祈りは永遠に。

29:決戦

 エルドラントの最上階。そこに彼――ヴァンは悠然と立っていた。このゲームのラスボス。つまり、倒すべき敵。アッシュではなくルークがいることに目を丸くした後、彼は私とアリエッタを一瞥してから視線をルークへ戻す。
「大したものだな。本来ならここに辿り着いているのはアッシュだった」
「アッシュはまだ生きてる。きっと追い着いてきてくれる!」
「……見事だ。おまえは被験者すら越えた。真の人間となったわけだ。おまえは全ての屍を踏み越えてきた。さあ、私と共に来い、ルーク。星の記憶を消滅させ、ユリアが残した消滅預言ラストジャッジメントスコアを覆すのだ」
「お断りします」
「ほう、何故だ」
 ヴァンに向かい合い、ルークは剣を――ローレライのそれを引き抜いた。
 その顔は、私が初めて彼と会ったとき――自分の存在を見失いかけていたときのものとはがらっと変わっている。自分もまた「ルーク・フォン・ファブレ」であると自覚し、その事実を大切に抱いていることが伝わってくるような表情。
「やっと解ったんです。俺は何をしたかったのか。俺はあなたに認めて欲しかった。レプリカではなく、一人の人間として」
「そうだ。そしておまえは人間になった」
「……でもそれじゃ駄目なんだ。あなたは言いましたね。『何かのために生まれなければ生きられないのか?』と。誰かのために生きているわけじゃない。いや、生きることに意味なんてないんだ。死を予感して、俺は生きたいと思った。そのことを俺は知っている。ただそれだけでよかったんだ。だから俺にはもう――あなたは必要ない。俺はここにいる。こうして生きてるんだ。あなたが俺を認めようと認めまいと」
 ヴァンはそれを聞き、にやりと唇を歪めた。そしてルークに背を向け、零れた笑いを抑えるように方を揺らす。
「……フ……フフ。なるほど、賢しい知恵をつけたな」
「兄さん! 人は変われるわ。ルークと同じように。もう一度考え直して。兄さんの言うように、星の記憶は存在するのかもしれない。でもそれは本当に絶対のものなの? ルークがここにいるのは、星の記憶に定められたからじゃない。彼が選んだからだわ。星の記憶は未来の選択肢の一つ。それを選ぶのは星じゃない。第七音素でもない。人よ」
「それもまた絶対ではない。選んでいるのではなく選ばされているのかもしれぬぞ」
 振り返らぬままヴァンは告げる。ガイがルークの隣に並び、そんな彼の背に向けて口を開いた。
「ならおまえも、星の記憶を消すのを『選ばされている』のかもしれないぜ? 星の記憶を消すことが、おまえの意志だけで決定されたというなら、そのことこそが星の記憶が絶対でない証さ」
「それは詭弁だな。私の言う星の記憶はユリアの預言が基本だ。そこには人の消滅は詠まれていても星の記憶の消滅は詠まれていない」
「だから被験者で人の消滅を実現させて、レプリカ世界を創る。それはホドを見殺しにした人たちと変わりませんわ。だからアッシュもあなたを否定したのです。あなたもホドの消滅を悔やみ、それを招いた人間を憎んでいたのではないのですか?」
「そうだな。しかし手段を選んではいられぬのだ。星の記憶という絶対的な道を破壊するためにはな」
 ナタリアの言葉を肯定しつつも自分の意見を譲らないヴァンを前に、ジェイドはメガネを外してくるくると指先で回した。そしてそれを再び顔に戻し、はぁ、と溜息を吐く。
「あなたのような賢明な方が不思議なものですね。人も星もいずれは消滅する。星の記憶があろうとなかろうと、それだけは決まっているのです。あなたの言う絶対的な道が存在していたとして、それでも、消滅に至る道は人に選択権が与えられているのだと思いますよ」
「あなたらしい考えだ。死霊使いネクロマンサー殿。そう、いずれ全ての命は消滅する。早いか遅いかの差だ。だが星の記憶は、それを早くに設定している。私はあなたのように早くに滅びることを良しとはできない」
「でも総長は結局被験者を星の記憶以上に早く滅ぼそうとしてます。総長は預言を憎みすぎて誰よりも預言に縛られているんです」
「フ……或いはそうかもしれぬな。私も、いや私もおまえたちも、預言という得体の知れない未来に縛られている」
