぱたと去っていく姿に、思わずモクバを思い出す。モクバもこうやって手伝ってくれたな、なんて思いながらフライパンをひっくり返してオムレツの焼き目をチェックした。
「……」
 昨日は疲れて眠ってしまったけど、眠る直前まで考えていたのは瀬人とモクバのことだった。二人は今頃どうしているだろうか、私はあちらでどうなったのだろうか、そんなことばかりが頭の中を巡ってしまう。もちろん考えたところで答えは見つからないわけだから、私にできるのはこうやって地道なことをするだけなんだけど……。
、お皿ってこれで大丈夫ですか?」
「うん、バッチシ。じゃあほい、これテーブルに運んでほしいな」
 フライパンからオムレツを皿に移す。ふっくらと膨らんだたんぽぽ色に、Ⅲの顔がぱぁっと明るくなった。
「すごい、美味しそうです! 、料理得意なんですか?」
「うん、得意な方。ていうか前にいたところでは料理を担当してたんだよね」
「えっと……コックとか?」
「そんな大層なものじゃないよ。厨房担当の使用人、って感じかな。色んな料理作ってきたけど、プロには劣るし」
 言いながら二つ目のオムレツを焼いていく。
 海馬家に拾われた私は、瀬人とモクバの使用人として雇われていた。二人の要望で専ら彼らのご飯を作る仕事をしていたため、結果的に色んな種類の料理を作れるようになったという感じだ。
 二人とも昨日のご飯はどうしたんだろう……って、ああ、もう。考えないようにしなくちゃいけないのに。
「はい、二つ目完成。Ⅲ、買い置きのパンとかってある?」
「あ、クロワッサンがあります。持ってきますね」
「ありがとう! ……あ、そうだ。今更だけど、今日はよろしくね。ⅢもWDCのことあるだろうに、付き合わせちゃって悪いけど……」
「いえ、トロンの命令ですから。それに、ボクはハートピースほとんど埋まってるので……」
 その言い方には随分と余裕があるし、彼もまた優秀なデュエリストなのだろう。
 と言っている間に三つ目のオムレツが完成し、それとほぼ同時に階段の方から足音が聞こえてきた。
「あれ? 二人ともどうしたの?」
「おはようございます、トロン。が朝ごはんを用意してくれたんですよ」
「道理でいい匂いがすると思った。うわ〜、美味しそう!」
「あはは……お口に合えばいいんだけど。私にはこれくらいしかできることないけど、助けてもらった恩もあるし。家事ならできるから、他にも何かあったら言って欲しいな」
「ふふ、じゃあ夕飯も頼んじゃおうかな。家族揃っての朝ご飯なんて久し振りでいいね、ねっV?」
「……そう、ですね」
……あ。
 やっぱりこの人たち、家族なんだ。
 昨日Ⅲに聞いたとき、トロンについてはぼかされたから確信は持てずにいたんだけど。外見はⅢより下っぽいけど、Vが敬語を使ってるってことは歳上なんだろうと予測はしている。……乃亜みたいな感じかな?
 気にはなるけど他所の家族のことにあまり首を突っ込むのも悪いので、トロンたちの会話は聞かなかったことにして残りのオムレツを焼いてしまう。Ⅲが持ってきてくれたクロワッサンをオーブンで温めている間にⅣが降りてきて、テーブルの上に並んだ朝食に驚いていた。
 オムレツと簡単なサラダ、それからクロワッサン。Ⅲが入れてくれたブレックファスト・ティーを並べ終わり、全員が席に着いた。私の椅子はⅢの隣、一番端っこだ。
「いっただっきまーす!」
 最初に声を上げたのはトロン。どうやら食事のときでも仮面は外さないらしく(食べづらいだろうに外さないってことは、火傷の痕でもあるのかな?)、小さな口に切り分けたオムレツを放り込んだ。他の三人もいただきますと告げてからナイフとフォークに手を伸ばす。
「ん〜! すごい、美味し〜い! 、料理上手だね!」
「オムレツ、ふわふわです!」
 すぐ近くのⅢも笑顔を浮かべてオムレツを口に運ぶ。こくりと頷いたVとⅣも、口には出さなかったがもぐもぐとオムレツを食べていた。そんなみんなを見ながら私もナイフを動かす。やっぱり脳裏に瀬人とモクバの姿がちらついたけど、オムレツを飲み込むのと一緒に思考を打ち切った。
 朝食を終えて、Ⅳは早々に外へと行ってしまった。多分昨日と同じようにデュエルをしに行ったんだと思うけど……まあ、魂をカードに封印してるわけでもないみたいだしどんなデュエルをしようが構わないか。ディスクを使ってデュエルしてる以上ある程度の怪我はつきものだしね。
