祈りは永遠に。

33:永遠

 しばらく花束を眺めていたら、やるせない気持ちもどこかへ行ってすっきりしてしまった。私がこうして生きて……いや、死んで……? ……解らないのでとりあえず幽霊のような状態なのだと仮定させてもらうが、だからと言ってここではオールドラントがどうなったかなんて解らない。左の太ももに残ったカースロットがあれを現実だと示してはいるものの、それがこの世界……要は「私の世界のテイルズオブジアビス」にどんな影響を及ぼしているかも不明だし。
「あ、やってみればいいのか?」
 幸い私は物には触れられるみたいだし。家に戻ればゲーム機がある。PS2を起動して、アビスのセーブデータ……や、「最初から」でプレイしてみてもいいかも。
 私は立ち上がり、屋上の手すりに触れてみる。もう一度ここから落ちたら今度こそ消えられるだろうか。どうせこうしていたって何も楽しくないし、死んだなら潔く無に還るべきだ。なので試してみたい気持ちはあるけれど、今は……ちょっとだけ、寄り道をしたって許されるよね?
 そこから飛び降りるのは念のためやめておいて、私は屋上を出ると普通の生徒と同じように階段を降りて昇降口から外へ出た。そういえば私、遺書に散々いじめをしてきた子のこととかぶっちゃけまくってたんだけどあれどうなったのかな。さっきの話だと二か月経ってるらしいけど、クラス内があの感じだと大したダメージにはならなかったのかも。うーん、人生なんてそんなものだよね。学校が遺書をもみ消したのかもしれないし。
「まあ遺書があの一通だけなんて言ってないですけども……」
 かの参謀総長サマに「根回しが得意過ぎる。何かやってた?」と怪訝な目を向けられたことがあったが、それに対する答えはもちろんYESだ。彼女たちの志望校や進学先、マスコミ各社に私の遺書のコピーを送付した上で、もう死ぬからいいやと思って掲示板に書き込んだりしまくった。ありがとう、「死ぬ前に復讐をしたい人向け」みたいなブログを書いていてくれたインターネットの名も知らぬ人。お陰であの経験は神託の盾騎士団の内部に根回しをしまくるときに有効活用できました。きっと現実でも、裏でいろいろ動いているだろう。動いてますように。
 そう思ったらちょっと気分が良くなって(我ながら最低だが、前にも言ったけど「撃っていいのは撃たれる奴だけ!」)、スキップしながら家に帰る。そういえば私、幽霊みたいなのに足は普通にあるな……なんてどうでもいいことを思いながらもカバンから鍵を出して、家のドアに差し込んだ。くるりと鍵を回すと普通に扉が開く。
「ただいまー」
 別にこの家に愛着とかは一切ないんだけど、もう癖みたいなものだよね。誰もいない家の中に私の声がこだまする。私はローファーを脱いでスリッパに履き替えると階段を上り、部屋へと入る。ガチャリと音を立てながらドアを押し開けて、そこで。
「あ、おかえり」
「ただい――えっ?」
 まさか誰かの声が返ってくるとは思わなくて、私は薄っぺらいカバンをその場に落とした。
「何固まってるの? 、遅かったね」
「え、なっ、なん、で……え? は? え? 幻覚?」
 見覚えしかない緑色の髪。ダークグレーを基調とした服は見たことがないものだったけど、意匠にはどこか懐かしさを感じる。仮面はしていないから、顔がよく見えていて……そんな少年が、私のベッドの上に腰かけている。
「ちょっと、?」
「えっ、ふあ、はい!?」
「幽霊でも見たみたいに驚かれると困るんだけど」
「いや幽霊は私の方――違う、待って、そうじゃなくて、」
 待って、本当に待って。
 私にとっての現実って、どっちだっけ? 混乱する頭を整理することもできず、彼は、少年は――シンクは、ベッドから立ち上がると私の腕を取った。
「やだ。もう待たない」
 ぐい、と腕を引っ張られ、私の身体はシンクの腕の中に倒れ込んだ。見えている。触れられている。耳を当てた胸の奥からは、どくんどくんと心臓が脈打つ音が聞こえている。
。逢いたかったよ」
「シンク、なの……?」
「たった二年でボクの顔忘れるくらいアンタはバカなの?」
「に……二年? あ、そういやシンクが大きくなったような気も……?」
 私の体感的にはエルドラントで意識を失った後にただ起きたような感じだから、二年なんて言われても実感が湧かない。けど、確かに目の前にいるシンクは背が伸びたし、顔つきもちょっと大人っぽくなっている。服だって前と違う……ダメだ、気になることや訊きたいことが多過ぎる!
「とりあえず……シンク、どうして私の部屋にいるの……?」
「アンタがなかなか帰ってこないから、迎えに来たんだよ。アンタがボクを呼ぶ声がして……ユリアロードで、ユリアの残留思念ってヤツに会ってさ。アンタをもう一度喚ぶのは難しいけど、逆なら何とかなるかもしれないって言われたから。がオールドラントに来られたのなら、ボクがの世界に来られたとしてもおかしくないでしょ?」
 ニヤリとシンクは笑う。こういうとこ変わってないなあと思いながら、私は少し大きくなったシンクの背に腕を回して抱き締め返す。……あったかい。やっぱり、現実だ。
「ねぇ、。ずっと……ずっとずっと、アンタに逢いたかった。ボクもルークもイオンも、みんなアンタの帰りを待ってた。だからさ、」
――ボクと一緒に帰ってくれる?
 シンクは私を更に強く抱き締めて、そう言った。
 そんなの。
 そんなの――答えは一つしか、ないじゃないか。
「私……帰って、いいの?」
「当たり前だろ。みんな待ってる。ずっと、待ってるんだよ」
「う……うぐ、うぅうううっ……! ほ、本当、に……? 私、私……っ!」
 ぶわりと涙が溢れてきて止まらない。シンクの服を汚したくなくて、私は制服の袖でゴシゴシと涙を拭った。腫れてしまった目元にそっと彼の指が触れ、残っていた雫を払ってくれる。
「帰りたい。みんなに会いたい! ……でも、どうやって帰ればいいのかな」
「それなんだけど……アンタの『リバースデイ』あるでしょ? アレでボクらの身体を分解して、オールドラントで再編すればいいんじゃないかと思ってさ。一応、ディストたちが何パターンかアンタを取り戻す方法を考えてて」
 言いながらシンクは私の背中から腕を外し、ポケットから何かを取り出した。手のひらに収まるサイズのキューブだ。見覚えのないアイテムに私が首を傾げると、シンクはスイッチらしきボタンを押しながら説明をしてくれる。
