蒼穹に死す

06:その世界は、極東に

「……こりゃまた大きい」
「ぼけーっとすんな。ったく、何でオレが報告なんざ……」
 師匠の手にはイノセンスが握られている。それはあの村で、井戸の底から見つかったものだ。イノセンスの力を師匠が抑えたことで眠っていた村人たちは目覚めたのだが、周囲の村との関係が悪化していることでもしかしたら廃村になるかもしれない、と師匠は推察していた。
 ここアジア支部に来て知ったことなのだが、師匠はとにかく報告・連絡・相談が嫌いであり、こうして本部や支部に来ることさえ珍しいのだという。へぇ、と師匠を見ていれば彼はじろりと私を睨み返して「何だよ」とぶっきらぼうに告げた。
「ったく、余計なことばかり言いやがって……おい、あっちにアジア支部のトレーニングルームがある。お前はそこで遊んでろ」
「遊……!?」
「アジア支部にはお前と同じ年頃のエクソシストがいるって聞いたんだよ。コミュニケーション取っとけ」
「コミュニケーション能力が著しく欠如してそうな師匠に言われても違和感しかないんですけど……」
 追い出されるように昇降機に突っ込まれ、私は仕方なしにトレーニングルーム、もとい修練場という札の掛かった部屋を覗き込んだ。そこにはあまり人がいなかったが、腰の曲がった老人と、確かに私と同じくらいの子供がいた。
「……あの、」
「見ない顔だけど……あなたもエクソシスト?」
「そうだろ。着てるのが団服だ」
 肩くらいまで髪を伸ばした子が素っ気なく告げる。髪を二つ縛りにした子の方は、リースベトよりは大きいけれど私よりは小さい。その子は「そっか」と言って、くりくりした目で私を見た。
「わたし、リナリーっていうの。あなたは?」
。えっと……」
「……神田だ。神田ユウ」
「えっ、あなたも日本人? 私もそうなの!」
 黒髪の子に手を差し出せば、彼は少し困ったような顔で傍らにいた老人を見た。老人はゆるく笑うと、「ああ」と頷く。代わりとばかりに私の手を握った老人は、私の目をしっかり見て再び微笑んだ。
「ズゥという。ここアジア支部の刀匠をしておる」
「とうしょう……刀鍛冶さん?」
「ああ。おまえのイノセンスも刀じゃな? もしイノセンスに傷がついたら、すぐここに来るといい。私が見てやろう」
 ズゥさんは皺の寄った手で私の刀に触れる。老人のような手であったけれど、彼の手はタコやマメが沢山できており、刀匠としての年期の長さを感じられた。
「そこにいる神田のイノセンスも刀じゃよ。おまえさんのイノセンスと違って、鍔がないがな」
 ちらりと視線が壁の方に投げ掛けられる。そこには鞘に入った細身の刀が置いてあった。どうやらあれがイノセンスらしい。
「宜しくね、えっと、ユウ」
「神田だ」
「さっき自分でユウって、」
「好きじゃねえんだよ、ファーストネーム。だから、神田でいい」
「……そう」
 ふいっとそっぽを向かれる。そんな私たちの間にひょこんとリナリーが顔を出すと、ねぇ、とちょっと笑った。
「神田って、女の子じゃないからね!」
「おいリナ、余計なことを」
「えっ、可愛いから女の子かと思った」
「……うるせ」
 ユウって、女の子でもいけそうな名前だったし。なんて思ったけどじろりと睨まれたので続けることはせず、私は目の前にあるリナリーの頭をそっと撫でた。リース、今何してるかな。ツインテールが揺れる。その髪の下にはガーゼが貼られており、どうやら彼女も任務で怪我をしているようだった。
 ねぇ、と続けようとした私を遮るかのように修練場のドアが開いた。大きな音にリナリーがびくりと跳ね上がる。後ろを見れば、そこには大層面倒そうな顔をした師匠がいた。
「おい!」
「ひゃいっ!?」
 どすどす歩いてきた師匠に襟首を引っ掴まれて声が裏返った。痛い痛い。絞まってる。そう訴える前に師匠は不機嫌そうな顔して私のイノセンスを指差した。
「そいつの名前、今考えろ」
「名前?」
「オレの『断罪者』みたいなヤツだ。報告書に書けなくて困ってんだよ。五秒で」
「横暴過ぎますっ! え、えっ、名前って、え〜……」
「あと三秒」
「師匠の鬼!!」
 言ってる場合じゃない。ええ、もうどうしよう……と思いながら鞘からイノセンスを抜く。そこにあるのはふかい青空のような色をした、うつくしい刀身。神様から与えられた武器。凛としたそれは、磨き上げた鏡のように光っている。
「……青くて、凛としてて……それで、きれいで……」
「じゃあもうそれでいいだろ」
「あお……んん、青凛。――せいりん」
 口から零せば、その音はひどく馴染んだ気がした。すとんと、落ちるところにすっぱり落ちたような。これ以外に合う名前なんてないくらいに、綺麗な音だと思ってしまった。
 師匠は私の襟首を離すと(尻餅ついた)、来た道をすぐに引き返してしまう。着いて行った方がいいのか迷っていると、ちょっとだけ立ち止まった彼はくいくいと指を動かした。こっち来い、のポーズ。
、行くの?」
「うん。またね、リナリー! 今度はリナリーのイノセンスも見せてね!」
「もちろん! わたしのイノセンスもきれいだから!」
 ぶんぶんと手を振るリナリーの奥で、彼は自分の刀を手にちらりとこちらを一瞥する。女の子みたいに綺麗な髪。けれど切れ長の瞳は、よくよく見ればしっかり男の子だ。
「――ユウも、またね!」
「神田だっつってんだろ!!」
 息を荒げる少年に手を振って、私は青凛を片手に師匠の背を追いかけた。



2016.07.03 柿村こけら

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