世界の果てでは雨が止む

74:決別

「全てのものの未来を守るのが、マクスウェルの使命ではないのか」
 すらりと剣を引き抜いて、ショッキングピンクの双眸がマクスウェルを睨みつける。マクスウェルはマクスウェルで、ミラが歯向かったことを理解すると忌々しげに舌打ちをした。


「ウンディーネ」
 ミラの周りから一人だけ離れて、水色の身体が私のところへやってくる。優しいその表情は初めて会ったときと同じように私を見ていた。
「ごめんなさい、ウンディーネ」
『いいんですよ。今はこうして、お互いを支えられているから』
「……うん。ありがとう」
『胸を張って、。あなたの声で私は気付けた。ミラをここに案内出来た』
 ジュードの前に立つ彼女は、今までと変わらないミラそのものだ。


「こ、こんなことが……!」
「迷ったな。それでは本来の力が出ないぞ。お前たち!」
 ミラの声に、四大たちが姿を保ったまま彼女の元に集結する。例えミラが偽物であったとしても、四大を従える彼女はマクスウェルだった。

「――始まりの力、手の内に! 我が導となり、こじ開けろ! スプリームエレメンツ!」
 さっきマクスウェルが放ったものよりも威力が高い四色の光が放たれる。それはきっと、四大が心から力を貸したいと思ったからだろう。
 光はマクスウェルを貫き、世精ノ途の果てまで飛んでいった。

「わ、私が……この私が……! 四大! どういうつもりだ……」
『……すまぬ、俺はもう我慢が出来なかった……』
『だから僕たち……ミラを助けちゃった。精霊界に連れて行ってね』
「そのような指示、出してはおらぬ!」
 マクスウェルはキッとミラを見上げた。その瞳は、何も理解出来ず苦しんでいるように見える。元素の精霊マクスウェルに、知らないものなんて今までなかったんだろう。

「マクスウェル」
 一歩踏み出したミラが、項垂れる老人に声を掛けた。
「私の使命はあなたのものだったが、同時に私のものでもあった。だから、この答えは……私の心が決めた答えだ」
「……あなたの言う世界は、ただ存在するためだけのものに感じた。でも、それは生きるとは言わないんじゃないかな。僕は……僕たちは、生きたいんだ」
 ミラに代わって続きを告げたジュードがマクスウェルを見る。マクスウェルは迷ってなどいない二人の言葉を反芻しているようで、しばらく黙っていた。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……断界殻を解こう」
「マクスウェル……本当にいいの?」
「うむ。断界殻を解けば、それを形成していた膨大なマナを世界中に供給することが出来る。さすればしばらくの間、世界中の精霊を守ることが出来るだろう。数年……いや、長ければ数十年の猶予は稼げる。私が何を言わんとしているか解るか?」
「うん、もちろん!」
 即答したのは当然ジュードだ。嬉しそうに顔を綻ばせて彼は言う。
「考えるから! エレンピオスもリーゼ・マクシアもみんな一緒に生きられる方法を!」
 そんなジュードを見て、マクスウェルはただの老人のように笑った。


「……アルヴィン」
「良かったな。これで俺たち、帰れるぜ」
「うん……っ!」
 そう、言った瞬間だった。
 ぱりんとまたもや空間が割れる。そこからよく見慣れた男が、とんでもない威圧感を放ちながら世精ノ途に降り立った。


「――この世界の神に等しい座を降りるというのか、マクスウェル」
「ガイアス!?」
「お前がリーゼ・マクシアの神の座を降りるのであれば、俺がそこに座ろう」
「ただの人間がマクスウェルになるだと? 馬鹿な――ッ!? この力……!」
 ガイアスの現れた裂け目に、クルスニクの槍が鎮座していた。そしてその傍らにはミュゼがいる。ミュゼは虚ろな笑顔で槍を起動させた。マナが、吸われていく。

「マクスウェル、貴様は世界の礎となれ」
 ガイアスの剣が空間を斬り裂いた。それを見たマクスウェルは目を大きく開いたが、ミュゼの重力でその場に押さえ込まれてしまう。
 マクスウェルの身体がクルスニクの槍に吸われ、まるで聖者の聖骸のように磔にされる。彼の顔は苦しみに歪んでいた。ミュゼはそんなマクスウェルを、今までの狂信などなかったかのように嘲笑う。
「俺は死んでいった者たちのためにもエレンピオスへ行く! お前たちはリーゼ・マクシアで大人しくしていろ!」
 どうやらガイアスが作った裂け目はリーゼ・マクシアに続いているらしい。吸い込まれそうになる。体重の軽いエリーゼはアルヴィンに支えられたことでなんとかその場に留まれている状態だ。あの穴に吸い込まれたら、折角マクスウェルがくれた機会が全部無駄になってしまう……!


「お前たち!」
「マクスウェル!? 何を……っ!」
 渾身の力を振り絞って、マクスウェルが私たちの近くに別の裂け目を作った。
「行け! あの者たちにマクスウェルの名を与えてはならん!」
 と、いうことは――この先にあるのは、突破口。私たちは顔を見合わせ、マクスウェルの作ってくれた裂け目に飛び込んだ。来たときと同じ、黒い空間。その先に何が待っているのか見ることもなく、私は意識を手放した。




2015.06.27 柿村こけら



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