世界の果てでは雨が止む
90:決戦
もうどれくらい時間が経っただろう。きっと本当はそんなに経ってなんかいないのに、ガイアスたちの猛攻のせいで気の遠くなるような時間が過ぎていくようだ。
「っは……穿て……っ、大いなる、奔流!」
「小賢しい!」
「! この……っ、転泡!!」
「もう共鳴術技もロクに出せないくせに! 二人じゃ無理って言ってるでしょっ!?」
ミュゼのこんな声、ここに来てもう何回聞いたか忘れた。ボロボロの身体を叱咤して立ち上がる。視界の端でジュードも同じように前を向いていた。
「いい加減に――……!」
「おっと、二人じゃないぜ!」
突然銃声が聞こえて炎が巻き上がる。ミュゼは上空を見、キッと彼を――アルヴィンを睨みつけた。
「目ぇかっぽじってよく見てな! おたくの最期の光景だ! エクスペンダブルプライド!!」
振り上げた大剣から放たれた一撃がミュゼをぶっ飛ばす。アルヴィンは着地してすぐに私たちの手を掴んで引っ張り上げた。
「ちょっと待たせすぎたか?」
「もう……全然一着じゃないじゃん、アルヴィン……」
グミを私たちの口に押し込みながらアルヴィンは銃の先をガイアスに向ける。
「ガイアスが正しいのに、あなたはなぜ抗うの!?」
「俺はエレンピオス人だし、何よりも裏切るのも面倒になっちまったから、な!」
放たれた弾はガイアスの足元を撃ち抜いた。ミュゼを引き寄せたガイアスがこちらへ向かって走ってくる。
「僕たちが何とかする! 、大きいの一発決めちゃって!」
「解った! ――蒼き引力の覇者よ!」
「させないわ!」
伸ばされた髪が足元を狙って飛んでくる。ここで詠唱を中断させられる訳にはいかない。でも、と思ったところで、ミュゼの背後に影が一つ。
「それはわたしの台詞だよ!」
「な……っ!」
「ぶっ飛べーっ! ぐるぐる!! お母さん直伝! 活伸棍・神楽ッ!!」
棍の勢いでミュゼが飛ばされたと思えば、上空からの一撃で地に叩き落とされる。レイアはすたっと着地すると私に向かってピースした。
「パーフェクト! ささっ、、やっちゃって!」
「言われなくても! ――メイルシュトローム!」
倒れたミュゼを引き込むように渦が巻く。アルヴィンを振り払ったガイアスはそんな彼女を助けようと水の中に飛び込むが、足を上手く動かせずバランスを崩していた。
「さん、お借りしますよ!」
「ローエン!」
「演奏を始めましょう。フェローチェ、荒々しく! グラツィオーソ、優雅に!」
私の放った水の上に立ったローエンは、まるで水を操る指揮者のように剣を揺らした。ガイアスの周囲の水が冷気を孕んでどんどん凍っていく。
「グランドフィナーレ!」
「ぐ……っ! イルベルト……お前だけは正しい道を選ぶと思っていたぞ!」
「買い被りですよ、ガイアスさん。私もここにいる皆さんと何ら変わません」
こちらの勢いが戻ってきた。ミュゼは悔しそうに顔を歪めてローエンとレイアを睨む。
「お前たちにはそう簡単に未来なぞ見させぬ! ミュゼ!」
「はい。さあガイアス!」
「きゃ……っ!?」
レイアの身体が沈む。ミュゼの重力を操る術だ。身体が重くなり一歩が踏み出せない。
「醒めよ! 黄昏の地より呼び寄せし流転の狼王!」
ガイアスの長刀が燃え上がる。刃が振られ、ジュードを、アルヴィンを、そして私たち三人を吹き飛ばした。ミュゼは満足そうに指を鳴らして術を解く。
「これで終わりよ!」
『させるかー!』
「ッ!?」
ぐるん、空中でティポに掴まったエリーゼがミュゼにキックを入れ、そのまま一回転してレイアの隣に降り立った。
「遅くなってごめんなさい……いきます!」
『目標ロック!』
「チャージ完了!」
『覚悟しろー!』
エリーゼの杖先からティポが何よりも早く飛んでいく。ぐるんぐるんとミュゼとガイアスの周りを飛び回って魔法陣を描き終わるとティポはエリーゼの元に戻ってきた。
『ただいまー!』
「リベールゴーランドッ!!」
ばん、と魔法陣が爆ぜる。エリーゼはそれを見ることもなくレイアと共鳴し、詠唱を始めた。
