ぼくだって恋くらいする

06:そんなきみは知らない

 ちぇ、と舌打ちを零して戦闘を離脱する。黒トリガー持ちの人型近界民はかなりムカついたしここで殺した方が得策だ、そう思ったけれど風間さんの指示とあらば仕方ない。歌川と目配せしてカメレオンで姿を消し、そのまま本部に戻る。風間さんと違ってトリオン供給機関が破壊された訳ではないから戦闘体の再構築に時間が掛かることもない。一時撤退、そういうこと。
「お帰りなさい」
 風間隊の隊室に戻ってすぐ三上先輩がそう告げる。私服の風間さんはモニターから顔を上げてぼくたちを見た。
「よく戻った」
「いえ。こちらこそすいません」
「攻撃手は分が悪いんじゃ仕方ないですよねー」
 口ではそう言っておくが、内心まだ物足りないと思っていた。あの黒トリガーにブレードは効かない。銃系のトリガーを持っていないぼくたちじゃ勝ち目がないのは事実だけど、それでも風間さんをバカにされてまで黙っていることは出来なかったし、したくなかった。

「状況は?」
「さっきの黒トリガーは移動中みたいだけど、街中のカメラも結構壊されちゃってて正確な位置は追えませんね。後は……本部から太刀川さんが新型討伐に向かいました。玉狛支部がC級隊員を援護して基地に向かっていて、それから……出水さんたちが人型を一人撃破したみたいです。嵐山隊は市民の避難を引き続き行ってますね」
「良くもないが悪くもない、といったところか……俺は戦闘体の構築に時間が掛かる。何かあったらすぐ出られるよう、おまえたちは準備しておけ」
「了解です」
「はーい」
 どさりとソファに腰を下ろして髪を解く。耳に髪が掛かる感覚にはすっかり慣れたけど、さっきまで戦闘体勢だったからかちょっと落ち着かない。……大丈夫。ここで負けるようなぼくたちじゃないし、さっきの借りはいつか返す。
「どこか加勢した方がいいところはあるか?」
「うーん……今のところ戦力が均衡してるみたいですし、急いで行くよりは少し待った方がいいかもしれません。敵の狙いはC級隊員たちを捕らえることのようですから、相手方を駆逐するのはC級の子たちが基地に入ってからで――はい、こちら風間隊三上です!」
 三上先輩の会話を打ち切ってオペレーター通信室から回線が接続される。どうやら本部基地内全体回線のようだった。三上先輩が通信に集中するのを横目に歌川がモニターを起動した。ふ、と空中にいくつものモニターが浮かんで基地の内部を映し出す。
「はい……えっ、そんな……! 待ってください、音が……きゃっ!?」
「どうした三上!?」
「か、風間さん……大変です! さっきの黒トリガー……基地内に侵入してきました!」
「何だと!?」
 その言葉に飛び起きる。寝転がってる場合じゃなかった。基地内の職員は護身用のトリガーを持っている人もいるけれど、本部基地はそもそも侵攻される前提に作られていない。だから――攻め込まれたら脆い。避難誘導は、退避先は。色々なことが頭の中でぐるぐると回る。

「歌川モニターどこ!?」
「待て、今出す……!」
 椅子の背を揺さぶるようにして歌川を急かす。切り替わったモニターはゆらゆらと揺れる黒トリガーの姿を映していた。廊下を歩きながら基地を壊している。トリオンで出来た壁は先日鬼怒田さんが補修したとか何とか言ってたけど、直接攻撃を加えられたら耐えられる訳がない。
「……! まだ人がいる区域の方に向かってる!」
 歌川がそう言うと同時に、三上先輩の回線に再びオペ室からの通信が割り込んできた。
『こちらオペレーター通信室です。黒トリガーを装備した人型近界民が基地内部に侵入しています。各職員はすぐにシェルターへの退避をお願いします! 手の空いている戦闘員は至急対応に当たってください! 繰り返します――……』
「この声……さん!?」
「知り合いか?」
「クラスメイトです。通信室所属の……風間さん。オレたちは応戦に向かいます。構いませんね?」
「……無茶はするなよ。ブレードは届かない」
 風間さんに頷き、ぼくたちは再びトリオン体に換装する。本部には出ていない隊員が何人かいる。銃系トリガーを持っている奴だっているはずだ。見慣れた風間隊の隊服に換装を終え、ぼくと歌川は隊室を出ようとした。

