祈りは永遠に。
22:父娘
「はっや〜い……」
シンクたちが用意しておいてくれた艦はドン引きするほどの速さだった。い組・め組が協力して施した改造は戦争中だったら戦況を一変させるレベルのものだ。
「そんなに驚くこと?」
「驚くよ! タルタロスも速かったけど、あれと比べれば小型なのにこんなにスピード出るなんて……」
「軍艦ならそうおかしなことでもないと思うけど……ああ、そうだ。忘れてた、これ、アンタに」
「……ん?」
シンクが何かを渡してくれる。手のひらの上に落とされたそれは、黒い碁石みたいな小さな石だった。見覚えはない……あ、いや違う。あるある。
「これ、ティアの障気を取り除いたときの……?」
「そう。あの女が拾ってて、に渡してって言われてたんだよ。遅くなって悪かったね」
「ううん、大丈夫。黒いけど障気の塊とかなのかなあ……ま、一応持っておく!」
黒い石をポケットにしまったところで、海風が私の前髪をぐちゃぐちゃにした。それを指先で直しながら、私はシンクと共に船内に戻る。
そんなわけで爆速で海の上を進み、北にあるアブソーブゲートに私とシンクは到着する。タルタロスのような大きな船だと操艦に多くの人手が要るけど、この艦はやや小型ということもあって五人ほどいれば動かせるという仕組みになっていた。流石に私とシンクだけでは厳しかったので、第五師団の団員のうち、操船に慣れている人に同行をお願いしている。
「シンク師団長、副師団長! 到着いたしました!」
「皆さんありがとうございます。じゃあ私たち、ちょっと行ってきますね。何もないとは思うんですが、もしものことがあったら安全な場所まで退避してください」
「かしこまりました、副師団長。師団長もお気を付けて!」
敬礼で見送られ、私たちはアブソーブゲートに足を踏み入れる。アルビオールが停まっているから、既にルークたちは中に入ったということだ。追い着くために急ぎ足でアブソーブゲートの中を進むと、最下層に近付くにつれて声が聞こえてきた。
「待て、くたばり損ないが! 俺がここで引導を渡してやる!」
言うまでもなくアッシュの声だ。下を覗き込んでみると、ヴァンが既に顕現している様子が見て取れる。急がないとラルゴが死んでしまう――そう思い走るスピードを上げたのだが、不意に身体がピタッと止まった。
「ストップ」
「え……あ、カースロットか」
すっかり忘れてた。太ももに刻まれたカースロットが鈍く光っているのを一瞥してからシンクに視線を戻すと、彼の手がすっと私の腕を捕まえた。そしてそのままリグレットたちと模擬戦をしたときのように抱え上げられて――ふわりと顔を風が撫でていく。
「ぎゃあああああああああ!?」
「うるさい、舌噛むよ」
「いや待っこれ落ちてる落ちてぎゃあああああ!!」
「アンタもう二回も飛び降りてるだろ」
「自発的に飛び降りるのと説明もなく落ちるのは別の話――んぎゃっ!」
振動が腰に来た。
結構な高さから落下したのにそこまでの衝撃ではなかったのは、多分途中でシンクが第三音素を収束して風のクッションを作ったからだと思う。着地早々、シンクは私をぺいっと地面に投げ捨てた。いやそこは最後まで丁重に扱って!?
