シャングリラバーズ

04:首筋に星座を結ぶ

?」
 聞いてんのか、とノートであたしの頭を叩きながら洸太郎が言った。聞いてるのかと言われればまあその、聞いてなかった。てへ。

おまえどうしたんだよ、昨日飲み過ぎたか?」
「あ、うん、そうかも」
 病み上がりなのに無理しちゃったよね、と言うだけ言っておくけど、流石に付き合いの長いいとこ同士だ。洸太郎は言ってこないけど何かを察してはいるようで、あー、と短く唸った。
「何があったかは聞かないでおくけどよ、明日には復帰だろ。整理しとけよ」
「……うん。ごめん、ありがと洸太郎」
 それから洸太郎は自分の講義がある教室へ向かっていった。あたしは風間からもらったルーズリーフのコピーとレジュメを手に自分の教室へ向かう。
 いつもなら結構好きなはずの講義も頭をすり抜けていく。ああ、もう。ちゃんと単位取んないとだめだってのに。

――さん。
――ごめん、さん。
 そんな声が、何度も何度もリフレインする。


 昼休みが終わって化粧直すついでにトイレに行って携帯を確認する。特にメッセージは入っていなかった。落ちてきた睫毛をビューラーで上げながら溜息一つ。鏡に映った顔はそれはもう酷いものだった。クマとかめっちゃやばい。コンシーラーで隠し切れてない感じ。
 顔に掛かった髪を適当に払って溜息をもう一つ。ちらりと見えた首筋に残る噛み痕は、絆創膏では隠し切れなさそうで。仕方なく髪を元の位置に戻した。
 次の授業は風間も一緒だけど、風間にも何か言われそうな気がする。あいつら総じて勘が鋭いからなぁ。
 ていうかホント、どうしよう。ああもう。本部に行ったら太刀川に会うことは避けられない。でも明日からはあたしも復帰だ。私情を絡めることは出来ない。あーだこーだ考えている間に予鈴のチャイムが鳴ったのでメイクポーチをカバンに押し込んでトイレを出た。


 教室の後ろの方に座るとすぐに風間が隣にきた。丁度防衛任務が終わったところだったらしい。赤い双眸は黒板を一瞥してからあたしに視線を移す。
「おい諏訪」
「ん」
「……気付いてなかったとは言わせないぞ」
「何が」
「太刀川がおまえのことを、」
「……風間」
 それ以上は言わないで。目だけでそう言えば察しのいい彼は黙ってペンケースからシャーペンを取り出した。
 解ってる。気付いていて、無視をしていた。気付いていない振りをして洸太郎や風間の影に逃げていた。何でってあたしなんかじゃ太刀川の枷になる。邪魔になってしまう。年齢とかそういうのはどうでもよくて、ただの強さの話だ。今あたしがA級にいられるのは母数が少ないからだ。二年後、三年後、ボーダーの隊員が増えたとき、あたしはきっとB級に負ける程度の力しか持てない。今いる隊がA級だからA級隊員に名を連ねているだけで。そしてその程度しか能力のないあたしは太刀川の横に並ぶ訳にはいかないのだ。最強は常に最強である必要がある。
 そんなごちゃごちゃした思考のまま受けた講義はやっぱり頭に入らなくて、授業が終わってすぐ風間にぱこんと頭をはたかれた。


「……はー」
 深い溜息を一つ。ボーダーの本部基地を訪れるのは久々だ。あたしが怪我して入院してる間、あたしが面倒を見てた後輩は自主錬に取り組んでいたらしい。何度かお見舞いにも来てくれたけど元気なようだった。
「諏訪ー!」
「あっ、はーい!」
 名前を呼ばれて走り出す。トリオン体に換装する前に携帯を見たけど、着信はやっぱりなかった。




2015.08.10 柿村こけら


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