祈りは永遠に。
30:終焉
スカートのポケットにしまったもう一本のナイフと――それから、ティアから零れ落ちた「障気の石」にそっと指を遣り、私はルークに声をかけた。
「ルーク、私じゃ肩貸せないから手伝ってくれる? 諸々はまずヴァンを下ろしてからにしよう」
「ああ、解った!」
ルークは嬉しそうにローレライの鍵を片手に持ったままにヴァンの身体を支えようと屈む。何だかんだでやっぱりヴァンのことは助けたかったんだよね。そのことが解る笑顔にこっちまで嬉しくなりながら、私は彼の手にある鍵に触れた。
「私が持つよ」
「おう、悪い!」
「ううん、大丈夫。むしろごめんね――ルーク」
「え?」
燃えろ。そう呟いて、私はヴァンに肩を貸して立ち上がったルークの腹に空破爆炎弾を叩き込んだ。技を防ぐ間もなくモロにそれを喰らった彼は、ヴァンと二人してナタリアのところまでブッ飛んでいく。
みんなが一気にこちらへ驚愕の視線を向ける中、私はローレライの鍵を手にその場でにこりと笑った。
「、あなた何を!」
「……ごめんね」
二度目の謝罪を口にして、私はアニスやジェイドがこちらに来ようとする前にポケットから例の石を取り出す。それを地面に転がすと、ローレライの鍵の先端を突き立てることで叩き割ってやった。石は一瞬のうちに粉々になり、黒ずんだ障気がもやもやと辺りを囲み始める。
「これは――障気!?」
「あれはが私の障気を消したときに出てきた……障気の塊!」
「――かの者を守る光となれ、フォースフィールド」
私はささっと詠唱を終え、自分の回りにだけ絶対防御のそれを張る。ヴァンを担いだルークの顔からはさっきまでの笑顔がすっかり消え、絶望と称するに相応しいものが貼り付いている。どうして、とでも言いたさそうな主人公を前に、私は挑発するように笑顔を崩さない。
「ほら。早く逃げないとまた障気にやられるよ? それにエルドラントも崩れるだろうし」
「……っ、おまえ、最初からこのつもりだったのかよ!」
ルークが私に吼える。でも、私はそれに答えない。
答えたら、応えてしまったら……きっと、堪えられなくなるから。
「おまえはそれでいいのか、! そんなのは俺たちも――シンクだって、きっと望んでいないぞ!」
「……っ」
ガイの叫びが耳の奥でこだまする。ずっと一緒にいた大好きな緑色が浮かんで、振り払うように消し去ってもやっぱりすぐに現れて、あっと言う間に脳裏を満たしてしまった。でも。
それでも――これが最善。
オールドラントを救うために払う犠牲は私だ。私の命でみんなが生きられるなら、それに越したことはない。私の願いは最初から一つだけ。一人でも多くの人に生きてもらうこと。
だけど、そんな私の覚悟を嘲笑うように。
その声は、私に届いた。
「ッ!」
「……しん、く」
「何してるんだよ、アンタは……!」
「なんで、だって、シンク、」
地下にいたはずだ。いくらディストとラルゴも一緒とは言え、あの数の兵士を相手にしていたら追いつけるわけがない。それを見越して私は彼らに地下へ行ってもらった。そりゃあアッシュ一人でそれなりに倒していたとは言っても、だとしても。
彼の後ろに三人の姿はないから、ラルゴあたりが気を利かせてシンクだけ先に行かせてくれたのかもしれない。まったく余計なことを、と心の中でラルゴに当たりながら、私はぎゅっと拳を握った。
「ヴァンが言ってた。ローレライの解放はアッシュかルークのどちらかにしかできないって。なのに、どうしてがそこに……」
「……私の『リバースデイ』がどんな譜術か、シンクは知ってるでしょ」
「ッ……!」
私たちの会話なんて関係なしにぐらりと地面が揺れる。もうエルドラントの崩壊が始まっているというわけだ。私は改めて首を軽く振り、視線をシンクからジェイドへと移す。彼でさえ赤い瞳には動揺の色が残ったままで、なんだかおかしい。
「ジェイド。私の最期のお願い、聞いてくれる?」
「私がそれを拒否する方法を知っているとでも?」
「あはは、ありがと。……ここはもう崩れる。みんなを連れて、逃げて。後は私がやるからさ」
「……解りました。ですが――必ず帰ってきてくださいよ、」
その言葉には答えずに、私は笑顔だけを返した。「行きますよ」とジェイドがみんなへ静かに告げ、ルークの肩からヴァンを奪うようにして肩を貸すと、そのまま出口に向かって歩き出す。
