ステアリングウィズレイン

18:真昼に折った花冠のように

「……ふむ。大体の話は解った」
 三郎と勘右衛門が訪れた作法室には、作法委員会委員長の立花仙蔵との後輩である綾部喜八郎の姿があった。三郎たちが来ただけで仙蔵はに何かあったことを察したらしく、事の次第を尋ねてきた。やはりが戻ってこないことを不審に思っていたという。
「鉢屋先輩と尾浜先輩は、これから先輩を助けに行くんですね?」
「ああ……って綾部、『』のこと知ってたのか?」
「ええまあ。注意深く見ていれば気付きますよぉ。僕は去年の実習のときに解りましたから」
「というか、喜八郎が知っていることを知っていて話しているのかと思っていたぞ、私は」
 仙蔵は腰まで流れる艶のある髪を揺らしながら告げる。
「まあ、お前たちがの奪還に行くというのなら私も付き合いたい……ところだが、生憎そう簡単には動けなくてな。あまり大人数で動くわけにもいかない、というのもあるし。しかし、うちの後輩たちもがいないと面白くなさそうでな」
先輩は僕たちを猫可愛がりしてましたから~。特に伝七なんて弟に似てるとか言われてたんですよぉ」
「あはは、言ってそう……」
 が後輩に甘いのは今に始まったことではないと二人は知っている。二人とも去年まではその感覚がよく解らなかったのだが、今年になって学級委員長委員会に二人の一年生が顔を出してくれるようになったことで、彼女の気持ちがよく解るようになり、よく「後輩可愛いトーク」で盛り上がっているからだ。
「何せ学園を発ってもう二週間だ。私たちとてに何かあった可能性を考えなかったわけではない。お前たちがあいつの実家に向かうと言うのなら、私たちも支援をさせてもらおうと思ってな」
「支援……ですか?」
 ああ、と仙蔵は頷くと、横にいた綾部に何事かを耳打ちする。それに間伸びした口調で返事をして、綾部は立ち上がるとすたこらとどこかへ行ってしまった。
「待っていろ。今持ってくるから」
 彼の言葉に三郎と勘右衛門は顔を見合わせる。糸トラップ使いのが属するこの委員会は、委員長である仙蔵を筆頭に実戦となるとえげつないことで有名だ。焙烙火矢を得意とする仙蔵に、糸を自在に操る、天才トラパーと称される穴掘り小僧の喜八郎。予習復習が大好きな藤内は常識人と見せかけて学園の破壊魔だし、一年は組の笹山兵太夫に関しては言うまでもない。彼の作るからくりは職人の域だ。唯一まともな生徒は一年い組の伝七だけかもしれないが、彼一人で作法委員会の面子を止められるわけもない。
 そんな狂人が集う委員会から果たして何を渡されるのだろうかと二人してハラハラしながら喜八郎の戻りを待ってみれば、意外にもそれは一つの風呂敷包みだった。
 戻ってきた喜八郎の隣には藤内と兵太夫、伝七の姿もある。
「これだ」
「……先輩、これは?」
「今言うのはよしておこう。だが、きっを引き戻すのに役立つはずだ。我ら作法委員会の謹製なのだからな」
「ですよっ! 鉢屋先輩、尾浜先輩先輩によろしく伝えてくださいね!」
「絶対、先輩と一緒に帰ってきてください」
「先輩たちが六人で帰ってきたときの予習、しておきますから」
「……先輩たち。僕たちの分も、どうかよろしくお願いします」
 喜八郎が頭を下げ、包みを差し出してくる。三郎と勘右衛門は再び顔を見合わせてから、その包みを受け取った。



