祈りは永遠に。
10:横断
ダアトを出て一日。まずは馬車で港まで移動し、そこから船でルグニカ方面へと向かった。ルークたちの現在位置が解らない以上ピンポイントでの合流は難しいが、タイミングを考えればもうルグニカ平野に入っているはず。
「第五師団副師団長のです。ヴァン総長の指示で、ルグニカ平野にいらしている皆さんの部隊を経由して目的地に向かわせていただきます。私は譜術士なのでどうしても前衛はお任せすることになってしまうかと思いますが、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします、副師団長! この部隊の隊長をしているセラヴァです。戦場ということで危険な場所ではありますが、総長の指示とあれば我々はご協力させていただきますよ!」
差し出された手を握り返し、私はセラヴァという部隊長さんにお辞儀をした。
どこにルークたちがいるか解らないこともあり、私はこちらに派遣されている神託の盾の兵と共に移動しながらルークたちを探すことに決めた。ルグニカ平野では何度か戦闘イベントが発生し、その中には神託の盾兵と戦うものもあったし。ローテルロー橋で待っているだけでは、あの戦闘イベントからみんなを……エンゲーブの人たちを守ることができない。少しでも早い段階で合流すれば、それだけ誰かを守れるはず。
もちろん、ただイオンを連れて帰るだけならケセドニアで待っていればいい話なのかもしれない。それでも私が合流を選んだのは、この世界に来た以上は戦地となっているそこを見ておかなければならないと思ったからだ。
私が着用しているのはローレライ教団の紋章たる音叉を模した刺繍が施された神託の盾騎士団の制服。立場的には中立であるが、命のやり取りをする兵士たちにそれが見えるかと言ったら難しいだろう。それでもこうして神託の盾騎士団の兵士たちと行動しているから、最低限の安全は保証されているけど。
「副師団長は、総長のご命令でこちらにいらしたんですよね? どうして前線に?」
ヴァンからの指令書を見せていろいろな部隊に合流させてもらっていると、こんな風に質問を受けることがある。よもや「イオン様を連れ戻しに」なんて馬鹿正直に言うこともできないので、私はその度に用意していたセリフを繰り返す。
「ルグニカ平野に危険なことが起きると預言に詠まれたそうなんです。詳細は伏せさせていただきますが、私はその対処のために派遣されました」
「なるほど……何か我々にもできることがあれば、遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます。頼りにさせていただきますね」
……とまあこんな風に、預言プラス第五師団副師団長が直接現地を訪れている、という事実はかなり効果的だった。ヴァンはこういう風に権力を利用できるよう私に副師団長を任せてくれたのかもしれない。まあ、その裏で色々私が知らないことを企んでいるんだろうけど。
できるだけ神託の盾の兵と仲を深められるよう立ち回りながら、私は戦地となっているルグニカ平野を進む。ゲームの中とは違う感覚が一歩進む度に襲ってきて頭がクラクラした。大規模な譜術を放ち合う両軍。基本的にはキムラスカとマルクトの戦争であるものの、ヴァンやモースの思惑で介入している神託の盾兵は上からの命令を盲目的に信じて戦闘をしている。これがこのまま続けば、本来は死ななくてもいいはずの人がたくさん死ぬ――いくらゲームでは描かれていることで、預言にも刻まれていることなのだと解っていても、私はそれを認めることはできなかった。
神託の盾に入団してからリグレットに訓練メニューを見繕ってもらってそれなりにやってきたつもりだけど、やっぱり兵士たちと比べると私の体力はまだまだだ。でも私は混ぜてもらっている立場なんだし弱音なんて吐いていられない。何日もまともにシャワーを浴びられていないのがだいぶ堪えるなと思った矢先、兵士たちの向こうから大きな声が聞こえてきた。
「ま、待て! 俺たちは民間人だ!」
――ルークの声だ!
