ステアリングウィズレイン
06:茎は花を支えぬ
「!」
はっちゃんが声を上げながらひょいと左手を振って私に合図を飛ばす。にやりと笑って私は近くにある木に結んであった糸をピッとクナイで切り払った。
「うわああああああ!?」
「ちょっと俺のこと掴まないで……うわー!」
糸をしゅるしゅると回収しながら私は地面に降りてはっちゃんの元へと飛ぶ。ひまわりのような笑顔はすっかり勝ち誇っていた。
「だいせーこーだぜ、!」
「それはどうも。で? 誰が引っ掛かったのかな」
ひょい、と落とし穴を覗いてみるとそこにいたのは二人の忍たま。もちろん、私たちと同じ一年生の制服を着ている。
「ええと、お名前は?」
「……一年い組、久々知兵助だ」
「同じくい組の尾浜勘右衛門! ってかすごいねこの落とし穴、きみが掘ったの?」
「うん、まあね」
言いながら、私はその名前に記憶を手繰り寄せた。い組の久々知兵助と言えば三郎に続く成績を持つ、い組で一番頭のいい彼だろう。そして尾浜勘右衛門というのは、確かい組の学級委員長。つまり、座学と実技のトップコンビだ。はっちゃんもすぐにそのことに気付いたらしく、ガッツポーズをする。
「やりい! これ結構得点貰えるんじゃね?」
「そうだねはっちゃん。この分ならお団子を奢るのは今回こそ三郎だ!」
い組二人の腕に括られた水風船が破裂していることをしっかりと確認して、私は引き上げるために用意しておいた蔓を穴に垂らした。はっちゃんに手伝ってもらいながら二人を地面まで引っ張って、それからにやりと笑ってやる。
「うーん今回は自信あったんだけどなあ。仕方ないや兵助、学園に戻ろう」
「そうだね……そういや、名前を聞いてなかった。えっと……」
「一年ろ組、!」
「同じくろ組、竹谷八左ヱ門だ!」
「と八左ヱ門か――うんっ、覚えた! 次は俺も兵助も負けるつもり、ないから!」
勘右衛門くんが笑って手のひらを差し出すと、兵助くんもこちらに手を伸ばす。私とはっちゃんはそれに応えて、ぎゅっと彼らと握手を交わした。
それから二人の腕に水風船を括っていた紐を預かって、私たちは下山する勘右衛門くんと兵助くんに別れを告げて再び藪の中に隠れる。
はてさて、現在私たちが何をしているかというと、一年生全員で裏山にて実技の授業中なのだった。ルールは簡単、腕に括り付けられた水風船が割られた時点で負け。割った側は水風船を括っている紐を預かる。紐には成績順に得点が付いていて、最後に持っている紐の合計点が高い組が勝利となる。
私たち――私、はっちゃん、雷蔵、三郎――は、この授業中に賭けをしていた。私とはっちゃん組と、雷蔵と三郎組で授業の得点が多かった方の勝ちという勝負だ。負けたら峠の向こうのお団子屋でお団子を奢ることになっていて、前回の実習のときはあとちょっとのところで三郎に騙され(はっちゃんの変装をされた)、私とはっちゃんがお団子を奢ったのだった。
さっき負かした二人は私たちより技量のある生徒だし、既に私たちは何本かの紐をゲットしている。この調子でいけば、今回は勝利の女神が私たちに微笑んでくれることだろう。
「! 誰か近付いてくる。トラップもう一回仕掛け直して」
「解った!」
はっちゃんに言われるがまま、私は先程勘右衛門くんと兵助くんが落ちたばかりの穴の上に草木を乗せ、糸を張り直す。後はまたはっちゃんの合図に合わせて糸を切るだけ。気配に敏感なはっちゃんが辺りの様子を見て、トラップを仕掛けるのが得意な私が適した糸を切る――この組み合わせは今回の授業と非常に相性が良かった。
それから合図があるまで何人もの生徒を穴に落とし続け、私たちは笛の音を聞いて校庭に戻る。回収した紐を先生に提出すれば、先生はニッと笑って私とはっちゃんの頭を撫で回してくれた。
「今回の優勝は……ろ組のと竹谷八左ヱ門だ! 二人とも、前回よりとても点が上がってるぞ。よくやったな!」
「ありがとうございます!」
「やったな、!」
隣のはっちゃんと顔を見合わせてからハイタッチ。そのままにやにやと後ろを振り向けば、三郎の悔しそうな顔がそこにあった。
「三郎、私こしあん団子がいいな!」
「俺はみたらしかな!」
「……ッ、解ったよ奢ればいいんだろ奢れば!!」
「あ、僕はのり団子がいいなあ」
「雷蔵まで!?」
四人でぎゃーぎゃー騒いでいるとごほん、と木下先生が咳払いをする。私たちはぴしっと先生の方に居直った。
「二番目に得点が高かったのは、同じくろ組の鉢屋三郎と不破雷蔵の組だ。他のみんなも負けないように頑張るんだぞ」
はーい! とよい子たちの声が響き渡る。
一番二番をろ組に取られたとあっては、他の組――特にい組は次の授業でもっと力をつけてくるだろう。例えば、勘右衛門くんと兵助くんとかが。学級委員長として、ろ組に負けっ放しではいられないはずだし。
