祈りは永遠に。

21:心配

「……ん、」
 頭がぼーっとする感覚。それだけで解った、私結構長い間眠ってたんだ、って。
 流石に二人分の身体を分解して再構築するより体力は使ってないと思うんだけど、それでも私の身体が回復するのに時間がかかることに変わりはないだろう。いきなり起き上がることは叶わず、私は目を擦りながらベッドの上で寝返りを打つ。ここは……、……あ、私の部屋か。見覚えのある小物や布団の柄に、直前の記憶を引っ張り出せた。裏庭でティアの障気を切り離した後倒れちゃったんだっけ。
「んんんん……」
 騎士団の中だってんなら、まあ、誰かしらいるかもしれない。えっと……ヴァンたちが戻ってくることはないだろうから、シンクとアリエッタならいるかな。いなかったとしても第五師団の誰かしらには会えるだろう。ていうか意識が戻ってきたら途端にお腹が空いた。頑張って起き上がってみると、腕に点滴が伸びていることに気付く。パッケージに記された日付を見て、倒れた日からかなりの時間が経ってしまっているのを把握した。
 後で看護師に怒られることを承知の上で点滴を外すと、私は病院着のまま部屋を出た。枕元にいろいろ置いてあったから、誰かが面倒を見ていてくれたっぽいけどあいにく今は席を外していたのだ。なのでちょっと、目を覚ました報告を兼ねて医務室に行こうという次第である。
 あと、とりあえずできるだけ早く今の状況を確認したい。これだけ日が経っているから、一万人殺しはやはりもう済んでしまっている気がするが。
「すみませ〜ん……」
「はい、怪我ですか体調不良で……副師団長!?」
 医務室にはちょうど治癒術師兼医者の先生がいて、私を見るやいなやガタッと立ち上がった。横にいた看護師のお姉さんが慌てて椅子を持ってきて私をそこに座らせる。
「わたし、すぐシンク師団長を呼んできます!」
「頼む! 副師団長、目を覚まされたのは喜ばしいことですがこちらまで歩いていらしたんですか!?」
「え、あ、はい……すみません……部屋に誰もいなくて……」
「ちょうどシンク師団長が席を外されたタイミングで目を覚ますとは……ですが、無事意識が戻ったようで安心いたしました。ですが念のため、これから簡単な検査をさせていただければと思います」
「はい、よろしくお願いします。お手数おかけします……」
「いえいえ、副師団長の方こそ色々走り回ってくださったと騎士団内では既に把握されていますよ。導師イオンから直接のお言葉があり……」
……何やってんだイオン。
 いやまあ多分、ヴァンが何か言ってきてもこっちに義があるから簡単にヴァンの方に付かないよう牽制のために私を使った、という大佐の入れ知恵な気がするが。あの人はそういうとこある。
 さっきの看護師さんの言葉を聞く限り、どうやらシンクは騎士団内に滞在しているようだ。でも先に検査となってしまったので、会えるのはもうちょっと後っぽい。私は先生に言われるがまま、血液検査だの何かの譜業の検査を済ませていく。……そういえばディストのところでもこういう検査やったっけ。あれがもう遠い昔のことみたい。
「予めディスト師団長よりお体についてカルテをご共有いただいておりましたので、諸々把握はしていましたが……すごい『体質』をされているんですね」
「あはは……そう、らしいです」
 一連の検査を終えてから驚かれる。どうやら私が別の世界から来た人間であることを伏せておくため、血中の音素や音素振動数についてはディストが適当な言い訳を考えておいてくれたようだった。神託の盾騎士団に所属している医者が、ディストが管理している患者相手に何か企むこともないだろうということも見越してのヤツだ。ジェイドが悪どいのは今に始まったことじゃないけど、ジェイドを見て育ったディストもなかなかにアレなところあるよねと今更実感する。
