シャングリラバーズ

03:甘美で苦渋、繊細な眼差し

「退院おめでとう」
 ぱーん、とクラッカーが一斉に鳴らされた。鳴ることが解っていたから驚きはしなかったけど、意外と音が大きい。飛び散った紙を風間がそそくさと片付けてくれた。
「残ったらタッパーに入れておくから、適当に食ってくれ」
「わ〜! 木崎ありがとう!」
 机の上に並んだ料理のほとんどは木崎が作ってくれたものだ。真ん中に鎮座するケーキなんてわざわざあたしの名前が入ってる。芸が細いというか何と言うか。
現在地、あたしの家。両親は市外に避難しているためあたしはマンションで一人暮らし中だ。たまに洸太郎の家に遊びに行ったりもするけど。あたしのリハビリが終わり、退院を祝して風間たちが復帰パーティーを開いてくれたのだ。木崎のご飯を食べるのも久し振りだし本当に嬉しい。怪我の功名ってやつ? いや、ちょっと不謹慎か。
「あ、そうだこれ預かって来たぞ。オペ室と開発室の奴らから」
「ありがと〜! うーん、結構休んじゃったし色んな人に迷惑掛けてるね」
「いーんじゃねーの。もう任務復帰すんだろ?」
「うん。南西地区の防衛を……木崎このアクアパッツァめっちゃ美味しい!」
「それは良かった」
 和洋中なんでもアリだなあと思いつつも机の上に並ぶ料理を少しずつ食べていく。食べ盛りの男子高校生と違って体重を気にしてしまう自分が虚しい。でもケーキは食べるけど。


どれ飲む?」
「マスカットサワー」
「ほらよ。風間は?」
「カシオレ」
「風間とカシオレの組み合わせ絶妙すぎでしょ……」
 といいつつもプルタブを片手で開けて缶から直接飲む風間の姿は男らしかった。飲んでるものはこの場の誰よりも可愛いのにな……と思いながら薄黄緑の液体をグラスに移してから嚥下する。洸太郎はビールを開けていた。

「いやさも普通に飲んでますけど未成年ですよね!?」
「そういう細かいこと気にしてるからスコーピオンに取られンだよ」

 コーラのペットボトルを手にした太刀川のツッコミが飛んでくる。いやいや太刀川、ボーダー隊員でも中身は大学生だよあたしたち。カシオレを喉奥に流し込みながら表情を変えずに風間が木崎の作ったおつまみに手を伸ばした。
「忍田さんに怒られても知らないっすからね俺」
「太刀川がチクらなきゃバレないって〜」
 ね、と言いながら太刀川のグラスに新しいコーラを注ぐ。彼はまだ何か言いたさげだったけど諦めたようで、三十分もすれば木崎の料理に舌鼓を打っていた。あたしも一応病み上がりなのでアルコールは控え目に、たまにお茶で薄めながら料理に集中した。しかしいい友人を持ったものだ。全員男なのがちょっと虚しいがボーダーというのはそういう組織である。オペ室にも仲良い子いるからいいんだけどさ。
 時刻が十一時を越えたくらいで、一度木崎が食器を洗いにいった。あたしの家だしあたしがやると言ったんだけど、使ったものは自分で片すのが彼の信条のようで譲ってはくれなかった。洗い物を終えて戻ってきた木崎と入れ替わりでキッチンに向かい、棚からケーキを取り分けるお皿を出す。
「洸太郎、ケーキ切って」
「おー、任せとけ」
 包丁を受け取って綺麗にデコレーションされたケーキを洸太郎がカットする。その頬はすっかり赤くなっていた。どうやら結構酔っているらしい。家はすぐ近くだから平気だろうけど。風間と違って童顔じゃないし。
 六等分されたケーキをお皿に分けて(最後の一切れは明日食べることにした)、グラスに飲み物を注ぐ。ソーダ割りのサングリアを作り始めた風間から漂う女子力は一体なんなのか。いや別に日本酒とかも飲むけどねこの人。一方であたしは新しい缶チューハイを開けて、洸太郎はもう何本目だか解んないビールを開けていた。木崎も何だかんだでちょっと飲んでる。太刀川のグラスにはサイダーを入れて、それから酔ってる洸太郎が音頭を取ってくれた。
「んじゃ改めて、の退院にカンパーイ!」
 グラス同士がぶつかって軽い音が響く。木崎の作ってくれたケーキはそりゃもう美味しかった。平和になったらレストランとかやればいいんじゃないかな。


