ステアリングウィズレイン

03:痛まない心なら捨ててしまえよ

 ハナチルサト城は闇夜でも目立つ白塗りの大きな城だ。城門の前には屈強そうな兵士が二人、侵入者を許すまじとばかりに立っている。辺りの調査を終えた私と三郎は木陰から様子を見守っているが、他の組が城内に侵入した様子はない。
「やっぱり一番だったか」
「よく言うよ。三郎だってスタート飛ばしてた癖に」
「おあいこだろ。お前の先が読めない走りに付き合わされる私の身にもなってくれ」
 呆れたように三郎は溜息を吐く。そんなに私のスタイルに文句があるなら三郎だって私と一緒にいけどんマラソンに付き合えばいいと思うのだが、体育委員でもないのにわざわざ七松先輩と走ろうなんて猛者は今のところ私だけである。残念、体力作りにはこれ以上ない鍛錬なのに。
「あの暴君に付き合える馬鹿はお前ぐらいだろう……そんなに動きたいなら作法じゃなくて体育に入れば良かったのに」
「本来の戦闘スタイル的には作法のままでいいんだよ。体育じゃ接近戦と言っても体術を重視するし、力じゃ勝てないからね」
「……ま、そりゃ正論だな」
 私のことをよく知っている三郎は言う。と、ちょうどそのとき、後続の組がやっとこさここまで辿り着いた。木の上にいる私たちには気付いていないらしく、一番に着いてしまったと思って後悔しているようだった。
 同じ青紫色の忍装束を纏う彼らは、仕方ないと言った風に周りを確認して城の裏口に回り込む。そうこうしているうちにい組とは組の部隊も到着したらしく、彼らに続いて城内への道を突破しようとしていた。
「……よし、行くぞ
「了解!」
 何組かが先行したところで、私たちも続くことに決めた。
 私たちもそろそろと木から下りて城への道を隠れながら走る。到着した時点で割り出しておいた隠れ道を使った忍たまはいなかったらしく、まだ誰の足跡もなかった。この隠れ道は恐らく万が一のことが起こったときに城主が逃げるためのものだろう。
 故に、この道は場内の重要な場所に繋がっているはずだ。
「……いきなり城主にご対面、はないよねえ」
「無駄口叩いてないでさっさと歩け」
 歩けと言っても匍匐前進だけど、と心の中でぼそっと呟いて、三郎の後をのそのそと追う。急勾配は滑り降りるためのものだろう、傾斜がきつい。途中までクナイで体勢をキープしていたが、先に上がり切った三郎が鍵梯子を提げてくれたので、それに掴まりながら一気に駆け上がる。
 しかし、私たちを待っていたのは予想とは違う城内の光景だった。
「……え?」
「っ、なんだよこれ……」
 物陰に潜みながらちらりと見た城内。そこにはきっちりと鎧を着込んで武装した兵士たちが何十人もうろうろしていた。これでは移動もままならない。
「探せ……忍びが……」
「どこの城の……」
「今知られたらまずい……」
 聞き耳を立てればそんな言葉が次々に聞こえてくる。もう少し警備が緩んでいるという想定だったが、声を聞くに侵入者が見つかり、警備レベルが上がっているのだろう。
「くそ……どこかの班が見つかったか」
「みたいだね……どうする三郎。天井裏を行く?」
「いや。よく見ろ、部分的に天井板が外されている。どこの班だかは知らないが天井裏にいたところを見つかったのかも知れないな」
 忌々しそうに三郎が舌打ちをする。せっかく一番に着いていたのだから、こんなことになるならば先に侵入するべきだった。
 悔いても、仕方ないけれど。
「密書がどこにあるかは解らないんだよね……でもこの課題、密書より城内のからくりの配置や仕組みの方が知りたいはずだから、そこを抑えつつ進んでいけば赤点ってことはないでしょ」
「まあ最悪補習だな……死ぬよりかは何倍もマシだ」