「……何者かと思えば、おまえたちか」
「!」
怪訝なヴァンの声とこの状況に似つかわしくない明るさなルークの声が重なる。痺れる足を叩きながら起き上がると、私はサッと状況を確認した。ヴァンの方にはリグレットとラルゴの姿。モースとフローリアンはもう去ったみたいだ。こちらはルークたちの他、アッシュとアリエッタが一緒にいる。リグレットは少し迷った後、銃口をチャキッとシンクに向けていた。
「、おまえが最初から私の計画を否定していたことは知っている。だが、どうだ? 今からでもこちらに与すれば、オールドラントを破滅の未来から救うことができるのではないか?」
「私はそうは思いません。例え預言に縛られないレプリカでオールドラントを満たしたところで、世界がどうなるか見届けることは叶わない。だったら今生きている人たちに、生きて、新しい未来を紡いでもらいたいんです」
「……ならば、シンク。おまえは元より預言を恨み、預言に縛られるこの世界を疎んでいただろう。何故の側につく? 世界を確実に変えられるとも限らないのに?」
「別に……ボクは見定めたいだけだよ。アンタのやり方とコイツのやり方、どっちがボクに相応しいかって。ボクは選べる立場にいる存在じゃないかもしれない。でも……考えもせず従うよりはマシだと思った、それだけさ」
だから今はここにいる、と。
シンクは私を振り返ってそう言った。そして私の横で、いつヴァンが斬りかかってこようと対処できる構えを取っている。
彼はまだ私に全幅の信頼を置いているわけではない。まだ、ヴァンの方がマシだと思うことがあるかもしれない。それでもシンクがそこまで言ってくれるなら、私は全力で自分の我儘を押し通すしかないと思った。
「そういうコトだから、私も好き勝手やらせてもらう!」
「……愚かな。行くぞ、リグレット」
「はっ」
光に包まれ、二人は一瞬で姿を消す。アッシュが剣を手に駆け出そうとしたのを見て、私はアリエッタに向かって叫んだ。
「アリエッタ! ヴァンたちはここの入口に向かった。モースとイオンレプリカもそこにいる。全部なんとでもなるから、とにかくイオンレプリカを保護して! イオンとアニスも連れていっていいから!」
「保護……解った。アニス、早くしないとアリエッタ先に行っちゃうよ」
「ちょっ……ああもぉー! 根暗ッタどこいったのよぅ! すっかり自信満々になっちゃってさー!」
「ふふ、いいことではありませんか。ではアニス、お願いします」
「こっちもこっちで……じゃあ、そっちは任せたよ!」
アニスがトクナガを巨大化させ、イオンの手を取ってライガの後を追いかける。途中の階段でライガは雑にアッシュを咥えると、アリエッタの後ろにひょいと放り投げていた。これであちらの戦力は十分だし、アニスがフローリアンを確保してくれるはず。で、アニスが抜けた分こっちの戦力がちょっとだけ手薄になって……多分、何とかなる。正直ラルゴ戦は今までと違ってこちらの匙加減によって生死が決まるから、気を付けて立ち回らないと。
流石にライガに追いつけるとは思わないからか、ラルゴは呆れたように溜息を吐いて武器を構え直す。そんなラルゴを前に、ナタリアが苦しそうに眉尻を下げた。
「……ラルゴ。武器を収めませんか」
「……この世界は腐っている」
「そんなことはありません……」
「寝ても覚めても、預言預言。そのためにどれだけの命が見殺しにされてきたか」
「あなたたちがやろうとしていることも結局は同じですわ!」
「そうだ。ヴァンの……俺たちの計画はネジが飛んでいるからな。だが、それほどの劇薬でもなければ世界はユリアの預言通り……滅亡する。被験者が残っている限り星の記憶の残滓も残るのだからな」
鎧に包まれてラルゴの表情は解りにくい。けれどその顔は間違いなく真剣で……揺るがない覚悟を感じさせるような強さを帯びていた。そんなラルゴに反駁するように、ルークが一歩踏み出して吠える。
「今を生きる人たちを全て見殺しにするのはおかしい」
「レプリカ共を喰らうように殺した男の台詞とも思えんな」
「……そうだ。俺はレプリカの命を喰らって、被験者の世界を存続させる道を選んだんだっ!」
「よく言った。それでこそ倒し甲斐があるというものだ。行くぞ!」
ラルゴが武器を振り上げる。ナタリアがまた苦しそうな表情を浮かべ、それからその思考を振り払うように首を振った。弓に矢を番え、その先端をラルゴに――実父に向ける。
「うおおおおおおっ!」
得物が大地を割るように落とされる。前衛をルークとガイが務め、ジェイドとティアが譜術の詠唱を始めた。ナタリアは隙を窺っている。そんなみんなを横目に、私は少し距離を取るとシンクに耳打ちをした。
