寝ても覚めても迷い子で
03:苦さ控え目、甘さは倍増
久し振りの朝日奈邸――で、ある。
まどかちゃんたちに私たちの関係をご連絡してから二週間。他のキャストたちには順次伝えていこうという結論に落ち着いて、今は次の公演に向けた準備中だ。公演が始まれば余計な(あえて余計な、と言わせて頂く)ことを考えている余裕なんてなくなる。私だって衣装が忙しい。その辺の線引きはきっちりしようね、というのは双方合意の上で決まったことだ。
とは言え一応は恋人関係なので、朝日奈響也の彼女なんていう素敵な肩書きを利用して今日は響也くんのお家にお泊まりの予定だ。いつ来ても大きい邸宅であらせられるその家の門をくぐって中へ。朝日奈一家が暮らしていたこの家に今暮らしているのは響也くんだけ。私やまどかちゃんも一人暮らしだけど、響也くんはちょっとそういうのとは事情が違う。だってここは――実家だ。ご両親と暮らした思い出のある。
けれどその辺に突っ込まれるのは恐らく響也くんもあまりいい気分じゃないので私も特に何も言わない。ここは朝日奈響也の家、それ以上それ以下でもない。
「と……まあ、いいこと言った感じにしたのはいいんですけど、」
家主不在のリビングでひとりごちる。響也くんは自室に荷物を置きに行ってしまったのでリビングのソファーに座って待っていようとしたのだが、ええと……ソファーって、どのあたりにあったっけ?
いちゃつく前に片付けからだな……と溜息を一つ吐いて、かしゃりとスマホのカメラで悲惨な光景を撮影して無言で蒼星くんに送りつける。秒速レス。――徹底的にやれ。
「?」
「響也くん、蒼星くんから伝言」
「え……えぇっ……」
Tシャツに着替えてきた響也くんは私の一言に震え上がる。流石の彼もそれが何を指し示しているかくらいは理解していた。そういえば蒼星くん、先週と今週は新しい予算案の組み上げがあるとかで忙しかったんだっけ。響也くんの片付けが滞るのも頷けるというものだ。
「い、今から?」
「じゃないと私明日には腰が死んでるでしょ。大丈夫響也くん、使ったものを棚に戻すだけでも劇的ビフォーアフターだから」
「……ハイ」
そもそも響也くんが最初から使ったものを元に戻せばここまで散らかることはないはずなんだけどな……って私も蒼星くんもいつも言っているのに改善される気配がまるでないので、もう響也くんに整理整頓という言葉を期待することがまず間違っているのだろう。
床が見えたのは日付を越える少し前のことだった。
すっかりバテた響也くんをその辺に転がして、私はアイスティーを二人分作って片付いた机に並べる。紅茶に反応して起き上がった響也くんはまるで大型犬のようだった。
「もうに住んで欲しい……」
「家政婦か私は」
「そういう意味じゃなくて! ほら、となら片付けも楽しいから……みたいな?」
「次からは蒼星くん持ち込み可にして」
「わあああごめん! ごめんって! 次からはちゃんと片付けるから!!」
そのセリフ、私と蒼星くんはもう何度も聞いているのだけれど一向に達成される気配はないので信じる余裕もない。まあ流石に大人げないな、と思ったので冷たいアイスティーを嚥下すると私は机の下で響也くんの足を軽く蹴った。
「同棲は別に、大歓迎なんだけどなあ」
「えっ」
「じゃあ私先にお風呂もらいまーす」
「っ……ちょ、ちょっと! 詳しく! ああもう……待って俺も入る!」
温泉とは違うんだぞ! と言いたかったが朝日奈邸のお風呂は私のマンションにある浴室の倍くらい広いので、結果的に私はそのだだっ広い浴槽にて響也くんに後ろから抱き締められる形で浸かる羽目になってしまった。やっぱり大型犬感が否めない。かつてクラウンという名前のゴールデンレトリバーを飼っていたと言うし、ペットは飼い主に……じゃない、逆かこの場合。飼い主もペットに似るのかもしれない。
「で?」
「ええと?」
「、本当にこっち住めばいいのに」
「うーん……でも、これ以上響也くんを摂取したらずぶずぶになっちゃいそうな気がするから」
ぱしゃっと湯船のお湯を掬って顔にかける。響也くんは背後にいるので顔は見えないけれど、どうやらちょっとくらいはどきどきしているらしい。心臓の音が、すこし速い。
「……っていうのが本音で、建前もあるけど、聞く?」
「普通逆じゃないか?」
「響也くんの前でくらい素直でいようかなあと思って。……で、まあ真面目な話ね、ここからだと職場に行きにくくて。電車乗らなきゃ行きにくいし、定期も作ってるからさ。車通勤やめたしねー」
「ああ……確かにそれは、そうだな。建前云々は置いておいて、は本業あるし。俺もちょっと軽卒すぎたよ、ごめん」
「ううん、嬉しかったからいいよ。それにほら、こうやって休みのときに泊まりに来る方が特別感あるし……なんてね?」
ちょっと恥ずかしいなあ、なんて思いながら腕を伸ばせばくいっと肩を引き寄せられた。唇が触れ合って、火照った響也くんの顔が視界いっぱいに広がる。
「響也く、」
「そうだな、特別感あるって俺も思う」
結局温泉じゃなくて家の風呂でも響也くん、同じようなことやるんだよなあ……なんて考えている間に彼はひょいっと私を浴槽から持ち上げて、気付けばぽふんと綺麗に整えられたシーツに投げ出されていた。
2017.07.27 柿村こけら
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