「ヴァン、預言を壊そうっていうあなたの考え方は否定しない。預言に縛られるだけの世界はダメだって、私も思う。でも、預言という『呪い』を受けたこの世界をこんな形で壊すことが、本当に正しい復讐なんですか?」
「イオン様は『預言』を呪ったって、アリエッタ、教えてもらった。でも……アリエッタ、イオン様との思い出をなくしたくない。アリエッタのレプリカとイオン様のレプリカが欲しいわけじゃない。アリエッタは、アリエッタのイオン様がいい! 教えて、総長……イオン様が何を思っていたのか。アリエッタに見せてくれなかったイオン様の本音は何だったのか。アリエッタ、難しいことは解らないです。でも……イオン様の想いを知りたい。知って、『この世界』で、アリエッタ、イオン様の望みを叶えたいの! 預言なんていらない。ローレライなんていらない。でもアリエッタは、イオン様との思い出は捨てたくない!」
「アリエッタ……」
 もう臆病だった彼女の姿はない。アリエッタはぬいぐるみを抱き締めてこそいるものの、しっかりと両足で立ってヴァンを真っ直ぐに見つめていた。その身に纏う導師守護役の制服が、余計にアリエッタを奮起させているのかな。
――もしかしたら被験者イオンはアリエッタの望みを否定するかもしれない。でも、そんなこともう解らない。彼は死んだ。アリエッタのいない寂しい世界の中で、アリエッタへ手を伸ばしながら。アリエッタはそれを知った上で、これからきっと試行錯誤するはずだ。だけどオールドラントそのものが消えてしまったら、そのチャンスだって失われる。私はアリエッタの眼差しに重ねるようにして、ヴァンの広い背中に声をかけた。
「最初に会ったときに言いましたよね、預言に縛られた世界を壊したいって。その気持ちは今も変わってないし、アリエッタの言うように預言もローレライもオールドラントには不要だと思います。でも私は壊すだけじゃない――壊して、みんなが生きるこの世界を生かしたいんです!」
「……この世界、か。……おまえはどうしてそれほどまでにこの世界を愛す? 欠点だらけのこの世界を、どうしてそうも大切に想い、守り、留めようとする?」
「私がこの世界に救われたから。あなたたちのお陰で、少しでも長く生きることができたから。だからこれは私からの恩返し――エゴに塗れた、身勝手な恩返し。私は、未来が欲しいの!」
「俺たちは未来が選べると信じている」
「私は未来が定められると知っている」
 ルークがローレライの鍵を片手に一歩踏み出した。ヴァンは剣の柄に手をかけ、遂にこちらを振り返る。その瞳を見るだけで解る――やはり対話で解決することはできないのだと。
「やはり……互いに相容れぬようだな。剣を抜け。まとめて相手をしてやろう」
「ヴァン……覚悟!」
 ルークの声を受け私がすぐさま譜陣を描くより一歩先に、ルークとガイが先陣を切って走り出した。二人がかりの剣撃を、ヴァンは片手で軽くいなす。ローレライを取り込んだ腕一つで彼らをブッ飛ばし、ヴァンは「この程度か」と高らかに笑った。
「極光よ舞い散れ……っ、レイ!」
「黒こげになっても知らないからね! クリムゾンライオットッ!」
「――フリジットコフィン!」
 弾かれたルークとガイに味方識別をして、私、アニス、ジェイドが譜術を放つ。タイムラグを狙ってナタリアが矢を放ったけれど、その全てが剣の一振りで払われてしまった。
「ウッソ!?」
「残念ながら嘘ではないようですよ。まあ、冗談にして欲しい威力ではありますが」
 ジェイドがメガネをカチャリと上げてからコンタミネーションされていた槍を取り出す。剣を振るう隙を与えれば譜術が弾かれるから、少しでも直接刃を交える人数を増やそうとしているのだろう。
「アリエッタ、みんなに支援をお願い! 私はとにかく譜術で攻めて、色々な音素を散らすから!」
「では、私は回復に専念させていただきますわ!」
 ライガに乗ったアリエッタが駆け出す。ふわふわの背中の上でシャープネスを連発してくれるアリエッタをよそに、私はヴァンに狙いを定めながら音素を収束させた。
「妖しき炎よ点け! ファントムフレア!」
「でっかいトンカチ、当たって砕けろー! ミラクルハンマーッ!」
「はあああっ! 穿破斬月襲!」
「獅子戦吼!」