「これはディストがジェイドと手を組んで作った譜業。一時的に音素を作ることができる音機関。ほら、アンタがディストに残しておいたっていう血あるだろ? あれの研究成果だって言ってたよ」
「え、あれ本当に使い道あったんだ!?」
「そう。音素振動数が固定されていない音素を核として配置して、フォミクリーを応用することでその場にない音素を生み出すことができるっていう仕組みらしいんだけど……まだ試作段階で、大気中に音素が多く含まれてる場所だと使えないんだってさ」
「それって、オールドラントじゃ使えないってこと?」
「そう。そこはこれから調整をかけていくって言ってたけど……ボクがここに来たとき、この世界には音素がないって解ったんだ。だからここなら、核になってるアンタの音素を好きな音素に変えて増幅させられる。だから……」
「――リバースデイの発動に使う音素を増やせれば!」
 そういうコト、とシンクが頷いた。
 私はそっとシンクの手から譜業を受け取る。微かに振動する音機関から、僅かではあるが音素が溢れ出していることが解った。私は床に敷いてあるカーペットを剥がして、譜術の威力を増すための複雑な譜陣を二人で描き始める。その中心に譜業を置く頃には、部屋はすっかり音素で満ちていた。
 私はシンクと手を繋ぎ、譜陣の上で向かい合う。
 思えばこれもまた奇跡なのかもしれない。私の命はエルドラントで尽きたはず。この世界で生き直すことは叶わなかったけれど、それ以上のものを私は今もらっている。
、よろしく」
「うん。……崩壊の序曲を奏で、終焉にはその身を結い上げたまえ。――リバースデイ!」
 じわりと身体が音素に融けていく感覚。譜業から溢れ出した音素に混ざり合うように私たちの身体と意識は崩壊して――――気付いた瞬間、ポンッ!と軽い音と共に私とシンクは空中に投げ出されていた。
「ちょっ……ユリアロードじゃないじゃん!?」
「そういや行き先オールドラントとしか考えてなかっ――ぎゃああああ!」
 空中で暴れる私の身体をシンクが抱き寄せて捕まえてくれたはいいが、落下速度はどんどん上がってる気がする。無事に地面に着いたらまたバカって言われるな、これ。なんて思ってたら地面の色が目視できるレベルまで近付いていた。……そうだ、ここはオールドラント。さっきと違って、音素は沢山ある!
「斬り裂け風の刃よっ……ウィンドカッター!」
 私の指先に音素が集束し、譜陣が現れると共に風が巻き起こった。その風は地面を軽く抉って、着地のショックを和らげてくれる。
「ったた……シンク、大丈夫?」
「なんとか。相変わらずってバカなところあるよね」
 預言は無くなったはずなのに大的中である。嬉しくない!
 私はセーラー服に付着した土をぱんぱんと払ってから辺りを見回した。ここ、どこだろう。あたり一面に広がる草原には見覚えがないが、漠然とオールドラントの景色である、ということは理解できた。
が消えてから地形が変わったところもあるからね。とりあえず歩いてみる?」
「うん、そうしたい!」
 シンクが私の手を取って歩き出す。頬を撫でる風さえ懐かしく感じてしまった。さっきも感じたように、私の体感時間としてはエルドラントで意識を手放してからそう経っていないはずなんだけど……息苦しい「現実」に一瞬でもいたからかもしれない。
「そういえば、音素の再編をしたっていうのにアンタ普通に意識あるね」
「あ、確かに。どうしてだろ……?」
「その辺りもディストに検査してもらえばいいんじゃない。あの死神、アンタが帰ってきたって知ったら絶対ありとあらゆる検査にかけるだろうから。二日は入院だね」
「うぐっ……! まあでも、心配してもらってる証拠だよね。それにせっかく戻ってこられたなら、もうあんな風に消えたくないし。ちゃんと検査受けて安心したいかも」
「本当にね。アンタが不調だったらおちおち旅行にも行けやしない」
「覚えてくれてたんだ?」
「当然でしょ。の行きたいところ、どこだって付き合うよ。ずっと、そうするのを待ってたんだから」
 シンクがフッと笑ってくれる。よくよく見たら、その目の下にはクマが濃く残っていた。相変わらず役職掛け持ちで仕事しまくっているのかもしれない。副師団長がいなくなったせいだと言われれば、それはそうかもしれないけど。
……あ、そういえば!
「……良かった、ちゃんとあった」
 制服の胸元をごそごそと漁ってみれば、そこにはちゃんと革紐のストラップと緑色のペンダントトップが下がっていた。最期を迎える前にシンクから貰った大切な宝物。シンクはそれをみると、自分の襟ぐりから色違いの物を取り出した。桜色の石が煌めくそれは、私のものと違って革紐の色がくすんでいる。……ずっと着けてくれていた証拠だ。
「シンクも持っててくれたんだね」
「まあ……アンタとお揃いにしてたし。これを持ってたら、との繋がりも消えない気がしたんだ。何せどこかの誰かさんが手紙以外の私物を全部処分したもんだからね」
「うぐっ……だ、だって……シンクに片付けさせることになったら悪いなと思ってて……」
「バカじゃないの。みんなアンタが帰ってくるって信じてたんだから、片付けるワケないのに。部屋としては空けたままだから、ダアトに戻ったら好きに物置いていいよ。……あそこは、アンタの部屋なんだから」
 当たり前だとばかりに笑うシンクに、私はただ手を握り返す。居場所があるということが何より嬉しかったし、シンクにとって大切な場所になっていたということもまた嬉しかった。
 手を繋いだまましばらく歩いていると、やがてダアトの入口の大きな門が地平線に薄らと見えてきた。どうやら思ったよりダアトの近くに到着していたらしい。二人で門をくぐって街へと入る。二年の月日が経過したとはいえ、ダアトの街並みは思ったよりも変わっていなかった。露店は賑わっているし、そこに集う人々の姿も変わっていない――いや、やっぱりちょっとだけ違うかも。預言がなくなったからか、何を買うか迷っているような感じがする。でも買い物を楽しむ顔自体は前より明るい気もした。
「行こう。みんな待ってるよ」
「うん……!」
 色々なものを噛み締めて。
 シンクと一緒に、私は一歩を踏み出す。
 ルークに会ったら何を言おう。ディストには何て謝ろう。手紙には書ききれなかったことが頭の中に溢れ出して、会う前からキャパオーバーだ。私がよっぽど滑稽な顔でもしていたのか、教会の前まで来たところでシンクは私の手を引いて立ち止まる。それからいつもみたいに落ち着いた声が、静かに私の名前を呼んでくれた。