「……う、」
 扉がからからと開いて、日の光が差し込む。暗い部屋は元々納屋だったから、折れたろうそくが転がっているだけでまともな明かりはない。
 光を奪うと、人は急激に精神を蝕まれる――父はそれを知って、私をここに閉じ込めたのだろう。
、ご飯よ」
「……いらない」
「駄目よ、食べなくっちゃ。痩せた姿じゃ旦那さんに笑われちゃうわ」
「いらないって、言ってるでしよ!」
 ほかほかと湯気を立てる小さな土鍋を睨み付け、私は母にそう告げた。
 実家に戻ってから、もう何日が経っただろう。最初は仕方なく雑炊に口を付けていた。けれど五日目になっても変わらない現状に嫌気が差して食べることをやめた。それも、前の晩に無理矢理学園への手紙へ署名をさせられたからだ。
 手紙の内容は解っている。私が学園を辞める旨が記してあるのだろう。あれのせいで、私はもうあの暖かい場所に戻ることはできなくなってしまった。
 それなら――死んだ方がマシだ。
 の分も生きると決めたけれど、それは私の納得できる生き方を選べることが大前提だ。望んでもいない人生を苦しみながら送るなんて真っ平御免。私は父の駒としてなんて生きたくない。
「……明後日が式になるわ。明日は何としても食べてもらうわよ」
「……っ、」
 母が去って、再び部屋に暗闇が訪れる。
 縛られた両腕の痛みに気付かない振りをして、私は目を閉じた。

 それから、二日が経った。
 昨日の晩は母の手で無理矢理食事を摂らされたけど、暗闇に戻った瞬間戻してしまった。しばらく絶食状態だったせいで胃が受け付けなかったのかもしれない。だから今日だって、何も食べたくなかったんだけど……そうもいかないらしい。

 ギィ、と扉が開かれて、朝の眩しい陽射しが部屋に差し込んでくる。母は私の前に少し華やかな朝食を並べた。
「朝ご飯、ちゃんと食べるのよ」
「……いらないってば。私は結婚なんてしない」
「ダメよ。お父さんも楽しみにしてるんだから。これでやっとマキバシラに恩返しができるって……それに、結婚は素敵なものよ?」
 幸せそうに母は言う。うっとりした笑顔は今の私にとって腹が立つもの以外の何物でもなかった。母と父がお互いに一目惚れをしての恋愛結婚だったから「結婚は素敵」なんて言えるんだ。結婚したいなんて思ってもいない私にそんな事情を押し付けないで欲しい。
 はち、三郎、雷蔵、勘ちゃん、兵助。五年もの月日を一緒に過ごしてきた仲間たちの顔が次々に浮かんでは消える。決して彼らの中の誰か一人に恋愛感情を抱いているわけではないが、少なくとも会ったこともない旦那さんとやらよりはよっぽど大切な人たちだ。みんなと別れて、名前も顔も知らない男の妻として生きていく人生が「素敵なもの」であるわけがない。
「私にとっては、忍術学園で過ごす毎日の方がよっぽど素敵だった」
「聞き分けなさい。あなたはもうじゃないのよ? という女の子に戻っていいの」
「母様は解ってない! そうやって私にを押し付けて、今度は引き剥がすってことが何よりを蔑ろにしてるってことに!」
「そんなことないのよ。ただ母さんたちは、生き残ったには幸せになって欲しくて――」
「嘘。父様が幸せになれれば、母様はそれでいいんでしょう。私もも駒としてしか見ていないんだから。じゃなかったら、娘を蹴飛ばしたり、後ろから殴って気を失ってる間に納屋に閉じ込めたりなんてしないでしょう?」
 私が女だとバレてしまった日、山本シナ先生が親身になって相談に乗ってくれたことを思い出す。今の母なんかより、シナ先生の方がよっぽど私の幸せを願ってくれていた。暖かな学園生活は、この冷たい家が異常だということを痛感させてくれる。
 私の言葉にギリ、と母が歯ぎしりを零した。そして朝食の膳を私の方にずいと押し遣って、母は無言のまま物置を出ていく。扉が閉まりきらなかったお陰で光が射し込んできて手元くらいは見えるのだが、生憎朝食に手を付けようにも手首がガッチリと縛られていて動かせない。
「……手縛られたままじゃ食べようがないんですけど」
 そう呟いた声は、静かな納屋の中に吸い込まれていった。



2025.03.24 柿村こけら


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