「……っ、!」
「ルークまで泣かないでよ。私はルークに死んで欲しくない、それだけなんだからさ」
「行きますわよ、ルーク。このままでは障気に巻き込まれてしまいますわ」
「嫌……嫌だ! 嫌だ、何でだよ! だってこれは……ローレライの解放は、俺かアッシュがすべきことだ! 俺はレムの塔で、命をくれたみんなにそう誓って……!」
「ルーク! ……の気持ちを、汲んでやれ」
ガイとナタリアが嫌だと零し続けるルークの肩に手をかけ、引きずるようにしてジェイドの後を追いかける。私はその背中に「ありがとう」と告げ、まだ残っているアニスたちを見た。
「アニス、アリエッタ。イオンとフローリアンによろしくね」
「な……何言ってんのっ、、バカじゃんっ、どうしてっ……!」
「……っ! なんで、アリエッタは……!」
「……先に行くわ。でも、絶対に戻ってきて。あなたは全てを知っている……それなら、助かる方法だってきっと知っているんでしょう?」
マロンペーストの髪を抑えてティアは笑うけれど、その笑顔が歪んでいることは一目瞭然だった。涙を堪えるように肩を揺らし、彼女はアニスとアリエッタの手を引いて去っていく。その姿もすっかり見えなくなったところで、そろそろフォースフィールドも維持できそうにないなあ、なんて思いながら私は障気の中にただ一人残った彼を見た。
緑色。ずっと一緒にいた彼は、深緑の双眸を私に向ける。
「――」
「シンク。シンクも早く逃げてよ」
「嫌だ。逃げるならとだ。アンタがここにいるなら、ボクだってここで……っ!」
「それじゃあ私が今までして来たことの意味、なくなっちゃうでしょ?」
だから、お願い。
そんなに泣かないでよ、シンク。私の前じゃ泣きたくないって言ったくせに。
「前にも言ったけどさ、私もう一回死んでるんだ。本当は生きているわけのない人間。そんな人間が、何でか人生の続きを貰っちゃった……それで考えた。私は正しい死に場所に辿り着くために生かされたんだ、って。だから今あるこの命はね、シンクやルークたちのために散らす命なの」
「そんなの――ボクは、ボクらは望んでない。アンタが言ったんだろ、生きる理由を探すって! アンタの生きる理由がそんなくだらないことなワケない……! 今度はボクと一緒に探そうよ、の生きる理由を!」
シンクの言葉が突き刺さって、泣かないと決めていたのに涙が溢れてくる。あの日私がシンクに言った言葉。それがこんな風に返ってくるなんて、あの日の私に言ったってきっと信じてはくれない。
早く逃げてと私は心の中で叫び続ける。だってシンクのそんな顔を見ていたら――生きたくなってしまうじゃないか。
「そこから動くな、死のうとするな! ボクは……こんなこと言うために、アンタにそれを刻んだわけじゃないけど……ッ!」
「カースロット……っ!」
シンクの声に、左太腿に刻印された赤いカースロットの紋章が輝き出す。この距離だ、シンクの命令は確実に響く。痛みなんてないはずなのに錯覚してしまいそうになるくらい光るそれは、まるでシンクの気持ちを表しているかのように悲痛な赤。
で、も。
命令が効いている中、私は左右に首を振った。涙でいっぱいになった目で、もう二度と見られないんじゃないかってくらい悲しそうな顔をしているシンクを見る。
「お願いだよ、シンク。私に生まれて来た意味を、ちょうだい」
「そんなの……ッ! ボクに逢うために決まってんだろ! 何バカなこと言ってるんだよ、……!」
「この世界を助けて、って言われた。私はそれを受け入れた。だから、守らせてよ」
今なら解る。あの声はユリアの声――ユリアの名が冠された道だからこそ拾えたのかもしれない。もしかしたら彼女もまた、預言の存在を疎んでいたんだろうか。世界を良くするために遺した預言が、世界の終わりを早めたことに心を痛めていたんだろうか。そのために、私を遣わしたんだろうか。考えても解らないけど、解ることだってある。それは、私の命を捧げればあの声の願いを叶えられるということ。
「なんで……どうしてそんなに……は、犠牲になろうとするんだよ……」
「シンクのことが大好きだから。シンクに逢えて、シンクを好きになれて、本当に良かったと思ってるから」
「そう思うなら……ッ、ボクの手を取ってよ! 約束しただろ、出かけようって! どこにでも付き合うよ……ケテルブルクでも、バチカルでも! アンタの行きたいところ、どこにだって一緒に行くから……だから、ねえ、、」
