蒼穹に死す
07:並び立つ聖者
『、そっち行ったぞ!』
通信ゴーレムから飛んでくる声にオッケーと返して私は煉瓦を蹴って空中へ。飛んできたアクマにタイミングを合わせるように刃を置き、突撃してきた勢いで一刀両断。アクマの残骸が眼下の街に降り注ぐ。そのパーツは雪に埋もれて見えなくなった。
「ポイントBで合流する?」
『ああ』
短い応答の後、ゴーレムは沈黙する。私は着地した建物から下に飛び降り、待ち合わせの街灯に向かった。そこには既にコートの裾を雪の上で揺らす姿がある。
「ユウは何体?」
「五体だ。あとユウって呼ぶな」
「いいじゃん、減るもんじゃないし。ていうかカンダよりユウの方が一文字少ないんだもん」
「聞かねえ奴だなお前は……」
はぁ、と溜息を零すユウの背中をばしばし叩きながら歩き出す。彼とアジア支部で初めて出会ってから五年。同じ位だった背丈はすっかり伸びてしまい、私はユウを見上げる形で歩いている。これでもヒールを履いている分差は縮めているつもりなんだけどな。彼と似通っているのは髪の長さくらいで、イノセンスとのシンクロ率も、体術の動きもユウの方が上だ。ちょっと悔しいけれど、そこは男女の差もあるのでどうしようもない。
エクソシストとして活動を始めて五年の間に色々なことがあった。まず、師匠が失踪した。いや、あの人のことだから多分長期の任務に出ていて戻ってこようとしないだけなんだろうけれど。それでも弟子の私に連絡の一つくらい寄越してもいいような気はするが――しかし、クロス・マリアンは報告連絡相談が嫌いな男であるので仕方がないと割り切るしかない。まあ、連絡がないだけならいいんだけどね。便りがないのは良い知らせとか言うし。
「そういやお前、この前街中で変なオッサンに追っかけられてなかったか? どうしたんだアレ」
「あぁ、あれは借金取りだよ」
さらりと言ってやるとユウは「うわっ」という顔で私を睨んだ。エクソシストは結構高級取りで、かつ食事は本部の中にある食堂で摂ることができるので浪費先などあったもんではないが、一部例外がいる。まあその例外とは私の師匠だ。
「私の借金じゃないよ。師匠が各地でツケを溜め込んでて、連絡先で私のことを書いて逃げるから私に回ってくるだけ」
「お前、それいちいち払ってんのか?」
「……それについては言及しないでほしい」
先日桁が一つ上がったところだ。
今後師匠が新しい弟子を取るかどうか解らないけれど、もし私の弟か妹弟子になるエクソシストがいるのであれば是非「借金に気を付けろ」と言ってやりたい。大体あんな高いお酒ばっかり飲んでるからお金かさむんだよ! と言ってやりたいところだけれども師匠は不在だし、そもそも師匠相手にそんなこと言おうものなら飛んでくるのは断罪者の弾丸だ。歳を重ねる度に彼は私の扱いを雑にしていく。
列車に乗って本部まで戻った頃には雪が止んでいた。結局今日もイノセンスの収穫はなしで、私はユウと二人、報告をするために室長室へ向かう。そこではリナリーがコーヒーをいれているところだった。
「あ、お帰りなさい二人とも。コーヒーいる?」
「いるー」
「俺はいい。おいコムイ、終わったぞ。イノセンスはなしだ」
「そう、了解。……アクマ退治分の報告書は後ででいいや。神田、それから。立て続けで悪いんだけど次の任務に行ってもらえるかな? 場所はオランダで、探索部隊と、それからもう一人エクソシストが一緒だ」
リナリーから受け取ったコーヒーを啜りながらコムイを見れば、彼はじゃっと地図を引き出して指し棒でぱすぱす地図を叩いた。オランダの一か所に赤い印がついている。
「すみません、遅れました! あれ、お姉ちゃんも一緒なの?」
「うん。今回はね、探索部隊の救出がメインなんだ。説明するとだね、派遣した探索部隊が帰ってこない。どうやら異空間みたいなところに閉じ込められてしまったみたいで、提示報告も何もないんだ。かなりの人数が疲弊している可能性もあるし、リースちゃんには探索部隊の治療をお願いしたい。リースちゃんの護衛と、それからイノセンスがあるかどうかの確認を二人にはお願いしたいんだよね」
にこ、とプラチナブロンドの髪を揺らしてリースベトは笑う。そんな彼女の胸元には変わらずクローバーのネックレスが光っていた。
「お姉ちゃん、神田さん、宜しくお願いしますね」
「お前と違って他人の言うこと聞けるあたりいい妹だな」
「ちょっとユウ、三言くらい余計なんですけど」
そんな私とユウのやり取りを見てリースベトは唇を緩めた。
攻撃的な私のイノセンスと違い、彼女のイノセンスは治療に特化したかなり珍しいタイプだ。何の攻撃性もない代わりに、他者の傷を完全に治すイノセンス。「福音の四葉」と名付けられたそれは、まさに幸せを運ぶ力。ただ科学班の見解によると、そんな都合の良すぎる力は存在しないだろうとのことで。知られていないだけでリースベトは何らかの代償を請け負っている可能性があると言われている。
姉としては、あまり無茶して欲しくないんだけれども。それを言ったら言ったでリースベトから「妹としては、お姉ちゃんにあんまり無理して欲しくないな」と言われる始末だ。
私とユウ以上に、私とリースベトは似ていない。一応血を分けた姉妹であるけれど、似ているのは目元くらいだ。リナリーに言わせれば性格も似てるよ、とのことだけど、おっとりして物静かなリースベトの性格が私に似てるとは考えにくい。
「じゃ、そういうわけで。準備ができたらすぐ出発してくれ!」
「了解!」
「了解」
「はいっ!」
コムイが地図をしまうのを尻目に、私たちは室長室を出た。
2016.07.03 柿村こけら
Prev / Back / Next