祈りは永遠に。

13:代償

 それから早二週間。治癒術師に毎日手当てをしてもらっていたのだが、傷口が塞がるには思ったより時間がかかった。一応今週末には退院できるのではと言われてはいるのだが、こうしている間にもストーリーが進んでいると思うともどかしい。予想外のロスに歯噛みしてしまうが、かと言って万全でない体調で動くわけにもいかないし。むむむ。
「にしても、こんなことになるとはなぁ……」
 休んでいる間に何度も考えたが、まさかこんなタイミングでイオンの暗殺未遂事件が起きるなんて。少なくとも原作でそういうことが起きたとスキットとかで言及されてはいないはずだし……いやまあ、導師派と大詠師派がピリピリしてることを考えれば、あってもおかしくはないんだけど。
……もしかしたら、私が関与したせいで何かが変わったのかも、なんて考えてみる。本来ならあそこでアニスが導師守護役を解任された後、イオンはモースと共にダアトに戻るはずだ。そこをバラバラに行動したことで、過激な大詠師派の反感を買ってしまった……とか?
 まあ、真相が解らない以上全ては予想に過ぎないんだけど。今言えるのは、イオンが死ななくて何よりだということだけだ。あそこでイオンに死なれてしまったらこの後の話がメチャメチャになっちゃうし、何より私の「目的」も達成できなくなる。
、入って平気?」
「はーい、大丈夫!」
 シンクの声に起き上がると、カーテンを開けてシンク……と、ディストが入ってきた。そういえば入院している間、ディストが大きな譜業を持ってきて何かのデータを取っていったっけ。あれの検査結果が出たのかもしれない。
 ディストはいつもの椅子には座っていなかった。手には何か紙の束を持っていて、私の横に腰を下ろすとそれをこちらへ差し出してくる。恐らく検査結果……だとは思うのだが、並んでいる数字が何を示しているのか私にはよく解らなかった。
「明日退院だそうですね。ですがその前に、先日おこなった検査の結果をお伝えさせていただこうかと」
「ありがとう。えっと、検査っていうのは……」
「以前、詠唱について調べた際に気になる数値があったのでそれを細かく調べたものになります。あなたの戦い方にも関わることですので、こうしてシンクにも同席していただくことになりました。結論から言いますと……、あなたの身体は他人よりも治癒速度が何倍も遅いんです」
 ディストの指が紙片のとある数値を示す。どうやら左が私の数値で、右が同年代の女性の数値のようだった。……確かに、そこに書かれた数字は私の方が三倍ほど大きくなっている。
「今回の怪我、毒自体はボクの応急処置で医務室に運ばれた時点ではほとんど消えていた。にもかかわらず、アンタの怪我が治るのには時間がかかったよね。もちろん、ナイフが深くまで刺さっていたってのはあるけど……神託の盾騎士団でトップクラスの治癒術師が毎日治癒術をかけていたのに、傷が完全に塞がるまでが長過ぎる」
「言われてみればそうかも……こんな怪我したことなかったから、比較できなくてあんまり実感なかったけど」
「その理由についても、先の調査で解りました。以前お伝えした通り、には固定の音素振動数が存在しない。ですので怪我によって身体にダメージを負った場合、それを回復するための音素を定めるのに時間がかかるようなのです」
「えっと……?」
「そうですね……例えば、私の音素振動数を仮に『100』としましょう。私が怪我を負っても、身体は自動的に『100』の音素を補充し、怪我が治る。シンクが『60』だったら、これもまた『60』の振動数の音素が補充される。ですが、の場合は音素振動数が常に変動しています。今この瞬間には『30』だったものが、次の瞬間には『31』や『128』になっているかもしれない。そうなると、回復に必要な音素を集めるのに時間がかかるのです。一応、身体の方で適切な音素を掴み取れてはいるようなのですが……捕まえた音素を安定化させるまでの時間がかかって、結果あなたは怪我の治癒に他人の三倍ほど必要、となるわけです」
「なるほど理解。だから前に怪我をしたときも、治るまでにすごく時間がかかったんだね」
「ええ。『音素振動数が一定でない』というのはメリットも大きいですが、このようなデメリットも孕んでいるというワケです。聞いたところによると、あなたは特殊な譜術も使えるようですね?」
「特殊……あっ。『フォースフィールド』とかのことかな? あれって本来は第二音素譜歌だから、譜歌なしには発動できないんだっけ……」
 まあ私にとってはティアよりフィリアのイメージが強かったので「譜術」として使わせていただいておりますが。
 ディストは私の言葉にコクリと頷いて、それからメガネのブリッジを押し上げた。こういうとこ、ちょっとジェイドと似てるかも……なんて、ジェイドにバレたら半殺しにされてしまうかもしれない。
