ぼくだって恋くらいする
07:じゃあ奪ってあげる
「どうします? こいつ。さっき通信室でこいつに何人か殺されてますよね?」
出た声は、自分のものとは思えないくらいぞっとするような低い声だった。
トリオン体から生身に戻った人型近界民は、ぼくたちに競り負けたことが余程悔しかったのか黒い瞳でぎろりとこちらを睨む。けれどそんなこと、どうでもいい。何ならぼくが殺したっていい。
「……捕縛しろ」
忍田本部長はぼくの殺気を見越していたのか、そう言った。ちぇ、と悪態を零す。それくらいで死んでいったオペレーターや、大怪我を負って気を失っているの仇は取れない。悔しい。風間さんをバカにしたことも、ぼくたちをバカにしたことも。全部ひっくるめて憎らしくて憎らしくてたまらなかった。
「菊地原」
歌川がぼくを見る。解ってる。今余計なことをするのは得策じゃない。ぼくは歌川と一緒に黒トリガーに近付こうとした。
すると突然、黒い窓が開いて女が現れた。その女の頭には黒い角。つまり、こいつも黒トリガー使いだということ。
「!」
どうやら女はこいつを回収しにきたらしかった。黒トリガーが女に向けて手を伸ばす。逃げられる訳にはいかない。だってこいつは、のことを、
「あら――ごめんなさいね」
ドッ、と黒い窓から針のようなものが出現し、一瞬のうちに男の腕を斬り落とした。女の方は最初からそれが目的だったと言わんばかりに告げる。回収を命令されたのは黒トリガーだけで、使い手の方は不要だと。
生身の身体からは血が零れる。さっきこいつが通信室でオペレーターたちにしたように。どばどばと流れる血は止まることなく、そうこうしているうちに女は窓の向こうに消えていった。黒トリガーの装着された腕を失った上に腹部にも攻撃を受けた男はその場に倒れ、動かなくなった。死んだ。そういうこと。
「なんてこった……仲間を殺りやがった」
「……救護班を呼べ。人型近界民を収容する」
「……いっ!?」
「こいつの角は未知のトリガー技術だ。分析出来れば次への備えになる。風間隊、そいつの所持品を調べろ」
「了解」
言って、忍田さんは去っていく。ぼくと歌川は血塗れになった男の死体に手を伸ばした。血、嫌いなのに。面倒だなあと思いながら発信器と、それから私物らしきものを並べる。こんなことしてる場合じゃないのに。でもぼくが焦ったところでオペレーターたちが治る訳じゃない。全部救護班任せだ。
死体の物色を粗方済ませたところで、担架を持った救護班がやって来た。オペ室の救護もしていたためか疲れている。何せ何十人も怪我をしているのだ。
「もう運んで平気ですか?」
「はい。解析出来そうなものは全部取ったので」
「解りました」
血塗れの死体を担架に乗せ、救護班は部屋を出て行こうとする。どうしようかしばしの逡巡。でも諦めきれなくて、ぼくはその背中に声を掛けた。
「あの……怪我したオペレーターってどこで治療受けてます?」
「軽傷の人は救護室だけど、何人かの重傷者はまだ手術中か、もしくは医療エリアの方にいると思います。名前まで解りますか?」
「……です。。十六歳」
「、……ああ、手術中となっています。第三手術室ですね」
デバイスから情報を引き出してくれた救護班に小さく礼をして、ぼくはその場の処理をするよう諏訪さんに告げる。手術中じゃ行ったって無駄だ。そう解っているのにどうして急がなくちゃなんて思うんだろうか。
「菊地原。行くか?」
「……うん」
歌川と一緒に瓦礫だらけの部屋を出て救護室方面に向かう。医療エリアは手術道具なども完備された場所だ。トリオン体から生身に戻って消毒を受け、廊下の椅子に座る。この扉の奥でが治療を受けている。
「珍しいな。菊地原がそんなに他人に興味持つの」
「……別に。最近よく話すから気になってるだけ、だし」
「そうか? でもさんも言ってたぞ。菊地原くんと仲良くなれて嬉しいって」
「は?」
手術中と赤く光るランプを見ながら歌川は話し出す。それはあの日、ぼくが断った夕飯の席でのこと。
「話せて嬉しかったって、ラーメン食いながら言ってた。おまえの迷惑になってないといいんだけど、って」
「なに、それ……」
きっとその言葉も、いつもみたいに申し訳なさそうな顔して言ったんだろう。簡単に推測出来る。
トロそうな女だな、なんて最初は思った。けど静かなのにきちんと聞こえてくる声がやけに耳に残って、オペレーターとしてはまだ半人前だってくらいなのに。どうして、ああもう、訳が解らない。
「ほんと意味解んない。なんでぼくが、あんな自虐女のこと、」
「……おまえなあ。自分で気付いてなかったのか」
「何を」
「オレとさんが喋ってると、オレの方睨んでるの。風間さんが迅さんと喋ってるときみたいな顔でさ」
「はぁ?」
ぼくが? 何で?
にそこまでしたつもりないんだけど。そう言ってやりたいのに、ぼくの口は何の音も出してくれない。赤いランプが視界の端でぼやける。訳解んない。何度も心の中でその言葉がぐるぐる回る。
歌川の無駄にでかい手が、ぼくの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。子供扱いされてるみたいでムカつく。そういうのはぼくより背が低い人にやってよね。三上先輩とか。
「大丈夫、さんはちゃんと助かるよ」
「どうでもいーし、そんなの……」
「どうでもよかったら泣いたりしないだろ、おまえ」
「泣いてないし」
「あーはいはい」
適当なこと言いながら歌川はブレザーのポケットからハンカチを出してぼくの顔に押し付けた。ハンカチがあっさり出てくるとか女子かよ。そんな悪態は外に出ることなく、ぼくの涙は歌川の水色のハンカチに吸い込まれていった。
2015.08.17 柿村こけら
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