蒼穹に死す

02:適合者

「――本当にいるとはな……」
 男の口から白い息が漏れる。どうやら西洋煙管を吸っているようで、もう一度ふぅ、と息を吐くとまた白が零れた。
 すっと腕が上がり、男の手に小型の火縄銃のようなものが握られていることに私は気付く。その先端がリースベトを捕まえる化物に向けられ、男はにやりと笑って引き金を引いた。瞬間、バンッという砲撃の音が聞こえる。放たれた銃弾は化物の顔を貫通し、リースベトが地面に落下した。男はそれから攻撃の手を休めることなく次々に周囲にいた化物に銃弾を撃ち込んでいき、あっという間に全ての化物を倒してしまう。
「おねえちゃ、おねえちゃん……!」
「リース、怪我してない? 大丈夫?」
 駆け寄ったリースベトの背をゆっくり撫でる。そんな私の視界に、ざっ、と西洋靴の底で小石を蹴り飛ばして男が歩み寄ってきた。
「お前、名前は?」
「……
「そっちは? ジャパニーズではないようだが」
「リ、リースベト……おねえちゃんの、いもうとです……」
「リースは父さんが阿蘭陀人なんです。でも、母さんは私と一緒だから、ちゃんと私の妹で……あの、あなたは?」
 リースの身体を抱き締めながらそう問えば、男はまた西洋煙管に口をつけた。白い煙はなんだか良い匂いがする。何か調合しているらしかった。
 彼は黒い西洋の着物の裾が汚れることも気にせずに、しゃがんで私たちと目線を合わせる。じろじろと私たちの顔を交互に見遣って、それから服の中から卵のような形のものを二つ取り出した。
「まず、オレの名前はクロス。クロス・マリアンという。そんで……まァ、あれだな。お前たちを襲っていた化物を殺すのが仕事だ。ここに来る途中に村があったが、お前たちはあの村の人間か?」
「は、はい。あの……村は……?」
「AKUMAに完全に襲われてた。もう人間はいないだろうな」
「……アクマ?」
 聞き慣れない単語に聞き返せば、彼――クロスさんはああ、と短く頷いた。どうやらあの化物のことを指しているらしい。
「アクマっつってな、認識的には化物で間違いない。それで、あいつらを殺せる武器は決まっている。オレの場合、この銃がそれだ」
 じゃこっ、と彼は手にしていた武器を私たちに見せてくれる。十字架の施されたうつくしい銃は、なんだか神秘的だった。十字架は切支丹の象徴だし、彼もそうなんだろか?
「それで、オレにはアクマを殺すこと以外にも仕事がある。この武器は、使える人間が決まっていてな。使える人間を見つけると反応する。使える人間のことを適合者っつーんだが、仕事ついでにこの極東の島国にも適合者がいるんじゃねえかと踏んで探しにきたわけだ」
 クロスさんが手にしていた卵のようなものは、よくよく見れば淡い光を放っていた。卵の中身が透けて見える。彼の持つ銃と似た雰囲気を醸し出しているそれは、無闇に触れてはいけないようなものにさえ見えた。
 私はそう思ったけれど、どうやらリースベトはそうでもなかったらしい。彼女は「きれい……」と呟くと、卵のうちの一つに手を伸ばす。
「あっ、リース……!」
 しかしクロスさんは止めなかった。リースベトの手が卵を包み込む。すると、さっきまでよりも深い光が溢れ始めた。
「そっち、だったか」
「……!?」
 何が起きているのか解らずに私はクロスさんの顔を見た。けれど彼は何も教えてくれず、ただにやにやと笑っている。角度的に今まで見えていなかったけれど、よく見れば彼は赤い髪の下、右目の部分を白い面で覆っていた。
、お前はこっちだ」
「え?」
 リースベトが触れた方ではない卵をぐいっと私に押し付けた彼は、ほら、と微笑んでみせた。卵が私に触れた瞬間、それはリースベトのものと同じように光を放ち、辺りを眩く照らしていく。
 光が集束し、何をすればいいのか解らず戸惑っているとクロスさんは唐突に立ち上がる。
「行くぞ」
「え、ええっ? 行くって、どこに……」
「教団本部だ。悪いがお前ら二人に拒否権はねぇ。……お前たちは、適合者だからな」
 悪いが、と前置きしているけれど彼の口ぶりは一切合切悪いなどと思ってはいないようだった。
 呆気に取られる私はどうしたものかと手に残された卵と既に歩いていってしまっているクロスさんとを見比べる。いやだって、でも、何で?
 正直、いくら私が年端もいかない少女だからといって怪しくないと思わないわけもない。けれどクロスさんがアクマと呼ぶ化物を退治してくれたのは事実だし、戻ったところで母さんはいないし、アクマの巣窟となっているここ日本で私とリースベトが二人で暮らしていくことなんて不可能だろう。
――だったら、少しでも生き残れる可能性が高い方に賭けるしかない。
「おねえちゃん?」
「……行こう、リースベト。あの人に着いていくよ」
 リースベトのことだけは、私が何としても守る。この子を死なせてしまったら、阿蘭陀に戻っている義父さんに申し訳が立たない。
 歩き出した音を聞きつけたのか、クロスさんは立ち止まる。そして赤い長髪を揺らしながら、私たちを見てまたにやりと笑った。



2016.07.02 柿村こけら

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