「ラルゴを生かしたい。オールドラントはもう惑星預言から外れてるって伝えたいの。でも、このままじゃナタリアの矢がラルゴを貫いちゃう。だから私が譜術を使いたいから、シンクは……」
「アンタへの意識を逸らせればいいんでしょ? 採取的にはラルゴを殺さなくても、戦意を喪失できれば……」
「後は無理にでも生きてもらう。勝てば官軍! 私もギリギリのところで抑え込むから」
ラルゴの最終目的は星の記憶を滅ぼし、世界を預言から解放すること。逆に言えば、それさえクリアできるなら手段は問わない……はずだ。この物語の終わりはローレライの解放だし、オールドラントは星の記憶という敷かれたレールから離脱する。結果論だけど、ならラルゴはここで死ななくてもいい。
とは言え、手を抜いて勝てるほどラルゴは強くない。シンクが加勢したけど、膂力でゴリ押しするタイプのラルゴと手数で攻めるタイプのシンクは結構相性が悪かったりするのだ。その分組まれると厄介だけど……その上あの鎧が生半可な譜術なら弾いてしまうし。
「光よ弾けて! フォトン!」
「くうっ!?」
ならどうするか。私は第六音素を集め、ラルゴの目の前で光を弾けさせる。味方識別がされていない彼だけが眩さに思わず目を閉じてしまい、生まれた一瞬の隙にシンクの蹴撃が落とされた。それに続くように、ルークとガイの波状攻撃が加えられる。
「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!」
「清純なる命水よ、メディテーション!」
ジェイドの放った第四音素譜術を利用する形で、ティアが最前線にいたルークの怪我を治した。爆ぜた泡で体勢を崩したところに、体力を回復したばかりのルークが勢いよく斬りかかる。
「通牙連破斬ッ!」
「く……っ!」
剣が連続で軌跡を描いた。ラルゴはそれをモロに喰らって、手からゴトリと音を立てて武器が落ちる。膝を付いた彼はしかし、落としたばかりの得物を決死の形相で手繰り寄せるとそのまま一番近くにいたルークに向かって振り上げようとする。
「一緒に逝ってもらおう!」
予想外の動きにルークは反応できない。けれどそんなラルゴの背中へ、鎧の隙間を的確に狙う形で、一本の矢が突き刺さった。
ラルゴが今度こそ倒れ込む。血がどくどくと溢れてくる中、ラルゴはなんとか顔を上げていつの間にか背後に回っていた少女――血を分けた娘に視線を向けた。
「……いい腕だ……メリル……大きくなったな……」
「ラルゴ……俺たちは同じように預言から離れようとしてるんじゃないのか? どうしてこんな風に殺し合わなきゃならないんだ?」
「同じじゃないんだよ……いいか……坊主。これはお互いの信念をかけた戦いなのだ……」
「信念をかけた戦い……」
「我々は……この世界は滅び……生まれ変わるべきだと……考えた。おまえたちは……もう一度やり直すべきだと……考えた……結果は同じでも……違うのだ……」
ルークがラルゴの元に歩み寄り、そっと手を差し出した。けれどラルゴはその手を取ることなく、ゆっくりと頭から力を抜いて命の終わりを受け止める。
「敵に……情けをかけるな……」
そんな彼を見ながら――少し離れた位置にいた私は、戦いを見守りながら集めていた第七音素を一気に放出する。
「かの者を死の淵より呼び戻せ――――レイズデッド!」
音素乖離を起こしているならリバースデイを使わなきゃいけなくなるけど、ラルゴの場合はそうじゃない。戦いを途中で止めるわけにはいかなかったから、このタイミングを狙うしかなかった。もっとも本当に死んだ人を生き返らせることはできない譜術だから、要は「瀕死」の状態からの復活という使い方が恐らく正しいのだろう。そこはアレだね、ポケットにも入っちゃう感じのモンスターのバトルと同じってコトだね、きっと。
第七音素はラルゴの身体を包む。呆気に取られる彼のところに進んで、私は厭味ったらしい笑顔を向けてやった。
「ラルゴが最初に言ったんでしょ? 『やってみればいい』って」
「……」
「手段が異なれば結果が同じでも得るものと失うものが異なる。だからラルゴが……ラルゴやヴァンがこの道を選んだことは否定しない。でも否定しないからって受け入れるとも限らない。で、私はあなたたちのことを敵だとは思ってないし、情けをかけるつもりもない。ただ私がそうしたいから。あなたたちは自分がそうしたいから、世界をレプリカに置き換えることで預言に囚われない世界を生み出す道を選んだ。私は私がそうしたいから、あなたたちを何が何でも生かして預言に囚われない世界を作ってもらう道を選んでる。いい、ラルゴ。これは情けじゃなくて私のエゴ。既にオールドラントが惑星預言から外れているって状況で――あなたがナタリアを、メリルをどう思ってるか知りたかったから、あなたを助けた」
