世界の果てでは雨が止む
76:寝顔
「アルフレド、その子はそっちに運んで。それで……」
辿り着いたトリグラフの街中は、リーゼ・マクシアでは見られないようなものが沢山あった。マンションの一室がバランさんの自宅なのだが、同じマンションでもイル・ファンにあるようなものとは似ても似つかない。
ローエンがミラをソファに降ろす。見たところ外傷はさしてないようだった。一方でジュードはずっとマクスウェルと戦っていたからか、拳が腫れ上がっている。エリーゼが治癒術を掛けていたが治り切らなかったらしい。
「じゃ、話はアルフレドから聞かせてもらうとして……食材は好きに使っていいよ」
「あ、だったらわたしとティポはミラが目を覚ますまで一緒にいます」
「えー、じゃあわたしはローエンとご飯作ってようかなー。エレンピオスの食材ってどんなのだろ」
「と、いう訳ですのでさんはジュードさんをお願いします。お邪魔なジジイはお言葉に甘えて食事の支度をしておりますので」
「ちょ、ちょっとみんな……っ!」
気付けば全員にいそいそと部屋を出て行かれた。最後に部屋を出たエリーゼはにっこりとどこか腹黒そうな笑いを残していく。そんな子に育てた覚えはないぞ!? ……いや、本当に育てた訳ではないけれど。
二人きりになった寝室はさして広くもないのに、やけに広く感じた。ベッドで規則的な寝息を立てて眠るジュードは、マクスウェルやガイアスと一戦交えた少年にはとても見えない。
思えばこうして彼の寝顔を見るもの久し振りな気がする。あれは出会ってすぐの頃、ミラと三人でル・ロンドを目指していたときだ。話しながら眠ってしまった彼を見たときは、ミラに巻き込まれた可哀想な少年くらいにしか思っていなかったけれど。それをあっさりと塗り替えてしまうくらい様々なことがあった。
ル・ロンドでミラのリハビリを手伝ったり、シャン・ドゥで闘技大会に出たり。エリーゼの生い立ちを知って、レイアと喧嘩した彼女を応援したり。それからファイザバード沼野でエレンピオスの人たちと戦って、ジルニトラに行って――……。
おじさんが死んだときは、もうどうとでもなればいいとさえ思っていた。ミラが死んでも断界殻は消えなくて、エレンピオスに来ることなんて無理だって思っていた。あのままミュゼの言いなりになってジュードを殺したところで、きっとミュゼは私のことも殺すつもりだったのだろう。一番浅慮だったのは私なのだ。
――だけど、そんな私をジュードは変えてくれた。
「……いつの間にか追い抜かれた気分」
年相応の少年だったジュードは、もうとっくに私のことなんて超えて大人になっていた。きっとル・ロンドに帰ったらマティス夫妻もびっくりすることだろう。
よっぽど疲れているのか、それから夕暮れになってもジュードは目を覚まさなかった。こちらには断界殻がないから霊勢もなく、空の色は時刻によって変わる。当然といえば当然のことなのに、リーゼ・マクシアの外なんて知らなかったから不思議だ。あんなに帰りたいと思っていたエレンピオスについて、こちらの住人と同じくらい知っているという訳でもないなんて笑えてくる。
「ん……」
もぞ、とベッドの上でジュードが動いた。慌てて窓から視線をそちらに戻せば、目を覚ましたジュードがぼんやりと天井を眺めていた。
「ジュード、おはよう」
「……? ここは……もしかして、」
「うん。エレンピオスだよ。ここはアルヴィンの従兄のバランさんの家」
そう言うとジュードは飛び起きて窓の外を見た。そこに広がるのは自然のない人工的なエレンピオスの街。どこか薄暗い雰囲気が漂っているように見えるのは気のせいではないだろう。
「そっか……来ちゃったんだ、僕たち。エレンピオスに」
「なんか意外だよね、こんなにあっさり来られちゃうなんてさ」
「……うん、そうだね」
ジュードの蜂蜜色の瞳は、私の思っていることを見通すような色をしていた。やっぱり彼は、とっくの昔に私より大人になっている。
何人もの仲間を犠牲にしても辿り着けなかった世界に、私とアルヴィンはあっさり戻ってきてしまった。嬉しいはずなのに、何故か息苦しい。
「っ、私、みんなにジュードが起きたって言ってくるね」
「あ、!?」
逃げ出すように、私はジュードの元を去った。逃げたところで、変わるものなんてもうないっていうのに。
2015.06.27 柿村こけら
Prev / Back / Next