 三郎がやれやれと言った風に告げる。その顔を覗き込んで、私は挑戦的な笑みを彼に向けてやった。
「……諦める?」
「まさか! この私を誰だと思ってるんだ」
「変装名人、腕は六年をも凌ぐと言われる鉢屋三郎でしょ。仕方ない、正面突破にしようか?」
「前は任せたぞ、突撃隊長」
 お互いの心うちなんて解り切っている。私も三郎も負けず嫌いなんだから、諦めるなんて選択肢はないし、任務を中途半端に投げ出すなんてするわけもない。
 了解、と三郎に小さく返して、私は懐から寸鉄を取り出して指に嵌める。寸鉄の扱いは兵助の方が断然上手だけれど、私だって伊達に修行を積んではいない。中指を動かし、遊びの部分でくるりと寸鉄を回して、たん、と床を蹴って廊下に躍り出た。
 忍者としては姿を現すなんてあまり褒められたものではないけれど。私のスピードなら重装備の兵士を撹乱することくらい余裕だ。
「っ……!」
 まるで、荒れ狂う獣のように。
 勢いをつけて敵陣に飛び込んだ私は、鎧の隙間ににぶすりと寸鉄を刺しては引き抜く。死にはしない場所を狙いながら思い切り飛び上がり、反動で壁を蹴りながら前へ進んだ。騒ぎを聞きつけて来たのか別の兵士がぞろぞろと現れる中、小さな矢羽音で三郎が後は任せたと私に告げる。
 多対一。普通に考えたら勝機はないけど、この程度の危機を乗り越えられなくては六年生になんてなれるわけない。私は天井を足場に一回転し、一際大きな兵士の頭を捕まえて空中で足を振り抜いた。鎧を着込んだ兵士たちは私の動きに追い付けず、更に狭い城内で槍なんて持ってるものだからこちらへ攻撃することも叶わずに自滅していく。
「よい、しょ、っと!」
 目の前にいた最後の兵士を蹴り飛ばしたが、一息吐く暇もなく廊下の奥からこれまたきっちりと鎧を着込んだ兵士が現れた。舌打ちを一つ零し、私は口元を覆う頭巾を上げ直す。
「先程捕らえた忍びの仲間か!」
「……!」
 なるほど、どうやら先に侵入した同級生たちは捕縛されたらしい。が、仲間かと聞かれてもなんとも言えなかった。確かに五年間肩を並べて学んだ間柄ではあるが、この実習はコンビ戦、なので私の仲間は三郎だけだ。非情かもしれないが、捕まったのは彼らの認識の甘さによるもの。助けてやる義理はない――というか、助けに行く余裕はないし、そんな甘いことを言っていたら先生にも叱られる。
 五年間、忍者になるために生きてきた。
 それはつまり、取捨選択の大切さをしっかり学んできたということ。もちろん私だって助けられるものなら助けたい。でも、六年生の数が私たちより少ない理由を理解している以上、私はここで誰かも解らない同級生を助けにいくことはできない。……それに捕まった方だって、それを理解しているはずだ。
「っ!」
 兵士の一人が袋槍を片手にこちらへ突進してくる。私はすぐさま手のひらから糸をほどいて槍を絡め取り、勢いのまま兵士を転ばせた。私が実践慣れしていることを悟ったのか、相手方は距離を取って中々近付こうとはしない。戦わないならその方がいい。私の仕事は三郎が密書を確保するまでの時間稼ぎをすることだ。
「構わん! 数で囲めば相手は一人だ!」
 司令塔らしい男が手を振って合図する。それに気押された兵士が数名、縄やら槍やらを手に一歩前に出た。追い込まれては勝ち目(この場合、私が上手くこの場を切り抜けられて三郎と合流したら勝ち!)はない。距離を取りながら寸鉄を手の内で遊ばせるが、三郎が来るまではここを抜け出せないのだ。私の方に兵士が集中していれば、三郎の方が手隙になる。
 とは言え、早くしてと思ってしまうのは仕方ない。私だって自分の命を懸けてここに留まっているんだし、あの梅干しを最後の晩餐とはしたくないからだ。まだまだ食べたいし、学園に戻ってはちの顔も見たいし!
