祈りは永遠に。

02:正体

――気付いて……
 だ、れ?
――あな、たの、ことを……
 あれ? この声、どこかで?
――救って、世界を、たくさん、の、命を……!
 瞬間、目が眩むような光が私を包んだ。


「……い、おい……!」
 声が聞こえる。
 誰の声だろう。なんか聞いたことあるような気もするけど。もしかして自殺、失敗した? コンクリートに激突してもギリギリ生きてて、血の海の中で校長先生とかに声をかけられてたりする?
 にしてはどうにも変な気がする。意識、ちゃんとある。まだ瞼は開けてないけど、少なくともそんなくだらないことを考えられるくらいには余裕があるっぽいし。
「なあ、アンタ……おい、おい……聞こえるか……!?」
 男の人の声だ。んん、と声を漏らしつつ、私はなんとか腕を動かして目を擦ることにした。やっぱりおかしい。地面に打ち付けられたなら腕だって骨折してると思うのに。……って、あれ? そもそも、さっき聞こえてきた声と、今聞いてる声……違う、声? さっきは女の人の声だったような……?
「おいアンタ、大丈夫か!? 危ないぞ!」
 一際大きな声に、私は確実に覚醒する。けれど視界が光を取り戻すより先に、ガッ!という鋭い音が耳に突き刺さった。その音が何度も繰り返され、やがて落ち着く。静寂が取り戻される頃には視界も回復したものの、目を開いた瞬間、私の手の甲に「何か」がぴゃっと飛んできた。
「っ、きゃ!?」
 生温かさに驚きつつ、慌てて手の甲を見る。そこにあったのは少し黒ずんだ赤だった。それが血だということは、この薄暗い場所でもすぐに解る――なにせ、何度も自分のものを見たことがあるからだ。けれど、人間想定外のことが突然起きたら驚いてしまうもの。立て続けに起きている予想外に、私の頭はパンク寸前……いや、正直なところもうすっかりパンクしていると言っていい。
 私は、何故生きている?
 私は、どこにいる?
 それに、二人の声……男の人と女の人の声のことも解らなければ、手に飛んできた血が何のものなのかも解らない。生まれた意味以前の問題だ。よしんば飛び降りて死ななかったのだとしても、どうして私はこんな薄暗くてじめじめした洞窟のような場所にいる……?
「大丈夫か?」
 今しがた聞いた声がもう一度。砂利を踏む音と共に帰ってきた男の人は、ぺたりと地面に座り込んでいる私に手を差し出してくれた――が、すぐにその手は引っ込められてしまう。起こしてくれるところじゃないのかと、突然引っ込められたことを不審に思いながら私は顔を上げ、そして愕然とした。
「だ……大丈夫みたい、だな? キミは――」
 その人が言葉を紡いでいる途中なのもお構いなしに、私は叫んだ。叫ばざるを得なかった。誰だってこんな状況になったら、叫ばないわけがない。だって、だってその顔は――もう何度も、テレビ画面の中で見てきた顔で。
「ガ、ガガガガガっ、ガイ様ぁ!?」
「っ!? ど、どうして俺の名前を……」
 目の前にいた人を私が見間違えるわけもない。ガイラルディア・ガラン・ガルディオス――テイルズオブジアビスのパーティーメンバーの一人。そして彼の足元をよく見てみれば、そこにはゲームに登場する「アイアンクラブ」という魔物らしき死体があった。えーと、アイアンクラブが出没してじめじめした暗い場所……そっか! ここはユリアシティに続く道「アラミス湧水洞」だ!
 ユリアロードを抜けた先であるここにガイが一人でいるタイミングは、アビス本編中では一度だけ。そう、ルークの断髪直後だ。
……いや、それが解ったとして何になる? ていうか、なんで?
