ステアリングウィズレイン

05:魔法使いのハウツー本

 忍術学園という看板の掛かった門をくぐり抜けた先。桜の花びらが舞い散るそここそ、これから私――改め「」が六年間暮らす場所だ。
 白抜きの井桁模様が特徴的な空色の制服はまだ背に結った風呂敷の中。ちょっと前まで私ではなく双子の弟が着ていた着物を身に纏った私は、ごくりと唾を飲み込んでその門を抜けた。
「入門票にサイン――って、ああ違うねえ。きみ新入生かな?」
「あ、はいっ」
「ん~とぉ、新入生にはこのプリント!」
 胸に事務と貼られた年若い男性が渡してくれたプリントには「六年生臨海学校のお知らせ」という文字があった。はて。
「……あの、これ六年生用のプリントでは?」
「えぇ~? そんなはず……あ、ほんとだごめんねえ! んっと……こっちだった!」
 悪びれもせず彼は新しいプリントを私に手渡す。今度こそ「新入生へ」と題字がしてあったので間違いなく私のような新入生に配るもののようだ。題字の下には長屋の見取り図のようなものが書かれている。
「部屋割り?」
「うん。同室の子はまだ来てないかもしれないけど、一年長屋の自分の名前の札があるところがきみの部屋だから~入学式には着替えて来てね!」
「はい。ありがとうございます……えっと、」
「ぼくは小松田、ここの事務員だよお、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
 ぺこり、と小松田さんに頭を下げて桜の木の下を駆け抜ける。手元のプリントによると一年長屋は奥の方だった。
…………あ、ここだ」
 と書かれた木の札を確認して、私は恐る恐る部屋の中を覗き込んだ。どうやら同室の生徒はまだ来ていないらしい。都合がいい、同室が来る前に着替えてしまおう。
 手早く普段着から制服に着替える。慣れない頭巾を巻き、部屋に何があるかを一通り見てからふぅと一息吐いたところでがらりと部屋の戸が空いた。
「あ、俺の方が遅かったんだ!」
 色素の薄めな、纏まりのない髪を揺らして入って来た少年が私の同室――これから六年間、寝食を共にすることになる――竹谷八左ヱ門くんだろう。プリントに書かれた名前を呼ぶより先に、私は彼に向き直ると自分の名を名乗った。
「おはよう。私は、これからよろしく」
か! 俺は八左ヱ門! 竹谷八左ヱ門だ。こっちこそよろしくな!」
 にこりとひまわりみたいな笑顔を向けながら彼は手のひらを差し出してくる。私は笑い返しながら彼の握手に答えた。
「布団とか、生活に必要なものはもう部屋にあるみたいだよ。あとこれは……ついたてだね。八左ヱ門くん、寝るとき廊下側と部屋の奥、どっちがいい?」
 部屋の隅に置かれた布団に目を遣りながら八左ヱ門くんに問う。私はぶっちゃけどちらでも良かったので、まだ荷物は部屋の隅に置いたままだった。せっかく六年間を共に過ごす仲なのに、早い者勝ちというのもなんだかな、と思ったから。
「俺寝相悪くて扉蹴っちゃうかもだから奥がいいな」
「じゃあ、私はこっちだね」
「おう! あ、わざわざくん付けなんてしなくても、もっと気軽にはちとか、はっちゃんとか呼んでくれよ。俺たちこれから六年一緒なんだからさ!」
「じゃあ私のことも呼び捨てで構わないよ、えっと……はっちゃん」
 恥ずかしながらもそう呼ぶと、やっぱりひまわりのような笑顔でにこりと嬉しそうに彼は笑ったのだった。
 八左ヱ門くん、もとい、はっちゃんが制服に着替えている間に私は数少ない荷物を、部屋に置かれた私物を入れるつづらに移して廊下側に寄せる。私物と言っても替えの下着くらいしか入ってないけど。普段着は学園に来るのに着てきた一着だけしか持っていない、どうせ成長期だからすぐに買い換えることになるだろうし、そもそも大きい物は持っていなかったから。
「よっし! 、一緒に中庭行こうぜ!」
「うん!」
 眩しい笑顔を向ける同室の彼に、絶対にバレてはいけないことはただ一つ。
 が、実は女だということだ。