でも、安心なんてしてられない。こんな風に言ってるってことは、今まさにどちらかの軍と敵対しているということ。甘いことは言っていられないと、私はすぐに音素を掻き集めた。
「涙の海で溺れちゃえ! レイニードル!」
瞬間、兵士の頭上から勢いよく針のような雨が降り注ぐ。一応出力を控えめにしてはいるから死んでないと思うけど……例えルークたちを襲う人であっても死んで欲しいとは思っていないし。
倒れたのはキムラスカ兵だった。突然目の前で兵士が倒れたことに驚いたルークは、しかし土煙の向こうに私の姿を見とめるとぱあっと顔を明るくした。実際にルークと行動したのはアラミス湧水洞からダアトまでの短い道のりだけだったのに、こんな風に笑ってくれて嬉しくなる。ルークの後ろにはアニスとジェイド、そしてエンゲーブの住民たちの姿があった。
「ーっ! 元気だったか!?」
「はぅあ! ルークずるーい、アニスちゃんもーっ!」
ルークとアニス、二人分のタックルを全身で受け止めた私は情けなくもその場に倒れかけた。アニスはともかく、ルークの背は170を越えているから私の背と比べれば結構な威力が出る。しかしそんなことも気にせずに二人はぐりぐりと私をいじり始めた。エンゲーブの住民たちの近くにいたイオンは微笑ましそうな顔してこちらを見ている気がする。お願いだから止めに入って!?
「どぅわーっ! ちょっとストップ、二人ともストップ!」
「あ、ごめんつい」
「本物か確かめたくなっちゃったぁ〜☆」
「もぉ……」
話をしたいのはマウンテン&マウンテンなのだが、ここまで連れてきてもらったお礼を先に言わないと。私はルークたちに背を向け、後ろでどうしたものかと待機していてくれた神託の盾兵の元へ向かう。
「ヴァン総長のご指示に近付いたので、私はここで離脱します。皆さん、ここまで私を帯同させてくださり本当にありがとうございました!」
「いえ、副師団長の任務とあれば。我々は引き続き戦場を警邏しておりますので、何かありましたらお声がけください」
「ありがとうございます。……私から一つだけ、お願いがあります。今ルグニカ平野には、キムラスカとマルクト両軍の兵士だけではなく、住んでいた村を捨てて安全地帯へ逃げる民間人もいます。どうか、民間人への攻撃はお控えください。そしてもし可能でしたら、民間のかたをお守りして戦場になっていない場所までお送りして差し上げてください。キムラスカもマルクトも、そして我々神託の盾も……罪のない一般人を守るための兵であることを忘れないように。他の部隊とすれ違いましたら、どうかお伝えいただければ幸いです」
「……かしこまりました、副師団長。ユリアのご加護があらんことを!」
「はい。皆様にも、ユリアのご加護があらんことを」
敬礼をして、神託の盾兵は戦地へと去っていく。私は部隊を移動する度にこのことを伝えて進んできた。どうか一人でも多くの人が助かるようにと祈りながら、改めてルークたちの方を向く。
「ごめん、お待たせ! 改めまして……神託の盾騎士団、第五師団所属。副師団長のです! お久し振りです!」
「はぅあ! 副師団長!? しかもシンクのとこ〜っ!? 大丈夫? いじめられてない?」
「あはは、大丈夫! 完全な塩対応受けてて最高!」
「えぇ……? ま、がいいならいーんだけどぉ……で、なんでがここに?」
「ヴァン総長の命令でね、イオン拉致しに来たんだけど」
「バカ正直に目的を話す人がいますか?」
やれやれと呆れたようにジェイドが告げ、カチャリとメガネを押し上げる。えーっと、こっちにこのメンバーが揃ってるってことは……ナタリアの方にはティアとガイが同行してるってことか。キムラスカ王族の二人を分けつつ、本来の所属で固まった感じかな。でもまあ、逆にちょうど良かったかも。私も今は神託の盾だし。
「そういやラルゴがマルクトに入る前に襲ってきたよな。神託の盾、まだイオンを連れてくつもりなのか?」