 さっきの質問に急に答えが出てきた。問一はまだ不明だけど、問二については「アラミス湧水洞」で確定。そしてさっきした声のうち、男の人の方はガイ様の声だった。ついでに血は恐らくアイアンクラブのもの。解ったら解ったで謎が謎を呼んでいる。
「いろいろ訊きたいことはあるが……とりあえずキミ、大丈夫か?」
 ガイ様は困惑の視線を私に向けてくる。いくらガイ様だってそりゃまあそうでしょうね! タイミング的にはアクゼリュスが崩落した少し後。この洞窟から続いているユリアシティは閉鎖的な街ということもあり、地元の人間しかこの道は使わない。そこに、変な服を着た若い女が倒れていて、更に自分のことを知っているともなれば私と同じくらい彼だって困ることだろう。
「もしかして、ユリアシティの人間だったりするかい? 帰ろうとしたところを魔物に襲われた、とか……」
「ええっと……」
 うーん、どう返すのが賢明なんだろう。ガイ様は私を「おかしな女の子」と認識しているとは思うけど、アイアンクラブに襲われて(?)抵抗もできなかったわけだし、刺客か何かと思ってはいない気がする。
「とりあえずここは危険だし、安全な場所に行きたいなら連れていくよ。でもその前に、どうして俺の名前を知っていたかは訊いてもいいかな?」
「それは……か、風の噂、で? バチカルにはすごく格好いい金髪の剣士がいらしゃるって! に、似顔絵! そう、似顔絵が回ってきたんで、それで……」
 我ながら苦しいか。でもまさか「いやー私アビスを500時間くらいプレイしてるんでガイ様のことは超知ってて!」とか言えるわけもない。顔と名前が一致しているとなれば、もう私の頭ではこれくらいしか思い付けなかった。果たしてこの世界にそんな文化があるのかは解らないが、どうにか騙されてくれることを願う。
 ガイ様は私を訝しむような視線をしはしたものの、この場でこれ以上確認することもないと判断したのか、それとも女性アレルギーのせいか、少し距離を置きつつも「そうなんだ、そんな風に噂されているなんて恥ずかしいな」と微笑んだ。……いったん、これでいいよね?
「キミを案内する前に、申し訳ないけど俺は人を待っていてね。送っていくのは、そいつと合流してからになるけどいいかな? えっと……」
「あ、です。助けていただいただけでもありがたいのに、ご迷惑おかけしてすみません。お連れのかたと合流してからで大丈夫なので、その……後でまた、お話させてもらえれば」
か……よろしく。さっき見た通りここは魔物も出るし、俺の前には出ないよう気を付けて」
「解りました。こちらこそよろしくお願いします、ガイ様」
「様付けは恥ずかしいな……ガイでいいよ。仲間……も、そう呼ぶしな」
 はい、とガイに返事をする。ちょっと言い淀んだのはやっぱりアクゼリュスの件があるからだろうか。そんなことを考えながら、私はガイと一緒に洞窟の奥を見据えた。ユリアロードを通ってルークとティアが帰ってくるのを、果たして彼はどれくらい待っていたのだろう。アッシュ視点でガイがここに来るところまでは見たけど、実際にルークが準備をしてからここに到着するまでどれくらいの時間がかかったかは解らない。
 幸い魔物は現れることなく、会話もないまま岩に座ってしばらく待っていると二人分の足音が聞こえてきた。
 現れた姿は言うまでもなくルークとティア、そしてミュウだ。解ってはいたけど、実際に目の前に主人公とヒロインが並んでいるところを見るとなんだか感慨深い。夢じゃないかとほっぺをつねってみたがしっかり痛みはある……夢じゃないらしい。痛みのある夢というセンも捨て切れないが。まあ、死んだはずの私がどうしてこんな状況に置かれているのかとは思うけど、もうこの際だ。そういうコトは全部忘れちゃおう!
