世界の果てでは雨が止む

64:船上

 ガイアスは周囲の兵たちに次々と指示を出し、それからジュードに向き合った。ジュードの隣にいたローエンが一歩進み出て口を開く。

「ガイアスさん。このイル・ファンで、一体何をされているのですか?」
「ラ・シュガル軍と協同で、海中に沈んだクルスニクの槍の引き上げ作業を行っている。海で指揮を取るにはカン・バルクにいるよりここの方が、効率がいいからな」
「クルスニクの槍って……今更あんなものをどうするつもりなの?」
 クルスニクの槍は兵器ではない。それにあれはミラが破壊したはずだ。あれを動かす「カギ」はもう存在しないし、作ることも出来ない。ただのガラクタになってしまったはずなのに。

「俺は異界炉計画を止める。……お前たちこそ、こんなところでどうした」
 ジュードの質問には答えなかったくせに、彼は逆に質問をしてきた。しかしその動作には迷いがなく威圧を感じる。一歩後ずさりながらもジュードはガイアスの目を見上げた。カン・バルクで謁見したときとはまるで違う。
「僕たち、ミュゼに会いたいんだ。ガイアスがミュゼと戦ったって聞いたから、それで……」
 続きを告げる前に漆黒の影がガイアスの近くに歩いてくる。その男――ウィンガルは、ちらりとローエンを見てから淡々と報告を始めた。
「出航のお時間です。既に準備は整っております」
「そうか。……ジュード、俺と一緒に来い。俺と来れば、ミュゼと会えるぞ」
 それだけ言って、ガイアスはウィンガルと共に海停の方へと歩いていってしまった。


「……ねえ、
「うん?」
「クルスニクの槍って、引き上げたところで使えると思う?」
「……正直、難しいと思う。ミラが破壊しちゃったし、いくらラフォート研究所であれを作ってたとは言ったってあれは黒匣だ。リーゼ・マクシア人が使うにはちょっと……ううん、結構な抵抗があると思うよ。目の前で精霊を殺すんだから」
「そっか……」
「それに、単純に使い道がないよ。あれは断界殻を破るためのものだし、断界殻が閉じてる今、エレンピオス側からの干渉はないはずなんだもの。だってあっちにさしたるメリットがないからね」
「確かにそうだよね。ラ・シュガルとア・ジュールは両方とも実質ガイアスの配下だし、槍を使う必要性はない」
 ジュードは眉間に皺を寄せ、とんっと人差し指でこめかみを叩いた。ガイアスが何をしたいのか皆目見当がつかない。

「お二人とも。まずはガイアスさんのところに向かってみましょう」
「……そうだね。行こう、みんな」
 ローエンに促されて私たちはガイアスの向かった方へ歩き出した。海停には大きな機材を積んだ船が停泊しており、その上にはガイアスがいる。船員に案内され私たちが船に乗るとすぐに縄が解かれて船は海の上を滑り出した。

 地図を片手に甲板に立つガイアスにジュードがこれまでのことを説明する。ミュゼがミラのことを囮だと言ったこと。ならば本物のマクスウェルが存在しているかもしれないこと。
「そうか……エサとはな。ミュゼはそう言っていたか」
「うん。だから本物のマクスウェルに会って、僕は真実を知りたい」
「マクスウェルの居場所……考えられるとしたら精霊界か」
 ガイアスがぽつりと呟く。潮風が彼の髪を揺らしていった。

「……精霊界?」
知らない? 精霊が住んでるって言われてる世界なの。確かわたしたちの世界と微妙に重なり合ってて、見た目もほとんど同じだとか。子供の頃に御伽噺みたいなのでよく読んだよ」
「へえ。でも、本当にあるの?」
「確かに精霊界というのは伝説に等しい存在だ。だが現に精霊たちは存在している……ならば精霊界も存在し、そこに繋がる道があると考えるべきだろう」
 ウィンガルが私の疑問に応えてくれる。まあエレンピオスじゃリーゼ・マクシアなんて御伽噺だと思われていたとおじさんに聞いたことがあるし、リーゼ・マクシアにもそういった世界が存在していてもおかしくはない。

『あー。ニ・アケリアはー? あそこ、精霊の里っていうんでしょー』
「うむ。あの地には霊山があったな。何かあってもおかしくはない」
 ティポの発言にガイアスが頷いた。それを聞いてエリーゼとレイアが目を輝かせる。ティポもティポでぐるんぐるんとウィンガルの周りを飛び回っていた。


「じゃあさっそく……」
「待て。この船の目的地を忘れては困る。槍の引き上げが終わるまでは動かないぞ」
「えー……がっかり。クルスニクの槍なんてどうでもいいのに〜」
 がっくりと項垂れたレイアに、ガイアスまでもが少し笑っていた。丁度いいタイミングで船の揺れが収まる。槍の引き上げ地点に到着したのだ。

 異界炉計画を止めるとガイアスは言った。でも断界殻によって隔たれている以上、エレンピオスの人々がリーゼ・マクシアに手を――いや。
――逆だ。
 大元を潰そうとしているのだ、ガイアスは。
 ちらり、その横顔を見る。ミラと同じ、自分のやることに絶対の自信を持っている、そんな顔をしていた。




2015.06.25 柿村こけら



Prev / Back / Next