「イオンの力がないと困るところが結構あるからね……私もそれについては今後の動きに必要だから協力はしてるけど、ラルゴたちみたいに無理矢理イオンを連れてくために来たわけじゃないから。エンゲーブの皆さんがケセドニアまで移動するのを手伝うつもりだし、変なことは企んでないので安心してください」
本当は、どうせイオンはケセドニアでモースとヴァンのあれそれに対応するためにダアトに戻ると言うことが解っているからヴァンの言うことを飲んだ……っていうのもあるんだけど、まあそれは今言う必要ないので割愛。
「ふむ……まあ、ほぼ譜術専門のがイオン様を連れて逃げられるわけもありませんしね。いいでしょう、副師団長。エンゲーブの皆さんの移動を手伝っていただけるならそれに越したことはありません。あなたに後衛を担当いただければ、我々は前衛として動き回れます。よろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです大佐!」
ぺこりと一礼をすると、私は改めてエンゲーブの皆さんにご挨拶をする。ゲーム中ではグラフィックの都合もあってあまり解らなかったけど、こうして見ると丸腰で相当数の一般人が固まって移動するというのはかなり厳しそうだ。そりゃエンカウントミスったら死人も出る……合流できた以上、ここからは誰も死なせずにケセドニアに辿り着きたいが。
ていうか、そもそもエンゲーブ→ケセドニアってどう考えても徒歩で移動する距離じゃないんだよな……いくら農作業をして体力がある人たちがほとんどとは言え、行軍はまた違う。精神的にも不安定になるだろうし。
「。早速ですが村の皆さんをお願いしますよ」
不意にジェイドが槍を出現させて前方を見た。平原の奥にキムラスカ兵の姿が見える。マルクトの制服を着た大佐がいるとは言え、とにかく「キムラスカ兵以外は敵だ、殺せ」と視野狭窄になってしまっているような気がした。
ルークが苦しそうな顔で剣を構え、アニスはトクナガを巨大化させる。私は村人にできるだけ固まってもらうよう指示すると同時に、フォースフィールドの詠唱を始めた。これ一つあるだけで防御力は段違いだ。
「かの者を守る光となれ……!」
民間人とイオンをフォースフィールドでぐるりと囲んで、ついでにルークたちに味方識別。フォースフィールドが発動すれば、一定時間ではあるが兵士の攻撃は村人たちに届くことはなくなるはずだ。効果が切れるまでの間には譜術で攻撃をして、切れたらまたフォースフィールド……その繰り返しで、できるだけエンゲーブの人たちを守るのが私のやるべきこと!
「続いて……光の鉄槌を!」
完全詠唱でなければ譜術を発動できないと知ったこともあり、私は短めの譜術をセレクトした。範囲の広い譜術の方が効率はいいかもしれないが、私がうっかり倒れたら村人にも危害が及ぶ。前衛のルークたちを信じて、思い切り!
「――リミテッド!」
光の柱がキムラスカ兵たちを貫く。仕方のないことと割り切っても辛いのは事実で、詠唱を続けながら心の底で謝罪を繰り広げた。
最後に死ぬのは私だけでいい。
でも、そこに到着するまでには、どうしたって犠牲にしなくてはならない命がある。……一万人殺し、とか。あれは絶対に避けられない。それと同じように、ルグニカ平野を抜けるにあたって戦いは避けられない。こればっかりはゲームとは違うのだと、ここ数日歩いて実感した。
「……犠牲、ね」
そんな簡単な言葉で全てを許せるのなら、どれだけ幸せだったことか。英雄の裏で、水に満ちた海底洞窟で犠牲になった「少年」を私は知っている。彼は決して世界に認められることはなかったけれど、それでも彼が「犠牲」にならなければ平和は訪れなかった。仮面と黒衣とを纏った彼は、自分が犠牲となった世界を改めて見て、一体何を思っただろうか。
その答えを――私はきっと、知る由もない。
そう考えながら次の詠唱に入る。ごめんなさいを繰り返しながら。
2025.12.15 柿村こけら
Prev / Back / Next