FGO
臆病を鏡写し
特異点では認識の共有をスムーズに済ませる目的もあって、現地で出会った人の容姿がマスターの知る人物に置き換わることがある、とは以前から報告が上がっていた。
事件の起きる屋敷やダンテがコンシェルジュを務めていた特異点がそのいい例だ。マスターの認知として「少しぎくしゃくしているが一緒に旅行には来る、根が優しい夫婦」は「ジークフリートとクリームヒルト」のイメージが強く、その方が管制室にいる新所長やダ・ヴィンチ、サポートのサーヴァントたちにも伝わりやすい。それは効率的だし、システム自体に文句を言う気はない。
……と、自分が「代替物」になるまでは思っていた。
笑える話だ。散々システムがどうの、効率性がどうのと物分かりのいい振りをしておいて、いざ自分が選出されたら物申したくなるなんて。こんなこと、もしロビンだったら「へえへえ、俺のイメージですか。俺、こんなにキザな優男に見えてるんですかねぇ。ま、マスターの役に立つってんなら、ご自由にどうぞ」とヘラヘラ笑ってそれ以上考えないだろう。
先日の特異点で僕が――「シャルル゠アンリ・サンソン」が置き換わったのは「クロード」という青年だった。
フランスに暮らす資産家の女性の末息子。四男として兄たちのサポートに勤しみ、人前に出ることがやや苦手そうな青年。聞こえはいいが、外から見ている分にはどうにも「少し情けない」という印象を抱いてしまう。兄たちに押し切られたり、屋敷に置いていかれたりと、兄たちに比べると積極性に欠ける面があった。もちろん、マスターやモレーたちに同行したり、サポート自体は心の底から楽しんでやっていたりと悪い面ばかりではないのだが。
それでも――気にはなる。
マスターに――とって、僕はああいう風に見えているのだろうか、と。
「というわけで、確認したいのですが」
「少なくともその積極性は真逆かな……」
夜になり、僕はマスターの部屋を訪れた。ことの次第を滔々と説明した僕を見て、マスターは少し困ったような表情を浮かべる。ああやっぱり迷惑だったかな、とは思ったが、僕も退けない。どうせ口に出してしまったのならやっぱりやめますと踵を返したって変わらないのだから。
「ええと……まず最初にね、あたしはサンソンのことを情けないとか頼りないとか、そんな風には思ってないよ」
「……ありがとうございます」
「認識代替システム、正直なところ直感で無意識に作動してるみたいだからあたし自身深く考えてはいない気がするけど……あたしのイメージしたことは三つあるかなー」
マスターは椅子に座り直すと、三本の指をぴんと伸ばした。僕はその指をじっと見て、マスターの言葉を咀嚼する。
「まずは場所。フランスのお金持ちの別荘ってところで、自然と『フランスに所縁がある、資産家の男の人』をイメージしたと思う。だから長男の方はナポレオンだったし、次男の方はファントムだった。ジキルに関しては……どっちかって言うと、ハイドの側面があったのを無意識に捉えてたのかなぁ。で、二つ目は『献身的』。サンソンはいつも、あたしやみんなの怪我を手当てしてくれるでしょ。……うちの医務室って、まあ、ぶっ飛んだ人が多くてそれが楽しいところあるけど。テキパキお医者さんみたいに寄り添ってくれるのはやっぱりサンソンだからさ。あとは……うーん。『気弱そうに見えて、ただ引っ込み思案なわけじゃない』っていうところが、先に挙げた理由に重なってた……それがサンソンだった、ってコト」
「確かに、フランスに所縁のある男性サーヴァントと言うと限られますね。そして、ナポレオンに後者のイメージはない……」
「年齢的には多分サンソンが一番上なのに末弟にしちゃったのはゴメンなんだけど。……クロードさんは、確かに他の三人と比べると前に出るのは苦手だったし、臆病だったかもしれない。でも、ずっと一緒にいてくれた。お母さんを心配して、お兄さんたちを心配して、あたしとモレーずのことも心配してくれた。……後出しだけどね、そういうところもサンソンに似てたよ。サンソンはいつもあたしたちのこと助けてくれる。いざってときは前に出て剣を振るってもくれる」