「点滴はしておりましたが、やはりしばらく眠っていたので栄養不足になっていますね。いきなり重い物をお召し上がりになるのは難しいので、後ほどお部屋にお食事をお持ちいたします。こちらに運ばれてきたときは血中の音素がかなり減っていたのですが、今は正常値まで回復されているので、少しお休みになって栄養を付けつつ、体力も落ちていらっしゃいますので以前のように歩行や軽めの運動をして体を慣らしていってあげてください。譜術の使用も数値上は問題ないかと思いますが、いきなり大きなものを使用すると反動が出る可能性がございますので、こちらも徐々に慣らすような方がいいかと思います」
「わかりました、ありがとうございます。では部屋に戻らせていただきますね」
「はい。もう歩けるようですが、お気を付けて」
 お礼を言って医務室を出ようとしたところで、ドアが音もなく開いた。そこにいたのはさっき出ていった看護師さん――ではなくシンクの姿がある。仮面を着けたままなのは、一応まだイオンがレプリカであるということを伏せているからかもしれない。
「お、おはよう、シンク……」
「……他に言うことないわけ」
「ぶっ倒れたまましばらく目を覚まさず、ご迷惑をおかけして申し訳ございません……あと勝手に起きて移動までしてすみません……」
「自覚があるなら何よりだよ」
 呆れたように告げてから、シンクはドアを開いてその手前で待っていてくれる。……なんか調子狂うな。第五師団でバタバタしてたときは、こんな風に私を待ってくれることなんて絶対なかったのに。
「それじゃあ、ありがとうございました!」
 先生にお礼を言って、私はシンクと共に医務室を出る。歩くスピードも前より遅い。前は気付いたら見えなくなるくらいスタスタ歩いてたっていうのに。
 そのまま私の部屋に戻ると、シンクはさっさと椅子を引いてベッドの横に腰かけた。その横を抜け、私もベッドに腰を下ろす。
「とりあえず、何が終わったか教えてもらってもよろしいでしょうか……」
「別にそんなにへりくだらなくてもいいよ。アンタがアレを使ったらしばらく起きないだろうって解ってたしね。大体は『知ってる』だろうけど、大規模な障気の中和のために一万人のレプリカが犠牲になった。聖なる焔のバカ共も一緒に……行きはしたけど、結局死んでないらしいよ」
「やっぱり、済んでたんだね」
「他に方法はなかったって聞いてるけど……何かしたいことでもあった?」
「いや……流石に私もあれは変えられなかった。私がティアの障気を取り除けたのは、ほんの一か所に集中していたからに過ぎない。オールドラント中の障気を取り除くとなるとどれだけ譜陣を描いたってブーストには足りないだろうし、まとまった第七音素となると……、……彼らの命をもらうしかなかった。生きていてもらえたら良かったと思うけど」
「……」
 一万人殺しは避けられないというのが、倒れる前に出していた結論だった。レプリカ・マリィや、会ったこともないレプリカの人たちだって、もし生きることができたら新しい人生を歩めたはずだろう。ガイの二人目の姉になれたかもしれない。でも、フリングス将軍を助けることやイオンに惑星預言の話をすることと違って、障気を消すことは私の力だけではできなかった。私にできたのはルークに一言かけることだけ。だから、こうするしかなかった。
「命をくれたレプリカたちの分も、私は私にしかできないことをする……そう決めてたよ」
「ならいいけど。で、レプリカたちがレムの塔で消えたのが昨日のことだ。あいつらはベルケンドに移動するって連絡をもらったよ。後は……アリエッタがジェイドの指示でアッシュと一緒に行動してる。あいつはアンタに協力するって言ってたし、そのためにもアッシュの動向を追っておきたいんだろうね。イオンは一人でいてモースに攫われたら困るからって、あいつらと一緒に動いてるよ」
「ありがとう。じゃあこっちにいるのはシンクだけなんだね。……起きるの待っててくれて、ありがとう」
「……死なれても寝覚めが悪いからね。で? アンタはどうするわけ」
