ステアリングウィズレイン
04:午前2時に送る 次の朝への信号
「……ん、」
「あ、良かった。気が付いた?」
「い、さくせんぱ……い」
ここはどこ、と聞こうとして天井が医務室のものだということに気付く。柔らかな布団の中に私は横たわっていた。額にはしっとりした濡れ手ぬぐい。伊作先輩の手が濡れているところを見ると、先輩が乗せてくれたのだろう。
「さん、三日も寝たきりだったんだよ」
「み、三日ですか……」
先輩とお話しているのに寝ているのもあれだなと思ってゆっくりと身体を起こす。ずっと寝ていたからかやけに全身が怠かった。
「ったた……」
「あんまり急に動いちゃダメだよ? 太腿の傷治ってないし、無理に動きすぎて筋肉痛になってるとこもあるから」
「解りました……すみません……」
謝りながら、私は言われるがままに再び布団に横になった。ズキリと太腿に痛みが走る。ちらりと布団を持ち上げて身体を見てみれば、伊作先輩が巻いてくれたのだろう。城で刃を突き立てられた場所にはきっちりと包帯がしてあった。まだ痛みを感じるから、しばらくは走れなさそうだ。
そして、先輩の言う通り筋肉痛もすごい。途中からほぼ本能で動いてたもんな、私……そりゃこうもなるか。もっと鍛えないと、と思い直していると、伊作先輩が立ち上がる。
「じゃあ僕はちょっと五年長屋に行ってくるけど、まだ寝ててね」
「五年長屋ですか?」
「うん。鉢屋、すごくさんのこと心配してたからね。君をここに運び込んでからずっと布団の傍にいたんだけど、流石に眠気に耐えられなくなって、昨日の夜に不破が長屋に連れて帰ったんだ」
「三郎が……?」
「鉢屋だけじゃないよ。竹谷や久々知もすごい心配してた。後でお礼言っておくといいんじゃないかな」
「そうします……先輩も、本当にありがとうございます」
「うん。どういたしまして」
言って、先輩は医務室を出て行った。
余談だが伊作先輩は私が女であるということを知っている。五年のみんなはそのことを知っていて隠してくれているし、基本的にみんな以外には話さないと学園長先生と相談して決めたのだが、手当てのこともあってうっかり知ってしまった伊作先輩には健康上の都合もあることだしと改めて話をさせていただいているのだ。
ついでに仙蔵先輩と喜八郎も知っている……というか、気付かれたのでバラしている。気付かれた場合は隠したところで無駄なので白状&説明をさせていただいているけれど、今のところそれ以外には気付いている人はいなさそうだ。流石に五年目ともなれば隠すのも慣れてくるし、後は卒業まで裸でも見られない限りはバレないだろう。
「ふー……」
それにしても、三日か。
課題である密書を奪うこと自体は達成したはずだから、三郎が提出して事情を話してくれていればクリア扱いになるだろう。私が怪我を負ったのは予想外だったが、それでも密書を奪えなかったよりはマシだ。あの状況だし、捕まった忍たまはもう殺されているかもしれない。そう思うとやるせないけど……こればかりは、仕方のないことだ。実力が伴っていなかっただけと言ってしまうと薄情かもだけど。
なんて感傷に浸っていたら、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。音は医務室の前で止まり、扉が乱暴に開けられる。
「!!」
「……三郎、ここは学園内」
「お前が医務室にいる間は人払いしてるから平気だ。そんなことより、怪我は……」
「心配かけてごめん。まだちょっと痛いから走れはしないけど、大丈夫。すぐに戻れるようにするから」
「……ばっかじゃねえの。ちゃんと安静にして完治してから戻ってこいよ。また怪我されたら迷惑なのはこっちだ」
言って、三郎はぷいっとそっぽを向いてしまう。その言葉が本心じゃないなんて、解らない人はきっといないだろう。欺くのが得意な三郎の割に、どうにも本音が出ていた。
「そんなこと言って、誰よりもの心配してたの三郎だったけどね」
「あ、勘ちゃん、それに兵助!」
ひょいと扉の向こうから、い組の二人が顔を出す。三郎はばつが悪そうに視線を逸らすと、そのまま私の横に腰を下ろした。
「おはよう。これ俺からお見舞い」
「こっちは俺から」
「わ、ありがとー!」
勘ちゃんが渡してくれたのは梅干しの並んだお皿。兵助は豆腐だ。もう一度言おう、豆腐だ。……まあでも、多分兵助の手作りっぽいし。私のために配合とか考えて作ってくれたんだとしたら(その背景に、味見に付き合わされた人が何人いるとしても)嬉しくなる。
「ずっと寝てて、食べてなかったでしょ? まずは好きな物から食べたいかなと思ってね」
「豆腐も一緒にな」
「兵助はほんっと安定だね……」
豆腐の乗った皿を受け取りながら私は兵助にそう返す。豆腐は一旦横に置いて、勘ちゃんがくれた梅干しを三粒ほどつまんで口に放り込んだ。
「あー……いきかえふ……」
「、おばーちゃんみたい」
「いいでひょべふに……んぐ。勘ちゃんありがと愛してる」
「どういたしましてー。後で八左ヱ門と雷蔵も来ると思うよ。が起きる前にお団子買いに行ったから」
勘ちゃんはにこりと笑ってそう言った。
……あれ?
「雷蔵は街に行ってるんだよね。じゃあなんで三郎ここにいるの?」
不破雷蔵あるところに鉢屋三郎あり。それを言い出したのは三郎だったはずだ。そんな彼が雷蔵の出先に着いていかないなんて。
「三郎はが心配だから残るって言ってたんだ」
「ッ!? ばっ、兵助お前何言ってんだよ! 私はそんなこと……!」
「ほら図星」
「わー!!」
三郎が兵助に飛び付いてその襟首をぐわんぐわんと揺さぶる。兵助は何のダメージも受けていないようで、へらりと笑っていた。やっぱりこういうとこ、兵助の方が一枚上手だったりするんだよなあ。
豆腐の乗った皿を手に取って、私は箸を持つと三郎を見た。珍しく顔に出まくっている彼をここ四日で二回も見ている。明日は雨かもしれない。
「……別にそんなに気にしなくても、怪我をしたのは私の努力不足でしょ。三郎のせいじゃないんだから、あんまり気にしないで」
「でも、私が判断ミスをしなければ私たちは一番乗りで課題をクリアできた。だから私の落ち度でもある」
珍しくしゅんとした感じで三郎が私に頭を下げた。珍しい。プライドの高さでは随一の三郎が、そんなことをするなんて。
私は豆腐を飲み込むと、皿を傍らに置いて三郎の頭を撫でた。藤内とは違って素直に撫でさせてくれない。三郎は気恥ずかしそうに頭を上げると、仕返しとばかりに私の頭を雑に撫で回した。
「えーと……みんな、もういいかい?」
「伊作先輩」
ぐちゃぐちゃになった髪を直していると、伊作先輩が廊下から声をかけてくる。その手には桶があった。
「そろそろさんの包帯取り替えないといけないから。夕飯になったらまた呼びにおいで」
「はーい」
「じゃあ伊作先輩、あとはお願いします」
伊作先輩に一礼して、三郎と勘ちゃん、兵助は医務室を出て行く。ちょっと寂しくなったけど、そうも言っていられない。
包帯を替えてもらって、私はまた目を閉じた。とにかく休んで、早く治さないと。
一度目を覚ましたとはいっても疲れは残っているのか、私の意識はあっと言う間に夢の中へと旅立っていった。
2025.03.24 柿村こけら
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