 譜術の隙間を縫うようにしてルークたちの刃がヴァンに振り下ろされる。ガイの剣が弾かれ、勢いを殺しきれずに振りかぶった腕が顎に当たった。吹き飛ばされて倒れ込むガイに、ナタリアがすぐさま回復を、アリエッタがバリアーをかけていく。
「魔を灰燼と為す激しき調べ……ヴァ ネゥ ヴァ レィ ヴァ ネゥ ヴァ ズェ レィ……!」
「……譜歌か。確かにその旋律はローレライを目覚めさせる。だがおまえは、譜歌に込められた本当の願いを知らない。私には……効かぬぞ!」
「いいえ……兄さん。……私には解るの。ユリアがこの譜歌に込めた想いが、解るような気がするのよ」
「それが真実なら見事詠い切ってみせよ、メシュティアリカ!」
「ええ――ジャッジメント!」
 第五音素譜歌が放たれ、爆炎がヴァンの身体を包み込んだ。昨日のうちに念のため確認したが、ティアはもう全ての譜歌を習得している。なら私たちがやるべきはヴァンの力を削いで、彼女に大譜歌を紡がせること。
 ライガが吼え、背中のアリエッタが譜術を展開する。溢れ出した音素を拾い上げるようにしてアニスが連携を始めたことに気付いたヴァンの腕がそちらを狙うが、横合いから飛んできたナタリアの矢がヴァンの集中を削いだ。
「アッシュは私を信じてくださいました。アッシュだけではなく、我が父バダックも! なら私は、ここであなたを止めて差し上げます――ブレイブフィード!」
「くっ……!」
「おやおや、脇が甘いですよ? 無数の流星よ! 彼の地より来たれ……メテオスォーム!」
 ナタリアの矢がヴァンの足を貫き、身体をその場に固定させる。その隙を突いて詠唱を完了させたジェイドが手を高く上げると、大量の隕石がヴァンに降り注いだ。
 ティアのジャッジメントの効果で辺りには第五音素が満ちている。第五音素同士が隕石の落下によって連鎖爆発を起こす中、その音素を捕まえた二人の視線がヴァンに向けられた。
「真紅の炎熱……ッ!」
「黒焦げになっても知らないからね!」
「「クリムゾンライオット!」」
「ぐっ……ぐあああああ!」
「連撃決めるよ! 燃え盛りしは四方が境界……ファイアウォール!」
 更に増えた第五音素が火柱を生み出す。ヴァンの身体を閉じ込めるようにして燃え盛る炎の壁は、じわじわとヴァンの体力を削っていく。――でも。
「私が……ここまで追い詰められるとは……結局、この疎ましい力を解放せねばらなぬようだな」
 ヴァンの右手が光り始める。剣をぐっと握った瞬間、辺りが光に包まれて私たちの譜術の効果が消し飛んだ。
 風圧によってヴァンに近付いていたルークたちが吹き飛ばされた。受け身を取りつつおぞましい腕をたたえたヴァンを睨んで、ルークはローレライの鍵を握り直す。
 この距離でも解る。ヴァンがとてつもない力を秘めていると。知ってはいたけれど……当たり前だがゲームの中と現実に味わうんじゃレベルが違う。この世界を実際に旅してきたからこそそれが理解できた……でも、だからと言って諦める気は毛頭ない。私もルークも、他のみんなも。ここで退くなんて選択肢はないのだから。
「この圧力……! これが、ローレライの力ってやつか」
「とうとうその力を使ってきましたか。――それでも勝つのは私たちですが」
「やっぱ総長、強い……でも、絶対負けないんだから!」
「く……っ! 負けませんことよ。私の矢で、あなたを奈落の底へと追い落としてみせますわ」
「イオン様のこと……全部、教えてもらうの!」
「相手がローレライだろうと……私はやりたいこと、やり遂げるよ……!」
 じろりとヴァンが私たちを睨む。人数的にはこちらが圧倒的に有利だし、ヴァンは奥の手を出した状態……それでも彼は負ける気などないのか、剣を握り直すとくつくつと笑った。
「心強い味方がいるな」
「そうです。みんなはこんな俺をずっと助けてくれた……みんなのためにも負けられないっ! いや、俺という存在にかけて負けない!」
「兄さんがローレライの力を使うとき、ローレライの制御に隙ができる。それを解っていて使わざるを得ない状況に追い込んでいるのはルークよ。兄さんがずっと認めようとしなかった、ルークなのよ。ルークは……いいえ。私たちは負けないわ!」
「……確かに、私にこの力を使わせたことは褒めてやろう。さすがは我が弟子だとな。だが、それもここまで。さらばだ! ルーク!」