「それでは今日の授業はここまで! おばちゃんが美味しいご飯を用意してくれてるぞ。……あ、そうだった、! お前はちょっと残ってくれ」
「は、はーい?」
解散、という木下先生の声に合わせて同級生たちは一斉に食堂に向かって駆けていく。はっちゃんに後から追いかけると告げて、私は先生のところに行った。
「えっと……?」
「お前、まだ委員会は決まっていなかったよな?」
「え……はい。どこにしようか迷っていて……」
「良かった。さっきの実習を見ていた二年い組の立花という生徒から、直々に作法委員に来ないかと誘いがあったんだ」
「さ、作法委員……?」
私が首を傾げていると、木下先生は優しい顔で説明を続けてくれた。
「ああ。作法というのは戦の作法。それを研究する委員会だな。立花は二年で一等成績がいいとされている生徒だから、信頼もできるぞ」
戦は、ただ突っ込んでいけばいいというものじゃない。戦略が大事なのだと座学の授業で教わったばかり。そして忍ぶ者である私たちにとって大事なのが戦略で、一流の忍者になるためにはそういったことをしっかり学ぶのがいいと先生はおっしゃっていた。
それを、授業以外でも学べる場所があって、しかもお誘いを受けたなんて。私はいてもたってもいられず、ばしっと手を挙げる。
「私……っ、行ってみたいです!」
なら良かった、と先生は笑いながら私の頭を撫でてくれる。立花先輩は作法室で待っているとのことだったので、先生にお礼を言ってから私は走り出した。
「失礼しますっ」
「おお、早かったな」
そう言いながら作法室の扉を開ける。そこには二年生の青い制服に袖を通した、黒髪サラストの先輩が座っていた。そしてその顔には見覚えがある。彼は――
「入学式で三郎が変装してた先輩!」
「む、そんな覚えられ方をされていたとは……」
この先輩がコピー元だったのか……と驚いている私を見て、立花先輩は座布団を差し出してくれた。ご厚意に甘えてそこに正座をすると、部屋の空気がぴんと張り詰めたのが感じ取れる。私はまだまだ入学したての新入生だけど、こんな空気くらいは読めた。露骨なほどに、こちらに視線が向けられているからだ。
「……先程の罠は見事だった。委員長から、今年の一年に有能な奴がいるか見ておくようにと言われていてお前たちの実習を見させてもらっていたのだが……私はお前のトラップを評価するよ」
「……!」
思ってもみなかった言葉にほっぺが熱くなる。こんな風に表情にすぐ出してしまうのは忍者としてよいことではないので、私はすぐに頬を押さえて先輩の顔を見た。
「しかし、手慣れたようだったが。、お前はあのような罠を仕掛けたことがあったのか?」
「あ、はいっ。実家が山の近くにあって、弟とよく山に罠を仕掛けて兎を獲ったり、村に入ってくる山賊を捕まえたりしていました」
「なるほど、そこで鍛えられた技ということか……して。本題だが、作法委員に入るつもりはないか? お前なら、作法委員会で腕を磨き、より学びを深めることができるはずだ」
立花先輩の綺麗な瞳が私を射抜くように見つめる。この先輩は、きっと作法委員会という委員会を心から誇りに思っているのだろう。だからこそ、私が委員会に入ることが作法委員会にとっても有益になると見込んで、声をかけてくれたに違いない。
少し話しただけでもそれが解る。私は先輩の目をじっと見つめて、それから頷いた。
「至らぬ点も、多々あると思いますが。私で良ければお力添えをさせていただきたく思います」
この先輩から学びたい。もっともっと、いい忍者になりたい――その一心でそう返す。
しかし、私の言葉に真っ先に反応したのは立花先輩ではなかった。
「よく言った!」
「わわっ!?」
かぱーん、と天井板が外れて深緑色の制服を着た上級生が勢いよく現れたのだ。突然のことに驚いている私に追撃をするように、更に床下からは紫色の制服の忍たまが飛び出してくる。何が起きているのか全く理解できずにあわあわとしている私をよそに、向かいに正座していた立花先輩がハァと溜息を吐いた。
「先輩方……が驚いていますよ」
「やー、有能な子が入ってきてくれたのが嬉しくてな! 驚かせて悪い、俺が委員長だ!」
作法委員長の先輩はそのままくるっと空中で一回転すると、私に向かって手を差し出してくれる。私はまだ落ち着けないままに、その手を取ってペコリと頭を下げた。
「あ……い、一年ろ組、ですっ!」
「うむ! 、これからよろしくな!」
「はいっ……!」
まだあまり上級生とは会話したことがなかったから、ドキドキしたけれど。
ぎゅっと握り返された手の向こう、委員長が私を見る目に情熱を感じて、私はいっそう委員会活動が楽しみになったのだった。
2025.03.24 柿村こけら
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