「っと……!」
 三郎が去ってからどれくらい経っただろうか。彼はもう密書を手に入れられただろうか。もう来た道を引き返してくれているだろうか。流石に私も息が切れてきて、これ以上この場を持たせるのは厳しくなってきた。倒れたらおしまい。早く、と心の中で三郎に祈る。もう、時間がない……!
「うおおおおおっ!!」
 鉤縄を振り回しながら突進して来た兵士の足を絡め取って転ばせながら、私はキッと相手方を睨み見る。警戒を解いてはいないが、向こうだって私が疲弊していることに気付いている。そろそろ屋根にでも移るか? 近くの窓を見ながら考えたところで。
「――!」
 矢羽音だ。この場で私を呼ぶのなんて、一人に決まっている。咄嗟に振り向けば、物陰から雷蔵のヘアピースが揺れている。どうやらしっかり密書は手に入ったらしい。となればここで時間を稼ぐ必要なんてなくなる。背を向けて逃げ出すのは信条に反するけど、私は糸を壁から回収してくるりと三郎の方へと引き返そうとした――その、瞬間。
 足元に転がっていた、倒したはずの兵士が私の足首をぐっと掴んだ。
 完全に油断していた。倒れたままだと思い込んでいたけれど、どうやらこれを狙っていたらしい。失速できずに床に転んだ私を兵士が抑え込む。油断は厳禁なのに、もうどうしようもない……!
「ッ!」
「――死ね!」
 振り上げられた短刀がぎらりと光る。相手の動きに合わせてぐるりと身体を捻るが、短刀の直撃は避けられず、ブスリ、と鈍い音が響いた。
――刃が刺さったのは、太腿だった。
 鈍色の刃が肉を断ち、忍装束を赤黒く染める。一撃で死ぬような場所に刺さらなかっただけマシと見るべきか。狙いが外れて狼狽えたらしい兵士の隙を突くように、こちらも寸鉄を構え直して相手に拳を突き出した。寸鉄を抜いた箇所から血が吹き出て、男は声もなく動かなくなる。……咄嗟のことだったから、狙いを定めることもできなかった。力の抜けた身体を押し遣って、私はよろよろと立ち上がると走り出した。走りながら、私は短刀の刺さったままの太腿を見る。今これを抜いたら血が止まらなくなるだろうから、抜くのはやめておこう。
 後ろから兵士たちが追いかけてくるのが解ったが、もう対峙する必要はない。三郎のところに辿り着けば、太腿を見た彼は思わず声を上げた。
!!」
「さぶ、ろ……」
 足を止めた三郎は、私の肩を持ち上げると軽々と抱きかかえた。走りにくいだろうに気にもせず、三郎はそのまま城の外へ向かう。体勢が変わったからか太腿に鈍い痛みが走り、思わず眉根を寄せてしまった。三郎はそんな私を一瞥し、また「、」と名前を呼んでくる。
「三郎、今は……、だよ、」
「そんなことを言っている場合か……! 密書は手に入れた、さっさと戻るぞ!」
 珍しく慌てている三郎は、私を抱えているにしては随分と素早く廊下を走り抜ける。やがて入ってきたときに使った緊急用の脱出口を滑り降りて、私たちはなんとか城の外へと無事に出ることができた。
 その安心感からか、それとも出血による衝撃からかは解らないが、まぶたが重くなってくる。
「ごめ……三郎、ちょっと、休ませて……」
「私が運んでやるから安心しろ、寝てて構わないよ」
「ん……じゃ、そうするね……ごめん、ね、」
 それだけ告げて、私の意識は遠く深いところにゆっくりと沈んでいった。



2025.03.24 柿村こけら


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