 ガイは腰かけていた岩からシュタッと飛び降りると、まさかここにガイがいるなんて思ってもいない二人+一匹の前に姿を現した。
「へー、髪を切ったのか。いいじゃん。さっぱりしててさ」
「ガ……ガイ!」
 ルーク視点でしか見てなかったからだいぶキザだな……と思っていたけど、ガイにとっては「普通」に接することが最大の思いやりだったのだろうと、こうして彼の背中を見て思う。変に糾弾するでも、優しく接するでもなく――あくまで彼の知る「ルーク・フォン・ファブレ」に今まで声をかけてきたのと同じように。
 そんなガイの言葉はきっとルークにとって何よりも助けになったはずだ。暗い顔が一気に明るくなる――けれど、ルークはまたすぐにぱっと視線を落としてしまった。
「でも……俺……」
 その振る舞いはかつてアッシュの中から見た通りだった。彼――自認が「アッシュのレプリカでしかないルーク」は、ガイのいつも通りの姿に驚いている。しかしガイはそんなこと気にも留めず、親友たるルークの肩に手を回した。
 一方で背後のティアはというと、じろりと私を見ている。警戒心の強い視線はまるでこちらを射抜いてくるかのよう。ゲームだとルークとガイの再会にほっこりしていたのかもしれないが、マジでごめんなさい。私が邪魔すぎる。
「……ガイ、その子は誰?」
 ティアは当たり前の質問をガイへぶつけた。ガイは顔を上げると背後を振り返り、そこでルークも私の存在に気付く。私はガイの後ろから一歩横に出てぺこりと会釈をしたが、ティアはマロンペーストの髪を抑えながら訝しむような目を私に向けた。
「彼女は。今さっき、そこでアイアンクラブに襲われていたところを助けたんだ」
「……そう。でもあなた、どうしてここに? ユリアシティの人じゃないわよね。それに、見たことのない服を着ているし……」
「ティア!」
 矢継ぎ早に疑問を口にするティアを制するようにルークが彼女の名前を呼ぶ。ルークに名前を呼ばれてティアはハッとした顔をしはしたものの、すぐに普段通りのクールな、兵士である表情に戻ってしまった。
「その子、怖がってるじゃん。えっと……どうしてこんなトコにいるかは解んねーけど、魔物に襲われてたってことは一般人なんだろ?」
「……」
 ルークがティアと私の間に入って告げる。首の後ろで括られた髪は、ナイフで切ったばかりのということもあってかまだ切り口がすっぱり揃っているところもあり不自然だった。ルークにとっては私なんて、素性不明な上に一切関係のない人間であるはずなのに当然のように庇ってくれる。もしかしたら、出自を疑われるようなことが嫌だからなのかもしれない。だって彼は今しがた、痛いほどそういった扱いをされたから。
 とは言え、ティアが警戒を解かないのも当然のことだ。ユリアシティの秘匿性を考えれば、こんなところに一般人が迷い込む時点で怪しい。何か裏があるのではと訝しまないわけはないだろう。……と、そんな彼女の気持ちも、はたまたルークの気持ちも解るからか、今度はガイが「まあまあ」と声を上げた。
「しばらくは俺が見ておくと言ったんだ。この場は俺に免じて許してくれないかい?」
 いいだろ?とガイは朗らかに笑う。そんな笑顔には何も言えなくなるのか、ティアは「……仕方ないわね」と引き下がった。私が何か怪しい動きでもしようとしても、ガイならすぐに斬り伏せることができると知っているからだろう。
 承諾した手前もあってか、ティアは私に向き直ると手袋を嵌めた手をこちらに差し出してきた。
「ティア・グランツよ、よろしく。ええと……」
です。ティアさん、こちらこそよろしくお願いします」
「ティアで構わないわ」
 差し出された手を握り返す。そんな私たちを見ながら、ガイは肘でつんつんとルークを突いた。唆されながら彼もまた私と握手をしようとしたが――ぴしり、固まってしまう。
「俺は……、……っ」
 ルークは名乗ろうとして、口ごもった。まるでもごもごと口の中で言葉を噛み砕くような素振り。それは、「ルーク」という名前を告げることを拒否しているようにも見えた。彼は七年の間、自分を「ルーク」だと思っていたし、今もなお「ルーク」と呼ばれれば反応するだろう。けれどそれと、自分で名乗るのは少し違う。だって彼は、自分が本当のルークでないことを知ってしまったから。
