世界の果てでは雨が止む
40:沼野
「すっごい雨だね……」
イル・ファンを出てアルカンド湿原をア・ジュール方面に進んだ先、そこにファイザバード沼野がある。辺り一面が沼になっており歩くことも難しい場所だ。そこで、戦争が起きている。
ラ・シュガルの陣取ったテントを発見し、ローエンが中の兵に状況を聞いた。「指揮者イルベルト」の名は伊達ではなく、得た情報を次々に整理していく。戦況の記された地図を私たちは取り囲んだ。
「あれ? ここだけ何か違うね」
「それは参謀副長殿が進めている戦略のための部隊です」
「ジランドの戦略だと?」
地図を見るに、おじさんがクルスニクの槍を設置する予定の場所は小高い丘の上。ラ・シュガルとア・ジュール、二つの軍を見下ろせる場所。ミラは槍をどうやってア・ジュール群に使うか考えているようだけど、これではっきりした。何よりも高い場所――即ち、二つの世界を隔てる「それ」に最も近いところ。ジランドおじさんはラ・シュガルもア・ジュールも気にしていない。両方、潰すつもりなのだから。
「あの……本当に、クルスニクの槍が使われるんでしょうか……」
「状況から考えると、そうだと思う。けど……」
「クルスニクの槍の起動に必要な『カギ』は私が奪い、イバルに託してある。そうすることで最悪、槍が使われることだけは防げると思っていたのだが……この様子だと、やはり新たな『カギ』が生み出されたのかもしれん」
ふむ、と考え込むミラを尻目に、私はちらりとアルヴィンを見遣る。
それからローエンはア・ジュール軍がどうやって沼野を攻略しているのかを尋ね、兵士から増霊極を借り受けた。
テントを出ると、雨が全身を打ってくる。ただでさえ足元がぬかるんでいるというのに、上からも降られちゃ動きにくいどころではない。
「あれ? そういえばアルヴィンは?」
言われてみれば確かに彼の姿がなかった。ジュードが探してくるというので、私も着いていくことにする。アルヴィンはテントのすぐ近く、物資のあたりにいた。
「アルヴィン!」
ジュードが声を掛けたが、しかしそこに見なれた姿はなく。彼が不思議な顔をしていると、私の後ろからアルヴィンがひょっこりと顔を出してきた。
「あれ? アルヴィン? 確かこっちに……」
「は? 大丈夫かジュード君?」
大方、誰かと連絡をしていたのだろうけれど……とぼけたようにアルヴィンはその場をごまかしてローエンたちの方へと戻っていった。
「もう……っ! 勝手に僕たちから離れないでって言ってるのに」
「まあまあ。それよりジュード、行こう。置いてかれるよ」
「あ、うん」
私たちが戻ってすぐ、ローエンが増霊極を起動した。ローエンを中心として霊勢が地場に変わっている。
ラ・シュガル兵とア・ジュール兵が交戦しているファイザバード沼野を私たちは一息に駆け抜けようと走り出す。味方識別の印はなかったが、ラ・シュガル側には「指揮者イルベルト」が参戦したことが既に伝わっているらしい。攻撃してくるのはア・ジュール兵ばかりだ。それを退けながらも私たちは進む。
ぴしゃぴしゃと泥が跳ね、服の色がどんどん濁っていく。レイアなんて白い服が完全に黒ずんでいる。目に入る雨を手で払いながら、目の前のクルスニクの槍を見据えた、そのときだった。
「っ、危ない!」
ジュードの手が私をぐいっと引っ張った。つい今まで私のいた場所に剣が突き刺さっている。ア・ジュール兵のものではない。その剣は、ラ・シュガル兵士のものだ。
「僕たちは敵じゃないよ!」
「ジランド参謀副長より全軍に通達があった! 『指揮者イルベルト』は敵となった。殺してでも排除せよ、とな!」
言うが早いか、指揮官らしきその兵士は剣を掲げる。同時に背後に控えていた弓兵が矢を引いた。
「!」
「うん!」
軽い音を立てながらジュードと共鳴する。足場の悪い沼野での戦いが幕を開けた。
2015.06.14 柿村こけら
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