 ローレライの力を帯びた剣がエルドラントの大地を穿つ。先ほどと比べると倍どころではない出力に、私たちは改めて最後の敵を見直した。
「皆さん。時間を稼いでいただけますか」
「ははっ、旦那にそう言われちゃ頑張るしかないな。安心しろ、前は俺とルークで何とかする!」
「私も! アリエッタも一緒に行くよ!」
「言われなくても解ってるモン……! ライガ、やっちゃうよ……!」
 ローレライの力なんて気にも留めないかのように、トクナガとライガがヴァンに飛びかかる。巨体に押し潰されないよう後方に下がったヴァンの後ろからはガイの刃が襲いかかった。足元には再びナタリアの矢。視線を逸らした隙を突いて、今度はルークが掌底を叩き込む。
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!」
「空破特攻弾ッ!」
「――インブレイスエンド!」
「ぐっ……はああああっ!」
 ヴァンを襲う氷の塊はローレライの力で弾き飛ばされた。トクナガのパンチも届く前に振り払われ、ヴァンの視線が詠唱を始めたジェイドに向けられた。何かをしようとしていると気付かれている――けれどその歩みを進ませるわけにはいくまいと、滑り込んだルークが勢いよく斬りかかった。
「守護氷槍陣!」
「――天光満つる処に我はあり……」
 音素の収束が進み、ジェイドが詠唱を開始する。こっちへの攻撃は前衛組が全力で止めてくれている――なら、ドデカい譜術をぶつけて一気に大ダメージを与える方がきっと効果的。そう考えて、私も第六音素を紡ぎ始めた。
「黎明へと導く破邪の煌めきよ、我が声に耳を傾けたまえ……」
 ライガがヴァンの右腕に噛み付いた瞬間、脇腹にガイの鋒が突き刺さった。そこまでされても彼の右手から剣が落ちることはない。振り払われたアニスにティアが治癒術を施し終えると同時に、今度はナタリアの矢がヴァンの足元に次々と落ちた。光り輝く矢は確実に彼へダメージを与えている。
「黄泉の門開く処に汝あり……」
「聖なる祈り、永久に紡がれん……!」
 私とジェイドの周りにたくさんの音素が集まってくる。ヴァンはこちらを邪魔しようと画策をしてはいるが、次々に放たれるルークたちの攻撃からは逃げられなさそうだった。
「紅蓮襲撃!」
「スターストローク!」
 二人に続くようにしてガイが剣を振り下ろす。ヴァンは連撃に耐えられずよろめき、反撃のためかローレライに侵蝕された黒い右腕を前に出した。しかし、それと同時に――私たちの詠唱が、終わる。ジェイドが手を天高く上げ、私は地面を踏み抜いた。エルドラントの上空に何層もに及ぶ魔法陣が描かれ、ヴァンの身体向けて閃光と稲光とが勢いよく降り注ぐ。
「――光あれ! グランドクロス!!」
「これで終わりです――インディグネイション!」
 天から落ちた雷が、白銀の十字架が、ヴァンの身体を貫く。流石の彼もこの攻撃に耐えることはできず、雄叫びを上げながら防衛本能よろしく最後の力を解放した。瞬間、その場にいた全員が苦しみ始める。
「はぅあ……!? な、何これぇ……!」
「これは……ヴァンの中のローレライが暴走して、私たちの音素を引き寄せようとしている……! このままでは生命力を吸い上げられてしまいます!」
「冗談じゃねぇ……!!」
 ザシュッと足元に剣を突き立て、それを支えにするようにルークが立ち上がる。誰も諦めるつもりなんてないが、最早ヴァンの意思とは関係なしに振る舞われる力は純粋な高次のそれだ。いくら私でも何をすることもできない――けれど。
「ルーク! 第二超振動よ! 第二超振動はあらゆる音素を無効化するわ!」
「……ローレライを解放する! ティア、力を貸してくれ!」
「ええ!」
 ティアも杖を支えに立ち上がると、すうっと息を吸った。ヴァンの腕が無意識に彼女の方に向けられたのを見て、私は重い身体を引きずって立ち上がると地面を蹴る。第五音素を手のひらに集めるような感覚――アニスに教えてもらったときは全然上手くできなかったけど、練習を重ねるうちに今ではすっかりできるようになったそれ。
「燃えろッ――空破爆炎弾!」
 少しでも腕の軌道を反らせれば。炎を纏った拳でヴァンの腕を殴り抜いた瞬間、後ろから槍が私の頭のすぐ横を擦り抜ける。決して私に当てることはないという確信の下に繰り出された熟練の槍捌きで、赤黒く染まった右腕が弾かれた。