 ルーク・フォン・ファブレ。聖なる焔の光。その名前は本来アッシュに与えられたものであり、レプリカとして作られたルークが名乗るべきものではないかもしれない。七年間使ってきた名前が本当は他者のものだと知るというのは一体どんな感覚なのだろう。彼は怯えた子犬のように足元を見て、ぎゅっと拳を握った。しかし、そんな彼の肩をぱしんとガイが軽く叩く。ルークはハッと顔を上げ、ガイの方に視線を向けた。
「何モゴモゴしてるんだよ、ルーク」
「ガイ……だ、だって俺……『ルーク』じゃ、ないし……」
 怯えたような声。彼の気持ちも解らないでもない。ずっと自分のものだと思ってきた陽だまりが、本当は他者から奪い取ったものだったと知った以上、胸を張ってその陽だまりが自分のものであると言えなくなるのは当然かもしれなかった。……けれど、違う。私にとってルークは「ルーク」だ。ルークとして生きてきた七年間。それは確かに彼の人生で、アッシュではなく今ここにいる彼の得た経験の果てに「ルーク」を名乗ることだって許されると、私は思う。
 だから――すっかり自身をなくしている彼を前に、私にできることは一つだけ。
「……名前、教えてくれますか?」
「え……?」
「私、あなたに何があったのか知らないけど……あなたの名前を知りたいです。だって、初めまして、なんですもん」
 我ながら雑な演技だと思った。でもこんな嘘でもルークが楽になれるのなら、そのくらいなんてことない。それに、ここにいるルークと知り合いになりたいというのは嘘ではないし。
 ルークは私の言葉にやっぱり躊躇したけど、やがて意を決したように一度引っ込めた手を再び差し出してくれた。
「……ルーク。俺はルーク・フォン・ファブレ、だ」
「ありがとう! 私は。よろしくね、ルーク」
 私は彼の手を取ってぺこりと頭を下げた。ルークはにこっと、まるでひまわりの花のように笑う。やっぱり彼はそういう嬉しそうな顔している方が似合ってるな、と思った。
「ミュウもご挨拶するですの! ミュウはミュウと言うですの! よろしくですの、さん!」
「わっ……!?」
「あっ、コラ! 急に魔物が喋ったらビックリすんだろっ!」
「みゅうぅ……ミュウは魔物じゃないですの……」
「いや、カテゴリ的には魔物みてーなモンだろ……聖獣だっつってもよ……」
 ルークの肩で待機していたミュウが解りやすくしなしなと落ち込んでいく。ちなみに私の「わっ……!?」は魔物が喋ったことに対する驚きではなく、当然「ミュウいる〜! 可愛い〜!!」の意である。
「よ、よろしくね、ミュウ。喋れるんだ、すごいね」
「みゅ〜っ! よろしくですの! ボクはこの『ソーサラーリング』のお陰で、ご主人様や皆さんとお喋りできるんですの! さんともいっぱいお喋りしたいですの!」
「ふふ、私もお喋りしたいな」
「ど、動じてねぇ……何おまえ、結構根性据わってんのな……?」
 ルークが若干断髪前モードみたいなテンションで私を見る。私はミュウが喋ることを知っていたのでちょっとズルしてるようなもんだけど……ふよふよと浮いてきたミュウをキャッチし、小さなお手手と握手する。初めて触れるチーグルの毛はふわふわで、部屋にあったぬいぐるみより柔らかかった。
 挨拶も終えたところで、私たちはアラミス湧水洞を抜けるため歩き出した。ゲームではグラフィックとしてしか見ていなかった場所を実際に歩くというのは何とも不思議なもので、ついきょろきょろ辺りを見回してしまう。
 歩いているうちに少しずつではあるが打ち解けることができて、私はルークやガイと話をしながら進んだ。ティアは相変わらず私を警戒しているようだったけど、こちらとしても不審がられるのは当たり前だと思っているのでその対応に不満はない。とは言えルークたちとの会話も当たり障りがないものという感じで、アクゼリュス崩落のことやユリアシティのことには一切触れなかった。原作では確かこの辺りでアクゼリュス崩落に関する話をしていたはずなので、私のせいでルークとガイの対話の時間を奪ってしまったと思うと本当にやるせなくなる。……すみません後で私のことは全部話すんで、ちゃんとそのイベントが発生しますように。