エゴイストにも程があるし、こんなものは詭弁だと自分でも思う。
でも、それが戦うということだと私は考えている。だってこの世界に生きるほとんどの人は、自分たちの未来をこんな少人数に決められていることを知らない。多数決で決めたわけでもなく、勝手に世界を滅ぼされる人たちの身にもなってほしい。それでも強行するというなら、反対されるのだって見越してもらわないと。
どこかの誰かが言ってたよね。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、って。なんだかヘソを出している英雄の息子とかの声で再生されそうなセリフ……まあ、そういうコトだ。
「勝手にやってるなら勝手にやられる覚悟もしておいて。でも信念をかけた戦いの末に負けたんだったら、こっちの信念を通させてもらいますってカンジで……はいナタリア、どうぞ!」
「え、え、ええっ!?」
急に話を振られて慌てふためくナタリアなのであった。
そりゃそうだ。自分の手で実父にトドメを刺して、彼の最期の言葉を聞いて、苦しみながらもその言葉を尊重して見送ろうと思ったら不意に横から生かされるんだから。マジでごめん。でもやっぱ私が最初から全部言っちゃったらダメだと思うし。
「ナタリアにとって、ラルゴは何!」
「わ……私にとって……私にとって……、……私にとってラルゴは! ラルゴは、お父様です! もちろん、実感はありません。それに私はナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア――キムラスカの王族という自覚がありますし、私にとってのお父様はインゴベルト六世陛下です。ですが! 父が二人いたって、構いません! あなたと過ごすはずだった十八年……それはきっと、今から過ごすことができると思うから!」
「そう! で、ラルゴ! ラルゴにとってナタリアは何! 本当はどう思ってるのか――今度こそ吐いてもらいます!」
最初にラルゴに会ったときに訊いたこと。あのときは「自分の娘は亡くなった」って言われたけど……だったら最期にこんなこと、言うわけない。
「……それを自覚させるために、わざと途中で戦いを止めなかったのか。まったく……最初に会ったときは、大した脅威でもないと軽視してたものだが。よもやこんな狡猾な面を持ち合わせているとは思いもしなかった」
「お褒めに預かり光栄です♪」
「うわ、ジェイドみたいになってきてら……」
「おや、ルークも私のことを褒めたいようですねぇ。そこまで仰るなら甘んじてあなたからのお褒めの言葉、受領させていただきますよ?」
「何でもないですごめんなさいジェイド」
なにやら外野がうるさいが、それは置いておいて。
ラルゴは諦めたように起き上がると、私ではなくナタリアの方を見て、そっとその頬に手を伸ばした。大きな手が癖のある金髪を梳く。
「初めておまえの姿を目の当たりにしたときから、シルヴィアの面影を感じていた。どれだけ否定しても、どれだけ考えないようにしても、おまえこそがあの日奪われた俺の娘なのだと思う。おまえと過ごすはずだった十八年……上手く過ごせるかは、解らない。それほどまでにおまえは『ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア』でもあるからだ。だが……この世界が預言を失い、シルヴィアの無念を晴らすことができた暁には……『メリル・オークランド』と『バダック・オークランド』として過ごす日を望むことが許されるだろうか」
「当たり前ですわ! あなたは……あなたは私の、お父様であるのですから……!」
ナタリアの目から溢れた涙を、ラルゴの太い指が拭った。
それが答えだ。
私とは違う。私はきっと、父親を許せない。私の人生において「優しかった父」の期間の方が長かったし、楽しい思い出もいっぱいある。でもそれが嘘の仮面だったと知った以上、私はナタリアと違って今更父親とやり直すなんてできない。
……だから、きっと。私は私の分も、ナタリアにやり直してもらいたかったんだと思う。
これまた酷いエゴ。勝手に自分のできなかったことを背負わされてナタリアだっていい迷惑だろうけども。
「……ルーク。ナタリアとラルゴの様子は私たちで見るから、ルークたちは先にアブソーブゲートを閉じてきて平気だよ」
「ああ、そうだな。すぐ行ってくるから、終わったらアッシュたちを追いかけよう」
こくりと頷いて、ルークたちが走っていく。そういえばと振り返れば、シンクは壁に背を預けてラルゴとナタリアをじっと見ていた。
2025.12.15 柿村こけら
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