寝ても覚めても迷い子で

04:新作と知識欲

 脚本できました! と高らかに告げながら分厚い冊子を配るまどかちゃんの目の下にはくっきりと黒いクマ。人のこと言えた立場じゃないけど睡眠はちゃんと取った方がいいんじゃないかな……なんて思いながら彼女に渡された脚本を見る。タイトルは「Rising」。表紙を捲ったところにあるキャストリストはまだ空白で、これから決めていく。
 さて、と空気を切り替えたのは響也くんだ。私もボールペンを片手にじっと彼の方を見る。仕事は仕事。私情は挟まない。
「まどかが今回書いてくれたのは新選組をテーマにしたホンだ。池田屋への御用改め――新選組が名を上げるきっかけになった事件だな。これを中心にして史実を元にした作品だ」
「新選組を題材にした作品は数多くありますが……主役は王道に近藤勇。それから、沖田総司です。池田屋については……ええと、皆さんご存知ですか?」
「……まだ小さい組織だった新選組は、見廻りのために部隊を二つに分けていた。近藤組と土方組に分かれて不逞浪士の取締りを行っていたその日、池田屋に向かったのが沖田もいる近藤組……というところで、いいか?」
「流石伊織くん、詳しいね。そういうことで、二幕を池田屋メインに描きました。対して一幕ではまだ有名でなかった頃の新選組の日常を描き、二幕との対比を色濃くさせたいと思っています」
 新選組と言えば、まず想起されるのが浅葱色のだんだら羽織だろう。とりあえずあれがあれば新選組というイメージは根付く。問題はキャラクターごとにいかに服の差を出すか。普段と違って史実を元にしているから極端な差をつけるのは難しい。その辺は私と陽向くんの腕の見せ所だ。
「あんまり詳しくないんですけど、池田屋って大物がいたからそれを捕まえた新選組は有名になれたってことだよな? でもなんで小さな組織の新選組がそんなところに行けたんだ?」
「先読みしてたから、かな。当時の新選組は近藤勇をトップに据えたばかりで不安定なところも多かったんだけど、成果を出さないと生きていけないからね。そのために地道な諜報活動をして、その日に密談が行われることを突き止めたの。出世のための手土産にぴったりなところを探してた……とまでは、言わないけどね」
「おねーさん、詳しいね! 日本史選択だったの?」
「ううん、そんなことはないけど……」
 新選組がいるジャンルは必修科目みたいなものだ。てへっ。
 とは言わずに濁しておく。
 それで配役は? と仁さんが言ったところで、視線は再びまどかちゃんから響也くんへと戻った。
 まどかちゃんが当て書きで脚本を書いた場合、当てられたキャストがその役を務めるのがほとんどだ。でも今回はそうではないので完全にオーディション方式となる。もちろんまどかちゃんの希望があれば考慮はされるが。
「オーディションは三日後にしよう。それまでに各自台本を読み込んで、自分なりの役作りをしておくこと。じゃあ……それ以外の演出とか、チームごとに集まって作業開始!」
「了解! おねーさん行こっ」
「うん、陽向くん」
 昴くんと仁さんが早くもレッスンルームへ移動するのを尻目に、私と陽向くんは縫製室へ向かう。スケッチブックを取り出した陽向くんは、台本片手にさらさらと鉛筆を動かし始めた。私もホンを捲ってはセリフと展開を確認する。培ったものがあるとは言え、これはまどかちゃんのオリジナル脚本だ。同一視はできないし、するつもりもない。
「にしても新選組ってことは、全員和服だよね。どうやって差別化しよっか……」
「あ、髪型もいじらなくちゃだね。新選組って武士の集団だからみんな髪を結ってるの。バンスとウィッグどっちがいいかなあ……」
「殺陣のシーンがあるならウィッグの方が固定しやすくて助かるかな。でも……そっか、じゃあみんなポニテになるんだね」
「ポニテとはちょっと違う気もするけど……」
 試しに考えてみる、ポニーテールの響也くん。……美人だろうなあと断定できた。
「おねーさん、今きょーちんのこと考えてたでしょ」
「えっ……」
「顔がね、違うんだよ。きょーちんのこと考えてるおねーさん、すごい幸せそうなの。見てるボクも『あーおねーさんたち、ラブラブなんだなあー』って思うような、さ」
「……なんか申し訳ない」
 流石に浮かれていた。
 線引きはちゃんとしようと、決めていたのに。
「ううん、いいの。この前……おねーさんと旅行行く前のきょーちん、すごく辛そうな顔してたことがあって。きっと何かあったんだろうなって思ったけど……解決したでしょ? 原因はおねーさんだったのかもしれないけど、何とかしたのもおねーさん。そういう関係ってイイなあって、ボク思うんだよね!」
「ありがと、陽向くん」
 気を遣わせてしまったなあ。私もまだまだだ。そんなことを陽向くんに気付かれないように思って、そっと首に手を遣った。自分では鏡がないと見えない痣。それに甘え過ぎてはいけないと解っていたはずなのに。
「……よっし! デザイン頑張ろっか、陽向くん!」
「もっちろん! サイコーの衣装仕上げるのがボクたちの仕事だからねっ、おねーさん!」



2017.07.28 柿村こけら

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