 やがて私たちは洞窟の出口へと辿り着いた。私という異分子との会話が発生したせいで少し時間がかかってしまってはいるが、シナリオ通りなら確かここでジェイドが待っているはず――というか、待っていた。軍人らしくがっしりとした身体つきの彼の顔は、逆光のせいでよく見えない。それでもメガネのフレームをくいっと上げたことは解った。ジェイドはゆっくりと先頭を歩いていたガイへと歩み寄ってくる。
「大佐、どうしてここに……」
「ガイに頼み事です。ここでルークを待つと言っていたので捜しに来たんですよ」
「俺に?」
 ええ、と大佐は頷く。そしてガイとティアにイオンとナタリアが軟禁されたことを告げ、彼らの救出に手を貸して欲しいと頼んだ。
 私は一番後ろから二人の会話を見ていたけど、話している間中大佐がルークのことを完全に無視しているのがよく解る。そりゃまあ当然なのだが、実際に目の前でやられるとキツいものがあった。ルークは何を言うこともできないからか、しょんぼりと地面を見ていたし。
「それは急いで救出に向かわないとな……もちろん、俺たちも協力もする。道すがらでいいんだが、旦那にも手伝って欲しいことがあるんだ。いいか?」
「ええ、何でしょう?」
「彼女についてだ」
 ガイの視線が後ろに――私へ向けられる。その意味が解らないわけもなく、私はジェイドの前に一歩出た。ジェイドは私を頭のてっぺんからつま先までジロジロと見て、それから警戒心を隠す気もなく口を開く。
「……どちら様で?」
「あ、えっと、、と申します……」
 実際にジェイドに質問されるとかなりドキドキした。トキメキ的なドキドキではなく、ハラハラ的なドキドキだ。心臓破裂しそう。たったこれだけの問いかけなのに圧が強いんだから、尋問となったらプレッシャーで圧死してしまうのではないかと思うほどだ。
 ジェイドは呆れたように溜息を吐く。そしてメガネの奥、真っ赤な瞳がガイを見た。
「ガイ、あなたは大きすぎる拾い物をしたみたいですねえ?」
「仕方ないだろ? 魔物に襲われてる女の子なんて、放っておくわけにはいかないさ」
「平時なら私もそうするでしょう。しかし今は違う。我々はアクゼリュスを崩壊させた大罪人ですし、ユリアシティという一般には知られていない街を知ってしまってもいます。……その上、死んだことになっている人間だ」
 ありとあらゆることが、私に――一般人に、知られてはならない状態。アクゼリュスが崩落して多くの人が死んだというだけでも世間的にはショッキングな出来事なのに、王位継承権を持つルークがその原因だとか、崩落に巻き込まれて死んだはずの大佐や王女が地面の下にある街に救われたとか、そんなことを知る「一般人」がいると、今後の情報戦で不利になる。
 ジェイドは軍人だ。国のために働く人間。しかも大佐という役職にも就いているわけだから、大を救うためには小を切り捨てるという判断を何の躊躇いもなくできないといけない。
 彼に、彼らにとって、要らぬことを知ってしまった一般人は邪魔な存在になる。
 邪魔な存在は――消す。
「大佐……っ!」
 いくら私を警戒していたティアでもそこまでは考えていなかったのか、ジェイドの冷たい視線に気付いて声を上げてくれた。でも、もう間に合わない。大佐の足元にぶわりと緑色の魔法陣が広がる。そこへ集束されるこれは――音素(フォニム)だ。感じ取れたのはどうしてだろうと疑問が浮かんだけど、答えを出すより先に二度目の死を覚悟した。
「唸れ烈風、大気の刃よ、切り刻め――タービュランス!」
 ごう、と風が私の周りに吹き荒ぶ。あー、本当に死んだなこれ。……あれ? 私もう飛び降りたときに死んだんじゃないの?と今更自分の生死について考えてみるが、まあ考えたところで二度目の死が迫っているのは明白な事実なんだけども。
……死にたく、ないなあ。
 現実であっさりと死を選択したはずの私がこんなことを思うなんて、欲が出るものだ。都合のいい夢を見ているだけかもしれないけれど、ルークたちと歩いたこの数十分がすごく楽しかったから。まだ未来が続いているのだとしたら――一番好きな人に会いたいと思ってしまうのは、アビスの世界に引き込まれたプレイヤーなら当然だよね?