「万物に宿りし命、」
「その息吹をここに!」
「「リザレクション!!」」
明るい黄緑の魔法陣が私たちを包む。怪我が一瞬で治り、体力が戻ってきた。エリーゼはレイアとハイタッチをしてミュゼたちに向き直る。
「援護は任せてください!」
「任せたぜエリーゼ姫! ジュード、、いくぞ!」
先陣切って飛び出したアルヴィンに続く。これだけの秘奥義を連続で受けたというのに立ち上がるなんて、ガイアスは一体どれだけ強いのか。
「、身体は大丈夫?」
「平気。飲まれないよう間隔空けてるから」
ミュゼの放つ精霊術を避けながらジュードは笑った。そして踏み込んでアルヴィンと二人でガイアスを挟み撃ちにする。
「ガイアス! あなたたち、本当に――……!」
「させはしないぞ、ミュゼ!」
「な……っ、ミラ、この……っ!」
最後にミラが落ちてくる。彼女は宙で魔法陣を描き、四大を喚び出した。
「始まりの力、手の内に! 我が導となり、こじ空けろ! ――スプリームエレメンツ!」
ウンディーネ、シルフ、ノーム、イフリートがミュゼの周りを取り囲む。全員が全力で彼女に向かって術を放つと、ミュゼは地に落ちてのたうち回った。
「ミュゼ!」
「ガイアス……っ! くっ……もう謝っても許してあげない!」
「まだ立ち上がるというのか!?」」
私の横に着地したミラが驚いたようにミュゼを見る。ボロボロの身体で浮き上がったミュゼは、一際大きい重力の球体を生み出した。
「全てを飲み込み、乾きの地へ誘え! 虚数の牢獄! ――イベントホライズン!」
ずん、と重力が再び全てを支配する。恐らくジルニトラを沈めるのに使ったのもこれなのだろう。やがて目を開けていることすら困難になり、何も見えなくなる。身体が重い。動かなければ何も出来ないのに動けない。せめて、せめて指だけでも。……そうだ。リリアルオーブ同士なら、共鳴するだけなら重力なんて関係ない。
このまま何もしないよりは何かした方がマシだ。――そうだよね、ジュード!
「ッ……うわああああ!!」
「なっ……どうして!?」
「ジュード……まだ立つというのか!」
「立つよ。仲間がいる、それだけで十分だ。僕には聞こえた! ……ね、?」
「当然……! エレンピオスは渡さない!」
ジュードの蜂蜜色の瞳が私を見る。アルヴィンも、エリーゼも、ローエンも、レイアも、ミラも、誰も諦めてなどいなかった。みんな、立ち上がろうともがいている。
「――崩壊の序曲を奏で、」
「終焉にはその身を結い上げ給え!」
「「リバースデイ!!」」
白い光が重力を解いていく。白が世界を包み込み、私たちの身体を沈めていた重みは消えた。
「そんな……どうして!?」
「諦めてないからだ。ジュードはお前たちに勝つことを諦めていない。さあ!」
「うんっ! ――諦めないよ!」
踏み出したジュードの拳がガイアスを打ち上げる。そこから回し蹴りの連撃が彼を襲う。
「殺劇ッ! はああああ――っ、舞荒拳!!」
! とジュードの声が聞こえた。ガイアスから離れたミュゼに向かって私は銃口を向ける。
「貫くは壮麗たる激流、我が波紋を四海に奏でよ!」
「く……っ!」
「ルインド・ベイン・ウィッシュ!! ――ミラ、ジュード!!」
水の柱がミュゼを貫いてぐるぐると踊る。私と入れ替わるようにしてミラがジュードと共鳴し走り出した。
「飛んで!」
「任せた!」
「っ、させるかああああッ!!」
長刀を地に刺し、ガイアスがミュゼに向かって駆ける。ミュゼはそんなガイアスに手を伸ばし、なおも共鳴術技を繰り出そうとした。
「おい! 俺たちもいくぞ!」
「っ、うん! きてアルヴィン!」
構えた銃は、いつものじゃない。おじさんの――スヴェント家当主のものだった。
「これが俺たちの覚悟だ!」
「撃ち抜くよ! せーのっ!」
「「蒼紅円舞曲!!」」
二つの銃から放たれた赤と青の弾痕は空中で一体化し、ミュゼとガイアスの繋いだ手を引き離した。そこに加速したジュードたちが上下から飛び掛かる。
「輝け!」
「極光!」
「込めろ!」
「貫け!」