「レムの塔が昨日だったってことは、ちょっとしたらルークたちはユリアシティに移動するはず。そこから……や、経由しなくてもいいか。明日、アブソーブゲートに直行しちゃおう」
 私が寝ている間に外殻大地の魔界への降下が済んでいる。ここからならユリアシティを回らずとも、船で移動が可能なはずだ。それでもユリアシティからアルビオールで移動するみんなに追いつけるかどうかちょっと微妙なところ。さっき先生にちゃんとリハビリをするようにって言われたのに秒で無視してマジでごめんなさい。
「ってことでごめんシンク、スタバーグさんのところに連絡を入れて船を貸してもらうよう手続きを……」
「ああ、それならわざわざ民間人の手を借りなくてもいいようにこっちで手配しておいた。どうせアンタのことだからすぐどっかに移動したいって言うだろうと思ったからね。タルタロス……とはいかなかったけど、ボクとアリエッタ、それからイオンの連名で申請して小さいけど軍艦を用意しておいた」
「………………はい?」
「この方がさっさと移動できるでしょ。アンタが意識不明になってる間にイオンがシェリダンの技師にかけあって改造してるから、それなりのスピードも出るしね」
「よ、用意周到……!」
「アンタの努力が実を結んだんだよ。アンタがイオンとシェリダンの技師を生かさなかったら、こんな物は用意できなかった。アンタがボクとアリエッタを生かさなかったら、師団長連名の書類なんて出すこともなかった。まあ承認したのは参謀総長なんだけど」
「自演じゃん!」
 まあこの騎士団今上の役職がほとんどいないもんな! なんなら参謀総長が一番偉いかもしれないまであるよね!
 でも、そう言われると頑張った甲斐もあるかな、なんて思えてくる。本当はあのタルタロスが「い組」と「め組」の最初で最後の共同制作だったけど、彼らが生きていたお陰でこうやって新しい「共同制作」が生まれるんだ。競い合うのも大事だけど、やっぱり二つの組が協力し合ったら、オールドラントの譜業技術はもっと発展していくかもしれない。
「失礼します、副師団長。お食事をお持ちいたしました」
「あ、ありがとうございます!」
 考えを打ち切って、入ってきてくれた看護師さんから食事を受け取る。おかゆとおやつのプリン、それからお薬と白湯。今日以降の分はポーチにでも入れて持っていっておこうかな。
「アンタはそれ食べて、薬飲んで、ゆっくり散歩でもしてきたら。ボクは港に行って艦の準備とか色々してくるよ」
「ありがとうシンク。じゃあ、明日からまたよろしくね」
 シンクは何も言わずに部屋を出ていってしまう。残された私はベッドに座り直すと、運んできてもらった食事に手を付けた。
「……」
 イオンとアリエッタが協力してくれているのは、解る。
 イオンは生きる理由を見つけたし、アニスが一緒とあればもう無茶はしないだろう。アリエッタもどうして自分が導師守護役ではなくなったのかを知って、今はヴァンの口から被験者イオンの話を聞くために頑張っている。でも……シンクは?
 あの日彼は言った。価値観が変わるか確かめてみたくなった、って。正直今のところ私はシンクに何もできていない。彼の価値観が変わるようなことをできたとは思えない。なのにシンクはずっと一緒にいてくれている。私の無茶な我儘に付き合ってくれている……それは、どうして?
 まだ確かめている途中だということにしておくしかないけど……うぐぐ。それを正面切って尋ねられないあたり、私って意外と臆病なのかもしれない。
「ダメだ……考えるのはやめやめ。いつかシンクが、話すなりなんなりしてくれるはずだって……」
 自分に言い聞かせるように告げて、私はおかゆを口に運ぶ。柔らかいご飯を胃に落として薬を飲んでから、マイナス思考を振り払うために外へ出た。



2025.12.15 柿村こけら



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