――シンクと旅行なんてできたら、きっと楽しいだろうなあ。
行きたいところがいっぱいある。昨日の言葉は本心だ。どこだって行きたい。東にも西にも、昼でも夜でも、夏とか冬とか、その日そのときにしか見られない光景をあなたと一緒に見たい。
そう思っているけれど、私はその気持ちを押し殺すように口を開いた。
「愛してるよ、シンク」
「……ば、かじゃ、ないの、」
これ以上ない拒絶。もうどうしようもないと、私を頷かせることなんて無理だと理解したのか、障気の向こうでシンクが「」と私の名前を呼んでくれた。刹那、赤い光がぱぁんと弾け飛んで命令が解除される。
「アンタがそうしたいなら、特別に今回だけ許してあげるけど……っ! ボク、待ってるから。アンタが帰ってくるのを、アンタと出かけるのを! っ、く……、……愛してるよ、」
「……ありがとう、シンク。私なんかを愛してくれて、本当に、」
言い終わる前に、ローレライの鍵を床に突き立てた。譜陣が一気に展開され、がらりと地面が崩れ落ちる。シンクの姿はあっという間に見えなくなって、声も聞こえなくなった。
ゲームでルークがそうだったように、ふわりと私の回りに膜ができる。私はフォースフィールドを解除し、自由落下に身を任せた。風が髪を揺らしていく中、私は鍵を握り締めて「それ」に声をかける。
「……聞こえてるかな、ローレライ」
『世界は消えなかったのか……私の視た未来がわずかでも覆され、【君】がこうして私に接触してくるとは。驚嘆に値する』
「私のこと、知ってたんだね」
『ああ。ユリアの思念が……な。して、といったか。君はどのように私を解放する?』
「私には決まった音素振動数が存在しなくて、好きに変えられる。だから、あなたやルークと同じ音素振動数に『固定』する」
『固定……しかし、その能力は……』
「あなたを音譜帯まで解放し続けるために『無限』に固定したら、きっと私の音素は保たない。ただでさえ再構築には時間がかかるんだし……でも、それでいいの。私に固有の音素振動数がなかったのは、こうやってルークたちの代わりを務めるためだった。オールドラントを星の記憶から解き放つ……そのためなら私、命なんて惜しくない」
そう告げて、私は手元に譜陣を描く。何度も使ってきた譜術だけど、ぶっつけ本番にならないように段階を踏みたかった、という理由もあったり。譜陣は第七音素をたっぷりと集め、次第に私を包む光となった。
頬を雫が流れたのなんて、気にもせずに。私はそう呟いて自分の音素を再構築していく。
ドクン、と心臓が鳴った。もともとは存在しないはずの音素振動数を無限に続く数値へと固定しようとしているのだから苦しくなって当然か。息苦しさに喘ぎそうになりながらも、私は最後の力を振り絞って深呼吸をした。
「――ありがとうユリア、機会をくれて」
使っていない方のナイフを取り出して、それを構える。まるで譜石のように煌めいたナイフを見てから、私はグサリとそれを胸元に刺した。これは音素を固定するための楔のようなものだ。別にナイフである必要はないんだけど……シンクを少しでも感じておきたかったし、音素が変動してしまう前に私の命を使い切る必要があると考え、こうするのが最善策だと考えた。
「か、はっ……」
これでいいんだよね?
私の身体はドサリと倒れ、流れた赤が床に広がった。私を構成する音素がローレライの音素と引き合っていくのがなんとなく解る。見えもしないローレライに手を伸ばすと、不思議と指先に熱が触れたような気がした。
「おやすみなさい、ローレライ」
『そなたが得た未来に、幸あらんことを。そなたの音素が……再び、紡がれんことを』
「う、ん……オールド、ラント……に、素敵な……未来、を、」
もう、力が入らない。手がぱたりと血の上に落ちた衝撃で身体が少し傾いて、首元からころんと緑色のペンダントトップが転がった。シンクの髪や目に似たうつくしい色。それを見て、私の脳裏にはハッキリと彼の姿が映る。
最期に想ったのは――やっぱり、緑色、で。
「あなた、の、ことを……ずっ、と、ずっと……愛し、てる…………シンク、」
2025.12.15 柿村こけら
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