マスターは手を下ろすと、そのまま向かいに座っていた僕の手を取った。冷え切った僕の指先と違ってマスターの手は温かい。熱を分けるみたいに指先を絡めながらぎゅっと握ってくれる彼女は、やがて視線を繋いだ手から僕の目に向けた。太陽を融かしたような柔らかくあたたかな瞳に見つめられて、僕の心の奥の氷が溶けていく。
「神様、英雄、勇者。カルデアにはいろんなサーヴァントがいて、出力で言うならサンソンより高い力を持つサーヴァントもいる。……でもあたしは、あなたが良かった。だからあなたに冠位に至ってもらったし、あなたがこのカルデアで誰より強いと思ってる。……なのに不安になっちゃうところも、クロードさんに似てると思ったのかもね」
「そ、れは……」
「あたしにとって、サンソン以上のサーヴァントはいない。きっとあの瞬間のあたしも、悲鳴を上げていたとは言え、『この人は信頼できる強い人』だと思ったからサンソンをイメージしたんだよ。あたしはそれが間違ってなかったと思ってる」
手を握ったまま、マスターは「それに、」と打ち切ってからにへらと笑った。真面目な顔はどこへやら、食堂でおどけているときと同じリラックスした表情だ。
「クロードさんがサンソンを羽織って良かったこと、もう一個あるの。あくまでイメージに過ぎなかったけど……サンソンが近くにいてくれるみたいで、あたしもやる気出た。頑張らなきゃ、解決しなきゃ、って思いが強くなった。……あたしの方が、弱いんだよ。本当はサンソンがいてくれないと足が震えちゃうくらいには」
僕が入れない特異点なんていくらでもあった。僕より強くて頼りになるサーヴァントはたくさんいる。今回だって、モレーたちは特異点解決のため完璧に立ち振る舞ってくれていた。僕の武器は剣だが、セイバークラスでない以上あんな風に動くことは敵わないとアーカイブを見て悔しく思ったし、邪霊の類に詳しくない僕では取り憑いた悪霊を祓うことはできなかったから、僕ではダメだった理由も理解していたし。
けれど、それでも――マスターが僕を求めて、きらきらの冠を被せてくれるのなら、これ以上に求めることなどないはずなのだ。
「マスター」
「うひゃあ!?」
手を取ったまま、僕は立ち上がると彼女の身体を抱き上げる。どれだけ鍛えたところでまだ年若い女の子である彼女の身体は軽く、サーヴァントならこんな風にあっさりと持ち上げられた。驚いている彼女を抱えたまま、僕は隣のベッドに腰を下ろす。後ろからマスターの腰に手を回してがっちりと捕まえ、その肩口に顔を寄せた。
「……あは。大胆なのか臆病なのか解んないよ」
「両方、ではいけませんか?」
「んーん。……サンソンの本心が聞けるなら、なんでも嬉しい」
こてんとマスターの頭が僕の頭に預けられる。
性格は変えられないし、信じられていると知っているくせに僕はこれからも後ろ向きなことを考えてしまうだろう。その度にマスターにこんなことを訊いて迷惑をかけるやもしれない。
でもそれは、裏を返せば迷惑をかけられるようになったということでもあるはずだ。昔のように言葉にできない僕とは違う――少しくらいは、成長したと言っていいのかもしれない、なんて。
「……まあ、とは言え。現地に赴けるならそれに越したことはありませんから、次は僕も同行できるよう祈っておきます」
「あはは、そだね! ……どこだって一緒にいてよ、あたしの最高のサーヴァント?」
「もちろんです、マスター。手始めに、スノーボードの滑り方をご教示いただいても?」
ぎゅ、と回した手に力を入れる。
情けない僕はそう簡単には変わらないけれど――これからも、彼女の隣で一歩ずつでも踏み出していければと、そう心に決めずにはいられなかった。
2026.03.20 柿村こけら
欲を言うとカルデアに戻った後のサンソンやナポレオンの反応も見てみたかったですね……
モレーちゃんきません 兄は来たぞ 早くおいで……
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