「そうですね。そのように、本来この世界に住む人間には使えない譜術を使える、というのがメリットのうちの一つです。推測ではありますが、あなたの『求める効果』に応じて、あなたの身体が適切な音素を編み上げているのかと。実際、本来のフォースフィールドは第二音素譜歌ですが、記録によるとのフォースフィールドは第六音素で構成されていますからね」
「フィリアのフォースフィールドって光属性だから、そのイメージが強いのかも」
「フィリア?」
「あ、えっと……この術を教えてくれた人、みたいな! でも、そっか……じゃあもしかしたら、すっごい効果のある治癒術とかも使えたりするのかな」
「……可能性はあるでしょうね。ですが、メリットばかりではないということは肝に銘じておいてください。また戦場に立つことがあるとは思いますが、他の人間では致命傷でないものでも、あなたにとっては致命傷になるかもしれません。シンクも、あなたの部下なのですからその辺りきちんと把握して行動するように」
「ハイハイ。説明アリガト」
「まったく……では、私はこれで。何か解らないことがあれば、気軽に聞きに来てくださって構いませんからね」
 にこりと笑ってディストはカーテンの外に出ていく。……こうやって真面目な話をしている分には本当にマトモな人でしかないんだけど、ジェイドのことや復讐日記のこととなるとああなってしまうのは……まあ、ギャップと言えばギャップなのかな?
 シンクはやれやれと言った風にディストを見送って、それから空いた椅子に腰かけた。私の手元にあった検査資料を手に取ると、パラパラと中身を見る。
「厄介な体質だね、アンタも」
「あはは……まあ、メリットも一応あるみたいだし。オールドラントに来られた分、代償みたいなものだと思っておくよ」
「何がそこまでアンタを掻き立てるのか解んないけどさ……一応、こっちも仕事なんだからアンタに死なれたらそれなりに困るワケ。そこだけは弁えなよ。じゃあ、ボクはリグレットと一緒にヴァンに呼ばれてるから」
「え……、……あ、ああ、うん! ごめんね、忙しいのに来てもらっちゃって。気を付けます!」
 咄嗟に作った笑顔は、シンクに訝しまれることはなく済んだようだった。シンクはさっさとカーテンの外に出ていってしまい、残された私はベッドにぽすんと倒れ込む。
 ダアトに戻ってきてから大体二週間。それだけあれば、ルークはもうザオ遺跡でパッセージリングの操作をしてから、一度ダアトにも顔を出しているはずだ。私は絶対安静を強いられていたから会えなかったけど、とは言えダアト滞在は一瞬でその後バチカルに移動させられて……外殻大地の降下作戦は、ほとんど完了しているんじゃなかろうか。
 だって、シンクは今「リグレットと一緒にヴァンに呼ばれてる」と言った。それはつまり……シンクが地核に落ちる日はもうすぐそこに迫っているということでもある。
 私はそれまでにどうにかしてそのイベントをねじ曲げなくてはいけない。一応シンクは落ちた後死んではいないし、旅の預言士として再びルークたちの前に姿を現す。けれどシンクが自身を劣化複製人間だと皮肉るその顔は、見たくなかった。ゲームのコントローラーを強く握って何度思ったことだろう。
 君は必要な「人間」だよ、って。
 生きていて欲しいよ、って。
 何度、泣いたことだろう。そんな決定事項をねじ曲げる為にも――私は、立ち止まっていられない。
「……傷は、塞がってるし」
 ぺらりと寝巻きの裾を捲る。ナイフの痕は残っちゃったけどもう痛みはない。最初と違ってここ数日は鈍った身体を動かすために廊下を歩く許可をもらっていたし、夜はシャワーを浴びに部屋に戻ってもいた。だから、今私がここを出ても誰にも怪しまれることはないはずだ。
 ここからシェリダンまではそう遠くない。シンクたちがこの後すぐに移動するんだとしたら……明日の昼間にはもう、タルタロスは出発しているかも。
 素知らぬ顔で部屋に戻った私は、執務室にシンクがいないのを確認して団服に袖を通す。久し振りに着替えたけど、やっぱりこっちの方が頑張ろうという気分になれた。
 こんなこともあろうかと、私はこの部屋から港までの脱出ルートを策定しておいてある。窓を開けて買っておいた縄梯子を垂らすと、腰のカバンにグミなどが揃っていることを確認してから外へ出た。本部の裏庭とかは行かせてもらってたけど、建物の外は久々だ。窓から誰かに見られないよう気を付けながら着地すると、私はそのまま港へ走る。
「うぐ……身体が鈍ってる……!」
 やっぱいきなり走るもんじゃなかったな。そう思いながら懇意にしている(これも事前の根回し!)船員さんにお願いして、私はシェリダンへ向かうべく海の上を駆け出した。



2025.12.15 柿村こけら



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