「太刀川ー、太刀川起きて」
 日付が変わってお開きということになったのだが、いつの間にかソファにもたれかかった太刀川は爆睡していた。沢山食べたしお腹いっぱいで寝ちゃったんだろうか。まだ片付いてない机の上を見る。やっぱり結構な量を食べているようだった。
「つーか太刀川、何か顔赤くね?」
「それ洸太郎には言われたくないと思うよ……家に帰るまでの間に職質されたら負けって感じだからね今。でも本当に赤……ん?」
 ぽーっと熱を孕む太刀川の頬に触れる。風邪を引いている訳でもないのに頬は熱かった。
「風間、太刀川が飲んでたグラスどれだっけ?」
「これだな」
「ありがと」
 ちょっとだけ中に残ってた液体を飲み干す。サイダー飲んでたと思っていたけれど、どうやらどこかで入れ違いがあったらしい。これホワイトサワーだ。そんなに強い酒ではないけど耐性のない太刀川ならすぐに酔いが回ることだろう。あー、やっちゃった。こりゃ動けなさそう。
「どうした?」
「間違えて酒飲んでたっぽい。こりゃ起きそうにないね……」
「太刀川の家まで運ぶか?」
「いや、結構遠いし、玉狛とも逆の方向だし……あたしソファで寝るからさ、ごめん木崎、悪いけど太刀川をあたしの部屋まで運んでくれない?」
 風間だったらあたしでも運べたかもしれなけど太刀川を運ぶのは無理だ。高校生が朝帰りってのはどうなんだろうと思いつつも、食べ過ぎて寝ちゃったってことにさせて頂こう。
「何なら玉狛に連れて帰るが」
「いーよいーよ、距離あるし。それよりも洸太郎が結構酔ってるっぽいから家までちゃんと着けるか見てもらっていい? ごめんね」
「解った。諏訪の部屋はどっちだ?」
「案内するよ」
 木崎が太刀川を担ぎ上げて隣の部屋へ進む。なかなかに女の子らしい自分の部屋に木崎と太刀川がいるのはなんだかちょっと違和感があった。洸太郎がいてもかなり違和感あるけど。
 薄いピンクのシーツの上に太刀川を横たえてもらって、彼が寝ていることを確認してあたしは一度部屋を出る。グラスとお皿を流しに下げてから三人が帰っていくのを見送った。
「三人とも、今日はありがとう」
「いーんだよ。それより太刀川に何かあったら連絡寄越せ」
「じゃあ俺たちはこれで。おやすみ、諏訪」
「うん、おやすみなさい」
「じゃあ、また大学で」

 去っていく三人に手を振ってから玄関のドアを閉め施錠する。そのまま部屋に戻れば、すっかり寝ている太刀川がいた。けど上着を着たままだから暑そうだ。部屋は別に暑くないけど、アルコールが回っているせいだろう。
 パーカーのジッパーを下ろして、太刀川の身体からなんとかパーカーを剥ぎ取ろうとする。後で濡れタオルでも乗せておこうかなと思ったところで、格子状の目が開かれてあたしを捕らえた。
「……さん?」
「おはよ。太刀川間違えて酒飲んでたみたいで、今日はうちに泊まって……太刀川?」
さん、だぁ、」
 どさり。太刀川の身体がベッドから落ちる。床に毛足の長い絨毯敷いててよかった。頭を少し打ったけど大した痛みはなく、そんなことよりあたしにとって重要なのは太刀川の酔いがまだ醒めてないということだった。
「太刀川、まだ酔ってるみたいだし早く寝ちゃった方が……」
さん」
「たち、かわ、ってば、」
 ほぼ押し倒されるような状況に頭が上手く回らないのはアルコールのせいだろうか。大型犬みたいに顔を首と肩の間に埋めてくる太刀川に手も足も出なかった。引き剥がそうとしても体格差がある。あたしは風間より大きいけど、太刀川や木崎と比べたら小さいし力もない。
 太刀川の指があたしの髪を梳いて、それから瞳がふにゃりと緩む。そこに映ったあたしはどんな顔をしていただろうか。

さん、おれね、さんのこと、すきなんだぁ」
「まって、太刀川、だめだって」
さん、ね、おれ、」
――ぺろり。太刀川の舌先があたしの乾いた唇を舐める。それから口蓋を割って侵入した舌が唾を吸い取るように動いた。
 流されちゃ、だめだ。頭では解ってるつもりだったのに、太刀川の、普段は弧月を振り回してる指先がチュニックの下に入り込んでくるのを、あたしは拒むことが出来なかった。




2015.08.10 柿村こけら


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