 中庭に着いてしばらくして、一年生が揃ったところで入学式が始まった。新入生代表として学園長先生こと大川平次渦正先生の前に立ったのは、優秀と呼ばれるい組の生徒ではなく、なんとびっくり! 私と同じろ組の生徒だった。
 鉢屋三郎と呼ばれた彼は一年生にしては長い黒髪を高く結っていて、どこか大人びているせいもあってか私たち一年生の制服である白抜きの井桁模様が目立つ空色はあまり似合っていなかった。
 手にした巻物をするすると広げながら彼は淡々と挨拶を読み上げる。あまり長くはないそれを読み終わってからぺこりと深く頭を下げ、それを合図に中庭に立つ私たち一年生と、上級生や先生方は惜しみない拍手を彼に贈った。
「忍者はガッツじゃ!」
 白髪を揺らしながら学園長先生がぐっと拳を掲げる。心躍る入学式はこうしてひとまず終了と相成ったのだった。
「なぁんかびっくりだよな!」
「何が?」
 入学式を終え、教室に向かう途中ではっちゃんが告げる。私が首を傾げると、はっちゃんはぐるぐると指先を回した。
「新入生代表! あれって成績いい奴がなるんだろ? ならい組に入れられるんじゃねーかなと思ってさー」
「そうだね……えーっと、名前は確か……」
 と、私が挨拶をしていた少年のことを思い出そうとしたときだった。
「鉢屋三郎だ。よろしく」
 後ろから声をかけられて、はっちゃんと二人して振り向く。そこには赤茶色のぼさぼさした髪を気持ち程度に結った少年が、こちらに笑顔で手を差し出していた。知らない顔だ。
「え、誰?」
 反射的にそう問えば、少年はやれやれと言った風な動作で自分の胸を叩く。
「いやだから。私が鉢屋三郎だよ、ついさっき新入生代表で挨拶してた」
「鉢屋三郎って黒髪サラストだったじゃん。いくらなんでも騙されないよ」
 一年生にしては長めの、黒髪サラスト。それが先程新入生代表として挨拶を読み上げた一年ろ組、鉢屋三郎だったはずだ。
「いやいや。私は確かに鉢屋三郎さ。ほら!」
「わっ!?」
 彼が手のひらで顔を覆って、それからまた離す。そこには確かに黒髪サラストの整った顔をした人間がいた。一瞬で変わった顔に、私もはっちゃんもびっくりせずにはいられない。
「……ど、どういうことだよ」
「私は変装が得意でね。この学園に私の本当の顔を知っている奴は誰一人としていないのさ。もちろん、学園長先生も含めてね」
 忍者らしいと言えば忍者らしい、そんな彼の奇行に私とはっちゃんは黙りこくるしかなかった。確かに私たちが入学したのは忍者の学校だけれど、まさか入学初日から、しかも先生より先にクラスメイトである同い年の少年に忍術を披露されるとは思ってもいなかったのだ。
「あ、ちなみにこの顔は入学式前に見かけた二年生の先輩のものだよ」
 けらけらと笑っている鉢屋くんだったが、その後ろに人影が歩み寄ってきた。私たちと同じ空色の制服に袖を通した彼は、穏やかな顔でこそあるが怒っているようだった。……いや、困っているのかも?
「ちょっと三郎くんっ」
「おや、同室じゃあないか」
「ああもうやっと見つけた……! きみ、部屋のどちら側に寝るか選んでから行ってってあれほど言ったのに……っ」
 僕死ぬ程悩んだんだよ!? と膨れっ面をする少年は、よくよく見ればさっき入学式のときに私の前に並んでいた子だった。つまりは一年ろ組のクラスメイト。して、会話から察するに鉢屋三郎の同室くんのようだ。
「まったくきみは――って、ああごめん! 僕は不破雷蔵、ろ組で、三郎くんの同室だよ」
「あ、私は
「俺は竹谷八左ヱ門! よろしくな」
 ふわふわと笑って、不破くんはこちらに手を差し出す。その手を握り返すと、横で鉢屋くんが大袈裟に溜息を吐いた。どこか浮ついた、こちらを軽視しているようにも見える動作だ。喧嘩を売られているとまでは言わないけど……本人も自覚があってそういうことをしているようには見える。
「なあに、いいじゃないか。そんなにきみが困るようなら私はそうだな、廊下側で寝るとしよう」
「そ……そう。ならいいんだけど」