『ッ、先輩! そん、なッ、ぐ、あああああ!!!』
 通信回線から響く声。よく聞き分ければ、そこからはの声以外にも様々な声が入り交じっていた。叫び声、パソコンが倒れる音、絶叫。
「……?」
 口から零れた声は、ぼくのものじゃないみたいだった。通信室。オペレーターたちのいる、そこ。急がないと。

「あっ、おい菊地原!?」
 背後から歌川の声が聞こえてきたけれど、ぼくはそれを無視して走った。あいつの担当は避難誘導。バカ真面目にさっきもその放送を担当していた。それはつまり、がまだオペレーターとして通信室に残っているということ。あの声は、あの叫び声は。
「菊地原!」
「通信室がやられてる!」
 やっぱり自分の声じゃないみたいな声でぼくは叫んだ。本部の廊下を進んでいくにつれてどんどん破壊痕が派手になっていく。あの黒トリガーめ、人の本部を何だと思っているんだ。


 角を何度か曲がった先、到着したオペ室は酷い有様だった。パソコンや通信機器はぐちゃぐちゃに破壊され、あちらこちらにヘッドセットを着けたオペレーターが倒れている。血も出ていた。彼らは皆トリオン体ではなく生身の人間だ。腕を斬り落としてもトリオンは出ずに血が出て、死んでしまう。黒トリガーは存分に暴れ回ったのかもうそこにはいなかった。モニターに倒れ掛かるようにして気を失っているオペレーターたちは、一瞬の出来事に何が起きたのか解っていないようにさえ見える。
「……酷い」
 ぱき、とガラスの割れる音。一歩踏み出した足が窓ガラスを割っていた。そのガラスには血が付着している。
「風間隊歌川です。通信室に到着しました。人型はもう去ったようです。すぐに救護班をお願いします」
 歌川が司令室に連絡を入れているのを聞きながら、ぼくは部屋の奥、放送機器が整備された方に向かう。倒れているオペレーターたちを踏まないように。目視しただけだけど、多分もう死んでるなって人もいた。死んでいる、人。もう何も喋ることのない人。

、どこ」
 零れた言葉は、情けないトーンだった。ひしゃげた机をどけて、椅子を積み上げて、奥へ。ヘッドセットをした少女は、ぐちゃぐちゃになった一角に倒れていた。
「……?」
 オペレーター揃いのスーツに血が滲んでいる。ストッキングはガラスの破片が刺さり伝線していた。上から落ちてきたモニターに当たったのか、額からも血が流れている。身体を動かさないように気を付けながらぼくはの脈を確認した。とくん、とくん。かろうじて、生きている。
、おい、起きなよ。ってば」
 けれど閉じられた目は開くことなく、瓦礫の中でだらしなく倒れているだけだった。

「菊地原! そっちに誰かいたか!」
がいる。歌川、救護班どれくらいで来るの」
 緊急事態だと判断しているけれど、返した言葉は酷く落ち着いていた。歌川は目を丸くして、急いでぼくの方に来る。
「息は、」
「してる。詳しいことは解らないけどかなりやばいんだと思う。ねえ……これ、、平気かな、」
「……救護班に任せよう。今忍田本部長から通信が入った。黒トリガーを倒す作戦を思いついたらしい」
、あいつにやられたんだよね」
「ああ。でも大丈夫だ、さんは死なせない。早く戻って来られるようにあいつを片付けに行こう」
「うん」
 ヘアゴムを取り出して髪を結う。少しだけ聴覚が鋭くなる感覚。――あいつは、ぼくが倒す。




2015.08.17 柿村こけら


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