 せめてシンクに一目会いたい――そんな私の想いが通じたのかどうかは、私の知るところではないけれど。
「っ……!」
 突然、風圧を押し返すかのように新たに収束した音素が壁を作った。私を半球状に覆ったそれは、ジェイドの放った譜術を完全に打ち消す。
「なっ……!?」
 今度はジェイドが驚く番だった。私を囲っていた音素はすぐに消えてしまったが、今のは偶然なんかじゃない。間違いなく、私を守るようにできていた。
「驚きましたね、まさか譜術が使えるとは」
「え? いや、そんな……私、譜術なんて、」
 言い終わる前にジェイドは私のすぐ前まで近付いてくると、じっと私の顔を見た。その視線はさっきまで向けられていたものとは違う。赤い双眸――譜眼はまるで、品定めでもしているかのようだった。
「……大きすぎる拾い物と言いましたが、私の想定を越えていたようですね。先程の失礼を詫びさせてください。私はマルクト軍所属、ジェイド・カーティスです。手荒なことをして申し訳ありませんでした」
「あ、い、いえ……! その、誰がどう見ても私って不審な人間だったと思うので、仕方なかったというか……といいます。よろしくお願いします、ジェイドさん」
「不思議なお名前ですね。……では、。あなた自身も困惑されていたようでしたが、譜術を使ったことはないのですか?」
「は、はい。さっきのも、何かをしようとしたわけじゃなくて……自分でも何が何だか。ただ、死にたくないと思って……」
「そうですか。……でしたら素質があったのでしょう。時間がないので移動しながらですが、あなたの身の上をお話していただきます。そのような珍しい服を着ているんですし、何かしら事情をお抱えなのでは?」
 ジェイドはにっこりと笑った。あ、これ反論は認めないやつだ。いやまあ、私としてもなるべく早く話しておきたいと思ってはいたし、どうして自分が突然譜術を使えたのかについても知っておきたいからジェイドの判断に文句はないのだが。
 ……それに、物語の展開的に今は「崩落編」が始まってすぐ。アクゼリュスの人たちを救うことはできなかったけど……もしかして、今後起きることなら私が介入することができるかもしれない。私ごときが誰かを助けられるかもなんて、おこがましいと解ってはいるが。
「……解りました。私の知ってること、全部話します。でもその前に……二つだけ構いませんか?」
「はい、なんでしょう?」
「私、戦ったことは一度もないんです。これから皆さんにご一緒するにあたって、お荷物にはなりたくなくて……譜術の基礎でいいので、教えていただくことはできますか?」
「そうですね……譜術なら後方からも発動できますし、構いませんよ。と言っても、この中だと教えるのはティアが適任という気がしますが。ティア、構いませんか?」
「は、はい。もちろんです、大佐。よろしくね、
「うん、ありがとうティア。で、えっと……もう一つなんですけど。それは、私が事情を話すのは『ダアトに着いてから』……ああいや。『イオン様たちと合流してから』にしたいんです」
「……」
 一応、さっきジェイドはガイに対して「ダアトにイオンたちが捕まっている」と話をしている。だから私がその単語を知っていてもおかしくはない。けど、ここまでするすると行動方針を口にできるのは変なはずだ。ジェイドに対してそう言ったのは、彼なら「私が何かを知っている」ということに気付いてくれると思ったから。
 ジェイドは深く溜息を吐く。それは私の予想が的中した証左だった。
「どうにも腑に落ちない点が多いですが……まあ、良からぬことを企んでいるのであれば殺します。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
「はい。でも私、皆さんにご迷惑をかけることはしませんから、安心してください」
 まあ、戦闘初心者だから足を引っ張ることはあるかもしれないけど!



2025.12.15 柿村こけら



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