 腑に落ちないといった感じで不破くんが返すと、鉢屋くんはさっさと教室に入って行ってしまった。なんだか微妙な空気になってしまい、私とはっちゃんは不破くんを伴って教室に向かう。
 私はすとんとはっちゃんの隣に座った。倣うようにしては不破くんは、先に座っていた鉢屋くんの隣に座る。
 この後は担任の先生に簡単な説明をしていただいて、それからお昼ご飯で終わり。本格的な授業は明日からで、今日は学園に慣れたり、同室の子と仲を深めたりする時間という感じである。食堂のご飯はたいへん美味しいと聞いているので今から楽しみなのだが、それははっちゃんも同じらしい。
 オリエンテーションを終え、私たちはウキウキ気分で食堂へ向かう。お昼ご飯はカレーだった。
 食堂のおばちゃんはにこやかに笑いながら白いお皿に均等にカレーと、それから福神漬けをよそってくれる。
「お残しは許しまへんで!」
「はーい!」
 はっちゃんの隣に座ってカレーを口に運んでいると、反対側に座った鉢屋くん――と言っても、顔はまた誰だか知らない生徒のものに変わっていたのだけど――が難しそうな顔でカレーの皿と睨めっこしていた。
「……どうしたの?」
 流石に声をかけないのも不義理かと思い、私はスプーンを持つ手を止めて鉢屋くんに声をかけた。鉢屋くん(知らない顔)は怪訝な目のまま顔を上げ、私を見てくる。
「あ、いや……」
 彼は眉間に皺を寄せていた。隣では既に皿を空にしたはっちゃんがおばちゃんにお代わりを求めるため席を立とうとしているが、鉢屋くんのカレーは全然減っていない。
「あ、もしかして辛いのダメとか? 大丈夫だよこのカレーそんなに辛くないよ」
「うん。ご飯も美味しいし」
 鉢屋くんの隣に座っていた不破くんが援護射撃してくれる。からかうように接してきた相手に対しても親身になるあたり、基本的に根はいい子なのだろう。
 鉢屋くんは少し迷ったような表情をしてから、視線を私たちに向ける。しかしその目はすぐに手元に落ちた。
「そうじゃなくて……なあ、これ、何だ?」
「これ?」
 言われて、私と不破くんは彼の指したものを見る。何の変哲もない福神漬けだ。カレーとの相性はバッチリ。これ単体でもご飯が進むくらい美味しいので、カレーじゃなくても食堂に並んでたら嬉しいくらい。
「福神漬けでしょ?」
「何だそれ……」
 私の答えに、鉢屋くんは怪訝そうな目をしてそう言った。どうやら福神漬けを知らなかったらしい。そういえば、地域によってはカレーに添えられないところもあるんだっけ? 忍術学園は東西南北から人が集まっているから、出身地によっては知らないこともあるのかも。
「えっもしかして食べたことない? 食わず嫌いは良くないよ鉢屋くん」
「だって……得体の知れないもの口に入れたくないじゃないか怖い」
 私がそう言っても、鉢屋くんはビビったままだ。真っ赤なのも良くないのかも。確かに、見た目は結構毒々しいもんなあ。私も昔は食感と味がチグハグな気がして、ちょっと苦手だったっけ。今ではこれだけでも食べられるくらい好きだけど。
「もう……しょうがないなあ」
 不破くんはそう告げると、鉢屋くんのお皿からひょいっと福神漬けをつまむ。そのまま自分の口に放り込んで、咀嚼のち、ごっくん。そんな不破くんの一連の動作を、鉢屋くんはキラキラした目で見つめていた。
「……!」
「ほら、ちゃんと食べられるでしょ? だから次出たときは残しちゃダメだよ」
「う、うん……っ!」
「ただいまー! ……あれ? どうしたんだ?」
 山盛りのカレーを手にはっちゃんが私の隣に戻ってくる。もちろん、横にはしっかり福神漬けを添えて。状況を把握していないはっちゃんは私の隣に腰を下ろしつつ、目の前でキラキラした目で不破くんを見る鉢屋くんを見て首を傾げていた。私はカレーを掬うと、つい半日前に鉢屋くんがそうしていたようにやれやれといった風に口に運んだ。もちろん、福神漬けごと。
「落ちたなあ……と思って」
「お、おう?」



2025.03.24 柿村こけら


Prev / Back / Next