ステアリングウィズレイン

07:だからあなたは此れを花と喰え

 二年生に進級して、早一か月。
 組は変わらずろ組のままで、相部屋はやっぱりはっちゃんだ。もちろん作法委員会も変わっていない。去年一年をここで過ごして、私は作法委員会そのもののことが大好きになっていた。委員長(……卒業、しちゃったけど)は優しいし、他の先輩たちからは色々と学べるところがある。更に、私たち一つ下に厳しいと評判にしては、とっても素敵で優しい仙蔵先輩だっている。
 そうだ、今日は仙蔵先輩から二年生の授業について教えてもらおうかな。授業は難しくなっていくだろうし、予習をしておくに越したことはない――そう考えながら廊下を歩いていたら、思い浮かべていた人の声がして立ち止まる。
、いいか?」
「はいっ!」
 萌葱色の制服がよく似合っている仙蔵先輩に向き直る。背中に伸びるサラストはまだ三年生でありながらも学園一の美しさだと言われていたりするらしいんだけど……誰が集計してるんだろう? くのたま調べとか?
「作法に一年生が入るぞ」
「えっ、ってことは……」
「ああ、お前の後輩になる。、お前も今日から先輩だ」
 そう言うと仙蔵先輩はくしゃくしゃと私の頭を撫でてくれる。突然もたらされた報せに、驚きと喜びが混ざり合った。先輩。その響きがどこかくすぐったい。
 一年生が入学してきたのは知っているし、学園内ですれ違ったこともある。でもまだ個人を認識するほど関わってはいなかったから、自分が先輩になったという意識はあまり感じていなかった。なのにそれがグッと現実味を帯びてきて、私は思わずぴょんと跳びながら仙蔵先輩に尋ねる。
「で、その子はどんな子なんですかっ?」
「……会ってからのお楽しみだ」
「もぉ! 先輩、意地悪ですよっ」
「ははっ、そうだろうな」
 先輩はケラケラと笑う。そんな先輩をよそに、ちょうどこの前、はっちゃんたちと後輩の話をしたことを思い出した。学級委員長委員会も図書委員会も生物委員会も、新入生はゼロと聞いていた。なんなら兵助の火薬委員会もいないらしいし、この感じだと私たち誰も後輩いなさそうだね〜なんて笑い合ったのだが、どうやら私が一抜けらしい。
 実習で一年生と組めば先輩と呼ばれる機会もあるけれど、直属という意味での後輩ではない。やはり、先輩という響きは特別なものなのだろう。……もしかして、去年の先輩もこんな気分だったのかな?
「先輩、その子はどうして作法に?」
「今年度の委員長が直々に誘ったんだ。去年私がお前を誘ったようにな」
 作法室までの道を歩きながら尋ねれば、先輩はそう返してくれた。別に全ての委員会がスカウト方式を採用しているわけではないらしいが、素質のある生徒が入った方が利益になるということもあるのだろう。
「ってことは、その子も私みたいに罠とか得意な感じです……?」
「だから、会ってのお楽しみだ」
 にやにやと楽しそうに先輩は笑う。絶対知ってて楽しんでる顔だ。まあ、私が先輩の立場だったら同じことしちゃう気がするけど。
 にしても、入学したばかりの頃はどこに何の部屋があるか覚えられずしょっちゅう迷ったものだが、今では迷うことも少なくなったなあ。上級生が使う部屋は、流石にどこにあるのか解らないけれど。今では作法室だって、目を瞑っていたって行ける気がする。
――なんて、調子に乗り始めたのが良くなかったのか。
「あ。、そこ気を付けろよ」
「え? って、ひゃわあああああ!?」
 先輩のご注意も役に立たず、私はぼこりと陥没した足元に沈んでいく。何が起きたのか解らなくって一瞬ぽかんとなってしまいながら上を見ると、ひょこっと先輩の隣に顔が現れた。
「……だぁいせいこぉ、ですっ」
「えっ」
 ぴょこん、と仙蔵先輩の影から現れたのは空色の制服――つまり、一年生だ。ちなみに陥没した、と言っても深い蛸壺ではない。膝当たりまでの穴なので、出ようと思えばすぐに出られる。それでもまさかこんな風に歩き慣れた道で穴に落ちるとは思わず、私は目をパチパチさせながら一年生を見た。
「ほら、こいつがその一年だぞ」
「……お、おおう……」
 さっきとは違う笑みを浮かべた先輩が隣を指し示す。ふわふわの髪を揺らす少年の表情はいまいち読めない。ぷにぷにしてて可愛いことくらいしか解らない。
「ほら喜八郎、ご挨拶」
「一年い組の綾部喜八郎ですっ、このたび作法委員会に入ることになりましたあ」
 妙に間延びした声で彼――喜八郎は言う。その手には身体より大きな穴掘り道具を抱えていた。色々なことに驚きながらも、私はとりあえず挨拶を返す。
「……に、二年ろ組のだよ。よろしくね、喜八郎」
「ぼくの掘ったたーこちゃんに落ちてくれて嬉しいです、せんぱぁい」
「たーこちゃん?」
「喜八郎が掘った蛸壺の名前だ。こいつは穴掘り小僧でな……入学以来、学園のいたるところに穴を掘ってるんだ」
「へえ……」
「ちなみに毎日、伊作が引っ掛かる」
「わあ……」
 流石、不運の塊みたいな先輩だ。同情を禁じ得ない。私のトラップにもよく引っ掛かってるし。
 一方で喜八郎は、久々に伊作先輩以外の人が落ちたからか気持ち嬉しそうな気がした。仙蔵先輩に手を借りて蛸壺から出、土を払う。私より少し小さい喜八郎はじ〜っとこちらを見上げると、それからぷにぷにしている割に豆だらけな手をこちらに差し出してくる。
せんぱい」
「……な、なぁに?」
「これからよろしくお願いしますっ」
 ふわふわの髪がまた揺れる。可愛い後輩に胸をときめかせながら、私はその手を握り返した。



2025.03.24 柿村こけら


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