 皿を洗い終え、私はⅢと一緒にホテルを出た。昨日は裏路地みたいなところから出なかったからよく解らなかったけど、こうやって実際に街を歩くと未来的なデザインの建物が視界に沢山入ってきた。本の挿絵とかにありそうな未来都市だ。
「ひぇ〜……大きい建物ばっかりだ」
の住んでいたところにはこういう建物あまりなかったんですか?」
「なくはないけど、こんな沢山はなかったかな。あとデザインがもっとシンプルというか……ハートランドと比べると装飾が少ない感じ」
「なるほど……じゃあ、解らないことがあったら聞いてくださいね。……っと、着きました。ここがカードショップです」
「ありがとう」
 自動ドアを抜けて店内へと入る。大会期間中だからか、さっぱりした様子のカードショップには老若男女問わずお客さんが集っていた。ガラスケースに並ぶカードを一瞥してみるはいいものの、そこにあるのは知らないカードばっかりだ。……あ、ミラフォは現役なのね、流石に。
「とりあえず今のデッキを見せてもらえます?」
「うん」
 適当な席に座り、ホルダーから取り出したデッキをⅢに渡す。カードを捲り始めた彼の顔は、最初こそ真面目だったが次第に曇っていった。そりゃそうだ。
「えっと……コンセプト自体は悪くないですけど、モンスターエクシーズの使用が主流なので、あまり効果はなさそうですね……」
「いいよ、言葉選ばなくて。正直に総取っ替えした方が早いって言っちゃって」
「……うぅ、その通りです。のいたところではモンスターエクシーズがなかったんですよね?」
「そうそう。レベルの高いモンスターは攻撃力が高いし効果も強いから、採用しない理由はないんだよね。私はそういう『環境』に対するメタデッキとしてこのデッキを組んだから……」
 瀬人の《青眼の白龍》しかり、遊戯くんの《ブラック・マジシャン》しかり、強力なモンスターは総じてレベルが高い。だから網で抑え込むのが容易で、メタとしてこのデッキを愛用していた。これが私なりの勝ち方だったけど……この世界で勝つためには、仕方ない。
「モンスターエクシーズって、すぐ手に入るの?」
「え? まあ、そうですね。No.は市場には出回っていませんが、普通のモンスターエクシーズでしたらパックから出てきますよ」
「じゃあ、このカード以外にもモンスターエクシーズを採用することはできるんだね」
 取り出したのは《No.■■ ハーピィ・プリンセス》――昨日トロンの手で名前を得たカードだ。せっかくペガサスから預かったカードだし、ハーピィは私にとっても思い入れのあるカード。この子は絶対に入れておきたいけど、昨日のデュエルを見る限りモンスターエクシーズ一枚じゃデッキは上手く回らないだろう。
「【ハーピィ】はサポートカードもありますし、モンスターエクシーズも出ていたと思いますよ。デッキの主軸をそちらに移した方が上手く回るんじゃないですか? えっと……」
 言いながらⅢはデバイスを操作して(Dパッドという機械らしい)、カードリストを私に見せてくれる。そこに並んでいたのは、「ハーピィ」の名を関するモンスターカードやサポートカードだった。
「私の知らないサポートカードがいっぱいある……いつの間にこんなに出てたの?」
「これなら単一カテゴリでデッキ組めるんじゃないですか? えっと……《ハーピィズペット幻竜》ってモンスターエクシーズもありますし」
「そうだね……《ハーピィ・レディ》は外したくないし、これで組んでみようかな。舞さんと方向性似ちゃうけど……折角なら、元々使ってたカードを使いたいしね」
 デッキの中から《ハーピィ・レディ》のカードや、この環境でも回せそうな魔法・罠カードを何枚か引き抜く。ミラフォや羽根帚は現役でも全然いけそうだ。
「……何か、思い入れのあるカードなんですか?」
 それ、と言いながらⅢがハーピィを示す。最初の一枚と最新の一枚。二羽の妖鳥女神はどちらも妖艶な笑みを浮かべている。
「こっちのハーピィは、私が最初に手にしたカードなんだ」
「最初に?」
「うん。私を助けてくれた人がくれたカード。デュエルモンスターズのルールなんて全然知らなかった私に戦い方を教えてくれた人がね、このカードみたいに強くなれって言ってプレゼントしてくれたんだ」
 今でも思い出せる。あの日瀬人が私に差し出してくれたカードの中に在る気高く美しいその姿を見たときの感動を。そんな風になれたら、私は瀬人やモクバをいつまでも守れる気がした。