「墜牙爆炎槍! 皆さん、ルークたちの時間を稼ぎますよ!」
「任せとけ! 閃空翔裂破ッ!」
「私も参りますわ! スターストローク!」
 ガイの剣が、ナタリアの矢が、次々にヴァンをその場に止めようと煌めいた。音素を吸い上げられて苦しんでいるにもかかわらず、ここが正念場とばかりにみんな残っている力を振り絞っている。
 後ろから駆けてきたアニスとアリエッタが、トクナガとライガで飛び上がった。二人の導師守護役はそれぞれの音素を掻き集め、自分の仕えた主人のために最後の一撃を解き放つ。
「荒れ狂う殺劇の宴!」
「本気、出しちゃうんだから……!」
「――殺劇舞荒拳ッ!」
「終わり! イービルライトッ!」
 二人の光が交錯する。十字を描くように軌跡が残っていくのを見ながら、私も譜陣を展開した。花のように開いたそこに、第三音素が集っていく。エルドラントの空から降りてきた風を感じながら、私は正面に立つヴァンを射抜くように見据えた。
「流麗たる水の花よ咲き誇り、騒乱巻き起こす風よ吹き荒べ。永遠の祈りは刹那にて刻まれる。証を此処に! ――疾風瞬水華!」
 第四音素からできた無数の花が咲き誇った次の瞬間、第三音素が弾けて水は風の刃に乗りヴァンに突き刺さった。巨体が大きく揺れ、ヴァンもまた最後の力を振り絞って剣を握り締める。
――でも、時間は十分に稼げた。
「トゥエ レィ ズェ クロア リュォ トゥエ ズェ……!」
 ティアの宝かな歌声がエルドラントに響き渡る。ルークの握るローレライの鍵が光り始め、そこにローレライを解放するための第七音素が集っていくのが感覚的に理解できた。
「ぐっ……く、ああああっ! ぐああああああああ!!」
「これで……終わりだ!」
 ティアが大譜歌を詠う中、ルークはローレライの鍵を手に走り出す。振りかぶられたそれはヴァンの肩へと滑り落ち――歌声が終わると同時に第二超振動が放たれた。エルドラントを包み込むほどの光が私たちの視界を眩ませる。
 光が収束したとき、そこには地面に崩れ落ちるヴァンの姿があった。私も、ルークも、他のみんなも、すっかりボロボロだ。でもそんな中ティアだけがヴァンのところに駆け寄って、リグレットにそうしたのと同じように再び譜歌を歌う。
「七番目の旋律……理解したのだな……ティア……」
「私、思い出したの。兄さんが泣いてばかりいた私に詠ってくれた、この歌を。兄さんは譜歌の意味を知っていて最初から私に全て伝えてくれていた。そんなあなたのことを……死なせたくなんかないわ」
「メシュティアリカ……」
 第七音素がヴァンの傷を治していく。黒ずんだ右腕に封じられていたローレライはルークの力によって解き放たれ、もう動くことはないだろう。ルークが剣を引きずってティアの隣に腰を下ろすのを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。命尽きる前にローレライから離れることができたからか、彼の身体から音素が乖離することはない。とは言え、完全に消えたわけでもなさそうだ。そこは乖離しなかったデメリットと言うべきか。
「ヴァン、ローレライを解放しなくちゃいけない。悪いけどその右腕、落とさせてもらえる?」
「右腕一本で構わないのなら、いくらでも」
「じゃあ……ごめんね」
 近付いてきた私にヴァンはフッと笑う。どうやらもう感覚があまりないらしく、ヴァンは私がシンクから借りたナイフで根元から自分の腕が斬り落とされるのを何もせずに見つめていた。小型の投げナイフでは時間がかかってしまったが、黒く変色したそれはやがてぼとりとエルドラントの地面に落ちる。止血のために治癒術をかける私を見て、ヴァンがぽつりと呟いた。
「世話をかけてすまない……」
「それは私じゃなくて、ルークやアッシュ、それにリグレットに言ってよ」
 そう言って笑って治癒術を切り上げると、私は刃こぼれしたナイフをカバンに戻して立ち上がった。
――もう、終わる。



2025.12.15 柿村こけら
(Web版は権利都合のため大譜歌を省略バージョンでお送りしております……)



Prev / Back / Next