「「虎牙破斬・咢!!!」」
閃光が、辺りを支配した。
荒い息を吐きながら着地したジュードは、剣を振り終えたミラと二人、恐々としながらもミュゼたちを見遣る。二人が起き上がることは、なかった。
「やった……の?」
「はい、間違いなく」
ローエンがゆっくりと、だが確実に、告げた。ジュードは何も言うこともなく、ただ自らの拳を見つめていた。
「――マクスウェル!」
ミラの手がクルスニクの槍に向けられた。四大の攻撃で槍は壊れ、捕われていた老精霊が解き放たれる。神々しい光景だった。
「お前たちが望む未来は民を苦しめるだけ……たとえ源霊匣があろうとだ。ましてや世界を一つにしたところで、互いが協力し合うなど幻想に過ぎない」
顔を上げたガイアスがジュードに向かって吐き捨てる。けれど彼は声を荒げることもなく、ゆるゆると首を振った。
「僕が信じた未来って、甘くてバカなのかもしれない。でも、ミラは僕を信じてくれた。それにガイアス、あなたも」
「それが何だと言うのだ……」
「どれだけ強気なことを言っても、僕はここまで来るのがずっと怖かった。これで未来が決まっちゃうんだから。だけどね、ガイアス。リーゼ・マクシア人とエレンピオス人はきっと協力出来る。そのための源霊匣だ。僕がやアルヴィンと解り合えたように。僕はまだ弱くてちっぽけな人間だけど、いつか強くなってみせる。だから……僕を、信じて欲しいんだ」
差し出されたジュードの手をガイアスが取ることはなかった。けれどきっと、心の中では認めたのだと思う。
「ミュゼ。一人で生きていくのが辛いなら、共に生きよう」
「ミラ……」
ミュゼは少しぎこちなさそうに、けれども嬉しそうに笑った。そこへマクスウェルが四大に支えられながらこちらへ来る。
「決心はついたようだな、ミラ」
「ああ。私はマクスウェルになる」
「な……っ!」
何人かは驚いてミラを見たが、彼女は決めていたようだった。断界殻を消すということは、マクスウェルが死ぬということ。そのためには次のマクスウェルが必要になる。今までのマクスウェル同様、世精ノ果テに、精霊界に、行くということ。
「では……」
マクスウェルが手を広げると同時にミラの身体が輝き出す。
「ミラ!」
「ジュード、これでお別れだ。思えば私たちは奇妙な縁だったな」
「これまでありがとう。僕……ずっと頼りなくてごめんね。でも、これからは大丈夫だから」
ミラはこくんと深く頷いた。一歩、世精ノ果テに向かって歩き出す。
「ミラ」
「……。お前には、すまないことをした」
「それに関しては私も悪かったところもあるし……次にあなたが道を間違えたら」
「……ああ」
「今度こそ殺すわ。私が、あなたを」
「ふふ……手厳しいな、お前は」
それからエリーゼたちも次々にミラに別れの言葉を告げる。
マクスウェルが消え、目の前に広がったのは断界殻の消える風景。二つに分たれていた世界が再び繋がった。
「ミラ、泣かないで」
ジュードが輝きの収まったミラの手を取って、言う。
「私はミラ=マクスウェル。精霊の主だ」
澄んだ青空が世界を包むようだった。雲一つない空はまるで、これから先、私たちの選んだ未来を示すようにさえ見える。
ふと気付けば隣にアルヴィンが立っていて、ぽんと私の背中を叩いた。
ミラの髪が揺れる。世界の端っこで、彼女は嬉しそうに零した。
「――泣いてなどいない」
やがて断界殻が完全に消え、それと同時にミラとミュゼ以外の全員がミラの力によって世精ノ果テから弾き飛ばされた。まるで絵空事のように。
去り際に見えた彼女は、涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
2015.06.28 柿村こけら
2023年追記:次の話(90.5話)は2017年に書いた「本編に出てこなかったヒトコマ」的な立ち位置の話になってます せっかくなので本編に巻き込みました
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