「もしかしたら、No.もの気持ちに応えて『ハーピィ』のカードに成ったのかもしれませんね」
「そう……だったら、いいんだけど」
「きっとそうですよ。じゃあ、早速このカードをメインに据えた【ハーピィ】デッキを作りましょう!」
「……うん! ありがとう、Ⅲ!」
 使わないカードをホルダーに戻し、私はⅢと一緒に効果を確認しながらカードを選んでいった。エクストラデッキに入れるのは《No.■■ ハーピィ・プリンセス》と《ハーピィズペット幻竜》、それからランク4の汎用のモンスターエクシーズ。メインに据えるのは瀬人から貰った《ハーピィ・レディ》で、フィールドと墓地では同じ名前を冠することになる《ハーピィ・チャネラー》や《ハーピィ・ハーピスト》といった新規カードを採用していく。後は《ハーピィの狩場》や《ヒステリック・サイン》といったサポートカードも足してとりあえず完成だ。実際に回してみないと枚数調整は厳しいので、ひとまず、というところではあるが。
「とりあえず効果は頭にたたき込んだけど……テストプレイ、このままⅢとやればいいのかな?」
「いえ、ボクたちは紋章の力を用いてデュエルをしているので、ここでは難しそうです。かと言っていきなりWDC予選に飛び込むわけにもいかないので、まずはホテルに戻ってⅤ兄さまと特訓をしてもらいます」
「Ⅴと?」
「はい。兄さまは温厚でいらっしゃいますが、デュエルとなると結構容赦ないんですよ」
「そうなんだ……Ⅳの方が容赦なさそうだけど、そこはやっぱりお兄ちゃんの方が怖い的なアレなのかな」
「うーん、そんな感じだと思います」
 Ⅲは特にカードを買い足すことなくショップの外へ出る。昨日と違って謎のワープでホテルに戻ることはせず、彼は歩きしなにハートランドの仕組みについて色々と私に教えてくれた。この街を統括しているのはMr.ハートランドという男性であるということとか、街を管理するロボットのこととか。とは言えⅢたちもこの街を訪れているのはWDCがあるからで、別に住んでいるわけではないらしい。
 たわいもない話をしながらホテルに戻る。Ⅳとトロンの姿はなく、Ⅴは昨日と同じようにソファーに座って本を読んでいた。
「ただいま戻りました、Ⅴ兄さま」
「お帰り、二人とも。デッキは組めたか?」
「ええ、Ⅲのお陰で。それで、Ⅲからあなたにモンスターエクシーズを使ったデュエルを教えてもらえって言われたんだけど」
「ああ、トロンからもそう言われている。では早速デュエルに入るとするか」
 Ⅴは立ち上がって本をテーブルの上に置く。デッキを取りに行っている間に、私は組んだばかりのデッキをディスクに差し込んだ。
「……って、私のデュエルディスクってこのまま使えるの?」
「ちょっと見せてください。えーっと……構造自体はDパッドに近いみたいですから、紋章のサポートもありますし使えると思いますよ。ハートランドではARビジョンを利用したデュエルが主流なんですが、昨日のⅣ兄さまとのデュエルではちゃんと見えていたんですよね?」
「うん。ダメージも魔法効果も普通に感じ取れたわ」
「じゃあ大丈夫だと思います。……まだ紋章を与えられていなくて、Dゲイザーもなかったのに……どうしてでしょうか」
 不思議そうにⅢが首を傾げる。と言われても私も理解できていないので同じように首を傾げるしかできなかった。まあ散々闇のゲームやら千年アイテムやら前世やらに関わってきたのでちょっとくらい不思議なことが起きても「まあそんなこともあるよね」くらいのノリで受け入れられるのは……利点ということにしておこう。うん。
「待たせたな。そちらに準備はできているか?」
「はい、Ⅴ兄さま」
 声に顔を上げる。長い銀髪を揺らしながら階段を降りてきたⅤの左腕には、肩まで届きそうなくらい長いデュエルディスクが装着されていた。それを見て私もデュエルディスクを起動する。
「それではモンスターエクシーズを使ったデュエル・タクティクスを教えていくが……私たちと戦っていく上で甘えることは許さない。お前が泣こうがサレンダーは認めないから、そのつもりで向かってこい」
「当然、覚悟の上よ。――決闘!!」



2020.09.22 柿村こけら

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