「シンク……」
「……心配しなくていいよ。ボクには負けるだろうけど……みんな、アンタのことが大好きだから」
「っ……」
の祈りは届いてた。ボクたちを救いたいっていう、その祈り」
 だから安心して。そう言ってシンクは私の手を引き、教会の中へと入っていく。静かな礼拝堂には、預言を詠んでもらうためではなくただ参拝に来たらしき人の姿が少しだけ見えた。その横を素通りし、私たちは広い裏庭へと出る。そこでは導師守護役の制服に身を包んだ二人の少女と、シンクと少し似た意匠の制服を着た二人の少年が、手にしたブラシでもふもふのライガたちのブラッシングをしていた。
「あ、シンク! やっと帰ってき……、……え、」
 少女が――アニスが、シンクの隣にいる私を見てブラシを地面に落とす。アリエッタもフローリアンもアニスと同じびっくり顔だ。イオンだけが私の帰還を察していたのか、たおやかな笑顔をこちらに向けている。
 あの日「いってきます」を言ってから、随分と時間がかかってしまったけれど。
「――ただいま!」
 そう言った次の瞬間、私の身体は飛び込んできた三人によって柔らかな地面にダイブした。倒れ込んだ私を見下ろしてシンクが呆れたように笑っている。
 緑の髪の奥、吹き抜けるような青空には譜石帯がキラキラと輝いていた。



2025.12.15 柿村こけら



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